過去ログ14「私には何もありません」
彼女が誰なのか、決して自分には知り得ないものなのだろう。
薄い陶器で作られた繊細な瞼を閉じ、ガラスの網膜に焼き付いた影を思い描く。
その姿は自分によく似ていた。まるで鏡に映った自分自身のように、灰色の髪も白い肌も、睫毛に縁取られた薄氷のような淡い碧眼も。
いいや、彼女の影が自分なのだろう。彼女が自身の獲物で腹部を貫いた、その時に噴き上がった赤い鮮血は生命そのものだった。滴る生命は火柱を上げて轟々と燃え盛る。自分は生きているのだと主張するように。
何よりも、気高く誰にも落とせはしない蝶のような優雅さと高潔さを備えていた。そう、人形であり名前も持たぬ自分には決して持ち得ぬものだ。
生命は炎となって輝く。胸に抱く高潔さは輝く瞳が物語る。
1958