耳かきの話「ウルフウッドこっちに来て」
ソファーに腰掛けたヴァッシュが手招きをしてウルフウッドを呼ぶ。その手には見慣れない小さな棒が握られている。
機嫌の良さそうな声にウルフウッドは少々警戒しつつ近寄った。ヴァッシュがこの声色を出すときに、良いことがあったためしがない。
「なんや、それ」
三人は座れそうなソファーだというのに、ヴァッシュは一番端ギリギリに腰掛けている。少し距離を取ってウルフウッドもその隣に腰掛けた。
「耳かきってしってる?」
「ミミカキ? 聞いたことないな」
ヴァッシュが手にしている箸ぐらいの細い棒をウルフウッドの目の前に差し出した。随分細くて端が小さなスプーンのようになっている。
反対側には、なにやらほわほわと柔らかそうな羽毛が着いていた。青色の毛色からみてトマの羽毛だろうと察しが付いた。
「僕も幼い頃に少しだけしてもらったことがあるんだけど、すごく気持ちが良いんだよ」
だからおいでと、ヴァッシュが自分の膝をぽんと叩いた。
膝を叩かれたところで、ミミカキを知らないウルフウッドはどうすれば良いのかわからない。距離を取ったまま首をかしげると、ヴァッシュがウルフウッドの腕をぐいと引いた。
「おわっ」
「いいから、僕の膝に頭を置いて。そうそう」
ぐらついたウルフウッドの身体を自分の膝を枕にしてヴァッシュは横たえさせた。
「え、なん? なにするんや?」
「大丈夫、最初はちょっと擽ったいかもしれないけど、すぐ慣れるよ」
ヴァッシュは自分の膝に寝そべるウルフウッドの顔の前で青色の羽毛の着いた棒を振って見せた。
「ちょっと横向いて、そう」
ウルフウッドの小さな頭を器用に動かして、後頭部をヴァッシュの腹側へ向けた。片耳が天井を向く。
ヴァッシュは右手の人差し指で、形の良い耳の形をゆっくりと撫でた。それだけでウルフウッドは寝そべった身体をぎゅっと縮こまらせる。
「んぁ、なにするんやトンガリ」
声がわずかに震えている。自分の膝の上で無防備な姿を見せるウルフウッドにヴァッシュは口元を緩める。
「耳かきだよ」
ヴァッシュは言いながら羽毛部分でウルフウッドの耳輪をたどる。かすかに触れるかどうかの柔い力で何度も往復する。
「や、やや……っ、くすぐったいわ、あほ」
「くすぐったいだけ?」
動くと危ないので、左手の義手はウルフウッドの顎に添えて顔を固定する。ゆっくりと羽毛を滑らせて、耳孔までたどり着くと中には差し込まず入り口を丹念に撫でる。
「はぁ……、んっ、ぁ」
ウルフウッドをリラックスさせるように、顔を固定させた左手の親指を口元に当てると、薄い無精ひげの生えた顎をなぞって唇を撫でる。
「な、ん? ちいと怖いねんけど」
耳と言えば人体の急所でもある。本能的にウルフウッドが怖いと思うの仕方がない。
「大丈夫だよ、ウルフウッドが嫌がることはしないからね」
柔らかい綿毛が何度も耳の入り口を出ては入る感触に、ウルフウッドの身体から次第に力が抜け、四肢が弛緩していくのがヴァッシュにも伝わる。
「ぁ、っ……んっ、はぁ」
甘えるような声がウルフウッドから漏れ、ヴァッシュはすっかり気を良くする。
「ね、気持ちいいでしょ」
ヴァッシュの指が耳かき棒を動かす度に、閉じられたウルフウッドの瞼がぴくんと動く。薄く開いた唇から吐息混じりの声が漏れる。
「おん、……きもちえぇ」
警戒していたのが嘘のように、ヴァッシュの問いに素直に答えるウルフウッドの様子にヴァッシュの喉が鳴る。
「そのまま、じっとしててね」
ウルフウッドが動かないように、ヴァッシュは唇に当てていた親指のをしどけなく開いた唇に差し込む。抵抗されるかと思いきや、ウルフウッドはうっとりしたままその指を唇で挟み込んで咥えた。
「んんっ」
ヴァッシュは耳かき棒をくるりと反転させると、小さな匙のような形をした方をウルフウッドの外耳に差し込む。そっと傷つけないように、外耳道をくすぐる。
柔らかな羽毛の感触から、硬質な木材の感覚に変わりウルフウッドは思わず口にしたヴァッシュの義手に歯を立てる。
「んぅ、……んっ」
こしょこしょとくすぐるように、棒を動かすとくぐもった声を上げて身体を震わせた。
「はい、おしまい」
膝の上ですっかり溶けてしまったウルフウッドの髪を撫でると、夢見心地のウルフウッドは潤んだ瞳でヴァッシュを見上げた。
指をくわえていたせいで、唇の端から唾液が垂れて濡れている。思わずヴァッシュは、自分の唇を舐めた。
体温が上がってほんのりと上気した頬を撫でて、額に張り付いた前髪を梳くってやりながらヴァッシュは、微笑みながらウルフウッドへ問う。
「どうする、こっちの耳もしてほしい?」
ヴァッシュの膝に押しつけられていた方の薄いウルフウッドの耳たぶに触れゆっくりと輪郭をなぞる。
ウルフウッドの瞳が一瞬迷って宙をさまよう。
「ウルフウッド?」
ヴァッシュが名前を呼ぶと、ウルフウッドは目を閉じて小さく頷いた。