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    C7lE1o

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    施設時代の茨と弓弦の一夏の話
    夏になる前に書きたかったけどもう夏になっちゃった無理
    イメソン:花に亡霊、悪魔の子

    #七種茨
    #伏見弓弦
    fushimiBowstring

    茨と弓弦の夏休みエリアントスの墓標 (仮)茨と弓弦の夏休み(仮)〈問わず語りと亡霊〉
    「それでは次回までに子供の頃の思い出の写真を枚ご用意頂く様ご連絡よろしくお願い致しますね!」

    「承知いたしました!本日はわざわざご足労頂きありがとうございます!敬礼〜☆」

    「いえいえ!こちらこそお忙しい中無理を言って申し訳ございませんでした!それではまた次回お会いできるのを楽しみにしております!」

    では失礼致します!

    やる気に満ち溢れた眩しい笑顔がドアの向こうに消え、足音が遠ざかるのを確認してから、大きくため息を吐いた。彼は以前Edenのライブを見て以来、一緒に仕事がしたいと思っていて、今回様々なタイミングが合致した結果、とある番組内の彼が手掛ける企画にEdenとして参加することになった。
    あちらから指名で仕事を持ちかけてもらえるのはとても有り難い事だ。有り難い事なのだが。
    メガネを外し、眉間のシワを揉む。もう一度大きなため息を吐いた。

    自分がこの企画への参加を手放しに喜べない理由、それはひとえに「人気アイドルが過去の思い出を写真とともに振り返る」という企画の趣旨にあった。

    知っての通り自分は施設育ち。中学生の年齢より前は民間の軍事施設にいた。
    施設を出た後も会社の経営だの人並み以上の勉強だのをしていたのがから写真なんて撮る暇もなかった。その後アイドルとして活動する中で当然雑誌の撮影やファンサービスの為のSNSにアップする写真を撮ったりはしているが、今回求められているものは「思い出」の写真、そして先程の彼の提案として「子供の頃の」が頭につく状態となっている。

    閣下……は、問題ないだろう。 閣下と殿下は幼少の頃を共に過ごしたと聞く。写真に困ることはないだろう。思い出の写真が多すぎて1つなんて選べないね!と言い出しかねないという意味では、困るかもしれないが。
    ジュンも、おそらくだが大丈夫だろう。先程集まって写真を用意してほしい旨を伝えても特に困った様子は見られなかった。
    つまり、自分だけが窮地に立たされているのである。

    寮の同室者に今晩は帰らないことを伝え、寮とは別に契約してある部屋へと赴いた。
    リビングのソファに荷物を起き、一息ついたところで物置代わりにしている一室へ向かう。
    目当てのものは資料の詰め込まれたダンボール達に隠れるように部屋の角の方にあった。

    「……二度と触ることもないと思っていましたが、そういう訳にも行きませんでしたか」

    お世辞にも綺麗とは言えないボストンバッグ。こいつは俺が施設から出る時に持ち出した唯一の荷物だ。

    持ち上げてみると、拍子抜けにするほど軽かった。施設で着ていた衣類などは殆ど処分したし、持ち出すほど愛着のあったものも無かったように思う。ひょっとしたら軽いとか以前に空の可能性もある。
    期待していなかったとはいえ、何かしら残っていれば、それを写真に撮っていい感じに誤魔化す事も視野に入れていただけに落胆してしまった。
    ため息を吐いてボストンバッグを放り投げようと振りかぶった時、バッグの中で何かが動いた気がした。不思議に思って中を確認してみると、薄汚れたA6サイズのノートが一冊、転がっていた。

    手にとって見ると、ノートというにはあまりにも薄っぺらい。どうやら相当な枚数を千切られてきたようで、表紙と裏表紙はわずか10数ページほどを頼りなく包んでいた。
    はて、こんな手帳自分の持ち物にあっただろうか。
    バッグに入っていたという事は施設から持ち出して来たのであろうが、どうにも心覚えがない。
    大方別の誰かの手帳がうっかり入り込んでしまったのだろう。
    ひとまず中身を確認しようと表紙を捲ろうとしたところ、ページの隙間から紙のようなものが床に滑り落ちた。
    二つ折りのそれを拾い上げて確認する。ただの好奇心だった。

    写真だった。
    ひまわり畑の前に佇む、麦わら帽子を被った少年の後ろ姿。
    入道雲の浮かぶ青空と咲き誇るひまわりのコントラストが鮮やかだ。
    左上に映り込んでいるのは指か?大方、写真を撮る時レンズに指がかかってしまったのだろう。

    俺はこの写真の光景に見覚えがあった。

    急いで手帳を開いて1ページ目に目を落とす。

    『○月△日
    昨晩就寝直前に遠征任務の命令。熱帯地域での活動を想定した訓練との事。
    そのまま準備をさせられて輸送機へ。
    起きたら訓練地だった。
    参加人数は2人。俺、茨と教官殿、伏見弓弦。
    上官は1人。俺達を連れてきた上官の上官だったとか言ってた気がする。
    どうでもいいけど。いつもの訓練に比べたら楽だけど、とにかく暑いしさっさと帰りたい。
    上官は――』

    まごうことなき、かつての己の筆跡だった。それを認めると同時に、手帳と共にかばんの奥に押し込まれていた記憶が溢れ出す。
    ああ、どうして忘れていたのだろう。あれはそう、特別暑い夏の日の……。
     
    記憶の片隅に追いやっていた思い出が、亡霊のように脳裏に蘇った。


    その日、いつも通り訓練を終えた俺と弓弦が硬いベッドで浅い夢を見ていた時、突然響いたノックに現実へ引き戻された。
    返事をする前に入ってきたのは上官、軍曹の男。
    厳しいがメチャクチャな命令をする奴ではなかったのでそこまで嫌いではなかった。
    そいつは俺と弓弦を一瞥すると、これから訓練地に移動する、荷物をまとめて5分後にヘリポートへ集合せよ、とだけ言うと扉を開け放ったまま暗い廊下へ吸い込まれていった。

    ぽかん、と弓弦と目と目を合わせる事数秒、弾かれたようにベッドから飛び降り衣類やら筆記用具やらをその辺においてあったボストンバックに詰め込む。一足先に部屋を出た弓弦を追って俺も廊下に飛び出した。バックに押し込み損ねたタオルが殿を努めていたが、おさめなおす時間も惜しい。
    例え夢の中から引きずり出されようと、行き先を知らされないまま5分後に出発と言い渡されようと。
    遅刻は許されない。車ならまだ死ぬ気で走ればなんとかなるが、今回の移動手段は空だ。
    間に合わなければ置いていかれる上に待っているのは罰。そんなのは御免である。寝起きの体に命令して必死に足を動かした。

    「……4分50秒。ギリギリだな」

    ヘリポートに繋がる階段を駆け上がるとストップウォッチを手にした上官が待ち構えていた。
    無茶苦茶言いやがって。間に合っただけ偉いだろうが。心の中で悪態をつきつつ口だけは謝罪を述べる。ちなみに弓弦は4分きっかり。俺と同じように全力で走ったはずなのに、特に呼吸を乱す様子もなく涼しい顔で上官の横で俺を待っていたのだから腹が立った。




     
    「熱帯地域での活動を想定した実地訓練を行う。到着後は現地の管理者の指示に従うように。」

    そのままけたたましいプロペラ音とともに現れたヘリに乗り込み、投げ渡されたイヤホンとマイクを装着する。小さくなっていく施設を眺めながら軍曹の話を聞き流していたら、隣に座る弓弦に耳を引っ張られ姿勢を正された。痛い。

    「質問は?」

    やり返そうとした俺を軽くいなした弓弦が挙手をし、促されて口を開いた。

    「実地訓練と申されましたが、具体的に何をおこなうのですか?参加人数は?」

    「……主に荷物の運搬。気候の変化に迅速に適応し、長距離・長時間の行動を想定している。参加人数はお前たち2人だ」

    実地訓練と言えばまだ聞こえが良いがなんてことない、ただの雑用係として駆り出されたというわけだ。
    ますます話への興味を失った俺を見て、軍曹は注意するでもなく、油断すれば聞き取れないような声で呟いた。

    「……現地の上官は、私の父が世話になった人だ。無論私も。悪いようにはされない」

    正直、またこれかと思った。この上官は親に捨てられてこんな所にいる俺を哀れんでいるのか知らないが、たまにこういう訳のわからない気遣いのようなものを見せてくる。今回だって、本当なら俺は明後日から南方の紛争地域に補給要因として向かう予定だった。かなりの危険が伴うと聞かされていたから、もしかしたら俺はそこでんで死んでしまうかもしれないな、と思っていたくらいだというのに。
    めちゃくちゃな命令をしないところは良かったが、この男のこういう所は嫌いだった。



     
    「――おい、起きろ。まもなく到着する」

    上官の声と共に頭部に左側からの衝撃を受けて目が覚める。
    いつのまにか眠っていたようだった。

    「……見てください、茨。すごいですよ」

    弓弦に促され、寝ぼけ眼で窓の外を見て息を呑んだ。

    眼下に広がっていたのは、一面の黄色だった。

    「こ、これ」

    「現地の上官が管理している。お前たちの訓練場はここだ」

    「訓練場、って言ったって、これ……!」

    直後、機体が着陸準備に入る。聞きたいことは山程あったが、舌を噛まないよう口を噤むしか無かった。





     
    「ひまわり、ですね。キク科の一年草で、種は食用になります。日に廻ると書いて日廻りとも。名前の由来は太陽の動きを追うように花が廻ると言われていることからですが、そういった動きは生長に伴うものですから、実際に名の通りの動きをするのは生長の盛んな若い時期の花だけだそうですよ」

    「……それくらい知ってるよ」

    「失礼、花に興味があるようには見えなかったので」

    腕白な笑みを浮かべて言う弓弦を無視して周囲を見渡すと、丘の向こうからこちらへやってくる人影が見えた。朝日に背を向けているせいで顔はよく見えない。ゆらゆらと漂うようにして歩んでくる様は、まるで亡霊のようだと思った。

    「お久しぶりです。先日の件で、こちらの二名を連れてきました」

    上官の紹介に合わせて敬礼をし、改めて俺達の前に立つ『上官の上官』を観察してみた。
    刈り上げられた髪、くたびれたタンクトップから伸びる腕は骨が浮き出ている。腰こそ曲がってはいないが、いかにも老兵といった風貌だ。顔には深いしわが刻まれていて、しかし、目だけは異様にギラギラとして俺達を見据えていた。

    バチン。
    剣呑な視線に身を晒す。目と目が合った瞬間、息が出来なくなるとはこういうことなのだと知った。
    目を逸したいのに、身体を動かすことができない。せめて目を閉じることができればいいのにそれも出来ない。指一本でも動かすことは許されないと感じた。


    「……ついてこい」
    たっぷり5分(体感はもっとずっと長かった)の沈黙のあと、じいさんはようやく俺から目線を逸した。
    安堵も束の間。
    老兵は挨拶を返すことなく俺達に背を向け、先程下ってきた丘を登り始める。
    チラ、と隣の弓弦に目をやると、わずかに困惑した表情を見せつつもしっかりと頷いた。
    ついていくしかない訳ね。了解。

    ともすれば追い越してしまいそうな背中の後ろに付きながら緩やかな丘を登る。
    途中、空を殴りつけるような音が聞こえて振り返ると上官を乗せたヘリが離陸したところだった。
    遠ざかっていくヘリを眺めていると、鋭い声で名を呼ばれる。
    振り向くと丘を登りきった老兵がこちらを睨みつけていたので、慌てて後を追った。



    「……つ、疲れた……」

    日が完全に沈んだ頃、訓練を終えた俺達はシャワーを浴びた後用意された寝床に倒れ込んだ。

    「こら、茨。髪を乾かしなさい。風邪を引きますよ」
                           
    「こんなに暑いのに引くわけ無いじゃん。弓弦みたいに髪が長いならまだしも」

    ギシ、と軋むベッドで寝返りを打ちながらぼやく。
    結局、日が暮れるまでひたすら荷物を運ばされただけだった。



    この小屋に置いてある物を、最初に降り立った場所へ運び出せ。

    随分と時間をかけてたどり着いた小屋の中にはちょっとどうかと思うほど様々なものが乱雑に置かれていた。タイヤ、右腕のもげた小汚いうさぎのぬいぐるみ、やたらめったらでっかいプロペラ、スコップ、汚れて表紙の読めない本達、何かの操縦桿、錆びついた鉄の塊、その他諸々。

    「……こ、これは」

    「私物だ。もう必要ねえから処分する。お前らが帰る時に回収させる。この小屋が空になるまで帰れねえと思え」

    それだけ言うと老兵はひょこひょこと小屋を出ていく。
    老兵の行く先にはこの小屋より一回り程小さい小屋があった。
    どうやら居住区と物置と分けていたらしい。ちなみに明らかに物置小屋のほうがでかかった。

    「茨、足元にグラスが転がっています。転ばないように気をつけなさい」

    「へいへい。……うわ、このスコップひしゃげてるんだけど!何したらこうなんだよ……」

    「……この本、どこの国のものでしょう。見たことのない言語ですね」

    「んー……あれ、なにこれ鉢植え?」

    「植物が鉢植えを割って床に進出していますね」

    「これどこまで根がはってるんだよ……このっ!」

    「無闇にひっぱるんじゃありません。ただでさえそこら中に物が積み上がっ」

    「うわあああああ崩れてきた!!一番上に車のドア乗っかってるんだけど!?弓弦!!受け止めて弓弦!!」

    「言わんこっちゃない……」


    物置に放置しておくにふさわしそうなものからヤバそうなものまで選り取り見取り。
    入り口付近はまだ床が見えているが、奥の方は物が積み上げられすぎて雪崩を起こしてるもの、うまい具合にハマってびくともしないもの、しまいには天井を突き破っていたりして流石に途方に暮れた。


    「あのじいさんが住んでる場所と物置を分けてくれてたのだけは感謝だなー。シャワーもあったし。野宿とか言われたら帰ってたかも」

    「帰れませんよ。あなた、寝ていたから知らないかもしれませんけど島ですよ、ここ」

    「島!?まじで!?」

    冗談からとんでもない情報を得てしまった。

    「じゃあ他に住んでる人間がいるってこと?」

    「さあ、どうでしょう。上空からはひまわりしか見えませんでした」

    「ひまわりだらけの島にひとりで住んでる……って意味わかんねえ……」

    「そのひまわり畑が問題ですね」

    そう。なにより厄介だったのはひまわり畑だった。
    というのもこのひまわり畑、着陸地点と居住・物置小屋付近以外の大地を隙間なく埋めているのである。
    小屋から着陸地点まで地味に距離があるのもきつく、一応道っぽいものはあるが、舗装されているわけでもないのでお構いなしにひまわりが侵食していて、しかもこのひまわりの背丈が俺より高いと来た。
    つまり物置小屋から着陸地点まで荷物を運ぶには自分より高いひまわりの群衆に突っ込んみ感で進んで行かなければならないということだ。今日だけで数回弓弦とはぐれた。

    「茨と来たら俺の姿が見えなくなるたびに大声で俺を呼んで探し回って」

    「俺が迷子になったみたいな言い方やめろ!」

    「おや、それは失礼致しました。では明日からは気にせず進むことに致しますね」

    「……!!」

    ぐ、と言葉に詰まっているとふと視界が暗くなる。俺が何か言う前に弓弦はタオルで髪をかき混ぜた。

    「まあ気持ちは理解できますよ。誰しも自分より背の高いものに囲まれると落ち着かないことはあるでしょう。ましてや進んでも進んでも同じ光景が広がっていれば」


    くつくつと笑いながら俺の髪を乱雑に拭く弓弦にされるがままにされつつ、昼間の光景を思い出す。




     
    ふと気づくと、隣にいたはずの弓弦がいなくなっていた。
    名前を呼んでみても聞こえてくるのはセミの声と風がひまわりの間を通り抜ける音だけ。
    そこにドクンドクンと特徴的な音が加わる。
    それが自分の心音だと、すぐに気づくことができなかった。
    は、は、と荒い呼吸を吐き出す。

    「ゆ、弓弦、」

    目線を上げると、ひまわりの黄色い花たちが無言で俺を見つめていた。
    それが段々、必要なパーツの抜け落ちた人間の顔の様に見えて……。

    「弓弦!!」


    「茨!」

    駆け出そうとした時、名前を呼ばれると同時にぐい、と左肩を掴まれる。
    慌てて振り向くと少しだけ息を切らした弓弦の姿があった。




     
    そこまで思い出したところでふるり、と鳥肌がたった。
    間近にいた弓弦は気づいたはずだが、何も言ってこなかった。


    「何を寝ようとしているのですか。まだ終わっていませんよ」

    木でできた硬いベッドに横になろうとしていると、弓弦に何かで軽く頭を叩かれた。

    「ここにいる間、記録をつけるように言われていたでしょう」

    「うええ、そうだった……」

    老兵は小屋の片付け以外にもう一つ命令を課していた。それがここにいる間、毎日寝る前に一日の記録をつけること。
    老兵の住んでいる小屋に入って俺達が使う部屋に案内された後、投げ渡されたボロい手帳に書きつけておけ、ということらしい。

    「……っていうかこれ残りのページ数少なくない?もう10ページくらいしかない……」

    「以前ここに来た者にも、同じような命令をしていたのかもしれませんね。中身は、帰る時に破り取って持たされたのかもしれません」

    「なにそれ。なんの為に?」

    「さあ。あくまで推測です」

    ああ、くそ、わからない事だらけだ。
    記録だかなんだか知らないがさっさと書いて寝てしまおう。


     
    『○月△日
    昨晩就寝直前に遠征任務の命令。熱帯地域での活動を想定した訓練との事。
    そのまま準備をさせられて輸送機へ。
    起きたら訓練地だった。
    参加人数は2人。俺、茨と教官殿、伏見弓弦。
    上官は1人。俺達を連れてきた軍曹の上官だったとか言ってた気がする。
    どうでもいいけど。いつもの訓練と同じくらい疲れるし暑いしさっさと帰りたい。
    上官は訓練期間を言わなかった。小屋が片付くまで帰れないと思えって言われたけど、どうやら本気らしい。
    とりあえず、教官殿と相談して明日は日が昇る前から作業を始めることにした。太陽が無い時間なら、暑さも多少はマシだろうし』




    次の日。訓練基小屋の片付け2日目。
    俺は日の出前の作業開始に賛同したことを早速後悔しはじめていた。
    だって、怖いのだ。なにがって、ひまわりが。
    ああそうだ、もう認めてしまうが昨日弓弦と逸れてからこの島の主たるひまわりに対して恐怖心を抱いていた。 
    考えても見ろ、自分より背丈のある大人に囲まれるのだって、もう慣れたとは言え威圧感を感じずにはいられないのだ。
    いっそ大人どものほうがマシだと思う。
    だって、アイツらは人間だ。表情からある程度の感情を読み取ることが可能なのに対し、あのひまわりには顔がない。
    植物なのだから顔がないなんて当たり前なのだが、ずっとひまわり畑の中にいると段々無数の顔をこちらに向けられている気分になるのだ。
    そうしているうちに視線すら感じる気がしてきて……。
    …………。

    「茨、下ばかり見ていないで前を向いて歩きなさい。ただでさえ大きいのに、バランスを崩したら終わりですよ」

    弓弦の声で思考の海から引き上げられる。
    今運んでいるのは窓の近くに立てかけられていた大きな額縁。
    中に収められていたのは、5本中2本が花瓶の外に出たひまわりの絵。またひまわり。

    「そこを左に曲がりなさい。そう、そのまま真っすぐ」

    弓弦の指示で後ろ向きに歩いていると、ふと視界が明るくなる。着陸地点だ。

    「あー、やっとついた……」

    「物が大きいと二人で運ばなければなりませんし、余計に時間がかかりますね……」

    せーの、で額縁を地面に置き、額に浮かぶ汗を拭いながら弓弦が言う。
    まだはじめて一時間も経っていないのにもう疲労が見え始めている。
    ちょっときゅうけーい、と夜露が染み込んだ地面に座り込んだ。

    「ほんとだよ……ただでさえ運ばなきゃいけないものは山程あるのに……なあ、あのひまわり切り倒したらよくね?」

    「ダメに決まっているでしょう。それが可能ならとっくに誰かがしているはずです」

    「……誰かが、ねえ……」

    ぐう、と伸びをしながら、太陽が登る方角を見つつ呟いた。

    「あのじいさん以外に人なんて住んでるのかね」


    『○月◇日

    訓練2日目。計画を一部変更し日の出前の運搬は中止、代わりに小屋内の物品の整理を行う。
    物が多すぎて闇雲に運び出していては時間がかかりすぎるのと、後は単純にひまわりがなんか怖いから。
    弓弦に理由を話した時、笑われるかと思ったけど意外にもあっさり承諾してきた。ひまわり畑を不気味だと感じているのは俺だけじゃ無いらしい』


    次の日。お片付け3日目。
    昼のうちに小屋の物を大まかに分別し、ヘルメットや空のダンボール等、細々としたものを運んでいる最中、腰に衝撃を感じた。とっさに振り向きメルメットを振りかぶるが、そこにいたのは子豚だった。

    「……ぶ、豚……」

    「どこから逃げてきたのでしょう?」

    キョロキョロと当たりを見渡すが、動物は俺の腰の匂いをフンフンと嗅いでいるこいつのみ。
    とりあえず子豚の来た方向へ歩みを進めることにした。

    「家畜でしょうか」

    「そうだとしたら、やっぱり誰か他に住んでるんかな」

    途中からまるでついてこいと言わんばかりに先頭を行く子豚を見失わないよう注視する。
    物置小屋と居住の小屋を通り過ぎ、セミの声に混じって波の打ち寄せる音が混じり始めた頃、ひまわり畑が途切れる。その先に広がっていたのは白い大きな柵とそれに囲まれてのびのびと過ごす鶏や豚達だった。
    その少し離れたところに畑があるのも見える。

    「完全に自給自足って訳ね。飲水とかは組み上げた海水とか雨水を真水にして使ってるって言ってたし」

    「島の外から人間が来る頻度はわかりませんが、本当に必要最低限なものは揃っていますし、最初に受けた印象よりいい生活をしているのかもしれません」

    「そもそもさあ、あのじいさんいつから住んでんの?なんでひとりで住んでんの?気になることが山程あるんだけど」

    「さあ……質問したところで答えて頂けるとも思えませんね。なにより運び出さなければならないものまだ山程ありますから。天秤にかければそちらが吹っ飛びますよ」

    戻りますよ、予想以上に時間を食ってしまいましたから急がなければ、と踵を返した弓弦の後ろ姿を見つめる。
    瞬きをした拍子に汗が目に入ってしまった。
    立ち止まって目を擦ってメガネを掛け直すと弓弦はもうひまわり畑に足を踏み入れるところだったので、俺は紺色の尻尾が完全に黄色に紛れてしまう前にと走り出した。


    『○月○日
    訓練3日目。
    昼前(といってもこの島に時計は無いので感覚だが)にひまわり畑の中で子豚と遭遇。ついていってみると小屋から少し進んだ所に柵の中で放牧されている豚や鶏がいた。そこから更に少し離れたところにそこそこ立派な畑。弓弦の言う通り、最初に思ったより安定した生活を送っているようだ。下手をすればここの家畜たちのほうが普段の俺よりストレスなく生活している可能性すらある。
    いったいどれだけの時間を掛けてこの環境が整えられたのか、想像もつかない。
    というか、ここまでできるなら島中のひまわりだってどうにかできそうなもんだけど。
    何か理由があるのかもしれない。
    理由と言えば、関係があるのかは知らないが、この島のひまわりは普通のひまわりとは比べ物にならないほど、開花期が長いそうだ。それを聞くと生命力が強そうだし、簡単には除去できないのかもしれない。
    まあ、聞いたってあのじいさんは答えちゃくれないあろうけど』


    次の日。お片付け4日目。
    プロペラを抱えてひまわり畑を突き進んでいると、突然前方のひまわりが大きく揺れた。
    己が驚いた事を自覚するより先に身体が反応する。
    瞬時に距離を取る。抱えるプロペラと周囲のひまわりのせいでさぞ滑稽に見えるだろうと思った。
    身構えると同時に姿を表したのは、朝と夜の報告時に顔をあわせる時以外、どこにいるかもわからんかったじいさんだった。

    思わずプロペラを抱える腕に力を入れた俺に対しじいさんはこちらを一瞥しただけで何も言わなかった。
    それがなぜだか無性に気に食わなくて。気づいたときにはじいさんに声をかけていた。

    「な、なにしてたの」

    自分が思っていたよりずっと情けない声だった。

    「…………墓参りだ」

    「墓……?」

    いわずもがな、周囲はひまわりしかなく、この4日間島で過ごした中で墓石に当たるようなものも見ていない。

    「墓なんてどこに……」

    あるんだ、と振り返るが、じいさんの姿はもうどこにもなかった。
    出てくる時も一瞬であれば消える時もまた一瞬であった。



    「桜の下には、死体が埋まっているという話があります」

    太陽が傾き始めた頃、小屋に戻って休憩をしている時に俺から先程の出来事を聞いた弓弦が水が入ったコップを差し出しながら言った。

    「誰も桜の話なんてしてないけど」

    「古来『桜』という文字は死体を埋める場所につけられていたとかで、桜の木という存在が放つ儚さも相まってそういった民間伝承が生まれたとか様々な説がありますが、実際に桜の下から死体が、なんて話は聞いたことがありませんね。少なくとも俺は」

    「聞いてる人の話?」

    「しかし、遭難した際等の理由で雪山で亡くなった人間がいて、現状で遺体を持ち帰ることが不可能と判断された場合、分かりやすいよう目印変わりに桜の木の下に遺体を埋めて、春になってから遺体を回収しに行く、ということはあったそうです。しかしその場合『桜の木の下に死体が埋まっている』のではなく『桜の木を目印として死体を埋めた』ということになりますから、本来の意味とは違ってくるでしょう」

    「……ふーん」

    「先程上げた民間伝承が元になっているとすれば意味は「死体の埋めた所から桜が生えた」、すなわち「死体を養分とし桜が育った」であると解釈します。そもそも桜というのは――――」

    こうなったら弓弦は止まらない。こちらが聞いていようがいまいがお構いなしに自分の持つ情報を喋り続けるのだ。その途中で話が脱線するなんてよくあることで、現に今も鶏と卵どちらが先か、みたいな話になりつつある。
    だが不思議と『知識をひけらかしている』様には思わなかったので、こちらの静止を聞かないのだけは考え物だが、弓弦の長話に適当に相槌を打つ時間はそう嫌いでは無かった。

    「花と言えば、紫陽花の下にも死体が埋まっているという話があるそうです」

    「ええ?なにそれ。花の下って死体埋まってばっかじゃん」

    「ですからまあ、墓石の変わりにしていてもおかしくはないでしょうね」

    「へえ……。……墓石の変わり?なんでそんな話になった?」

    「貴方が言ったんでしょう。上官が『墓参りだ』と言っていたのだと。桜の話を知っていたとすれば、花を墓石の変わりにするという発想に至るのも理解できます」

    つまり。
    じいさんの言っていた「墓参り」とは、正真正銘の墓参りで、すなわち、じいさんが姿を表した先に、どこかのだれかが眠っている可能性があるということ。形はどうであれ「墓がある」、と認識してしまうと、自然とその下に埋もれている物質にも考えが及んでしまうのも仕方のないことだろう。

    年老いた男が暮らす島。
    彼が「墓」と呼んだひまわりの下には何が埋まっているのだろうか。
    もしかしたらあのひまわり達は、下に眠る「何か」を養分とし成長しているのでは?
    その「何か」の影響で、開花期が異常に引き伸ばされているのでは?

    「何か」なんてとっくに分かっていたが、はっきりと思い浮かべることでそれが事実と認めてしまう気がして、俺は馬鹿げた考えを水と一緒に飲み込んだ。

    『○月◇日
    訓練4日目。
    ここに着いてからずっと朝と夜の報告の時にしか姿を見せることのなかったじいさんを見かけた。
    ひまわり畑の中で。
    墓参りをしていたらしい。
    この4日間島をウロウロする中で墓らしきものは見たことが無かったから不思議に思って弓弦に話してみると、〈花の下には死体が埋まっている〉とかいう話をしてきた。
    正確には話に出てきたのは桜と紫陽花だけど、その話から連想して花を墓石の変わりにしていてもおかしく無いだろう、とか。
    そんな話を聞かされたからか、ひまわりの下に骨が埋まっている気がしてきて、午後からの作業中ずっと誰かに見られている気がして、しょっちゅうあたりを見渡してたら弓弦に笑われた。誰のせいだと思ってるんだっつーの!!
    腹が立って背後から飛び蹴りを食らわそうとしたらかわされて晩飯前に腕立1000回やらされた。鬼教官め!』

     
    次の日。お片付け5日目。
    夜明け前、喉の乾きを覚え水を求めて寝起きしている部屋を出ると、小屋の出入り口の扉が開きっぱなしになっていた。じいさんが閉め忘れたのかと不思議に思いながら戸締まりをしよう扉へ近づく。昨日の今日、しかも薄暗い早朝に見てはいけない気がして、しかし見てはならないと思うほど見たくなってしまうのが人間というものである。
    誰に聞かれているわけでも無い言い訳をしつつ、何気なくを装いそっと外に目をやると、小屋の前に佇立する人影が見えた。見てしまった、と勢いよく扉を閉めかけるが、よくよく見るとそれはじいさんだった。
    朝と夜の報告以外で姿を見かけることがなかったからか、見慣れてきたはずの風景に加わる異物に目新しさを感じる。
    そのまましばらく興味本位でじいさんを観察したが、じいさんは小屋の前に直立不動を保ったままピクリとも動かない。
    流石に気になってじいさんに近づいてみると、寝間着のまま小屋を見上げているようだった。

    「……この島って、最初からこんなひまわりだらけだったわけ?」

    「まさか。初めて来た時は、島を縁取る森とこの小屋しかない島だったさ」

    わざと足音を立てて近づくいてから言葉を発すると、じいさんはやっぱりこちらを向かず、小屋のほうを向いたまま呟いた。

    「大昔はお前らみたいなガキの訓練に使われていた島でな。何度も身一つで放り込まれたもんだ」

    「ふーん。じゃあやっぱりこのひまわりってあんたが育ててんの?」

    「毎年毎年、枯れた後に種を集めてばら撒くことを育てるって言うんなら、そうかもな。
    元々非常食用に持ち込んだ種が溢れてひまわりが咲いて、その種を撒いてるうちにこうなった」

    適当に話を合わせようと質問をした後で口の効き方が非常にまずいことに気づいたが、じいさんは気にする素振りを見せずに答えた。

    「……ふーん。教官殿が言ってたけど、ここのひまわりって普通のひまわりよりずっと咲いてる期間が長いんだってね。なにかしてるの?……例えば、特別な肥料使ってる、とか」

    「肥料だあ?そんなもんがここにあると思うか?……よく知らんが、一昔前に学者だとか言う奴が押しかけてきて島を調べまわって、土壌に珍しい成分が含まれてるとか言ってたな。このひまわりの育ちがいいのはそのせいらしい。」

    「……へ、あ、そうなんだ……」

    昨日の馬鹿げた妄想が科学的な根拠で塗り潰すされていく。
    なあんだ。そういうことか。
    そもそもこんなにあるひまわりの下全部に死体が埋まってるなんて普通に考えてありえない。現実的じゃない。
    全く巫山戯た考えであった。

    「じゃあさあ、ひまわりを今の数にするのにどれくらいかかったの?」

    「覚えてねえな」

    「じゃあいつからここにいるの?」

    「兵を辞めてからずっとだ」

    安堵からか軽くなった口からポロポロと言葉が落とされるが、返ってくるのは曖昧な答えばかり。
    そういうふわっとしたのじゃなくて具体的な答えを求めてるんだけど。
    この感じでは、なんで辞めたのかも答えてくれなさそうだ。

    じいさんの隣まで来て、俺も小屋を見上げる。
    改めて見るとかなりボロい。築何年か知らないが、台風でも来たら倒壊するんじゃないだろうか。むしろよく今まで無事だったな。

    「後どれぐらいで終わりそうだ」

    じいさんがこちらを見ないまま聞いてくる。

    「えー、昨日で半分くらいだから、あと4、5日くらい?」

    「そうか。……思ったより早く片付きそうだな」

    「そりゃどうも。っていうかあんた、昼間俺達が作業してる間どこにいる訳?ちょっとぐらい手伝ってくれたっていいんじゃないの」

    そもそもあんたのものなんだしさ。
    唇を尖らせて、ちょっとだけ文句を言ってみた。

    「それは違うな。お前らは上官の命令でここにきた。ここにいる間は俺がお前らの上官だ。その俺が小屋を片付けろと言ってるんだ。上官の命令には従うもんだろうが」

    最もな事を言ってじいさんは俺の顔をじっと俺の顔を見つめた。ひょっとして何かついているのか、と俺が頬に手をやる前に、じいさんが言った。

    「今日の晩と明日の朝は報告に来なくていい。変わりに明日の昼に来い。小屋の奥の部屋にいる。俺なの部屋だ」

    それだけ言って、じいさんは朝焼けの小屋の中へと消えていった。


    『○月▽日
    訓練5日目。朝いつもより早く目が覚めて部屋を出たら小屋の扉が開いてた。閉めようと思って近寄ったら物置小屋の前にじいさんが立ってて一瞬幽霊かと思った。

    この島は昔は軍事訓練に使われてた場所らしい。といっても兵器を使ったものではなく主にCQCの訓練場だったとか。確かに無駄に小高い丘もあって高低差もあるし、後方部分は森が閉めている。図体のでかい大人はともかく、ガキには良い訓練場だっただろう。
    ひまわりは、食用に持ち込んだものが繁殖したらしい。それが今や島の大地を埋め尽くさんとしているというのだから、凄まじいものだ。
    ひまわりの開花期が異様に長いのは、島の土壌に特殊な成分が含まれているかららしい。
    あれだけ不気味だったのに、話を聞けば何てことはない。
    弓弦の起床後作業を開始したが、いつもより早く起きていた俺を見て目を丸くする弓弦は見ものだった。あれを見れただけでも早く目覚めたかいがあったというものだし、何よりじいさんの話を聞いてから昨日まであんなに不気味だったひまわりが平気になった。
    我ながら単純だと思う。
    そいうえば、『墓参り』のことだけ聞きそびれたが、上記の理由から察するにこれにもあまり深い意味はなさそうである。

    じいさんは、兵を辞めてからずっとここで生活しているらしい。
    なんで辞めたのかは聞かなかったが、辞めたいと思って辞められるのだから、俺みたいななんの後ろ盾も無いやつではなかったってことだ。
    水や食料の確保が安定してできるようになるまで何度も死にかけたと、昼飯の焼き魚を食べながら聞いた。
    こんな島に住むなんて、俺なら御免だ。
    やることもない、自分以外誰もいない。
    ただ生きるのは嫌だ』


    次の日。お片付け6日目。

    大きな物はあらかた運び終わった。


    昨日の朝、言われた通り昼前にじいさんの部屋を尋ねると、じいさんは俺達に向かってひんやりとした紫色の棒状の物を差し出してきた。
    何かと思って受け取ると、なんとそれは氷菓だった。
    施設でも俺なんかはめったにお目にかかれない嗜好品の登場に驚いていると、じいさんは俺を見ながらニヤリと笑った。

    「お前、昨日俺の話を聞いて、『こんななにもない、なにもできないところにいて何がいいんだ』って顔してやがっただろう。
    これは森の奥の方にある葡萄でこしらえた氷菓だ。施設じゃ食う事もそうねえだろう?」

    なんとこのじじいは昨日の俺の態度を見て鼻を明かしてやろうとわざわざ呼びつけたらしい。
    質素な生活を送っているのだから寡黙で慎ましやかな性格をしていそうだと思っていたが、正体は。とんでもないクソじじいだった。

    「今日はそれ食ってからいけ。暑くなるから、それも被ってけ。使い古しだが無いよりマシだろう」

    それ、と言いながらじいさんは壁に掛けられた麦わら帽子をさす。かと思えばこちらが返事を返す前にじいさんは扉を閉め部屋に引っ込んでしまった。


    「昨日の昼頃から急に接触が増えましたね」

    氷菓をかじりながら弓弦が呟く。

    じいさんが部屋に戻ってから、そのまま小屋に居座るのも気が引けるので小屋を出て最初の丘の頂点にある大きな木まで行って、木陰に座り込んでから氷菓に口をつけた。
    風が吹けば少しは暑さもマシになるだろうに、と気候を恨みながらがぶり、と勢いよくかぶりつく。
    砂糖もなにも使っていないであろう紫色の涼やかな塊は、想像していたより甘くて思わず二人そろって「うまい」と口にしたほどであった。

    「だなあー。ちょっと話しただけで氷菓が貰えるなら初日からそうしておけば良かった」

    「打算的に接していても、見抜かれていたでしょうね。
    あの方の前では、どんなに嘘をつくのが得意な者でも、嘘を突き通すことはできないのではないかと思ってしまいます」

    「確かに、目は異様にギラギラしてるけどさ」

    一口目で3分の1以上食べてしまった為、なんだかもったいなくて、ちびちびと舐めながら初日の事を思い出す。
    眼光が尖すぎて息が止まるかと思ったし、逆らってはいけないと感じた。なのであえてこちらから関わりに行くような事はしなかったのだが。

    「あの方は、どんなふうにして生きてきたのでしょうか」

    「なに、やたら興味持つじゃん」

    手首に伝った紫の雫を舐め取る。

    「……そうですね。自分でも妙だと思います。ですがそれ以上に、あの方がどんな人生を送ってきたのか知りたいのです。何を思って戦い、何を思って武器を捨てたのか」

    目ざとく気づいた弓弦に行儀が悪い、と頭を小突かれた。

    「何を思って、この島で生きているのか」

    ハダカになった棒切れを咥えながら、思いっきり伸びをして地面に寝転んでみた。

    「……何でそんなに知りたがる訳?世の中知らない方がいいこともあるって、あんたこの間言ってたじゃん」

    「それはそうですが、別に『これは知らない方がいい』程のことでも無いのでは?」

    「それは……」

    確かにそうだ。こんな島でひとり、隠居生活を送っているじいさんの過去なんて知った所で俺達に危険が及ぶとも思えない。

    「ですが、そうですね。あえて言葉にするとするなら」

    ゴソゴソと動き出したので何かと見ていると、弓弦は俺と同じ様に地面に身体を横たえる。
    てっきり引っ張り起こしてくるものだと思っていたので少し驚いた。

    「知っておいたほうがいいと思ったから、でしょうか」

    今後の為に。小さく付け加えられた言葉をすぐ側にいる俺が聞き漏らす筈もなく。

    「今後の為〜?首輪つきの犬になるのに?」

    煽るような言葉が口を突いて出た。やば、と思いそうっと隣の弓弦に目をやるが、弓弦は何も言わずに俺をじっと見つめるだけだった。

    「……なんだよ」

    「……いいえ。なんでも。そんな顔をするくらいなら言わなければいいのに、と思っただけです」

    「なんでもなくないじゃん……」

    「ふふ、そうですね」

    くつくつと笑った後、差し込む木漏れ日に目をやり、少しだけ眩しそうに目を細める。

    「……もう少しだけ休んだら、作業を始めますよ」

    目を閉じた弓弦に、今日はやけに穏やかだな、俺の知らないうちに変なものでも食べたかと思ったが、余計な言葉は飲み込んでおく。
    少し様子を伺ってから弓弦を倣って目を閉じ、風を待った。


    『○月◎日
    訓練6日目。昨日言われた通り昼前にじいさんの部屋に行ったら、じいさん手製の葡萄の氷菓を貰った。
    昨日、俺がこの島をつまらない所だと思っていそうな顔をした仕返しのようだ。
    子供か。

    貰った氷菓と麦わら帽子を持って1つ目の丘の上にある大きな木の下で氷菓を食べた。正直期待してなかったが、これがびっくりするぐらい美味しかった。
     
    びっくりしたと言えば、弓弦もそうだ。
    やたらとじいさんの過去を知りたがっている。
    俺の知る限り他人の過去に興味を持つような、ましてや知りたがるような厄介なタイプでは無かったように思うが。
    理由を問えば、知っておかなければいけない気がするから、と返ってきた。
    ……なんか、はぐらかされた気がする』



    ○月▷日。
    お片付け7日目。

    俺は昨日とはまた別の木陰の中で伸びていた。昨日じいさんに渡された麦わら帽子を邪魔だからと首にかけ、それすらも面倒になりどこかへ置きっぱなしにしてしまった結果がこれだ。
    悔しいがまごうことなき自業自得である。

    俺が少しふらついているのに気づいた弓弦は、軽い熱中症を疑いあれよあれよと言う間に丁度丘と丘の合間の谷のような場所に存在する木陰へと連行し、大丈夫だと言い張る俺の腹に一発入れ、悶て朝飯が出そうになっている俺を根本に転がし「この場から動かないように」と言い渡しどこかへ行ってしまった。
     
    わざわざ言われなくれも動かないしそもそも動けない。
     
    熱中症より弓弦の拳のほうが尾を引く予感がしつつも、普段なら避けられるであろう攻撃をあっさり食らってしまっている自覚はある為、大人しく木の根を枕に、寝心地のいいポジションを探す。
    木の根元が固まってしまうと、土中の酸素が不足し根の新根の発生が阻害されてしまうから、木の根本に腰掛けたりするのはあまり良くないのだと弓弦が言っていたのを思い出したが、若造の為にちょっと寝床提供してよ、とぼやいてみる。
    丁度そのタイミングで風が吹き、汗ばんだ俺の身体を冷やしていった。

    頬にそよいだ風を追いかけ眩しい青に目を向けると、じいさんの言う『墓』のある方角の丘から大きな入道雲が顔をのぞかせているのが見えた。

    やっぱり柔らかかったりするのだろうか。
    あれだけ大きいのだから食べごたえがありそうだな。
    ……ああでも、以前『外』から戻ってきた大人が寄越してきた『わたがし』とかいう雲によく似た物は、軽いが甘くてふわふわしていて、口に含むと瞬く間に溶けてしまったから、雲もきっとそんな感じだろう。
    それでは腹は膨れない。

    ……やはり少し具合いが悪いのかもしれない。
    いつもならしないような思考で頭が埋め尽くされていく。

    はあ、と息を吐いた。
    かけっぱなしだったメガネを外し、近くの根っこへ立てかける。
    ぼやける視界の中でふと、丘から覗く雲が大きく見えて、手が届きそうなきがした。
    伸ばした左手は、案の定、馬鹿みたいに空を切って。

    その手を引っ込める前に、冷たいものを握り込まされた。

    「っ冷た……!!」

    「氷嚢です。首の後ろと脇に挟んでおきなさい」

    いつの間にか戻ってきていた弓弦が、氷を入れた桶とタオルを持って立っていた。
    驚くと同時に、ふわふわとしていた思考が晴れる。
    指定された場所を氷嚢で冷やしつつ、先程の奇行が見られてはいなかったかと、近くに腰を降ろした弓弦の方を見るが、律儀に被っている麦わら帽子に遮られて表情を覗く事は出来なかった。

    「これからさらに暑くなるとあの方も仰っていたでしょう」

    「だって帽子被ってたら頭に熱がこもる感じがして、なんか嫌で……」

    「それで結局熱中症になっていては世話がありませんよ」

    返す言葉も無くなり口を閉じる。
    だがこの感じでは見られてはいなかったようだ。一安心。

    「ああ、そうだ。これ」

    思い出した、と手を打った弓弦が桶から取り出したるは、見覚えのある紫色が2本収められた細長いグラス。

    「空腹時に氷菓はあまり良くないと聞きますが、特別ですよ」

    昨日も見た表情で笑う弓弦に、見られていたどころか思考回路も把握されている事を悟り無性に恥ずかしくなったが、食べ物に罪は無いので大人しく受け取る。
    口に含んだ氷菓はやはり美味しくて、夏の味とはこういった物の事を言うのかもしれないと思った。


    次に意識が浮上したのは、心地よい揺れともう見慣れてしまったひまわりの中。
    頭に何か被さっている感覚があり、それがどこかにやってしまったと思っていた麦わら帽子だと悟る。
    初めはそのまま身を任せていたが、弓弦の背中にしては安定感があり過ぎる事に気が付き、慌てて身体を起こした。

    「おい、暴れるな。落っことしちまうぞ」

    俺を背負ってひまわり畑の中を進んでいたのはじいさんだった。

    「だから暑くなるって言っただろうが。上官に助言もらっといてへばってんじゃねえぞ」

    何故、と思いかけて、数日前の出来事を思い返す。

    「……『墓参り』?」

    「あ?……ああ、その途中でそいつに会って、お前がへばってるから小屋に運んでくれねえかって言われたんだよ」

    そいつ、という言葉で弓弦が近くに居る事を知り、首を動かそうとするが、麦わら帽子が頭を滑り落ちる。
    あ、と声を上げる前に帽子は拾い上げられて再び俺の頭に戻された。


    俺の身体を背負い込む骨の浮いた背中。
    いつもより少しだけ高くなった目線。
    隣を歩く弓弦のつむじを見て、なんだかむず痒くなる。
    その理由を、俺はとっくに知っていた。

     
    脳裏に蘇るのは、いつかの野営訓練中の事。見張り当番中の暇つぶしと称して頼みもしていないのに自分の過去についてベラベラと喋る男の、彼にまだ家族がいた頃、兄と共に祖父の元を訪れた時の話だった。

    ――夏になると毎年兄貴と一緒にじいちゃんの家に泊まりに行ったんだ。森で虫を捕まえたり、川で魚を釣ったり……え?つまらなさそう?何て事言うんだよ!楽園みたいなところだったんだぞ〜!何も心配する必要なんてなくて、何にも怯える必要もなくて……。
    ……。

    そういえば一度だけ、俺が足を挫いてちゃったことがあってさ。
    兄貴がじいちゃんを呼んできて、じいちゃんが俺をおんぶしてくれて家まで帰ったっけ。
    その時、普段は見えない兄貴のつむじなんかが見えて、ちょっとむず痒くなったんだよなあ。
    ……本当、幸せってこういうことを言うんだなって思えるような時間だったよ。
    守りたかったなあ。


    そう言って男は目を伏せて小さくため息をついたあと、俺の頭を撫でてきたのだった。


     






    『○月▷日。
    訓練7日目。
    昨日渡された麦わら帽子を被らずに作業をしていたら暑さにやられた。作業時間の殆どを木陰で過ごした。
    因果関係は不明だが入道雲がやたら美味しそうに見えたので、割ときていたのかも。

    そうそう、1つ驚いたことがあった。
    なんとじいさんがわざわざ俺を小屋へ連れ帰りに来たのだ。
    微睡みの中、背負われていたのには気づいていたがやけに安定しているなと目を開くとそれは迷彩柄の子供の作業服ではなくくたくたになったタンクトップだった。
    驚いて背中から飛び降りようとするが。力が上手く入らず全く抵抗出来ない。
    そのまま小屋へと運ばれてかったいベッドに叩き込まれてしまった。

    これを書いている今はだいぶ楽になった。
    弓弦に食らった腹のほうが尾を引きそうである。
    明日は腹の痛みを主張して休んでやろうか』


    ○月◁日。
    お片付け8日目。

    「俺は戦災孤児でな。親が死んで餓死しそうになっていた所をあちらの軍人に拾われた」

    その日の夕方。
    初日の状態が信じられないくらい物の減った・物置小屋で、あとはもう中央に寄せ集められた細かい物を片すだけ、といった時だった。
    昼前に顔を出したじいさんはそのまま俺達の作業に加わり(といっても小屋内の整理だけで物を運ぶのは相変わらず俺達の仕事だったが)、これはいついつのもの、それはあそこの、といったじいさんの独り言のような呟きに適当に相槌を打ちつつ順調に作業を進めた。
    そうこうしているうちに昼時になり、誰が言い出したかほこりっぽい物置小屋を出て外の木陰で三人、肩を並べて昼飯を食べることになった。
    最初こそなんだこれ、と
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