剣ムル×黒雲ヒス『敗北した際の決まり事』　耳まで赤らめたヒースクリフは、ひどく悔しそうに舌打ちをした後、帯付近の裾に手を突っ込んだ。
　裾の下に隠していた何かを外すかのようにもぞもぞと手を動かしている様子をムルソーは、眉一つ動かさず黙って見つめる。
　やや前屈みになっているためか、豊満な胸筋に合わせて大胆にはだけさせた着物の襟元からは刺青に侵食されている谷間どころが、ある尖りまで見えそうだ。
　青みのかかった瞳が彼の恥ずかしそうにしている表情から胸に、そして足へと次第に下りていく。裾から覗かせた古傷だらけの太ももは健康的な色気を放っていた。
「んなっ…そんな、ガン見してんじゃねぇよ…」
　見られている羞恥に思わず声が上擦る。
　いいから従え、と言いたげに顎だけで指示を送られ、ヒースクリフは再び舌打ちする。
　しゅっ、しゅるっ…と布生地の擦れる音がした後、着物の裾から白い布を引っ張り出してはムルソーに突き出す。
「お、おらっ…！今回の”戦利品"だっ…！」
　白い布…褌を突き出されたムルソーは、それを黙って見つめる。
　直前まで履いていた下着をその場で脱ぐ命令を下された時点で十分以上に屈辱を味わされているのに、真顔でジロジロと見られている。
　勝負に負けた立場でなければ、今すぐにでも斬りに掛かりたい。
「確認した、次こそ勝てればいいな」
　傲慢そのものな台詞を言い放ってはムルソーは、躊躇いもなく褌を手に取っては軽く巻いて、何故かベストの下に収納した。
　渡された手紙を受け取った時に似た当たり前のような動きにヒースクリフは驚嘆し、ますます羞恥心に震えた。戦利品とはいえ、軽々しく仕舞っていいモノではないだろう。
　今にも噴火しそうな真っ赤になった顔で、文字に出来ないぐらいの汚い単語を片っ端から吐いて、ヒースクリフは勢いよく背を向けた。
　ここでカッカッと肩を怒らせながら大股で帰ると見せかけて、珍しく内股気味で着物の裾を押さえながら早歩きで逃げるように足を進め始める。
　ザッザッと下駄が砂を擦る音が完全に聞こえなくなるまで彼の無様な逃げ姿を見届けてからムルソーも帰路を辿ろうと振り返ったところで、ふと思い至る。

　流れで貰ってしまったが、他人が履いていたモノを私物として履く趣味まではなかったな、と。

　また勝負の機が訪れた時に持っていたら返そうかとズレたことを考えながらムルソーも帰るべき場所を目指して足を進めた。