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    未言さんとの色テーマ交換小説です

    #則さに
    inAccordanceWith

    薄紅薄紅

     お前さんは紅を購ったことはあるかい、と、唐突に一文字則宗――則宗さんに言われた。正直なところ、憧れない訳ではない。だが、その質問には首を横に振った。
     別に、着飾る必要がないからだ。審神者として働いているうちに、そう思った。みな、良くしてくれる。たとえ私が紅をさしていなくても、何でもないように接してくれる。ただそれだけで良いと思ったのだ。
     ふうん、と、質問をした張本人は何でもないことのように、去っていく。ただの世間話だったのだろう。と思っていたのがつい数週間前。

     唐突に、紅を贈られた。
     誰に? 勿論、則宗さんにだ。それも、手渡しではなく、気がついたら菊の花と共にぽんと添えてあったのだ、執務室に。今現在、執務室に入れるものは少ない。そのうえで菊の花といえば、あの金の髪をした男、ただひとりしかいなかった。
    ――どうして、とは、言えなかった。
     私たちは、歪な関係をしている。私は自らを嫌い、自らを傷付ける。あの刀はそんな歪さを愛し、しかし人を愛するということを、本当は解っていなかった。だから、多分これもその一環なのだと、思う。
     人を愛するという努力。人を愛するという方法。そのひとつがこれであって。
     私は例の桐箪笥にそっと、紅をしまい込んだ。

    ■■■

     その日から、近侍の則宗さんの様子はおかしかった。そわそわと忙しなかったり、かといってそちらを向けば何事もなかったかのようにする。明らかにあの紅のことであると態度が示している。おおかた、紅をさしていないことを疑問に思っているのだろう。
     はあ、とひとつため息を吐いて、そっと筆をおく。これでは作業に集中できない。
    「則宗さん」
    「おう、何だ?」
    「おう、ではありません。気になっているのはあの紅のことでしょう?」
     私の指摘に、頭をぽりぽりと掻き、そうさなと頷いた。
    「全く、どうせ加州か乱に教わったのでしょう? 慣れないことはするものでは……」
    「いいや、僕の独断だが」
     その言葉に、思わず目を見開いてしまった。独断? 何故? 考えてはいけないことを、考えそうになってしまう。
    「確かに、坊主たちがそのような話をしていたのは知っているが、僕は自分の意思で万屋に赴き、お前さんに合う色を探したんだ」
    「えっ……」
    「だというのに、お前さんときたら全く紅をさしてくれない。それどころか机にも見当たらん。おおかた、あの桐箪笥にでもしまい込んだんだろう? 僕の感情を疑いでもしたか? うん?」
     ――返す言葉もない。だらだらと冷や汗をかいてしまいそうになり、思わず則宗さんから離れようと後退しようとする。
     だが、その手を掴んだのは、紛れもなく則宗さんだった。普段の狂乱している時には気付かなかったが、ゴツゴツしていて、大人びていて、そして何より男らしい。思わず頬が染まる気配がして、恥ずかしくなる。いいや、恥ずかしくない、筈だ。私たちは、恋人になった。互いを愛そうと決めた。その覚悟は、とっくのとうに出来ていた筈ではないか。
     ……愛すということを、恐れていたのは自分だった。
     その事実を突きつけられている。喉元に、冷たい刃を押し当てられているような。一文字則宗という、刃を。それを掴む覚悟が、私にはなかったのだ。
    「……離してください」
    「離さんさ。そうでないと、お前さん、逃げるだろう?」
    「逃げません。向き合うべきだと、知りましたから」
     則宗さんは、少し逡巡したようだった。だが、結局は私の言葉を信じたのだろう、すっと手を離してくれた。私も、則宗さんに真面目に向き合う。
    「その、則宗さん」
    「何だい」
    「……言うのは少し恥ずかしいのですが、紅、有難うございました」
    「いいさ、そう言ってくれるだけで報われる。後は好きに――」
    「その、それなのですが」
     好きにすればいい、そう言うであろうことを見越して、私はその言葉を遮る。少し待っていてほしい、という意味で手をあげて、私は自室へと移動する。そっと桐箪笥を開ける。そこには、自らを傷付けるための剃刀と、それから――。
    「則宗さん」
    「なん……」
     則宗さんは、少し驚いたようだった。それは、そうかもしれない。私は、紅を則宗さんに差し出していた。その意味は推して知るべし、だと思いたい。
    「僕が、つけて良いのか」
    「ええ、是非」
     恥ずかしいですけれど、と正直に話すと、則宗さんは少しだけ笑った。緊張しているのはお互い様らしい。そっと、則宗さんの、男らしい指が紅に触れる。指先が薄紅に染まることに、どこか優越感を感じてしまう。この刀が、選んでくれたものを、この刀が私につけてくれるのだ。それの全てに、歓喜する。
     つけるから目を閉じてくれ、と言われ、私は唇を軽く開き、瞳を閉じる。そういえば、他人の前で目を閉じるということを、私はしてきていなかったかもしれない。無意識化でどこか人を恐れ、信頼していなかったのかもしれない。
     則宗さんの指が触れる。唇を、そっとなぞる。その仕草で、私は今紅を塗られているのだと、思い知らされる。下唇を一巡され、それから上唇へ。紅を再度指でとっているのであろう、空白の間がもどかしい。早く、と唇を更に開けると、則宗さんが笑う音がした。
    「ほら、出来たぞ」
     目を開けると、則宗さんは笑っていた。鏡を見せられて、私の唇が薄紅に染まっているのを確認した。なんだか照れてしまう。着飾ることを、私は一生しないと思っていた。だが、今、私は則宗さんに染められている。それを実感して、更に頬が染まってしまう。
    「うはは、愛いな」
    「もう、則宗さんったら……」
     揶揄われていると知り、則宗さんの肩をぽすぽすと叩く。則宗さんは大変に上機嫌で、笑う口が開きっぱなしで。なんだか負けた気がして、私はその口に噛みつくように口付けたのだった。

    おわり
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