職場のヤバい先輩 二日間の有休を取って戻ってきた先輩の左薬指には、見覚えのない指輪がふたつ嵌まっていた。定例会議で「結婚しました」と聞いて、その場は黙って祝福したけど、なんか違和感がある。二連みたいなデザインに見えるけど、じっと観察すると別にそうじゃないことがわかるような、プラチナとピンクゴールドの指輪。エンゲージリングとマリッジリングにしてはどっちもシンプルなデザインすぎるし、なんか気になる。
「小波さん、指輪ふたつ着けてるんスね」
「あ、あー、うん。そう」
昼休憩のとき、思い切って聞いてみた。他の人からは聞かれてる様子なかったし、あとやっぱり私が思ったみたいな違和感を他の人も感じてるみたいだったから、一番ずけずけ言える仲だと思う後輩の自分が直球を投げるしかない。そして、やっぱり違和感は拭えない。先輩の顔が微妙な表情をしてるのも気になる。
「エンゲージリング、今まで着けてましたっけ? 見たことなかったような」
「ん、んー……」
お弁当に入っているつやつやの肉団子を頬張りながら、先輩は難しい顔をしている。こりゃ絶対なにかあるな。結婚っていうめでたいことの中に秘密があるなんて、自分の中の好奇心が抑えきれないほど高まっていくのがわかった。
「見た目の割に口固いって知ってるし、いいかぁ……」
「『見た目の割に』ってなんスか、もー」
からかうような言葉にぶうたれる。そうするとふふっ、といつもの調子で笑われた。この先輩、抜けてるように見えて実際抜けてるんだけど、変なところで豪胆なんだよな。最初ナメてかかったら普通に真面目に怒られたし、仕事の面じゃ優秀だし、良いところと嫌なところのバランスがよすぎる。
普通の人はそんな好きになってくれない、派手な見た目をした私へ向けて、先輩が普段あまり見せない真面目な顔を向けてくる。
「あんまり他の人には言わないでほしいんだけど……わたし、ふたりの人と結婚したの」
「……はぁ?」
コンビニの中華丼を掬っていた手が思わず止まる。
「……日本って、ふたりと同時に結婚できるんでしたっけ?」
「できない。だから書類的には結婚してない……というか、ふたりともと結婚して、離婚してる」
一度結婚すれば名字は変えられるから変わったよとか、女の人は一定期間経たないと再婚できないから、実は一回目の結婚と離婚はもっと前にしてて、とかいう解説も付け加えられる。予想以上に込み入った展開がお出しされて、こういう突飛で自分じゃ絶対経験しないやつに飢えてた私としてはもうワクワクが止まらなかった。「この歳でバツ2になっちゃった!」とか陽気な顔で言ってくるから、面白すぎる。
「どっちかとずっと結婚するんじゃないんスね?」
「それも考えたけど、やっぱりふたりをずっと平等に扱いたいから、三人で話し合ってこうすることにしたの」
「ふーん……それで、お相手はどういう人なんスか?」
「ふたりとも幼馴染。というか、ふたりは兄弟なの」
「兄弟どっちからも愛されちゃったんだー、やるぅ」
絡み方が酒入ったときみたいになってきちゃったけど、こんな盛り上がるしかない話題なんだから仕方ない。先輩のほうも笑ってるし、こんな反応でも間違いじゃない。
「ふたりから愛されちゃったし、ふたりとも愛しちゃった」
そう言う先輩の顔は心底幸せそうで、アツアツの新婚さんって言葉がお似合いだった。
正直言うと浮気はしたことあるけど、同時にふたりを同じだけ好きになったことなんてないから、私からしちゃ意味分かんない関係。でもまあ、本人が幸せならいっか、と割り切れるくらいの仲だから、倫理とかはどうでもよかった。やっぱこの先輩、大人しそうに見えてヤバいな、とは思ったけど。
「んじゃ、夜のほうはどうするんスか?」
「それはさすがに言わない!」
一瞬怒って、すぐ笑いだした先輩の薬指には、お似合いの結婚指輪がふたつ輝いている。