こっち向いてよ、モーニングダーリン!「♪♪♪~」
男が鼻歌交じりで、手にしたフライパンの上にベーコンを載せる。貴重な分厚い二切れを慎重に、油を引かず、弱火で揺らさず、じっくりと。多少時間はかかるが、焦ってはいけない。やがて熱を与えられたベーコンが、ジューシーな肉汁を溢れさせながらぱちぱちと弾けだす。軽やかな音色だ。ふわり、強烈な旨味の気配を漂わせて、狭いキッチンスペースに香ばしい燻製の香りが広がっていった。よし、ここからはタイミングか肝心だ。決して焦がさず、しかしだからと言って焼きが甘くもない絶妙の塩梅に仕上がるように。表面はカリカリ、中からはジューシーな肉汁があふれ出す瞬間こそがベーコンの真骨頂なのである。ふちが僅かに縮み、裏面に綺麗なきつね色の焦げ目がついたのを頃合いにして、エグザベ・オリベは卵を二つそこに割り入れて蓋をした。目玉焼きは取り合えずこれでよし。オーブンの中にはベーグルと半分に切られたトマトが、綺麗に二つ並んでしゅうしゅう音を奏でている。フライパンの隣のケトルの湯は、もう後わずかで湧きたつ頃合いだ。とっておきの果実も良く冷えていて、つやつやと美味しそうである。緑の色彩も鮮やかなリーフの水気を切って皿に移したエグザベは、そろそろか、と全ての火をいったん止めてキッチンを後にした。
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