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    あじさいだよりVol.1展示
    成長IF(小学生)、ハヤシン未満の何か、書けたとこ途中まで公開
    シンタに不慮の怪我させちゃって気まずくなってるハヤテの回

     ガツン、と骨を打つ強烈で鈍い音が鳴る。倒れる体に巻き込まれた椅子が、遅れて派手な音を上げて床に叩きつけられた。
     ものの一瞬で、クラス全員の視線が引きつけられる。
     水を打ったような冷たい静けさの中で、同級生たちは音の出所を確かめる。椅子と一緒になって床へ倒れたシンタと――すぐ目の前に立つハヤテの姿を、ここにいる全ての目が認めた。
    「あ……」
     しまった。ひやっとする焦りが一気に腹の底から噴き出してきて、ハヤテは何も言えなくなってしまう。崖の縁に立たされるような、一番大嫌いな立場。
     シンタはしばらく呻いてそこから動かない。ひそひそと様子を窺う周りの声が教室中に広がり始めた頃、ようやくゆっくりと起き上がってきた。
    「ってぇー……」
     状況に似つかわしくない、気の抜けた声を漏らし、シンタは強く打ったところを手で押さえる。シンタ自身が気付くよりも一呼吸先に、ハヤテがそれに気付いた。
     見てしまった。頭から赤褐色の血が垂れて、シンタの耳のあたりをべっとりと伝っている。
     さっき頭を打った時に怪我をしたのだ。自分が突き飛ばした時に。いや、突き飛ばそうと思ってそうしたわけじゃなくて。これじゃまるで――
    「……え、今の音何?」「どうしたの?」「すごい音したけど……」「え!? ねえ」「シンタ! 血出てる!」
     刻一刻大きくなる周りの声に気付いて、ぎくりと心臓が凍る。ハヤテは根が張ったようにそこから一歩も動けなくなる。どよめきが広がる中、他でもないシンタ自身だけが、ぽかんと間抜けな顔をしてクラスメイトの声に呆けていた。
    「手見て! シンタやばいって」
     シンタは言われるがまま、頭を抑えていた手をおそるおそる下ろし、その手のひらを確かめる。どろっと赤い液を見た瞬間、シンタはようやく自分の怪我を自覚した。
    「えっ……うあ、あ」
     さあっとシンタの顔が青白くなる。分かってしまうと、とたんに怪我をした所がずくずくと痛みの波を打ち始めた。
    「怪我だって!」「さっきすごい音したけど」「シンタくん大丈夫!?」「え? え、何で?」
     わあっと一斉に教室が騒然とする。動揺していた意識が叩き起こされて、ハヤテは未だ尻餅をついているシンタに声を掛けようとした、けれど、頭が真っ白になって、適切な物言いが分からなくなった。ハヤテの周囲を取り囲む声は膨らんでいく。
     シンタを心配する声、出血を怖がった悲鳴、状況を知ろうとする声、犯人を見つけようとする者。
    「ほら、ハヤテが……」
     名前を呼ばれた声を耳が敏く拾う。ひゅっと体が固くなった。
    「嘘、殴ったの?」「喧嘩?」「なんかさっきシンタくんに怒鳴ってたけど……」「とにかく保健室!」「いつも怖いもんね……」「せんせー!」
     刺さる視線が冷たい。違う。違うのだと、弁明がハヤテの脳裏をぐるぐると巡った。
     そもそもこいつの方からしつこく付き纏ってきたんだ。追い払うだけだったつもりの腕が、偶然シンタの顔を打ってしまった。殴るつもりでそうしたんじゃなかった。
     頬を張り飛ばされたシンタの体はよろけて、そのうえ運の悪いことに、倒れた勢いのまま隣の机に頭をぶつけてしまった。ガツン、と骨のぶつかる痛々しい音が、まだハヤテの耳に生々しく残っている。
    (けど俺だって……)
     あれこれと突っ掛かられて嫌だった。最初は口でそう言った。でもシンタは聞かなかった。思ったよりも近くに顔があった。だから。
    「おい、お前らどうした?」「先生。シンタさんがさっき……」
     近くにいた教員が様子を見に来た声を、背中で聞く。真っ青になったシンタの顔がゆっくりと持ち上がり、ハヤテを見た。
     いつものあの、気に食わない、怯えた目。
     だんだん痛みと恐れが追い付いてきたのか、よりによって今更――ハヤテにとっては最も間の悪いタイミングで、シンタの丸っこい瞳から涙がこぼれ始める。うう、と嗚咽しながら、シンタは床に手を付いて赤子のように泣き出した。
    「おお、シンタ大丈夫か? 怪我したとこ見せてみろ」
    「う、っぐす、ううー……」
    「ちょっと切れてるか。保健室行こうな、とりあえず。立てるか?」
     シンタに声を掛けたのは、恰幅のいい、隣のクラスの担任だった。シンタは言われるがまま、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら立ち上がる。
    「あ。担任の先生すぐ来るから、お前もちょっと待っててな」
     隣の担任はハヤテに一言だけ言い残し、そのままシンタを連れて行った。
     ハヤテはそれに何も答えることが出来ず、なすすべもないまま、隣の担任にゆっくりと背中を押されて歩くシンタを見送ることしかできない。
     クラスメイトたちはまだちらほらと様子を気にしつつも、少しずつ関心をなくして自分たちの会話の輪へと戻っていく。気の優しい生徒の何人かはシンタに寄っていき、血まみれの手にポケットティッシュを渡してやっていた。
     置いて行かれたハヤテに声を掛けてくる者は、一人もいない。初めからそこにいないかのように。ハヤテの視界に入らないように。
     ただ去り際、当のシンタだけが、ちらりとハヤテを振り返る。気まずそうな涙目は、すぐに廊下へと消えていった。
    「……くそっ……」
     シンタを連れた教員よりも少し若い、このクラスの担任が、入れ違いでドアから顔を覗かせた。
     まだ騒ぎに浮き足立っている生徒たちをたしなめながら、ハヤテを見つけて真っ先にこちらへ向かってくる。
    「ハヤテさん、ちょっといいかな。ハヤテさんは怪我しなかった?」
    「…………」
     作った固い優しさの声に、ハヤテは黙って首だけ縦に振った。そうか、と溜息か独り言のように担任は答える。キーンコーン、と4限が始まるチャイムが鳴り始めたが、担任はハヤテに合わせて腰を屈めたままだ。
    「ごめんね。さっきのこと、少し先生に話聞かせてもらえるかな?」
     もう一度肯く。肯くより他にどうしようもないだろう。担任はにこっと笑って立ち上がり、しばらく自習しておいて、とクラス全体に呼び掛けた。ハヤテの耳に、その声はもう遠い。


    *****


     どこの教室も授業中で、生徒のまったく居ない廊下を抜けていく。
     あまりに無人なものだから、二人分の上履きが床を叩くぱたぱたとした音が、変によく響く。通り過ぎる教室の廊下側の生徒にちらちらと姿を見られているようで、ハヤテは教室の方を向かないよう、担任の後ろ姿を頑なに見上げていた。
     担任は同じフロアの突き当たりにある図工準備室にハヤテを連れて行った。三年間この小学校に通う中で、ハヤテが初めて足を踏み入れる部屋だった。湿った埃っぽさと、絵の具のつんとした匂いが漂う。手狭な区画は日の当たりが悪く、ひやっとして、それだけで何らかの罰を与えられているように思える。
     促された大人の規格のパイプ椅子に、ハヤテは大人しく腰を下ろした。担任も同じように別の椅子を引き寄せて、ハヤテに向かい合うように座る。
     ハヤテの居心地の悪さに反して、担任は事もなげに微笑みを向けた。
    「さっき■■先生が見たら、シンタさんはちょっとおでこ切れただけだって。でも頭打ってるから、早退して病院には行くことになるかな」
    「……そう、すか」
     すごく泣いてたからびっくりしちゃったよね、と担任は言い添える。場を柔らかくする必死さのようなものをハヤテは肌で感じ、所在なく頭を掻きむしった。ハヤテを傷付けまいとする気遣いが、正面から叱られるよりもむしろ堪えがたかった。
    「シンタさんと喧嘩しちゃった?」
     喧嘩、と言われると、やや納得のいかない気持ちもあったが。ハヤテは少し迷ってから肯く。
    「二人でよく言い合ってるもんねぇ」
    「……まあ……」
     驚きもなく、担任は苦笑いを浮かべた。言い合っているというか、向こうが何かと張り合って文句を言ってくるだけなのだ。けれど、今ばかり反論することにためらう。
    「シンタさんに何か嫌なこと言われたの?」
    「いや、つーか……手が、その、偶然当たって」
    「そうか。たまたま当たっちゃったんだ」
    「本当は追い払おうとしただけで、あいつ、顔近くて。思ったより……」
     担任はハヤテの顔をじっと見つめて、うんうんと頷きながら話を聞いている。
    「そうだねぇ」
     担任が何かを考え込んで、そのしばらくの間、沈黙が広がる。逃げ出したい気持ちになり、ハヤテはわずかに地面に届かなかった足をふらふらと揺らす。担任は顔を上げて、優しい眼差しでハヤテを見た。
    「じゃあ、ハヤテさんはわざと叩いたわけじゃないんだね」
     念を押して、確認するような圧を感じた。信頼されながら、同時に疑われていると思った。シンタを突き倒した時と同じ動揺が胸に広がる。
     ハヤテはポケットの中で拳を握り締める。今度はきちんと言葉で答えた。
    「はい」
    「ん、分かった。シンタさんが登校してきたらちゃんと謝ろうか」
    「……はい」
     疑念の気配がほどける。担任はまたにこりと優しい顔をした。今度は角張ったところのない、本当に安心した笑みだった。
    「大丈夫。ちゃんと仲直りできるよ」
     立ち上がりながら言われて、またハヤテは顔をしかめる。元々シンタのことなど気に食わなくて、違えるような仲も、修復するような仲もあるわけではなかった。と、少なくともハヤテは思っている。ただ少し、付き合いが周りより長いというだけで。それだってハヤテには不本意だった。
    「ハヤテさんが謝りたい気持ちは、話せばちゃんと分かってもらえるはずだからね」
     許されるかを不安に思っていると捉えたのか、担任はまた言葉を継ぐ。がらりと準備室の扉が開け放たれ、閑散とした授業中の廊下の空気が、先ほどよりは慣れた気配でハヤテを迎え入れた。
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