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    saku

    太中メインで小説を書いています。

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    POIPOI 29

    saku

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    pixivの再掲

    #太中
    dazanaka

    今更、戻れはしないけれど 中也の携帯に着信があった。
     番号を知る人間など限られる為、画面を確認する事なく応答する。
     
    「はい、此方中原……」

     何故か妙な予感がして、そこで言葉を切った。
     耳元に集中し、スピーカーから何か音がしないか待っていると、

    「ゴホッ、ゴホッ……」

     咳き込む声に芥川かと思ったが、向こうから連絡して名乗らないはずが無い。

    「誰か知らねぇが、要件が無いようなら切るぞ」

     通話を切ろうとした時、

    「……ちゅう、や……?」

     聞き間違いかと思ってしまうほどにか細くて小さい声がした。

    「太宰?」

     確かに太宰の声には違いない。
     だが、その声は掠れていて、いつもいつも場を弁えずに喋る威勢のいい声とは程遠い。

    「手前……どういうつもりだ」

     普通の状態ではない事はすぐに察しがついた。
    だが、それで何故電話をして来たのかがかわからない。

    「……番号、変えて無いのだね……ゴホッ……あのね、今すぐに来て欲しい、の、だけど……」

     そこで、太宰の声は途切れた。
     続く言葉を待っていても聞こえるのは咳き込む音だけ。
     此方が、何かを云わなくていけないらしい。

     短い沈黙の間。
     太宰の言葉に、説明のつかない気持ちが込み上げて来た。
     その気持ちを打ち消すように舌打ちをして、

    「……大人しく待ってろ」

     捨て台詞のように呟いて、通話を切った。







    *   *   *
     
     煮え切らない気持ちのまま、武装探偵社の社員寮まで来ると、質素な前庭に人影があった。
     社員は全員出社済みかと思ったのだが、寮とはいえ手薄ではないらしい。
     此処でやり合うのは愚行だが、場合によっては必要な手段に出る。
     中也はポケットに入れたままの手を握り締め、社員寮の敷地に入る。
     その気配に気付いたのか、前庭に居た人影は振り向き、人懐っこい笑みを向けて来た。

     
    「あ、中也さん!」
    「あ?」

     真逆、気安く名前を呼ばれるとは思ってもいなかった。
     手に持ったビニール袋をガサガサと鳴らし、敦は中也に走り寄る。

    「待ってました、はいこれ」

     眼前に差し出されたのはガサガサと音を立てていたビニール袋だった。
     何が入っているのか、歪な形に膨らんでいる。

    「待ってましたって、人虎、何で俺が此処に来るって知ってる」
    「まずはこれ、受け取って下さい」

     敦は有無を云わさずビニール袋を押し付ける。
     勢いで受け取ってしまったが、結構な重量がある。

    「それ、太宰さん宛です」
    「太宰宛なら、何で俺に渡すンだよ」
    「乱歩さんが、此処で待っていれば中也さんが来るから渡すといいって」
    「……相変わらず何でもお見通しなのかよ、名探偵は」

     ビニール袋の中身を見て、中也は眉をひそめた。

    「太宰の奴、風邪か?」
    「みたいなんです。出社してなくて、国木田さんが電話したら、『私今すごく熱があるのだよ! これ以上上がったら死ぬかもしれない!! すぐに扶けてくれ給え! 私、苦しいのは厭なのだよ!』って」
    「太宰の方から連絡したンじゃねぇのか」
    「太宰さんは無断欠勤ばかりですよ、その度に国木田さんが電話してますから」
    「そうか……」

     探偵社には無断欠勤なのに、何故中也には電話をしたのか、明確な理由が掴めない。

    「それじゃあ、僕は失礼しますね。太宰さんの事宜しくお願いします」
    「宜しくって……」

     顔を上げれば、既に敦の背が遠くにあった。
     呼び止められる距離では無い。
     渡されたビニール袋を見て、諦めに溜息を吐いた。
     
     
     太宰の部屋の前まで来て、鍵が掛かっている可能性に思い当たった。
     ポートマフィアに居た頃は莫迦みたいに用心深かったが、目の前にあるドアは異能を使うまでもなく、中也の蹴りで吹っ飛びそうなほど簡素なもの。
     コンコン、と一応ノックをした。

    「ゴホッ……はぁい……」

     意外にも返事が有り、ガチャリとドアが内側から開けられた。

    「……届けもンだ」
    「……ちゅう、や?」

     首をこてん、と傾げて太宰が云った。

    「人虎が太宰に渡してくれって……ったく、探偵社の奴らに面倒かけンじゃ……」

     云いかけた時、突然太宰は中也を抱きしめた。

    「あ?!」
    「うわぁ、中也だぁ、うわぁ、ちっさぁい」
    「あァ?! ンだと手前!! 一方的に呼びつけやがって云う台詞がそれか?!」

     無理やり引き剥がそうとした時、太宰の体から力が抜け、中也に全体重がのしかかる。

    「手前!! いい加減に……太宰?」 

     退かそうと触れた体は異常に熱く、呼吸も荒い。
     熱があると云っていたらしいが本当のようだった。

    「目が、まわるぅ……頭痛いぃ……ゴホッ……」
    「そりゃ熱があるからな、大人しくしとけ」

     体に力が入らない太宰を俵担ぎして、居間へと向かう。
     目につくのはそこら中に転がる酒瓶と缶詰、その中央にある万年床。
     その側に放り投げてあった、いつも羽織っている砂色の外套は湿っていた。
     確実に入水した、物証がある。

    「手前、死ぬなら潔く死にやがれ!」
    「うぅぅ……怒鳴らないで……頭痛いのだよ……」

     頭を抑えている太宰のでかい図体を万年床に転がす。

    「目がぁ、目が回るぅ」
    「ちょっと黙ってろ」

     敦に渡されたビニール袋の中身を細かく確認する。
     専属の女医が居るだけの事はある、風邪の時に必要なものは全て揃っていた。

    「真逆それ、中也が買ってきたのかい?」
    「ンな訳あるか、此処に来た時に人虎に渡されたんだよ。手前、飯は」
    「食べてないよ。……そう、敦くんが……」

     ビニール袋に手を突っ込み、レトルトのお粥を取り出す。

    「粥なら食えそうか?」
    「私、中也の手作り料理が食べたい!」

     目を輝かせ乍ら勢いよく挙手をする太宰。

    「この部屋に料理出来るだけの材料があンのかよ」

     レトルトの粥を手に中也は狭い台所へ向かう。
     その後ろを太宰はくっついて来る。

    「何なンだよ、邪魔だからあっち行ってろ」
    「それ、敦くんが持って来たって事は中也は手ぶらかい? ゴホッゴホッ……何で此処に来たの?」
    「近づくんじゃねぇよ、風邪がうつンだろ」

     棚を片っ端から探し、ようやく鍋を見つけた。

    「何でって手前が電話して来たンだろ」
    「……私が?」

     水の入った鍋を火にかけた時、太宰は目をまん丸に見開いて立ち尽くしてしまった。

    「あ? じゃなかったから、態々来るかよ」
    「中也は、私に呼ばれたから此処に来たの?」
    「?、だから何だよ」

     太宰は突然花が飛びそうな程の笑顔になり、

    「何でもないよ、お粥楽しみにしてるね」

     鼻歌を奏でながら万年床にごろりと寝転がった。

     背後でゴホゴホと咳き込む声がする。
     太宰が風邪を引くなど珍しい事もあるものだ。
     昔からの自殺癖が治る余地はなく、毎度毎度川に飛び込んでいるのだろうが、風邪を引いた処など見た事はなかった。
     
     チラリと太宰を盗み見すれば熱に顔を赤くし、潤んだ瞳でぼんやりと天井を眺めていた。
     熱のせいか、嫌がらせをする気配は無い。
     いつもそうしてくれていれば、中也も怒らずに済むのだが。

     温まった粥を皿に開け、太宰の側に運ぶ。

    「おらよ、有り難く食え」
    「中也が買ったものじゃ無いでしょ」

     目の前に置かれた粥を、何故か太宰はじっと見つめ手をつけない。

    「それ食って薬飲んで寝ろ」
    「ねぇ中也」
    「何だよ、味の文句は受け付けねぇからな」
    「あーん、して!」
    「あァ?!」

     匙を中也に差し出し、太宰は期待の目を向ける。

    「あーんだよ、あーん。病気の時はそうやってご飯を食べさせてくれるのだよね?! 私やりたい!」
    「やりたいって……」

     目の前の匙と期待に瞳をキラキラさせている太宰を交互に見る。
     拒否をしても太宰は絶対に引き下がらないだろう、そういう奴だ。
     諦めて中也は溜息を吐いた。

    「わーったよ、それ貸せ」

     太宰から匙を受け取り、粥を掬う。
     湯気を立てる粥はそれだけでどれほど熱いか想像出来る。

    「おら食え」
    「ふーふーして!」
    「あァ?! 手前、さっさと食って寝ろや!!」
    「ふーふーしてくれなきゃ食べない!」

     ぷいっと顔を背ける太宰に怒りに拳が震え出す。

    「……風邪をひいた時くらいいいじゃない」

     ぽつりと云った太宰の雰囲気がいつもと違い、中也は眉を寄せる。

    「……本当に来てくれると思っていなかったし、とっても嬉しかったのだよ、私……」
    「太宰……」

     急にしおらしくされてはこちらも強くは云えない。
     
    「わーったよ、今だけだからな」

     ふーふーと匙の上の粥を冷まし、太宰の口元へ運ぶ。
     太宰はにやり、と一瞬口元を歪め、粥を食べた。

     さほど量が無かった粥はあっという間に太宰の胃袋に収まった。
     空になった皿を台所に運び、中也はビニール袋の中から、飲料水と薬を取り出す。

    「後はこれ飲んで寝てろ。ただの風邪だ、すぐに治ンだろ」

     太宰に水と薬を差し出す。
     それを素直に受け取り、太宰は中也を見る。

    「何だよ、薬が苦くて厭だとか云うンじゃねぇだろうな」
    「そうじゃないけど……中也、私が電話したから来たって云ったよね?」
    「だから何だよ」
    「何で来てくれたの?」

     太宰の言葉に、中也はすぐに答えが云えなかった。
     何故、此処に来たのか。

    「中也?」

     首を傾げて太宰は答えを待っている。
     中也は口を開きかけるが、声が喉から出ない。
     
     電話の声が太宰だと気付いた時、込み上げた気持ちは何だった?

     答える代わりに、中也は拳を握りしめ、太宰に背を向ける。

    「……くだらねぇ事云ってねぇでさっさと治しやがれ。それを用意した奴らの為にもな」

     言い捨てて、玄関へ向かう。
     云ってはいけない言葉はあるし、蓋をしておかなければならない思いもある。
     
    「中也……」

     太宰が呼ぶ声がした。
     この期に及んで何を云うのか知らないが、中也はそれを無視した。
     
    「ゴホッ……ゴホッゴホッ……ちゅう、や……」

     風邪が悪化しているのか、呼ぶ声は掠れてほとんど声になっていない。
     薬を飲めば楽になる、そう自身に言い聞かせて中也は太宰には見向きもせずに部屋を出た。


     パタン、と完全にドアを閉めた時。
     何故か泣き出してしまいたい衝動に襲われた。
     これでいい。
     太宰は探偵社、中也はポートマフィア。
     もう、生きる世界が違う。
     相棒だった時のようにはなれない。

    「早く治せよ、糞太宰」

     簡素なドアの向こうに確かに感じる太宰の気配に中也は告げた。


     





    *   *   *

     中也の携帯に着信があった。
     怠い腕を伸ばし、いつも通り画面の表示は確認しないまま応答する。

    「ゴホッ……はい、此方中原……」
    「芥川です、今よろしいでしょうか」

     上司の体調を気遣ってか、答える芥川の声は早い。

    「あ? 何だよ、珍しい……」
    「今……あ、」
    「あ?」

     芥川の声が不自然に途切れ、スピーカーの向こうで何やらゴソゴソと音がした。
     その音が鳴り止んだ瞬間、

    「やぁ中也!! 今偶然芥川くんに遭遇してねぇ、聞けば中也が風邪をひいて備品のお使いをしてるそうじゃないか!」

     音割れしそうなほどの太宰の声量と勢いが、頭痛に苦しむ中也の脳に響く。

    「ゴホッ……誰のせいだよ……」
    「そう、私の風邪がうつってしまったのだよねぇ、だから此処は私直々に一肌脱ごうと思ったわけなのだよ!」
    「あぁ……そう……」
    「なので、期待して待ってい給え!!」

     中也の意見も聞かず、通話は一方的に切られた。
     携帯画面を眺めていた中也は風邪による発熱と頭痛で溜息を吐く事しか出来なかった。
     どういう心算で看病になど来るのか、中也には理解出来るはずもなかった。

     一向に回復する様子のない体にぼーっと天井を眺めていると、突然バタンッ!とドアが派手に開かれた。

    「やぁ! 中也!! 調子は最悪かい!!」

     施錠されているはずのドアを無視して、太宰が居た。

    「芥川くんの代わりにこの、太宰治が風邪薬を届けに来てあげたよ。なに、感謝は要らないよ、どうしてもと云うなら……」
    「うるっせぇんだよ!! こっちは頭いてぇンだよ、糞鯖野郎が!! ゴホッゴホッ」

     渾身の力で投げた枕はひらりとかわされ、激突した背後の壁にヒビを残した。

    「莫迦は風邪ひかないとは云うけど、君の場合は例外だったのだねぇ」

     手にビニール袋を下げた太宰が、中也が座るベットに近づく。

    「誰が莫迦だ、見事に風邪をうつした事を笑いにでも来たのか? 探偵社ってのも暇なもんだなぁ……ゴホッゴホッ」
    「探偵社が暇なのはいい事だよ。事件がないと云う事だからねぇ」

     太宰はテーブルの上に芥川がお使いをした備品を並べていく。

    「あ、でも此処に来る前、敦くんと賢治くんが迷子の猫ちゃん探しの依頼を受けていたねぇ、まぁ、二人ならあっという間に解決するさ、なんせ優秀だからねぇ」
    「無駄話をしに来ただけなら帰れ」
    「失礼だな、ちゃんと看病するよ?」

     並べられた品物の中から、レトルトの粥を手にする。

    「待ってい給え。私直々に料理の腕を奮ってあげようじゃないか」
    「レトルトだろ」
    「おや、中也知らないのかい? レトルトというのは火加減と水加減で味が激変するものなのだよ」
    「……そうなのか?」
    「ふふふふふふ」

     謎の笑い声を残して太宰は台所へと消える。
     耳を澄まして様子を伺おうとしたが、小さな物音が途切れ途切れに聞こえるのみで、何をしているのかまるでわからない。
     不安に頭を抱えそうになった時、

    「お、ま、た、せ!」
     
     鍋の中で湯気を上げる粥を中也の前に出す。

    「太宰特製のお粥だよ! さぁ、食べてみ給え!」
    「一々大声出すんじゃねぇよ」

     恐る恐る一口、中也は頬張る。

    「どうだい?」
    「………いつもと変わらねぇ……?」
    「だろうね! 何をどうやったって温めるだけだものね!」
    「なんっなんだよ!!」

     手に持っていた匙を投げつけたい衝動に駆られるが、我慢をして食事を再開する。
     粥に罪は無い。
     中也が大人しく食事をしているのを眺めていた太宰はふいに、

    「ねぇ中也」
    「あ?」

     食べる手を止めて太宰を見る。

    「私が風邪をひいた時、何故来てくれたの?」
    「んぐっ……」

     粥が変な所に入りそうになった。
     食べている間に、何とか誤魔化せないか痛む頭で思考を巡らせる。

     空になった鍋に匙を置き、中也は太宰を睨む。

    「なら聞くが、手前は何で此処に来た?」

     中也の言葉に、太宰は少しだけ目を見開く。

     あの時は中也が逃げた。
     今は太宰の方が逃げるかもしれない。

    「決まってるじゃない」
    「嫌がらせ、とでも云う心算かよ」

     太宰は空になった鍋を手にし、台所へ片付ける。
     その背を、無意識に中也は視線で追ってしまっていた。

     戻って来た太宰の手には水が入ったグラスがあった。
     テーブルに並んだ中から風邪薬を取り、中也の元に来る。
     それを中也に差し出し、太宰はにこりと笑う。

    「風邪が治ったら、教えてあげる」







    * * *

     仕事帰りの白み始めた空の下。
     中也は一人歩いて居た。

     そこへ、懐からの着信音に気付き、携帯を耳に当てる。

    「はい、此方中原……」
    「平癒おめでとう!」

     徹夜明けに聞く太宰の声に脳に痛みが走る。

    「切るぞ」
    「あ、待って待って」

     終了ボタンに伸びる指を、スピーカーの向かうの声が止める。

    「誰のせいだと思ってんだ、この雑菌野郎」
    「ふっ……そんなの悪口にもならないよ」
    「あ、そう。切るぞ」
    「待って待って! 風邪が治ったら教えると云ったでしょ」
    「あ?」

     一瞬、太宰が何の事を云っているのかわからず、首をかしげる。
     だが、すぐに思い当たった。
     中也が風邪をひいた時、何故来たのか。
     何故、太宰に呼び出されて素直に行ったのか。
     律儀にもその答え合わせをする心算らしい。

    「今更んな事どうでもいい。金輪際、呼び出すンじゃねぇよ」
    「私は良くないよ」

     少し、スピーカーからの声に違和感を覚えた。
     音が、重なって聞こえた気がした。

    「ねぇ、中也。あれから4年が経ったのだよ?」

     スピーカーの向こうの太宰は唐突に話し出す。
     意図が掴めず眉根を寄せながらも、中也は返す。

    「そうだな、4年だ。手前が任務の途中で突然居なくなってからな」

     思えばこの4年間、その時の事を、ずっと忘れようとしていたのかもしれない。
     
    「今更相棒だった時の事を云う心算なんざねぇよ。手前はもうマフィアじゃねぇンだ」

     地面に視線を向けたまま歩いていると、ふいに前方に人の気配がした。
     人が活動するにはまだ早い時間。
     不思議に感じ、中也は視線を上げた。

    「ねぇ中也」

     スピーカーからの声と、目の前に居る人物の声が重なる。
     二重になった声が告げた。

    「今更戻れはしないけど、今からでもいいんじゃない?」

     携帯を持っていた手から力が抜け、軽い音を立てて地面に落ちた。

    「太宰……」

     通話を切った太宰が笑う。

    「私、ずっと中也の事が好きだったんだよ」

     笑っているのに、泣いてるように見えた。

    「全部捨てたつもりだったのに、君が番号を変えてなかったせいで、期待してしまったのだよ」

     地面に落ちたままの携帯には目もくれず、中也は太宰に駆け寄るとそのでかいだけの体を抱き締めた。

    「え、ちょ、中也?! 絞め殺す気?!」
    「それが答えか」
    「え? あ、うん……」

     太宰の言葉に、蓋をして、わからない振りで誤魔化していた気持ちの名前を、ようやく云える。

     太宰の胸に顔を埋めて、喉に込み上げるものに声を震わせ乍ら、中也は抱えていた思いを声にした。

    「……それが答えなら、俺と同じだ」

     その言葉に太宰は優しく笑い、中也の体を抱き締め返す。
     
    「だが、もう風邪なんてひくんじゃねぇよ。こっちはそのせいで仕事が溜まってンだ」
    「えぇー、また看病しに来てくれるのでしょ?」

     中也を抱き締めたまま、太宰は云う。
     そのでかい図体をひっぺがし、中也はにやりと笑い云った。

    「そうなったら今度こそ、手作り料理を食わせてやるよ」

     その答えに太宰はうん、と頷き。

    「なら、今から入水してくるね」

     いい笑顔で答えた。

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