例の感覚遮断トラップ 最初は理由が分からなかったが、ベッドの枕側の壁にはギリギリ潜れそうな程の穴が一ヶ所存在するのに二人は目をつけた。
「…出口にしちゃ、あからさますぎるな」
「ですね、それなら扉がある意味がなくなりますしー」
出口に繋がるであろう扉が存在する以上、別の出口らしき経路をわざわざ用意する意図が分からない。
あえて遊び心で物をしまうための空間だと仮設を立てたとしても、這って潜らないと出入りが出来ない位置にあるうえ、筋肉質の二人からすると頭と腕を通せたとしても全身ごと通せるかまでの自信が持てないぐらい縦の幅が狭いのだ。
いかにも、頭を突っ込んで覗いてくださいと手招くかのように存在している穴だ。
過去も含めて、これまでの巣で色んなことを経験してきた二人は当然ながら怪しんだ。
「顔を突っ込んだら、刃が降ってきて首と体がオサラバするオチが見える気がするな」
と手で自分の首を切る真似をするヒースクリフにホンルも同意する。
「そうですねぇ、脱出に繋がるヒントがそこに隠されてる可能性が高いかもしれないのは僕もそう思ってますけど」
「ダンテさんがいない時に体とお別れしちゃうのは、流石に困りますね~」
アハハ、と軽快に笑い飛ばしてからホンルはヒースクリフをジッと見つめる。
「で、どうしましょうか?何も解決策が見つからないまま、ここでダラダラするだけなんてヒースクリフさんは嫌でしょう?」
「たりめぇだ!」
ガルル、と聞こえそうな勢いで唸ると、ヒースクリフは後ろを振り向いた。
「例え刃が降ってきたとしても、次にお前が引き継ぎゃあいい話だ。ってことで後は頼んだ」
「えっ、それって……」
発言の意味を問うより先にヒースクリフは、穴の向こうへ頭を突っ込んでしまった。庭の柵に穴があるからと躊躇いもなく覗きに行った犬並みの勢いだ。
わっ!と驚きの声がホンルの喉から飛び出すも、ベッドのシーツが赤く染まることはなかった。同じく、トラップでも隠されているのかと警戒していたヒースクリフも面食らう。
こちらに損害を与えてくるようなトラップが隠されていないのなら、好都合である。
そう判断したヒースクリフは、キョロキョロと周囲を見回す。
穴の外からではイマイチ分かりづらかったが、手を伸ばして壁に手が届くか否か程度の狭い空間なのがここで判明する。今度は上を見上げる。
「…お!レバーがあんぞ」
「え?本当ですかぁ?流石、ヒースクリフさん。探し物がお上手ですね」
「ただ…ややこしいとこにあんな…」
彼曰く、今潜った穴が存在する側の壁にレバーがあるそう。
しかし、うつ伏せの格好では手が届かないため、今度は仰向けになって手を伸ばさないと届かなさそうな高さに取り付けられているらしい。
「えぇー、できそうですか?」
「ん…やってみるしかねぇな」
とヒースクリフ自ら仰向けになり、右腕、左腕と片腕ずつ入れてから少しずつ上半身を入れようとする。しかし最初に予測した通り縦の幅が狭いためか、脇より下の部分がつっかえた感覚があり、これ以上進まなくなった。
両腕が使えるだけマシだ、とヒースクリフは自分に言い聞かせ、レバーに向かい手を伸ばそうとする。
「ふんっ…!こんのぉ…!」
一方、ホンルは彼の豊満な胸筋が穴の縁に引っ掛かり軽く揺れるところを黙って見守っていた。
助走をつけようと少し下がっては掛け声と共に上半身が大きく動き、その度に穴の縁に豊かな胸の肉が食い込む姿は滑稽だと思いつつ、目の保養だなと同時に感心する。
「どうですか?届きそうですか?」
「んっ!もう、ちょっとぉ…!」
古傷だらけの手がレバーを握り締めては下へ下ろした。
ガシャンッとレバーが動く音が聞こえたホンルも嬉しそうに目を細める。
ピピッ、只今ロック解除システムを起動させます。
抑揚のない機械音声がどこからか聞こえた直後、ヒースクリフが潜っている穴の幅が急激に狭まった。
それに気づいたホンルが慌てて彼の両足を掴んで引き抜こうとするも、既に遅し。
ヒースクリフは完全に壁に囚われてしまった。
レバーを引いた人間の大きさに合わせて穴の幅を調整するシステムが初めから搭載されていたらしく、見事にハマった彼の体はピタリと身動きもしない。
壁自体が刃の如く、彼の体を切断してしまったのかと焦ってしまったが違うようだ。
「もしもーし、ヒースクリフさーん?無事ですかー?」
「畜生っ!レバーを引いてからが本番なパターンかよっ!」
あの狭い空間に閉じ込められたからといって酸素不足の状況には追いやられていないようだ。悔しそうに呻く彼の声を聞いて、ホンルはホッと胸を撫で下ろす。
「せっかく動いてくれたところ申し訳ありませんけど、こっちが探してる間は大人しく待ってもらえませんかねー?」
「おう、待ってやるから早くしてくれ」
はーい、と軽い声で返事をした後、ホンルはじぃっと見下ろす。
穴に閉じ込められていない方…胸部以降の体は相変わらず動いていない。
試しに、山なりに盛り上がった豊満な胸筋をつんつんと指でつつく。穴の縁に引っ掛かり揺れる瞬間を何度も見せつけられたので、なんとなくつついてみたい悪戯心を満たしてみたくなったからだ。
いつもの彼なら「今何やった」とこちらが見えていない間にされたことについて激しく問い詰めようとするはずだったのが、何も反応もない。
たまたまなのかなと、もう一度つんつんとつついてみる。張りのある弾力がシャツ越しに伝わった。
「…どうだ?何か発見でもあったか?」
「……えーっとねー、確認ですがー、今のところ変だなって思うところはありませんか?」
「ん?いや…別に、ベッドの上で良かったなってだけ…固い床だったらぜってぇ後で体が痛くなってるだろうし」
「…へぇ」
何も反応が返ってこないことに怪しんだホンルは今度は、脇腹をくすぐる。
5本の指をバラバラに動かして、こちょこちょとくすぐると、イヤイヤと言いたげに軽く左右に身じろぐだけで蹴飛ばそうとかそういった反応は見られない。
今の反応は、どちらかといえば他者に触れられた時に見せる生理的反応に近いのでヒースクリフ本人の意思ではないのがなんとなく読み取れる。
つまり、神経は完全に遮断はされていない。専門的な知識までは持ち合わせていないが、感情と神経を一時的に分離させられたの表現が近いのだろうか。
例えるとすれば、淹れたての熱いコーヒーを悪戯でぶちまけた場合、熱がりはするが悪戯に対する仕返しまではしないといったところか。
「……これは、厄介なことになったと考えてもいいですかねー」
はは、とホンルは短く笑う。
本当なら彼を解放して脱出を目指すべきなのに、今の状況を少しでも長く楽しみたいと願っている自分がいる。