三人寄れば「コウくんごめんね? せっかくの誕生日なのに運転させちゃって……」
「あァ、だからいいって、気にすんな。俺もちっと遠出してみたかったしよ」
四輪の古い外車は地面のガタつきをそのまま伝えてくるみたいに大きく揺れる。真後ろの席に座ったアイツの表情をバックミラー越しに見てみれば、申し訳無さそうな顔をしていた。その隣に積み上がった服屋の袋だなんだは、さっきまではそんな顔をさせていなかったことを物語っている。隣県のアウトレットモールに行ってみるかと誘ったのはこっちだし、まだカッコ悪い若葉のマークをつけた車でよければと言い出したのもこっちだ。都合のつく休みの日が、たまたま俺が生まれた日だったってだけだ。
「そうそう、コウが自分から運転したいって言ったんだから、オマエは気にすんなって」
「テメーが言うな」
助手席に座っているルカは後ろを向いて喋りかけていた。行きにそれが当然って顔をしてふたりで後ろに座ろうとしたコイツを無理やり隣に押し込めたが、〝助手〟としての役目は一切果たされていなかった。膝の上に開かせた地図も、全く知らない道を示している。
「それに、さっきなんかコウに買ってあげてたし、昼飯にステーキまで奢ったんだから、運転任せたって後ろめたいことなんて全然ないって。な?」
「まあ、な。充分だ」
そうかな、とある程度納得したらしいアイツは、「ありがとう」と一言礼を伝えてくる。あぁ、と素っ気なく返した俺のことを、ルカはニヤニヤした満足げな顔をしたあと座り直した。こういう微妙な空気になったとき、コイツの押しの強さみたいなモンは役に立つとわかっていて呼んだフシがあるから、何も返せやしなかった。
「しかし、あの店のハンバーグ、ウマかったよなー。並んだ甲斐あった」
「そうだね、すっごい美味しかった。コウくんも食べればよかったのに」
「俺ぁもっと肉肉しいのがいいんだよ。ハンバーグなんかガキの食いもんだろ」
「ええ〜、チラチラこっち見てたじゃない。それなのに『食べる?』って聞いてもムキになって拒否するんだから」
「見てねぇし、ムキにもなってねぇ!」
「あーもー、コウが暴れると衝撃で車バラバラになるぞ?」
「暴れてもねぇ! 超安全運転だコラ」
ケタケタと声を上げて笑い出したふたりをちらと見てから、クソ、と悪態をつきつつまっすぐ前を見つめた。
ルカとアイツのふたりがほとんどを喋って、まだ四輪に慣れきっていなくて気をやれない俺がたまに会話へ交ざる。そんなことをぽつぽつと繰り返していたら、ふとアイツの声が止んでいることに気づいた。斜め上の鏡へ目をやってみれば、ガタガタと揺れるのも気にせず、寝入っているのが見える。
「朝早かったから眠かったんだろうな。昼間結構はしゃいでたし。子供みたいでカワイかった」
「はしゃいでたのはオマエもだろ。高校も出たってのに、あんだけワーキャーしやがって」
「コウも結構楽しそうだったな? 前はショッピングなんて興味ねぇ、って感じだったのに、変わっちゃって」
「ウルセー」
後ろに配慮したのか、さっきよりも小さい笑い声がルカから上がる。舌打ちして返しても、窓の縁へ頬杖をついたルカが何か言ってくる様子はなかった。――そしてしばらくすると、こっちも寝だしたみたいだった。
少し開けた窓から夕方の冷えた風が吹いてきて閉める。海岸線沿いの国道を走っていると、だんだんと薄暗くなっていくのがはっきりと見て取れて、ヘッドライトのスイッチを上げた。パチン、と鳴るその音が響く車内は、もっと静かならふたりの寝息の音さえ聞こえるんだろうが、国道を走る旧車にそこまでの静寂は訪れない。けれど、ひとりで乗っているときとは何か違うとも感じていた。近い感覚は何かと掘り起こしてみて、West Beachで、三人でいてもそれぞれバラバラのことをしているときだとすぐに思い出せるくらいには、今の空気感は似ていた。
単車のほうが乗り慣れているし、アイツとふたりだけになることもできるとはわかっていても、諸々の事情を考えれば今日は車を出したのが正解だったと改めて感じる。数時間の運転の疲れが単車よりも大きかろうと、空間を持ち出せるのは車の強みだ。
悪くない、誕生日だった。