葬送 どうしようもなく死んでしまいたくなる時がある。
「さっきの、なに」
「あ?」
背後から乱暴に左肩を掴まれた。反応する間もなく無理やり身体の向きを変えられる。視線の先には、平和主義で博愛主義の男が怒りを露わにして立っていた。
良い街だと思った。
人も資源も豊かな街。儒來のような大都会と比べれば決して大きくはないが、それなりに栄えてはいるのだろう。通りには様々な店が軒を連ね、じりじりと照りつける太陽など物ともせず商売に精を出していた。中心はちょっとした広場になっており、子どもたちが楽しそうに駆け回っている。
記者たちは宿探し。彼らの取材対象である人間台風は市場で食料調達。自分はその男が問題を引き起こさないよう監視するため、巨大な十字架を引っ提げて数歩後ろを歩いていた。
「ん……?あっ!?お前……っ!!」
買い物を終えて釣り銭を受け取ろうとした男を店主が指差し、その名を叫んだ。賑わいを見せていた市場の空気が一瞬にして凍りつく。
「いっ……いやだなぁ!人違いじゃない?」
「んなわけあるか!手配書の写真とそっくりじゃねぇか!!」
「あはは……よく言われる……」
ガシャ。
四方から銃口を向けられ、男は情けなく両手を挙げた。
「待って待って!撃たないで!」
こんな状況だというのに上腿に携えた銃を抜くことすらしない。大きく溜息をついてから、眉を下げて笑うアホの元へと走り寄り、その背中を思い切り蹴飛ばした。
「いって!?」
男は体勢を崩しながらも、そのまま市場の中を疾走する。人と店がひしめくこの場所では無闇に銃は使えないだろう。目標を失った銃口たちが狼狽える中を走り抜け、男の後を追った。
「オドレええ加減にせぇよ!こないなとこで騒ぎ起こすなボケッ!」
「僕なにもしてないよ!?」
「おるだけでトラブル引き寄せとんねん!」
「そんなぁ」
走りながら怒鳴るが、男は困ったように笑うだけだった。
市場から竄走し、気が付けば街の外れに辿り着いていた。中心街から離れたそこは道と建物だけが広がる殺風景な場所だ。追いかけてくる者はいない。
一息つこうとしたその時、トマに跨った憲兵たちが現れた。騒ぎを聞き付けて飛んで来たのだろう。市場と違って人もいない、店もないこの場所では先程のように撒くことは難しい。それに、彼らは一般人ではない。商人たちよりも銃の扱いに長けているだろうし、六〇〇万$$もの大金が手に入るとなればきっと躊躇なく撃ってくる。面倒なことになりそうな予感がして、つい舌打ちをした。
有無を言わさぬ声で制止を促され、十字架型の機関砲を持ったままおざなりに右手だけを挙げてやる。隣のアホは、またもや大人しく降参のポーズをとっていた。
「なんだその馬鹿でかい十字架は」
「見てわからんか?商売道具や。ワイ、葬儀屋やってんねん」
「葬儀屋ぁ?本当か?」
「あっあのさぁ!この人は無関係だから、その……見逃してくれないかな〜?なんて……。市場で偶然一緒になっただけなんだよ……ね?」
白い布に包まれた十字架の中身を検めようとする憲兵と自分の間に割り込むようにして口を出してきた男は、大袈裟な身振りであっという間に彼らの目を引いた。
なんやこいつ……庇ったつもりか?
大事な商売道具から意識が逸れたことはありがたいが、こいつはどうする気なのか。へらへら笑うだけでろくに抵抗もしない賞金首なんぞ、憲兵たちからすれば目の前に大金をぶら下げられたも同然だ。男は横目でちらりとこちらを見ると、また眉を下げて笑った。こいつの笑い方には何故だか無性に腹が立つ。
「ったく……どこまで自分勝手やねん!」
肩に担いでいた十字架を素早く両手に抱え込んで振り回す。男の前に立つ憲兵の横っ腹を打ん殴ると、くぐもった悲鳴と砂煙を上げて地面に転がり気絶した。残された憲兵たちから一斉に銃口が向けられる。刹那、銃弾が発射された。この後どう動くべきか一瞬の間に思考する。
どうせ治る。
ふと浮かんだ諦念に、全身の力が抜けた。
弾丸が身体にめり込む感覚は何度経験しても慣れない。突き飛ばされるような衝撃と熱さに身を強張らせる間もなく、皮膚と筋肉を引き裂かれ内臓を抉られる。身体に空いた穴から生温かい液体が吹き出し、己の肉体からどろどろと流れ出て行く。そして、止を刺すかのように鋭い痛みが襲ってくる。意外にも脳や心臓に命中しなければ銃で撃たれて死ぬ確率は低いらしい。人間の身体なんて急所だらけだというのに不思議な話だと思った。でも、撃たれたら痛いのだ。強化された肉体であってもそれは変わらない。更に厄介なことに、感覚までもが強化されているせいで"普通の"人間よりも強く感じてしまう。……痛みにはもう慣れてしまったが。
銃弾を撃ち込まれても倒れないどころか動き続ける姿を目の当たりにした憲兵たちは、気絶した仲間を置いて逃げ出した。去り際に少しだけ見えた彼らの顔には恐怖の色が滲んでいた。
記者の二人がいなくて良かったと思う。きっとメリルを驚かせてしまうだろうし、酒浸りのくせに妙に勘が良いロベルトなら自分の正体に気付くかも知れない。一行と出会ったあの日、車に轢かれてもすぐに回復した自分をロベルトは怪しんでいた。これ以上疑いを持たれるのは嫌だった。
こいつは……別にええか。
個人が持つには強大すぎる武器。驚異的な身体能力と治癒能力。モネヴ……否、ロロ。それらと自分が無関係ではないことはもう分かっているだろう。それでも詮索してこないのは、子守りとしての役割を全うさせてやろうという優しさか。それとも、お前など恐れるに足りないと放任されているだけか。どちらにしても腹立たしい。
「さっきの、なに」
「あ?」
男に背を向けながら、懐からアンプルを取り出し中身を呷る。どれだけ身体に穴が空こうと、どれだけ血を流そうと、この液体を口にすればすぐに癒える。自身の役割を果たすには必要不可欠なものだ。
「……オドレもう薄々わかっとるんやろ」
「そういう話をしてるんじゃない」
じゃあどういう話をしているというのか。
男は淡墨色のシャツに空いた穴を睨むような目で見ている。
「なにキレてんねん」
こいつがどうして怒っているのか分からない。自分は最善の行動を取ったはずだ。ロロを撃ち殺した日みたいに、死にそうな顔で胸ぐらを掴まれるのは嫌だったから。だから誰も殺さずに追い払ったのに。うまくやったと思ったのに。
不意に男の右手が伸ばされ、同じく右手を握られた。一瞬警戒するも、悪意は感じなかった。そもそも、こいつに限って他人に害をなすなんてことはあり得ないのだから要らぬ心配だ。目的は不明だが、今は好きにさせてみることにした。
抵抗されないと確信したのか、触れ方に遠慮がなくなっていく。指先で手の輪郭をなぞったり、そっと包み込んだり。何がしたいのか分からない。擽ったくて、落ち着かなかった。
「……君は自分を雑に扱うよね」
「はぁ?」
無言で人の手を撫で摩り、やっと口を開いたかと思えば、出てきた言葉はこいつにだけは言われたくないものだった。常に他人ばかりを優先して、自分を一切顧みないこの男にだけは。
「ワイがワイをどうしようとオドレに関係ないやろ」
「……関係、あるよ。一緒に旅してるんだしさ……そんな寂しいこと言わないでほしいな。君を心配させてよ」
「お前、ワイがなにしたか忘れたんか」
手を撫でる指の動きが止まる。
「……忘れてない」
男の手に少しだけ力が籠り、僅かだが振動が伝わってきた。その震えは悲しみから来るものか、怒りから来るものか。はたまたその両方か。
ロロが死んで何日経っただろう。処刑人の名を与えられてから、殺した相手のことはその日のうちに記憶から消し去る癖がついた。死んだ奴のことなんかいちいち憶えていられない。でも、今回は違った。
こいつのせいや。こいつがずーっと死にそうな顔しとるから。やからいつまで経っても頭から出ていかへんのや。
「君と話をしたいんだけど」
「一人で勝手にしとけ」
「じゃあ勝手にするね」
むかつく。
開き直った返答に子どもじみた文句しか思い浮かばない。せめてもの抵抗として不満である旨を表情で伝えてみるが、男は気にも留めずに先刻の言葉通り勝手に話を続けた。
「最初はさ、命知らずなのかと思ってた。でも……違う、よね」
違う?何が?
柔柔と手を握りながら少しずつ言葉を口にしていく男の妙に途切れがちな話し方が気になった。なんだか、言葉を選んでいるような。
「君は無意識かも知れないけど……その……、わざと、撃たれたように見えて」
「……は?んなこと……あるわけ、ないやろ。あんまふざけたこと言いなや。どつかれたいんか」
「じゃあ、どうして?」
どうして。
言われてみればそうだ。何故あの場で憲兵を殴ったのだろう。一人を殴り倒したところで、すぐに他の者が銃を向けてくることくらい分かっていた。……分かっていた?分かっていたのに?まさか。
「君ってなんだか」
アカン。
なんでかわからへんけどアカン気がする。
「死にたがってるように見える」
暴かれた。心の奥底に隠れていた負の感情を言い当てられた。よりにもよってこの男に。
無意識って。なんやそれ。
自分でも気付かぬうちに死ぬ機会を探っていたとでも言うのか。だって、自分が死ねば弟が、孤児院の子どもたちが。だから死ぬわけにはいかないのに。
檻に入れられ実験動物のように扱われる毎日。やっと外に出されたかと思えば、命じられたのは脱走者の始末。この身体になってから、人と関わる機会はほとんど無くなった。人と関わるのは人を殺す時くらいだ。
どんなにしんどい十字架背負てても。
死なない身体。
死ねない身体。
死ねないから、生きているだけ。
……違う。
弟のために、子どもたちのために。
生きていかなあかんのに。
「……おもろいこと言うやん。オドレにはワイが死にたがりに見えとるんか?そらぁさぞかし助け甲斐のありそうなやっちゃな」
「ウルフウッド!」
大人が子どもを叱るように鋭く名前を呼ばれる。子守りをされている分際で保護者面とはいい度胸だ。
「大声出すなや。……ほんで?人助けが大好きなオドレはどうしたいん」
「どうって…………その、僕は……」
「ほらな。どうせ口だけや。オドレにはなんもでけへん。でけへんくせに……約束、するから……あないなことになんねん」
──遅くなってごめん。約束を果たすよ。
こいつがロロとどんな約束をしたのかは知らない。でも、きっとロロにとっては大切な約束だったのだ。姿形が変わっても、自我を失っても、どれだけ年月が流れようとも。決して忘れることなんてできない大切な……。
「約束なんかされたら……縋ってまうやろ。無理やってわかってても……何年……経とうが…………あ、」
気が付けばロロのことを考えながら喋っていた。自ら殺した相手に気持ちを寄せるなんてことは今までなかったのに。
「……希望持たそうとすんなや」
ロロと自分は同じだ。弄られた身体はもう二度と元には戻らない。無理やり成長させられて、見た目もすっかり変わってしまった。リヴィオも孤児院のみんなも、今の自分の姿を見てもニコラスだとは気付けないだろう。
「そんなん」
この先は言わない方がいい。きっとまたこの男が死にそうな顔になるだろうから。……分かっているのに。言葉は止まらなかった。
「生きてる方が可哀想や」
「だからそれはっ!!…………君が決めることじゃない……」
命の価値は誰が決めるのか。自分の命なのだから、自分が決めてはいけないのか。
あれ……。ワイは今、誰のこと喋っとるんやったっけ。
ロロの話をしていたのか、自分の話をしていたのか。頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。
「ほんなら誰が決めるん?神さまか?」
神さまなんかおらへん。ほんまにおるなら、ワイは……。
「本気で助けたい思うとるんやったら」
男の両手を取って自らの喉許へと導き、揶揄うように言ってやる。
「ワイを殺すくらいやってみぃや」
息を呑む音が聞こえた。
殺してみろだなんて、もちろん本気ではない。そんなことはこいつも理解しているだろうに。
なんやその顔。
「そんな悲しいこと言わないで」
悲しいこと、なんかな。
悲しいって、なんやろ。
「……冗談や。変なこと言うて悪かったな」
結局こいつは理想を語るばかりで何もできやしない。平和主義で博愛主義の優しい男。
自らの首に絡ませた男の両手を解こうと手首を掴む。しかし、それは凍りついたように動かなかった。ついさっきまでただ添えられていただけのそれが、今は明確な意思を持って首に巻き付いている。
「おい……離せや」
「どうしたら生きたいと思ってくれる?僕にできることってないかな」
徐々に力が込められていく手とは裏腹に、こちらを真っ直ぐに見つめる瞳には一点の曇りもなく美しい。
「君が君自身のために生きたいと思えるようになってほしい」
もしも。今ここで自身の境遇を明かし、お前の兄貴とミカエルの眼などというふざけた組織をぶっ潰してくれと歎願すれば、こいつは叶えてくれるだろうか。……無理に決まっている。何もできないくせに、どうしてこうも綺麗事ばかりを吐けるのか。弟と孤児院が奴らの手中にある限り、できることはない。命令に従うしかない。それしか道がない。逃げ場なんてない。この星のどこにも。
「っ……傲慢、やな。自分の行動ひとつで他人を救えるとでも思うとるんか?そう簡単な話やないことくらい、オドレかてわかっとるやろ」
息苦しさが増していく。冷や汗が流れ、呼吸が荒くなる。傲慢なのはこの男だけではなかったのかも知れない。首に手をかけさせたのは自分だ。暴力を嫌うこいつになら、急所を晒しても危険はないだろうと侮っていたから。
「……君って意地悪だ」
耳鳴りがする。
「これ、苦しいでしょ」
知ったような言い方。まるで自分もされたことがあるような……。
息を吸うことも吐くこともできない。苦しい。手足に力が入らない。血管がどくどくと脈打つ音がはっきり聞こえる。頭が破裂しそうだ。痛い。少しずつ意識が薄れていく。……怖い。落ちる──気を失う直前で拘束が解け、現実に引き戻された。身体が酸素を欲して激しく呼吸する。解放感に少しだけ安堵したところで、再び恐怖が訪れた。
「っ、ゔ」
いたずらに生死の間を彷徨わせる恐ろしい行為。この男も、過去に誰かから同じ苦しみを与えられたことがあるのだろう。きっと、これ以上のことも、たくさん。
「嫌だよね?こんなことされて……許せないよね」
口の両端から涎が垂れた。顎を伝い落ちたそれが男のグローブを濡らすのをどこか冷静に眺めている自分がいた。
首を絞められて、解放されて。また絞められて。気道を圧迫すれば人間は十秒も経たずに気絶する。丈夫な肉体に作り替えられてもその点は変わらないようだ。
意識を手放すことが怖かった。何をされるか分からないから。
目覚めたら、十字架を模した台の上で拘束されていた。白衣の男が喋りながら何かを注射した。また目覚めたら、知らない大人の身体になっていた。
「起きて」
曖昧な意識の中で男の声が聞こえた。
唇に何かが触れている。
……気ぃ失っとったんか、ワイは。
視界が真っ暗なのは瞼が閉じられているからか。まだ混濁している意識を掻き集めながらゆっくり目を開けると、目睫の間にこの星の空みたいな色の瞳が見えた。
息を吹き込まれる感覚。咄嗟に男から顔を離して飛び起きたところで、自分が地面に寝かされていたことを知った。身体が勝手に激しく咳き込む。喉が痛くて、熱かった。
「ゔ、ぉえ゙ッ……クソがっ……!ふざけことしよって……!!」
殺意を込めて睨み付け、整わない呼吸を無視して吠える。
「……それでいい。僕のことを許さないで。その気持ちをずっと忘れないでいてよ」
男は表情ひとつ変えずに静かに言葉を放った。
「自分のために生きようと思えないならさ、僕のこと、憎んで。……殺したいくらい」
「なに、言うて、」
「僕を殺すために生きてほしい。……こんな理由じゃダメかな」
男の澄んだ瞳に、困惑の表情を浮かべた自分の姿が映っている。
「僕は簡単には死なないよ。だから……っ」
全ての感情を失ったような顔で淡々と話していた男の目から、突然涙が溢れた。
「泣きたいんはこっちや。なんでオドレが泣くん」
「……ごめん」
「いや、ごめんやのうて」
さめざめと泣く大の大人を目の前にして毒気を抜かれてしまった。こいつといると調子が狂う。
「いきなりキレて、いきなり首絞めてきて、いきなり泣いて、なんやねん。びびるわ」
「うん……ごめんね」
頬を伝う涙を拭いもせず、男は静かに謝罪の言葉を口にした。暴力を嫌い、人の死を悲しみ、死を想うことすら許してくれない。そのくせ、己を殺すために生きろと言う。憎悪の念を抱かせるために暴力まで振るって。慣れないことをするから力加減を誤るのだ。その結果、自分は失神し、こいつは泣いている。こうなっては世話がない。男の思惑通りに芽生えたはずの殺意はいつの間にか消え失せていた。
「君が死ぬ時は僕が見送る」
「は、」
なんやそれ。ワイがオドレを殺せへん思て舐めたこと言いよる。
やはりこの男は傲慢だと思う。素性の知れない赤の他人の生きる理由になってやろうだなんて。どこまでも他人のために生きている損な奴。だが、不思議と悪い気はしなかった。
「この星で一番の有名人に……人間台風様様に看取ってもらえるなんて光栄やな」
茶化しながら、服の袖口で男の涙をごしごしと拭いてやる。痛いよ、と弱々しく訴えられたが無視した。不満を口にしつつも大人しくされるがままの男を見ていると、自然と口元が緩んだ。
「楽しみにしとる」
きっとロロと同じように、守られることのない約束になるのだろう。でも、それでも良いと思った。
「赤くなっちゃったね」
男の右手がそっと首筋に這わされた。反射的にびくりと肩が跳ねる。
「冷やさなきゃ」
そう言って、男は困ったように笑った。
空から一筋の光が落ちる。瞬間、街は巨大な閃光に包まれて消えた。瓦礫のひとつも残さずに。自分を化け物にしたあの悍ましい場所もろとも。
ほんの少しだけ、胸のつかえが取れた気がした。
砂漠。砂。砂。たまに岩。砂蟲。砂。砂。太陽。暑い。砂。太陽。暑い。
……苛つく。
儒來が消滅してもうすぐ二年が経つ。未だに犯人は捕まっていない。
ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
平和主義で博愛主義の優しい男。
男の名は儒來を滅ぼした大罪人として人々の記憶に刻まれた。
「どこ行ったんやあいつ」
あの日から、行き先どころか生きているのかすら分からない男を見つけるために星中を探し回っている。我ながら物好きだと思う。
僕を殺すために生きてほしい。君が死ぬ時は僕が見送る──なのに、いなくなるなんて。生きてほしいなら。見送るなら。
一緒におらんとアカンやろ。
男の思い通りになっているようで気に食わないが、あの日の約束に縛られて今日も生きている。
「……ワイのこと看取ってくれるんやなかったんか」
僕は簡単には死なないよ。
そう言っていた。だから、あいつはきっと生きている。この星のどこかで、困ったように眉を下げてへらへらと笑いながら。
「さっさと出てこい……アホトンガリ」
end