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    C7lE1o

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    ピクシブに上げてるものと同じはず

    #七種茨
    #体調不良
    poorBodyConditioning

    夢見の悪い茨の話ガタン。
    静まり返った空間に響く大きな音。
    弾かれたように身体を起こすと同時に自分が仕事中にうたた寝していたことに気づいた。

    「……またか」

    これはちょっとまずいかもしれないな、とパソコンの液晶を侵食する意味のない文字の羅列を削除しつつ、ため息を吐く。
    深夜の1人での仕事中に眠り込んでしまうのは、初めてではなかった。

    俺こと七種茨は最近よく眠ることが出来ていない。
    いや、眠ること自体はできるが、どういうわけか夢見が悪かった。

    気づけば1人、淀んだ暗闇の中にいた。
    辺りを見渡すと遠くの方にわずかに明かりが見える。
    目を凝らすと、光の中にいたのは同じユニットメンバーの乱凪砂、巴日和、漣ジュンだった。
    それを認識した途端、地響きのような轟音が幽闇の中に広がる。
    随分と距離があるはずなのに、ここまで届く嵐のような拍手や歓声の中、衣装を身に纏って歌い踊る姿がどうしようもなく眩しくて、思わず下を向いてしまった、ところで目が覚めた。

    これが最初の夢。全てのはじまり。
    それ以来俺は眠ると必ず夢を見るようになった。
    そしてその夢は回を増すごとに、言いようのない不快感を孕んだものにとなっていたのだ。
    それこそ、悪夢と呼ぶに相応しいような。

    そもそも夢とは、眠りの浅いレム睡眠の際に見るものだと言われている。実際はノンレム睡眠の時にも夢を見ているらしいが、レム睡眠とノンレム睡眠では夢の濃淡が異なり、脳がより活発に働くレム睡眠時に見る夢の方が鮮明な為記憶していることが多いのだとか。
    要するに夢を見ていて且つその内容を覚えているということは、昨今の俺の睡眠はレム睡眠時が圧倒的に多いという事だ。
    おかげで眠る度に夢を見る上に、その夢の内容をしっかり記憶しておりおまけにその内容が俗に言う悪夢ときた。
    疲れが全く取れない。それどころか目覚める度に脳が疲弊していくのを感じる始末である。
    ただでさえ忙しい身であるというのに短い睡眠時間の間すら休めないのだ。
    流石に目に見える形で疲労が己の身体に現れだす。

    はじめはレッスンにタオルを忘れたりと言った単純な物忘れ。
    次に時間を勘違いし遅刻しかける。決してサークル活動を軽んじているわけではないが、それがニキズキッチンでのサークル活動日であったのが不幸中の幸いであった。
    悪夢のせいで夜間に睡眠を維持出来ず、日中眠くなるようになってしまったのがごく最近の話。
    極めつけは、単独での雑誌の取材・撮影の為地方へ向かった時のこと。
    2日間の予定であった所、うまく事が運んだおかげでその日のうちに全ての撮影が終了した。本来であれば宿に一泊する予定であったが、仕事が終わってしまえばその場に用はない。遅い時間であった為車を呼び出すことは流石に躊躇ったが、僅かながら電車の本数が残っていた為、なにもこんな遅くに帰らずともと引き止めるスタッフ達を笑顔で掻い潜り、押しのけそのまま電車へ飛び乗った。
    ところまでは良かったのだが。
    その後案の定というか、電車の心地よい揺れに身を任せるうち、襲い来る眠気にあっけなく白旗を上げた俺が目を覚ましたのは終点の駅だった。
    感づいていたのなら強行しなければよかっただろうに、と思う者もいるだろう。
    俺も思った。だが人には敵わないと分かっていても望まなければならない勝負事があるものであり、それが上記の件かと問われればあまり胸を張る事は出来ないが、少なくとも当時の俺にはそれくらい重要な事柄であったというかなんというか……。
    ……。

    うだうだと言い訳をしているが、結局は意地を張っていたに他ならない。
    EdenとしてでもAdamとしてでもない、「七種茨」個人でカメラの前に立った時、本当にふと、「ここで止まってしまったらもう追いつけない」と思ってしまったのだ。
    その頃の夢の内容は、光の中の3人にどうにかして近づこうとするがいくら走っても距離は縮まらない。それどころか彼らは止まることを知らないから、どんどん先に進んでいくのだ。
    どれだけ名前を呼んでも叫んでも、俺の方を振り向きもしないまま。
    そうして彼らの姿が見えなくなった頃、俺は夢の中で叫び続けて声が出なくなった喉を抑えて飛び起きるのだ。

    おかげで精神状態も良いとは言えない状態の中で行われた撮影だったが、順調に進み予定より早い終了となった事で気分が少し上向いた。

    今日は調子がいいかもしれない。なら早く返って溜まりはじめた仕事に着手しなければ。
    休んでいる暇はないのだ。

    そう息巻いた結果、寝過ごした末にどんぶらこと流され辿り着いた見知らぬローカル線の終着駅で、充電切れでうんともすんとも言わない文明の利器を握りしめ夜を明かす事となってしまった。
    始発で帰るにしても時間がありすぎるのでひとまず時間を潰そうと足を向けた海岸にて、神様の悪戯というやつか、個人の仕事で近くの宿に宿泊していたがどうにも寝付けず深夜の海辺を散歩していた弓弦とまさかまさかの邂逅を果たし一悶着合った結果二人揃ってずぶ濡れになったのはまた別の話である。
    全くとんだ神様がいたものだ。思えば昔から俺の神様は都合の悪い時にしか存在を示してくれなかった。
    閑話休題。


    しかしああ、なんて厄介。非常に厄介。精神状態にも影響を及ぼしはじめていることもあり、なんとかしなければと考えを巡らせてみるものの、こういう場面で真っ先にでてくる「医療機関への受診」も忙しさ故そんな時間を取ることも出来ない。
    忙しすぎてサークル等で教えて貰った動画を見る時間すらない。後で見るフォルダがすごい勢いで埋まっていっている。
    忙しいから、というがそもそも多忙故(推定)に夢見が悪くなって歯車が狂いだし、仕事が僅かなプライベートを侵食して休みが取れず、休みが取れないから病院へ行く事も出来ないという負のループに捕らわれてしまっている以上、どこかで断ち切らなければならないのだ。

    そうだ。
    要するに、悪夢など見る暇もないくらいぐっすり、深く眠ることができればいいのだ。

    いつの間にか暗くなっていた液晶に映り込んだアイドルとは思えない酷い顔を睨みつけながら、俺はパソコンを閉じて傍らのスマホを手に取った。




    1ヶ月後。俺は悪夢どころか夢の一つも見ること無く朝まで眠る事ができるようになってた。
    ここ最近寝不足を察しこちらを気にかけていた日和殿下の対応が通常運転に戻ったのがいい目安である。
    安眠できるようになったとはいえ仕事量は変わらず。むしろ余計に忙しくなっている。後で見るフォルダがついに2つ目に突入した。

    今日も今日とてしっかり忙しかった。
    10日ぶりに帰り着いた寮の扉を開いてため息を吐く。真っ暗な部屋の中に入り込んでから、同室の3人は仕事で今晩は不在であることを思い出した。
    思えば彼らも随分気にかけていた様に思う。子守唄を歌うことを申し出られたり、ゆるきゃらの抱きまくらの使用を勧められたり、睡眠の質を高める効果があるというサプリを貰ったり。
    若干1名お前は他人の心配してる場合じゃないだろと思う者もいたが、余りにも心配オーラが出ていた事もあり無下には出来なかった。
    以前の俺であればそんな心配を煩わしく思って部屋に帰らない選択を取ったところであるが。
    彼らの作り出す騒がしい、もとい、賑やかな雰囲気を思い起こしいなければいないで物足りないな、などと思ってしまう始末である。

    全く、随分と毒されてしまったものだ。

    疲れた身体にムチを打ちながら入浴と着替えを済ませ、後は寝るだけというところまで準備したところでベッドサイドテーブルの引き出しに閉まってある、今回の問題解消の立役者がおさめられている瓶を取り出して独りごちた。

    ようは悪夢どころか夢を見るすきもないくらい深く眠ることができればいいのだ。
    過去に軍事施設で過ごした関係で一般に出回っている薬に多少の耐性がある為、探し当てるのに難航したが、なんとか法律の範囲内で目当ての薬を見つけることができた。
    ただし、強めの薬ということもあり依存性を考慮した飲み方をしなければならなかったが。
    そうは言っても薬に耐性を持つ身体だ。
    用法を守っていては正直効果は期待できない為、俺は通常1回3錠のところ6錠で服用しはじめた。
    最初はそれでも効いていたが、効果が薄れ始はじめるのに時間はかからず、そこからは毎日少しずつ飲む量を増やしていった。
    今はきちんと睡眠を取れている。
    難点と言えば1度に飲む量が多すぎて、1瓶を消費するスピードが異様に早いことだ。
    おかげで1瓶ずつ注文していては埒が明かないと悟り、まとめて注文した時にちょっとどうかと思うほどの量が届いた時は冷静になって大丈夫かこれ、と思ったりもしたがこればっかりはもう仕方ないだろう。1度同室のメンバーに大量の瓶が見つかりかけた事もあり、基本は中々事務所で保管、寮に置いておく瓶は1本のみとし厳重に管理を行っていた。

    随分と軽くなった瓶から錠剤を取り出す。
    カラコロと掌で受け止めたそれは俺的回数にしてみればせいぜい2回分程度の量しか無かった。
    薬を保管している引き出しを開け、奥まで確認しても残る瓶は手に握っている1つだけだ。
    致し方あるまい。追加の薬は朝起きてから注文するとして、届くまでの時間を考えると少し節約が必要になるだろう。
    俺はいつもより少ない量の錠剤を水で飲み下すとそのままベッドへ倒れ込む。
    掌の瓶を引き出しに戻さなければ、と考えながら目を閉じた。


    気づけば1人、淀んだ暗闇の中にいた。
    辺りを見渡すと遠くの方にわずかに明かりが見える。
    目を凝らすと、光の中にいたのは同じユニットメンバーの乱凪砂、巴日和、漣ジュンだった。

    それに気づいた瞬間、俺は考えるより先に走り出していた。
    あそこに行かなければ。
    隣に並び立つことは出来なくても、せめて同じ光の中に。
    がむしゃらに足を動かすが、彼らとの距離は一向に縮まらない。
    それが何を意味するか、俺はとっくに知っていた。

    走って、走って、それでも追いつけなくて、とうとう足が止まってしまう。
    光を掴もうと伸ばしていた手は虚しく空を切り、力なく両膝についた。

    ずぶん。


    荒い呼吸と滲む視界をなんとかしようとしていると、突然泥濘に足を取られたような感覚に襲われる。
    足元を確認すると、踏みしめていたはずの地面に両足首まで埋まっていた。
    咄嗟に飛び退こうとするが、藻掻けば藻掻くほど深みにはまっていく。
    それどころかバランスを崩して尻餅をつく体制になったことで腰からも沈みだしてしまうことになってしまった。

    ああ、いやだ、いやだ!だれか!!


    恐怖に足掻く視界の端にふと、見覚えのある迷彩服がちらつく。
    頭で認識するよりも早く言葉が飛び出した。

    ゆづる!!

    かつての「教官殿」に向かって必死に手を伸ばす。
    だが「教官殿」は黙って俺を見ているだけで助けてはくれなかった。なにも言ってくれなかった。

    なんで、なんで!どうして!?

    理由の分からない冷たい視線は1つでは無かった。
    乱凪砂が、巴日和が、漣ジュンが。
    いくら走っても追いつけない光の中にいた3人の冷酷な眼差しが俺を貫いた瞬間、俺は息が出来なくなってしまった。

    そんな目で、見られてしまったら。

    その時、突然どこからともなく高波が起き一瞬で俺の身体を飲み込んだ。
    凍てついた身体は成すすべもなく、底なしの絶望へと沈んでいく。
    薄れゆく意識の中、誰かの嘲笑が聞こえた気がした。

    「……ッ!!!」

    意識が浮上するのと同時に弾かれたようにベッドから飛び起きる。
    カラカラに乾いた喉を抑え必死に酸素を取り込んだ。
    明滅する視界の中で空っぽのままのベッドを確認し、先程までの出来事が夢であった事を認識した。

    クソ、しばらくこんな夢は見ていなかったのに。
    やはり薬の量を減らしたのがまずかったか。

    震える身体を抱きしめ呼吸を整えようとするが、身体の芯から凍りつくあの感覚が焼き付いて離れなかった。

    あれは、夢、……夢、本当に?
    あの光景が、眼差しが、現実のものにならないと、どうしてわかるんだ?

    考えがまとまるよりも先に、酷く混乱した頭の片隅から眠気がじわじわと顔を覗かせる。
    それはあっというまに全身へ広がるが、このまま眠りに落ちればあの悪夢の続きを見てしまうことも分かっていた。伊達に悪夢に苦しめられる生活を送ってきたわけではない。

    ベッドサイドテーブルの上においてあったペットボトルと枕元に置きっぱなしになっていた薬の瓶を引き寄せ、震える手で瓶に残る全ての錠剤を手に受けた。
    間髪を入れずその全てを口に放り込み、温くなったペットボトルの水を煽る。
    量が量だけに途中で喉をつまらせそうになりながらも、なんとか飲み下した。
    これで悪夢の続きを見なくて済む、という確信と共に力なくベッドへ倒れ込む。
    手が震えていたせいで取りこぼした錠剤がシーツの海で跳ねた。
    ああ、片付けなけいとと思う。
    静まり返った空間の中、聞こえてくるのは自分の息遣いと鼓動のだけ。
    世界にたった独り取り残されたような気がさえして。
    叫び出しそうになったが、迫りくる闇に諦めたように意識を手放した。




    ――
    降り注ぐ雫が、世界を白く染めている。
    身を切るような寒さの中、俺は1人きりで立っていた。

    霧の中、冷え切った手を温める為に両手を擦り合わせる。
    白い息を吐くごとに、しっかりと足跡をつけるように湿った大地を踏みしめた。

    ほんの数分だった気も、もっとずっと長い時間進んでいたようにも思う。
    突然目の前に、幾重もの茨に守られた青いバラが姿を現した。

    服が破れるのも、身体が傷つくのも厭わず青いバラに向かって突き進む。
    バラに手が届く距離まで進む頃には服も身体もボロボロで、茨にえぐられた傷口からは鮮血が流れ出していた。
     
    やっとの思いでバラに手を伸ばしかけた時、血に濡れた己の掌が目に飛び込んできて、手を止めてしまう。こんな、汚い手で触れてしまったら、この美しいバラも汚れてしまうかもしれない。その可能性に気づいてしまうと、もうダメだった。
    力なく腕を下ろすと同時に、身体に新たな痛みが走る。傷んだ
    箇所を確認すると、茨が俺の両足をからめとろうとしているところだった。
    抵抗する気も起きなくて、薄れゆく意識の中なすがままに荊棘に飲み込まれていく自分の身体を見つめ続ける。
    どうしようもなく苦しくて、そしてどうしようもなく俺に相応しい最後だと思った。 

    ――


    ふ、と目を開く。何度か瞬きをしているうちに、視界がぼやけているのはメガネを掛けていないせいだと気づいた。
    起き上がろうとするが身体が思うように動かない。
    どうしたものかと無機質な天井と左手につながる点滴のパックを眺めていると、ガラガラと扉の開く音がした。
    目だけを動かして音のした方向を確認すると、見慣れたオレンジ頭が2つ。


    「失礼しまーす!お見舞い代行屋さん2winkでーす!」

    「本日はなんと!スタプロよりふ……副所長!?」

    「目が覚めたんですね!よかったー!」


    寝起きの鼓膜に元気な声が突き刺さる。
    目が合うなりワッと駆け寄ってきた双子の言葉で、俺は盛大にやらかしてしまった事を自覚した。


    きちんと食事を取らなかった事による栄養失調、通常より強い作用を齎す薬の過剰摂取、ついでに胃がめちゃくちゃ荒れていて胃に穴が空く一歩手前、そしてそれらを原因とした自律神経の乱れ。

    以上が双子の呼んできた医者からの説明だった。
    かなりしんどかったはずだ、こうなる前に病院を受診してほしかった、というかこの状態で普段通りの生活を維持できていたのが不思議で仕方ない、このままだとそのうちころっと死にかねない等々。穏やかながらも容赦のない医者が病室を出ていった後、先程から誰かと連絡を取っていた双子から副所長にお客さんですよ〜!誰でしょう!とにっこり笑顔で問いかけてくる。
    優秀なはずの脳みそが答えを弾き出す前にノックの音が響いた。


    「おはよう、茨。気分はどうかな」

    「もう夕方だけどね!とんだお寝坊さんだね!」

    「1週間も意識が戻らないから心配しましたよぉ……」


    賑やかに入ってきたのは同じユニットの3人。
    未だ不安そうにこちらを見つめるジュン、語気は強いがいつもの笑顔を曇らせた殿下、そしていつもとさほど変わらない様子の閣下だった。

    「副所長が先生とお話される前に連絡しておきました!」

    「お話が終わったらお伝えしようと思ってたんですけど、丁度お仕事終わりにこちらへ向かわれてる途中だったみたいで思ったよりお早い到着でしたね!」

    何故3人に連絡した旨を伝えなかったのかと非難がましい目を向けると双子はいやーうっかり!とでも言うように太陽のような笑顔を見せた。眩しい。眩しすぎてそっと目を逸らし、双子と殿下の間のふわふわと風と踊るカーテンに意識を向ける。
    窓の向こう側に広がる茜色を夜闇がゆっくりと飲み込もうとしていた。


    「あのね、茨」

    夕さりに包まれた病室で、殿下が言葉を紡いだ。

    「きちんと食事を取れないほど忙しかったなら、薬に頼らなければいけない程眠れていなかったなら、ひとりで抱え込まず私達に伝えてほしかったな」

    「そうですよぉ。知ってたらもっとこう……フォローとかは出来たと思いますし……」

    「茨の同室の子たちがお通夜みたいな顔して落ち込んでたね!同じ部屋で過ごしてたのにこんなことになるまで何も出来なかった、って」

    「っそんなことは」

    殿下の言葉に反射的に声を上げてしまうのと同時に視線がぶつかった。

    「ここ1ヶ月、殆ど寮に戻っていませんでしたから。彼らとは顔を合わせたとしてもESビルですれ違う程度だったので、気づかなくて当然です。彼らが気に病む事など……」

    夕映えに包まれる美しい菫は、一瞬驚いたように見開かれるが、すぐに温かい眼差しに戻る。
    それが妙にいたたまれなくて、また目を逸してしまった。
    今日だけで相手の目を見るのが苦手になってしまいそうだ。

    「……ふふ。最初は大丈夫なのかと思ったけれど、案外仲良くやっているみたいだね!いい日和!」

    俺でも分かるくらいとろけるような優しい手付きで頭を撫でられた。
    怒鳴られた方がどれほどましだっただろうか。
    穴があったら入りたい衝動に駆られてしまう。身体が自由に動かせていたら自分で掘っていた。

    「私ね、最近考えるのだけれど」

    閣下は置きあげる気力も無いまま、殿下に撫でられるままになっている俺に近づき、目線をあわせる様にしゃがみ込んだ。

    「人の一生って、私達が想像しているより長くはなんじゃないかと思うんだ」

    「……と言いますと?」

    「えっと……この国の平均寿命は80歳程だけど、数字から受ける印象より、実際に過ごす上で私達が体感する時間の流れっていうものは早いものなんじゃないかな、と思って」

    「あー、なるほど。言われてみれば小学生の頃は、なんていうか……歳を重ねてるって言う自覚が無かった気がします」

    噛み砕いて言葉を紡ぐ閣下に、納得したようにジュンがうんうんとうなずく。
    俺も、言っていることは理解できる。

    「だからこそ、私は長くて短い人生の中で巡り会えた人達を大切にしたいと思うんだ。……もし、また今回のように眠れなくなったり、食事を取れないくらい忙しくなったりしたなら」

    閣下はそこで一度言葉を区切ると、ぐるりと視線を巡らせた。

    「私達を、頼ってほしいな。勿論、私達も気付けるように努力する。でも、それだけじゃダメだと思うから」

    「僕達に言い辛いなら、ひなたくんやゆうたくんや、同室の子たちでも構わないね!とにかく、誰かに伝えること!」
     
    「そうですよお、全部ひとりで抱え込まないでください。せっかく一緒にいるんですから」

    それはまるで、一陣の風が吹き込み、霧が晴れたような心地だった。
    じわり、じわり。
    3人の言葉が傷口へ染み込み、流しすぎた血を補うように体中へ染み渡っていくのを感じる。
    らしくもなく目頭が熱くなっていくのを感じてきつく目を閉じた。

    「……あの、この度はご迷惑をおかけして」

    「謝罪は受け付けてないね!」

    申し訳ございません、と言い切る前に殿下に遮られてしまう。俺は決意を固め目を開いて閣下、殿下、ジュン、ひなたくん、ゆうたくんとひとりずつ視線を交わした後に、息を吸い込んで言った。

    「……ありがとう、ございます」

    蚊の鳴くような情けない声だったが、それでも彼らには届いたらしく、お互いの顔を見合わせて満足そうに笑いあった後、俺への絡みを再開させたのだった。


    「……これは一体どういう状況でしょうか」

    病院に運ばれて意識が戻るまで1週間。
    そこから点滴やら検査やらを受け退院が認められるまで更に1週間かかった。
    落ち込んでいたという同室の3人はスケジュールの都合で病院に顔を出すことは叶わず、戻ってきたら退院パーティやるんだぜ!とメッセージが届いたのが3日前のこと。

    しかし退院したその足で事務所へ向かい、現状を把握しているうちに何が何でも今日中にどうにかしなければならない案件が数件、手つかずの状態で残されていた事が判明しそのまま仕事をすることになってしまった。
    病み上がりなのに無理しないで下さい、また倒れたらどうするんですか、とりあえずプリン買ってきます!等々、心配と気遣いの声が社員たちから上がるが、気持ちだけ受け取ってデスクに向かい仕事に取り掛かる。
    せめて連絡だけでもされたらいかがですか、と言われて退院パーティを思い出し、流石にちょっと申し訳なく思いながらどうしても今日中になんとかしないとまずい仕事があり今日はおそらく遅くなるという事と、別の日に埋め合わせをさせて頂きたい旨のメッセージを送ると、すぐに返信が来た。

    「なんとなくそうなりそうだなあとは思ってました。気にせずお仕事頑張って下さい」

    「残念なんだぜ〜><でもお仕事頑張れなんだぜ!」

    「大丈夫ですか?病み上がりなんですから無理しないでくださいね」

    物わかりが良すぎて本格的に申し訳無くなってきた。
    せめて少しでも早く仕事を終わらせようとスタンプを送信んして仕事に取り掛かった。


    やっとの思いで仕事をやっつけなんとか帰寮する頃には草木も眠りにつく時間になっていた。1人を除いて基本的に規則正しい生活を送っている同室の面々も夢の中だろうと静かに扉を開けた先に見えた光景が、冒頭の疑問に繋がる。


    「あ、おかえりなさい……」

    「おかえりなんだぜ〜!」

    「おかえりなさい。お疲れ様です〜!」


    3人とも普通に起きていた。それだけならまだ分かるが彼らが腰を落ち着けているのは床に当たる部分。マットレスを敷いて枕やら毛布やらぬいぐるみやらに埋もれている。
    まさか。


    「今日は4人で川の字になって寝るんだぜ〜!」

    「正確には川の字じゃないけどね……4人だから……」  

    「何故そのような発想になったのかお尋ねしても?」

    3人は俺の入るスペースを開ける作業の手を止めて顔を見合わる。

    「お見舞いにはいけませんでしたけど、凪砂くんや日和くんから事情は聞いています。よく眠れないのがきっかけだったんですよね?」

    「同室の俺たちに何ができることがないかって話し合ったら、天満くんが……」

    「眠れない時は誰かと一緒に寝るといいんだぜ〜!」

    なるほど、つまりは夢見の悪い俺為に全員で添い寝しようということらしい。
    いつもなら速攻で断り脱兎の如く部屋から逃げ出しているところではあるが、己の失態で彼らの精神状態に影響を及ぼしてしまったという負い目もある。 

    「……まあ、今日だけなら」

    「よかった〜!断られるんじゃないかと思ってひやひやしました!」 
     
    「先輩、お風呂とかは……」
     
    「ESビルでシャワー室を借りてきました」
     
    「ならもうすぐにでも寝れますね〜!本当は湯船にもつかってほしいところですけど、もうお疲れでしょうし」
      
    「すみません、狭かったりしたら言ってくださいね。俺幅取るので……」

    わっと駆け寄ってきた天満氏とつむぎ陛下に手を引かれ用意された寝床へ導かれる。
    俺が大人しく横になったのを確認すると、部屋の明かりが落とされた。


    両隣に感じる温もりに擽ったくなるが、不思議と不快では無い。
    やれやれ、自分も焼きが回ったものだ、といつかと同じ事を思いながらも、前とは正反対の感情を抱いているのは自分でも理解していた。
     
    暗闇に目が十分慣れる前に瞼が重くなってきる。
    水の入ったコップに白い絵の具が混ぜられて濁っていくようだと思った。
     
    久方ぶりのとろりと心地よい眠気に逆らう理由もなかったので、大人しく目を閉じた。


    ――


      
    「……寝た?」

    「……寝てるんだぜ〜」 

    「良かった、睡眠薬を飲んでいたそうですから、薬がないと眠れなくなっていたらどうしようと思いました」

    「元々夢見が悪くて、夢を見る空きもないくらい深く眠りたいって理由で薬を飲んでたそうですし」

    「悪い夢を見るときはこうやって誰かと一緒に寝るのが一番なんだぜ!俺も昔夜中に怖い夢を見たときに〜ちゃんとね〜ちゃんが一緒に寝てくれたんだぜ〜!」

    「仲良しさんですねえ。微笑ましいです。……さあ、俺たちも寝ましょうか」  

    「おやすみなさい」 

    「おやすみなんだぜ〜!」

    「はい、おやすみなさい」


    翠の隣に横になろうとして、つむぎはふと寝息を立てている茨を見やる。
    穏やかな寝顔を見てきっともう大丈夫だろうと思い、頭を一撫でしてから今度こそ体を横たえた。



    ――


    気づけば1人、淀んだ暗闇の中にいた。
    辺りを見渡すと遠くの方にわずかに明かりが見える。
    光に向かって歩みを進めると、東の空が白み始めるように空間は暗闇から明るみへとその色を変えて行く。
     
    そのうち、ぱらぱらと降り注ぎだした雫が世界を白く染め切った。
    身を切るような寒さの中、俺は1人きりで立っていた。

    霧の中、冷え切った手を温める為に両手を擦り合わせる。
    白い息を吐くごとに、しっかりと足跡をつけるように湿った大地を踏みしめた。

    ほんの数分だった気も、もっとずっと長い時間進んでいたようにも思う。
    突然目の前に、幾重もの茨に守られた青いバラが姿を現した。

    服が破れるのも、身体が傷つくのも厭わず青いバラに向かって突き進む。
    バラに手が届く距離まで進む頃には服も身体もボロボロで、茨にえぐられた傷口からは鮮血が流れ出していたけれど、俺は迷うこと無くバラに向かって手を伸ばした。

    そっと両手ですくい上げるようにバラに触れてみると、拍子抜けするほどあっさりと花はしがらみから解き放たれ掌におさまった。

    露を纏う青いバラは、血濡れの掌の中にあっても気高くて、美しくて。
    それに気づいた瞬間ざあ、と風が吹き荒れた。
    思わず腕で顔をかばうが、風はすぐに威力を弱める。
    頬に柔らかい風がそよいだのを合図に腕を解いた。

    視界を覆っていた霧はすっかり晴れ、目の前には広大な草原が広がっていた。
    荊棘の向こう側に世界が合ったことに酷く驚いたが、それに気づけた今、きっとなんでもできるだろうと思った。
    手の中のバラはいつの間にか茎を取り戻し、数を増やしている。

    道も何もない場所だが、進むべき方向はちゃんと分かっている。
    もう迷うことはないだろう。
    赤、黄緑、青、それからワインレッドの4本のバラを大切に抱え直し、俺は一歩踏み出した。
     



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