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    サク。

    創庫

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    サク。

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    pixivの再掲

    #太中
    dazanaka

    『仲直りの仕方』「はぁぁぁぁぁぁ〜〜……」

     地の底から漏れ出したような溜息を深々と吐いた。

     出勤してからずっとこの調子の太宰が正面に居る敦としては目障りというか、なんというか。

    「あのー……太宰さん、そろそろ仕事しないと国木田さんが……」

     壁にかけられた時計をチラリと見ると、あと数分で国木田が戻る予定の時刻になる。
     その時にこのような態度でいれば必ず怒られる。
     そして、なぜか敦も巻き込まれる。

     そんな敦の気持ちを察することなく、太宰はまた溜息を吐いてじとりと睨む。

    「敦くん。先輩がこぉんなに落ち込んでるというのに、励ましの言葉もないのかい!」
    「え、励ましたら仕事してくれるんですか?」

     疑うことを知らない、純粋な瞳で敦は云う。
     その脳内では一生懸命激励の言葉を捻り出していることだろう。

    「違う!! 励まして欲しいわけではないのだよ!」
    「えぇ……じゃあどうしたら仕事してくれるんですかぁ」

     拗ねたように机に伏せる太宰に今度は敦の方が溜息が出そうになる。

     ふいに、くいっくいっと服を引っ張られる感覚がした。
     それに気付き振り向くと、隣席に居た鏡花が神妙な顔をしていた。

     こくり、と何かを察したように頷き、

    「この鬱陶しい症状、見た事がある」
    「鏡花ちゃん酷い……」

     鏡花は太宰に視線を向ける。

    「貴方ならわかっているはず……早く謝った方がいい」

     言葉の意味がわからない敦は首を傾げる。
     太宰は気まずそうに視線を逸らす。

    「わかってるよ……そんなこと……」

     続けてぼそぼそ何かを云ったようだが、聞き取れたのは敦だけだった。

     その敦が合点がいったというように、

    「中也さんと喧嘩したんですね! すぐに謝った方がいいですよ」

     よりにもよって大声で云った。

     流石の太宰も驚きに目を丸くし、鏡花は開いた口を閉じるのを忘れていた。

     突如乱歩が、あっはっはっ! と笑い声を上げた。

    「いいね、敦」

     愉快でたまらない、と云わんばかりの笑顔を向ける。

    「太宰、励ましの言葉は身に沁みたかい?」

     乱歩に云われては太宰としてもどうしようもない。

     自席からふらりと立ち上がり、

    「えぇ、とても心に刺さりましたよ……」

     居た堪れなくなり、探偵社の出入り口である扉へ向かう。

     乱歩はその背に、

    「国木田は当分戻って来ないよ、さっさと謝って来るといい」

     僅かに振り向いた太宰に、餞別変わりに手を振った。
     




    *   *   *

     とぼとぼと肩を下げた情けない姿で太宰は街を歩いていた。

     今日に限って寄り道をする先々がカップルで埋め尽くされているというのはどこの神様の悪戯なのだろう。

     重苦しい溜息を吐いて、一人公園のベンチに腰掛けた。
     幸いこのベンチだけはカップルの被害に遭わずに済んだようだ。

     眼前には澄み渡る空と、風に波打つ海が遠くまで続き水平線の向こうに消えていく。
     港湾都市ではありきたりな景色。

     見るともなく眺め、ぼんやりと考えていた。

     ……仲直り、か。

     喧嘩なんていつもの事だった。
     態々、仲直りという儀式をせずとも自然ともとの在り方に戻っていた。

     所属する組織が違っても、生きる世界が変わっても、太宰の隣は中也のもので。
     中也の隣は太宰だけのものだ。

     回り過ぎる太宰の頭をどれだけ駆使しても、肝心の“仲直りの仕方”がわからない。

    「っくしゅ!」

     陽があるとはいえ、海風に当たっているのは流石に冷える。
     鼻を啜り、太宰はベンチから立ち上がる。

     今日の自分が考えても詮無いことは、明日の自分に任せよう。
     頼んだよ、明日の私。

     歩き出そうとする背に、声をかける人物が居た。

    「ッ太宰さん!!」

     切羽詰まったような声に反射的に振り返る。

    「おや、芥川君」

     芥川が血相を変えて立っていた。
     急いで来たのか、息が荒い。

    「随分急いでいるようだけど、どうかした?」
    「貴方を探していました!!」
    「私?」

     凄まじい形相で接近する芥川の気迫に押され、太宰はその場から動けず腕を掴まれた。
     太宰は顔を引き攣らせる。

    「ポートマフィアに探されるって、碌でも無いことしか浮かばないのだけど」
    「死活問題です!」
    「にゃぁん」

     何処からか、不釣り合いな鳴き声がした。

     例えるなら、猫。

    「……芥川、くん?」

     太宰は首を傾げる。

     慌てた様子で芥川は纏う黒の外套から、赭色の猫を太宰に差し出す。

    「此方です」
    「……猫?」

     ピンと立った耳にふさふさの体、ぷらぷらと揺れる尻尾。
     どう見ても、猫。

     不可解なまま小さな顔を伺うと、中央についた円な浅葱の瞳の色に妙な既視感があった。

     芥川は緊張を和らげるように一度だけ息を吐き出し、そして、意を決して告げた。

    「中也さんです」
    「はい?」

     にゃぁんと、中也と呼ばれた猫は鳴いた。

    「いやいや、真逆。嘘でしょ?」

     だが、芥川が太宰相手にこんなタチの悪い冗談を云うはずがない。
     悲しいかな、察せてしまう。

    「……此れは、本当に中也みたいだね……」

     呆れ果てて目眩のような感覚に襲われる。

     何をどうすればポートマフィア五大幹部の一翼がこんな、畜生の姿になってしまうのか。

    「いっそ、哀れみすら感じるよ……」

     芥川の細い手にがっちり掴まれている、中也である猫の頭を撫でる。
     その手に擦り寄り、猫は目を細める。

    「……此れが中也だなんて……」

     不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

     それを悟られないように、太宰は芥川へ視線を向ける。

    「私が触っても戻らないとなると、異能ではないのかい?」

     芥川は途方に暮れたように首を振り、

    「僕が見つけた時には既に此のお姿になっていました」
    「うっわ……何やってんの、本当に」

     太宰の手のひらに収まってしまうほどの頭部から手を離すと、名残惜しそうに円な目線が追う。

    「ま、異能だとしても君達なら解決出来るでしょ。たかが猫になるだけの異能なんて……」

     云いかけて、止まった。

     本当に猫になるだけの異能だとして、なぜ中也は易々と被害に遭ったのだろうか。

     猫の姿では重力操作は出来ない、というか、意識はどうなっているのだろうか。

     猫なのか、それとも中也なのか。

    「……中也?」
    「にゃぁ」
    「どっちの返事なの」

     突然、猫がバタバタと暴れ出す。
     芥川の手に先程からがっちり掴まれているのが辛かったのかもしれない。

     芥川は躊躇なく猫から手を離す。
     と、そのまま落下した。

    「ちょ……っ!」

     慌てて受け止めようとしたが間に合わなかった。

     だが、猫は何事もなかったかのような優雅さで着地し、太宰の足元に擦り寄って来る。

    「……懐いてますね」
    「私、食べ物なんて持ってないよ」

     太宰の足元の猫を見つめながら何やら考え込んだ芥川が口を開けようとした瞬間、嫌な予感がした。

    「ちょっと待ち給え!」

     太宰は止めた。

    「厭だよ私。どうせこの猫を預かってくれと云うのだろう? なぜ私が中也の尻拭いをしなけらばならないの?」
    「ですが、太宰さんによく懐いているようですし……」
    「なぜ私に懐くのだい?!」

     肝心の猫は片時も太宰から離れる様子が無い。

    「僕らは異能力者を探します」
    「その口ぶりは預ける気満々だね」
    「此方、僭越ながらねこじゃらしです」

     芥川が差し出したねこじゃらしはその辺に生えているものと同種に見える。

    「要らない。それより早く異能力者を見つけて来てよ」

     追い払うように太宰は手を振り、芥川を促す。

    「可及的速やかに」

     儀礼的にお辞儀をし、消える速度で芥川はその場を離れた。





     芥川を見送ることなく、残された太宰は猫を抱き上げる。

     どれほど疑おうと毛並みの赭色、円な瞳の浅葱色は中也のそれだった。

    「私が触れても解除されない異能なんて、あるはずないのだけど」

     じーーっと見つめてもくりくりの瞳が見返すだけ。

    「君が、本当に中也だとして……」

     そんなはずがあるわけない。

     だが、この世には絶対などない。
     ずっと頭を悩ませている問題を尋ねようとして、ハッとした。
     猫相手に自分は何をしているのだろう。

     莫迦莫迦しくなり、猫を地面に下ろす。
     それでも何処かへ行く様子はなく、太宰の足に張り付くように側に留まる。

     そのまま歩き出せば蹴ってしまいそうで、結局太宰は元のベンチに腰掛けるしかなかった。

    「異能力者はポートマフィアが見つけるとして、私としては君どころではないのだけど」

     足元の猫をじとりと睨む。
     仲直りとやらをする目処はたっていない。

     落ち着きなく足元をうろうろする小さい頭を撫でると、にゃあと目を細めて鳴く。

    「はぁ……もう、私にどうしろというのさ」

     受け取り拒否した、捨てられたねこじゃらしを拾い上げ適当にふりふりと動かす。
     眼前で動く物体に猫は吸い込まれたように凝視し、眼の色を変えて飛びつく。

    「……猫にしか見えない……君、本当に中也だよね?」
    「にゃあぁ」

     名前を呼べば答えるので余計に判断がつかない。

     ねこじゃらしを振り続けるのに疲れ、ポイっと地面に放ると猫は嬉々として飛びついた。
     だが、死んだように動かない物体には興味が無いのか、再び太宰の側に寄る。

     足元から離れない小さな毛玉に、太宰はぽつりとこぼす。

    「……君が中也なら、教えてくれ」

     いつの間にか日は傾き、一面が茜色になっていた。
     空も海も、空気すらも染まってしまったかのよう。

     仕事をサボれたのはいいとして、気分は晴れるわけもない。
     独り言のように、太宰は円な瞳を見返し呟いた。

    「……どうしたら、許してくれる?」

    「二度とやらねぇと誓えばな」

    「ッ?!」

     一瞬、猫が喋ったのかと思った。

     だが、直ぐにそんなはずはないと周囲を見渡す。
     太宰の背後、ベンチの背を挟んだそこに、猫になったはずの人物が居た。
     
     朱い世界でそこだけ切り取られたように存在する黒。
     浅葱色の三白眼はしっかりと太宰を見返していた。

    「中也?!」
    「なンだよ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

     中也はベンチを回り込むと、太宰の側から離れない赭色の猫を抱き上げる。

     ぺろぺろと顔を舐める小さい舌にくすぐったそうに笑う。

    「ねこ……猫、猫じゃない!!」
    「あ? ッたりめぇだろ」
     
     太宰の声に同じ色の瞳が同時に向く。

    「異能なわけあるかよ」
    「……芥川君、殺す」
    「マジでやめろ」

     中也の腕の中で大人しくしている猫を、太宰は不服そうに睨む。

    「ならその猫は何? 芥川君に君が猫になったって渡されたのだけど」
    「……」

     何かを云い淀むように中也は視線を逸らす。

     その仕草でわかった。
     明らかに、中也はこの件に一枚噛んでいる。

    「……今白状すれば、君がこれまで秘匿した過去のあれやそれやをしたためた書簡を森さんに送りつけるのはやめておいてあげよう、それどころか墓場まで持って行くと誓おうじゃあないか」

     思い当たる事しかないのか、目を泳がせている中也は口を開きかけ、思い留まっては閉じて、やっぱり意を決して開いた。

    「……悪かった、と思った」

     ぽつりとこぼした言葉に、太宰はきょとんとなる。

     その反応に、中也は照れからなのか怒りからなのか頬を赤く染め、

    「ッ……姐さんに渡されたンだよ、この猫。俺に似てるだろって」

     中也の腕の中の猫が小さい声で鳴く。
     サイズは、よく似ている。

     その円な瞳の猫を見て、赤い顔で怒ったような表情をしている中也を見て。

     朝から頭を悩ませていた事象が、中也のたった一言で終わった。

     そのことに胸が高鳴り、口元が勝手に緩みそうになるのを抑え込む。

    「それで、その哀れな猫を使って仲直りしようとしたわけだ」
    「仲直りって云うンじゃねぇよ!! きしょくわりぃ!!」

     必死な中也に、太宰は安堵して吹き出していた。

     “仲直りの仕方”がわからないのはお互い様だった。

    「そうかいそうかい。ポートマフィアの幹部殿が随分子供じみたことを考えるじゃあないか」
    「そもそも手前のせいじゃねぇか!」
    「はいはい、私が悪かったよ」

     小さい猫の頭をぽんぽん撫でる。

     気せず功労者になった名誉ある猫ちゃんには後で美味しい猫缶でも差し上げよう。

     太宰の思考を読んだわけではないだろうが、にゃぁんと応えがあった。

    「それで、この猫どうするつもり?」
    「あ? 飼手が見つかるまで面倒みるが、なンだよ」

     中也の腕の中で大人しくしている猫をしげしげと眺める。
     猫になるだなんて、冷静になればあり得ない事なのに。

     本当によく似ている。
     一時でも嘘を鵜呑みにしてしまったのはこの容姿のせいかもしれない。

    「名前はあるのかい?」
    「名前?」

     中也は首を傾げた後、否定の意味を込めて左右に振る。

    「名前をつけるつもりはねぇよ」

     優しく撫でる手つきに、憎からず思っているのはわかった。
     だが、いつか居なくなるなら、名前は必要ない。

     ただの猫。
     それだけでいい。

    「そう」

     太宰も納得したかのようにふっと笑った。

    「それがいい」







    *   *   *

     探偵社の入るビルから一歩外に出ると、日は既に傾いていた。
     沈む夕日に急かされるように敦は帰路につこうと駆け出そうとした時。

     傍から飛び出して来た小さい影とぶつかりそうになった。

    「うわっ……え、猫?」

     そこには鳶色の瞳をした、しなやかな姿の猫が佇んでいた。
     落ち着いた、一見何を考えているのかわからない瞳には既視感がある。

    「敦!」

     背後からの国木田の声に振り返る。

    「今帰りか?」
    「あ、国木田さん、お疲れ様です。えっと、今日は特に変わった事はありませんでしたよ」

     しいて云えば太宰さんが仕事をしなかったことくらいで。

    「そうか。……太宰はどうしていた」
    「太宰さん、ですか?」

     心でも読まれたのだろうか。
     真逆そんなはずはないが、冷や汗が出そうになり、視線も逸らしたくなった。

     全く仕事をしなかったどころか、中也さんに謝罪? をする為? にサボったと知れば、翌日以降椅子に縛り付けられて仕事をする事になるかもしれない。太宰さんが。

    「えぇっと……あ!! こ、此処に居ます!!」
    「何?!」

     何故か咄嗟に先程遭遇した猫を国木田の前に差し出していた。

    「……なんだ、猫ではないか……いや待て。このふてぶてしい顔、既視感があるぞ」
    「きょ、今日は何故か猫になってしまっていて、あ、明日からちゃんと仕事するそうですよ!! そうですよね! 太宰さん!!」

     無理がある。
     自分で云ってて思うけど、無理がある。

     国木田は眼鏡を上げ、疑いの眼差しで猫を睨む。

    「そうなのか、太宰」
    「にゃぁん」

     絶妙なタイミングで鳴いた。

    「……まぁ、猫になっていたのなら仕方がない」

     納得した国木田に敦は目をぱちくりさせる。
     だが突然、物凄い力で肩を掴まれた。
     
    「そんなわけがあるかぁ!! 云え!! 太宰はどうした!!」
    「うわぁ御免なさい!! サボってましたぁ!!」

     決して自分のせいではないのに、土下座する勢いで敦は謝っていた。

     そのやり取りを鳶色の瞳で眺めていた猫は、興味が失せたように身を翻し何処かへ行ってしまった。



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