Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    oritkrv0120

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 27

    oritkrv0120

    ☆quiet follow

    何にも分かってないけど雰囲気だけで何とかしようとしてる滅茶苦茶なにわかが書いてます~
    全てがいい加減……

    エグシャリのザベ君が一晩過ごしたあくる朝にシャリアさんの朝ごはんを作る話

    こっち向いてよ、モーニングダーリン!「♪♪♪~」

    男が鼻歌交じりで、手にしたフライパンの上にベーコンを載せる。貴重な分厚い二切れを慎重に、油を引かず、弱火で揺らさず、じっくりと。多少時間はかかるが、焦ってはいけない。やがて熱を与えられたベーコンが、ジューシーな肉汁を溢れさせながらぱちぱちと弾けだす。軽やかな音色だ。ふわり、強烈な旨味の気配を漂わせて、狭いキッチンスペースに香ばしい燻製の香りが広がっていった。よし、ここからはタイミングか肝心だ。決して焦がさず、しかしだからと言って焼きが甘くもない絶妙の塩梅に仕上がるように。表面はカリカリ、中からはジューシーな肉汁があふれ出す瞬間こそがベーコンの真骨頂なのである。ふちが僅かに縮み、裏面に綺麗なきつね色の焦げ目がついたのを頃合いにして、エグザベ・オリベは卵を二つそこに割り入れて蓋をした。目玉焼きは取り合えずこれでよし。オーブンの中にはベーグルと半分に切られたトマトが、綺麗に二つ並んでしゅうしゅう音を奏でている。フライパンの隣のケトルの湯は、もう後わずかで湧きたつ頃合いだ。とっておきの果実も良く冷えていて、つやつやと美味しそうである。緑の色彩も鮮やかなリーフの水気を切って皿に移したエグザベは、そろそろか、と全ての火をいったん止めてキッチンを後にした。

    「ふふ……」

    廊下に出た瞬間、思わず唇から笑みが零れ落ちた。まさかこんな瞬間が自分に訪れるとは思ってもみなかったエグザベだ。
    扉一枚隔てた向こう側で、最愛の人が安らかに眠っている。

    シャリア・ブル中佐の自室は、その地位に相応しく広い。広々としたベッドルームにライティングデスク。本棚に応接スペースに簡易キッチンまで設えらえたそこは、食料さえ積み込んでしまえば、暫く外に出なくても充分生活できそうな程の立派な生活空間である。
    しかし、それらの設備が日の目を見ることは実のところあまりない。基本多忙でよく外に出られる方であるし、応接間なら別に専用の部屋が存在している。夜寝酒を嗜まれることはあっても、キッチンスペースは紅茶のための湯を沸かすか、水を汲むか。あとはせいぜい酒に添える柑橘を切ったりする程度。本棚は比較的頻繁に使用されているが、それ以外は宝の持ち腐れも良い所だった。部屋の主である中佐本人は、この簡易キッチンにフライパンがあることも、シンクの奥に小さなオーブンが備えつけられていることも知らないに違いない。昨夜すっかり埃をかぶっていたこれらを見つけた時、エグザベは内心小躍りした。明日の朝、愛しいひとに出来立ての食事をとってもらいたく、逢瀬の結果短くなった睡眠時間をさらに削って食材を調達して部屋に戻ったのは、つい三時間程前のこと。
    彼に食べて貰いたいものを思い浮かべながら食材を選ぶのは、素晴らしく有意義な時間だった。

    シュン。
    軽快な音を奏でて、自動扉が開く。
    足を踏み入れた瞬間エグザベを迎え入れる、そこだけ旧時代に取り残されたような古式ゆかしいカーペットと家具の揃った重厚な部屋。その奥、すぐに目に入った巨大なベッドの上で、シーツを身に絡ませたまま、中佐は未だかすかな寝息を立てていた。寝乱れた特徴的な緑の髪が、瞼にふわふわとかかっている。
    滅多にお目にかかれないその安らかな眠りを妨げがたく、つい足音を忍ばせて近寄ってしまう。もっと眠っていてほしい気持ちと、早く起きて瞼の下の瞳に自分を映してほしい気持ちが瞬間せめぎ合う。寝具に沈み込むその人の閉じた目元には、隈と生きた年月を表す幾つかの皺。しどけなく横たわる身体はベッドの左側に寄り、右側に一人分の空白が残っていた。シーツから覗く背中にはあちこちに赤い痕が散らばり、しどけない朝の情景に一層拍車をかけている。出来過ぎと言えるほど出来過ぎた後朝の景色。未だ目覚めない恋人の規則正しい呼吸音を聞きながら、エグザベは思わず苦笑した。
    一体どこまでが自然体でどこまでが作為であることか。

    「おはようございます。シャリア・ブル中佐」

    ベッドまで、歩いてきっちり二本分の空間を空け、エグザベが慇懃にそう声をかけた途端、シーツに横たわっていたはずの男の肩が震え、押し殺したような笑い声が溢れた。

    「……君ね。一夜を共に過ごした相手に翌朝かけるなら、もう少し気の利いた言葉があるでしょう」

    くつくつくつ、
    白い背を丸め、喉を鳴らして笑うその人の声は、すっかり声帯の筋肉が立ち上がりきっていた。

    「お目覚めでいらしたなら、寝たふりをしてないで早く起きてくださいよ」
    「起きたのはついさっきですよ。それにせっかくなら君に優しく起こしてもらおうと思ってね」

    歳下の恋人が頑張って先に起きているのだから、目覚めのキスまで待つのがマナーでしょう?そう戯けて人差し指を口元に立てて見せる仕草は、まさに大人の余裕そのものだ。歯痒いほど決まっている。未だ寝ぐせの残る髪で、素肌にシーツを一枚纏ったままだというのに、既にきっちり着込んだエグザベよりも隙がないのは一体どういうことなのか。
    これが年上の貫禄か、と、つい自分と引き比べて、どう足掻こうと勝てる見込みのない勝負に、エグザベはついむっとしてしまった。

    「……もう、とりあえず起きてください。朝食の準備が出来ましたので……冷めてしまいます」
    「ああ、それは失礼。わざわざ作ってくれたんですね、エグザベ君。ありがとう」

    シャリアはまだくすくすと笑いの名残を引きずりながら、シーツを身に纏ってベッドを降りた。ソファにきっちり畳まれて置かれた服を取りに行く傍ら、すれ違い様に子どものように膨れているエグザベの頬にひとつ、掠めるだけのキスを落とす。

    「機嫌を直して」

    そうするのが当然、といわんばかりの完璧過ぎる振る舞いで。作ったように甘やかな声でそう囁いたシャリアの柔らかな髪からは、柑橘とグリーンの甘苦い香水の香りがした。
    これ程までに作り物じみたシャリアの仕草にさえ、しかしエグザベは、まんまと胸をときめかせてしまうのだった。



    『作ったような』『お手本じみた』『完璧な』芝居にも似た恋を、エグザベはしている。
    教本のような振る舞いと、出来過ぎたリップサービス。それらは惜しみなく、雨のようにエグザベに注がれ続ける。
    まるでエグザベの捧げる無骨な忠誠の対価であるかのように。
    いや、事実これはそうであるのだ。 
    互いに、言葉にすることはないというだけで。


    ※※※

    食事は、応接スペースのテーブルに二人分並べることにした。
    服を着こんで席に着いたシャリアの前に、エグザベは次々に皿を置いていく。

    「ほう、良い匂いがするなと思っていたら、凄いですね。これ、みんな君が?」
    「はい。身の回りのことは一通り出来るように、スクールでも叩き込まれましたから」
    「上官の世話も含めて、ね」

    シャリアはソファの上、皺ひとつなく綺麗に畳まれて置かれた衣服を思い出して意味ありげにほくそ笑んだ。昨夜は確か、その場で脱ぎ散らかしたままにしていたはず。

    「軍服は皺になりやすいんですから、ぞんざいに扱わないで下さいよ」
    「おや、昨夜は君が脱がしたんじゃなかったかな」
    「自分でするする脱がれてましたよ。少なくともシャツまでは」
    「シャツは君が剥ぎ取ってしまったものね」
    「な……ッ、僕は剥ぎ取ったりしてません!」

    エグザベは真っ赤になって反論する。

    「そうですね、君は少しせっかちだったけど、ボタンを引きちぎったりせず外して脱がせる余裕があった。充分上等の振る舞いです」
    「……恐れ入ります」

    もごもごと口の中だけで言いながら、エグザベはシャリアのための紅茶をポットで蒸らす。「引きちぎられた経験はあるんですね」という言葉は、口にするだけ野暮だと、その場でなんとか胸の中に飲み込んだ。

    部屋の主であるシャリア一人が使うには十分すぎるほど大きなはずのテーブルは、その朝エグザベの作った朝食の皿でいっぱいに埋まった。
    分厚いベーコンと卵を使ったベーコンエッグ、グリーンリーフのサラダ、ベーグルにバター、半分に切られて焼かれたベイクドトマト、そして新鮮な果物と紅茶。戦争が一応の決着を見せたとはいえ、未だコロニーの中での食糧事情は厳しい状態が続いている。今日のこの朝食の材料も、エグザベが少尉とはいえ、官位持ちの軍人であるから手に入れることが出来た貴重なものだ。エグザベはそれらを惜しみなく使い、恋人のための彩り豊かな朝食を並べてみせた。プロではないから大したことは出来ないけれど、せめて品数だけでも。ほんの少しでも喜んでもらいたい。その一心である。
    エグザベは温めておいたカップに、そっと紅茶を注ぎ入れる。立ち上る蜜にも似た柔らかな香り。薄めの水色が特徴の渋みの少ない極上の品だ。

    「美味しそうですね。早速いただいても?」
    「はい。僕が用意したので、専門職の方のようにはいかないけど、食べられないことはないはずです。冷めないうちに召し上がってみてください」
    「謙遜を」

    くすくす笑って、シャリアが卵にナイフを突き立てた。すう、と綺麗に切れた白身の下に、つやつやのベーコンが覗く。口に含んだ瞬間、かりかりした歯ごたえとともにじゅわりと肉汁が口の中に広がった。

    「ほう、いい焼き加減だ」
    「恐縮です」

    自然と口をついた誉め言葉に、ぱっとエグザベの顔が輝く。
    次にシャリアが口にしたベイクドトマトも、香ばしい焼き色のつけられた果肉がじんわりと甘く、微かな塩が効いていてとても美味い。にこにこと食べ進めるシャリアに、エグザベもようやくカトラリーを手にして食事に口をつけた。

    「そういえばエグザベ君、目玉焼きには焼き方に種類があるんですってね。私はよくわからないのだけれど、普段軍の食堂で口にする目玉焼きは黄身が黄色いが、これはうっすら白い膜が張っている。ひょっとして調理法が違う?」
    「はい。蓋をして蒸し焼きにするとこんな風に膜ができます。僕はこっちの方が火加減が調節しやすいので、いつもこっちで。普段食堂で出されるのは蓋なしで焼いたもの。黄色い黄身が特徴です。後は裏返して両面焼きにしたり、油多めにして揚げ焼きにしたりでしょうか」
    「いろいろあるんですねえ」
    「僕も自分で作れるようになったのは最近ですけどね。士官学校時代、身の回りのことは自分たちで出来るように料理も洗濯も仕込まれるんですけど、金持ちの息子連中は上手いこと人に押し付けて逃げ回るんですよ。僕は親がいないから、いつもそういうの押し付けられていて。腹も立ったけど、いざ現場に放り出されると正直役立つことも多くて……。恨んでいいのか感謝していいのか、複雑です」
    「君は結局彼らを押しのけてフランナガンスクールの首席になった。自分の糧になったことなら、ラッキーだと思っておいた方が精神にやさしい。恨むのは恨むので原動力になるから、人それぞれだけれどね」
    「恨むな、とは言わないんですね」
    「その金持ちの息子が部下になるなら言うけれどね。恨みつらみを組織に持ち込まれると厄介ですから」
    「えぇ?優しさじゃないんですか?」
    「もちろん優しさですよ。言うのも言わないのも、そちらの方が君の生存率が高そうだからそうしているまでです」

    ベーグルにバターを纏わせて、緑の髪の上司は涼しい顔でそんなことを言う。全く情けがあるんだかないんだか。それをつれないと思いながらも、続いた言葉で自身の生存を望まれているのだと聞いてあっけなく機嫌を直してしまうのだから、本当にこの人の掌の上にいるのだとつくづく思う。綺麗に生やした顎髭の上、薄赤い唇が紅茶のカップの淵に触れて微かに艶めくのを、エグザベは諦めにも似た気持ちで眺めていた。
    殆どの皿を綺麗に食べつくした頃、シャリアは最後に残った果物の皿を見てふと口を開いた。

    「生のプラムなんて珍しい」
    「あ、はい。食料調達に市外に出たら、丁度朝市がやっていて。店のおじさんと交渉して食べきれる数だけ譲ってもらいました」
    「へえ、君は本当にそういうのが上手いですね」
    「……それ、誉め言葉ですか?」
    「酷いな。人好きのする良い青年だということですよ」
    「……ありがとうございます。」

    虐めすぎたかと慌ててフォローしたシャリアの言葉に、エグザベの頬が薄赤く染まる。
    それにしても、とシャリアが摘まみ上げたのは、赤子の拳ほどの大きさの赤黒い果実だった。然程大きいわけでもないから、皮も剥かずカットもせず、丸ごと皿に載せている。運よく手に入れた新鮮な果物だから、確かにこのまま齧りつくのが一番だ。

    「一つ味見してみましたが、美味かったですよ。皮の近くは酸味が強いですが、内側は結構甘くて」
    「ほう、どれ」

    エグザベがわくわくしながら自分を見守っているのを感じ、シャリアは微笑ましさを覚えながら口を開いて赤黒い果実に齧りつこうとした。しかし、じっとその様子を見られていることに気恥ずかしさを覚える。大口を開けて果物に齧りつこうとしているところなど、あまり見られたいものでもない。

    「……あまりじろじろ見ないでくださいよ」
    「すみません!」

    用意した果物は果たしてシャリアのお気に召すかと気になっていたエグザベは、ようやく自身が不躾にシャリアを眺めまわしていたことに気づいて、慌てて視線をそらした。
    シャリアは再び、今度はやや控えめに口を開いて果実をそっと口に含む。赤黒い皮に歯を突き立てようとする。そういえばこの大きさは何かに似ているな、ふとそんなことを考えた。つい最近これによく似たものを口にした気がする。赤子の拳ほどの大きさの、赤黒い、つやつやと照り輝く丸い果実。シャリアが大口を開けて含めば、何とか口に収めることが出来るだろう。顎をいっぱいに開き、喉をしっかりと開けて舌で舐れば、きっと軟口蓋に丸い全体が丁度おさまる。ちらりとエグザベに視線をやれば、かすかにこちらを気にしながらも、健康そうな顔でせっせとベーコンに齧りついていた。恐らく彼に他意はない。後朝の朝に出すには、随分と意味ありげな見た目の果物だが。
    いたずら心の沸いたシャリアは、エグザベがちらちらと様子をうかがっていることに気づきながら、再び大きく口を開いて、摘まんだプラムを頬張った。彼に突き出した舌の粘膜がよく見えるように意識して。
    れろり、舌で皮を包み込み、舐ってから喉の奥に送り込む。そうして口の半ばまで送り込んでから、ゆっくりと軽く白い歯をその皮の上にあてて見せた。
    憐れなことに、真面目なエグザベは、プラムを舐るシャリアの淫猥さに顔を青くしたり赤くしたりしている。自分が連想したままを、きっと彼も思い描いているに違いない。昨夜シャリアが恐縮して:縮こまる彼のものを嗤いながら舐った情景を思い出しながら。

    赤黒い果実の皮に歯を突き立てる。じゅわりと溢れ出た果汁を零れないように啜り上げ、歯型の形に残った断面を丁寧に舌で舐る。僅かに唇に滴った雫を指で:拭いながら、シャリアは薄っすらと喉の奥で笑った。

    「美味しいですね。コレ」

    真っ赤になったエグザベは、その瞬間カトラリーをぽろりと取り合としてしまった。




    ***

    先に行っていますよ、一緒に部屋を出るのは外聞が悪いから、君は少し遅れていらっしゃい。そういって身支度を整えたシャリアは、さっそうと部屋を出ていってしまった。
    後に残されたエグザベは、朝食の片づけをしながら、ついでにシャリアの自室の掃除も簡単にすませる。
    埃一つ落ちていないテーブルをもう一度磨き上げて、エグザベはため息をついた。
    エグザベの恋は、成就させるのが難しい。
    親家族を戦争で亡くし、身一つで成り上がろうと入った軍隊で、自分を見出してくれた年上の美しい人に恋焦がれてはいるものの、彼はやはり一枚も二枚も上手で、ちっともエグザベに気を許してはくれないのだ。
    あの美しい上司、シャリア・ブルは。

    エグザベにとってシャリアは、初めて自身を実力だけで見てくれた恩人だった。卒業した士官学校は、実力主義を謳うものの、実態はやはり力ある家々の子息が牛耳る場所に過ぎず、後ろ盾もなく入ったエグザベには苦労がつきものだった。あらゆる雑用は当たり前のように彼に押し付けられたし、講師の立場の者もそれを知っていてかばうようなことは一切なかったのだから。そしてそれは軍に入っても同じ。実力をつけようと、才能を見せようと、結局社会というものは金と家柄なのかと早くも心を腐らせてしまいそうになっていた、そんな矢先である。シャリアが声をかけてくれたのは。
    ニュータイプ。近年研究が進められ始めた、新たなる才能の原石たち。シャリアはその先駆者だった。彼もまたエグザベと同じく戦争で家族を亡くし、才能一本で今の地位を確立してきた、まさに叩き上げの英雄。いくらでも候補者がいるなかで、他でもない彼が自分を見つけてくれたことが、どれだけエグザベにとって嬉しかったことか。クアックスを目の前で奪われるというとんでもない失態を犯したエグザベを切り捨てず、まだまだこれからですよ、と側に置き続けてくれたことが、どれだけエグザベの心を救ったか。
    どこか薄ら寒い気持ちで。食べるために他に選択肢も多くないから。軍に入る若者の動機など多くはそんなものだ。エグザベもまたそれは同じ。別に軍に忠誠を誓っているわけではない。エグザベはただ、自身を選んで見つけ出してくれた人に、認めてもらいたいだけだ。
    あの人が望む成果を。望むままに。彼が取って来いというのなら、宇宙の果てに投げられた骨だろうと、ためらわずに取りに行きたい。頭を撫でられるのを待つ忠犬のように。
    シャリアの姿が見える度、視線はシャリアを追った。彼の望む自分であろうと、さらに鍛錬に力が入った。これが恋だと、いつしか気づいていた。
    シャリアは、エグザベのその変化にすぐ気づいていたようだ。
    意地の悪い難易度の命令を繰り出しては、時折戯れのようにエグザベを甘やかす。
    ご褒美が欲しくて尻尾を振るエグザベを、さも自身が良い飼い主であるかのように甘く躾けてみせる。
    芽生えるはずのない忠誠心の根拠を、この上司は自身への憧れに結論づけた。嗅ぎつけるなり寧ろ自分から焚き付け、憧れを情欲を伴った色恋に変化するよう誘いをかけた。

    『ねえ、エグザベくん。出来ますよ。君もニュータイプでしょう?』
    『大丈夫、私を信じて……ほら、ね?上手くいった』
    『エグザベくん、充分な成果を出した部下に報いてあげたい時、私はどうすればいいと思いますか』
    『構いませんよ。それが君の望みなら』

    惹きつけて、絡め取って、転がす。自分の望むままに。
    憧れた彼は、思いのほか性悪だった。
    自身を対価に、より自分の掌の上で転がりやすい駒であるようにと、彼は惜しみなく手練手管を尽くす。少なくとも、エグザベが彼にとって、そうすべきだけの価値を持つうちは。
    彼にとって、肌を許すことというのは然程大きな意味を持たないようだった。夜の褥の上ではしたないほど乱れてくれるし、暴走しがちなエグザベを上手に導いてもくれる。しかし、それだけだ。彼はエグザベが恋人ごっこを望むから、実践してくれているだけだった。
    優しく、甘く惹きつけて絡めとり、転がす。望むままに、相手が欲しいだけの褒美を用意して、完璧に演じきる。
    そうやって操られ、骨抜きにされて、しかしエグザベはもう彼の柔らかな掌のご褒美なしに、戦場を駆け抜ける気にはどうしてもなれない。

    「……重症だな」

    理解はしている。
    色恋に振り回されて踊らされ、馬鹿みたいだ。
    それでも。

    エグザベは掃除の最後に、寝室のベッドメイクに移った。引き剥がされたシーツを拾い、代わりに新しいものを丁寧に敷いていく。昨夜この場所でシャリアとした、沢山のふしだらがつい頭をよぎる。自身も軍人だからといって、血の気の多い若い男相手に平然と裸体を晒して好きな様にさせた、あの人。喉も、急所も晒しっぱなしで、ほんの僅かにでも気が向けば、エグザベはいくらだってシャリアに危害を加えることが出来た。寝室というのは、そういう場所だ。与えるのは快楽だけではない。自身の身の安全。それを自由にする権利。その全て。
    苦いものを感じ、エグザベは硬く目をつぶった。
    大戦の英雄。灰色の亡霊。夥しい数の人命を屠ってきた、生粋の軍人。
    シャリア・ブル中佐。
    地位も、金も、豊かな生活も、あらゆるものを手に入れて、なのに彼は躊躇いなく、その身も命も心も投げ出す。
    そんなもの、何の価値もないよ、と言わんばかりに。

    洗濯物を抱えて、エグザベはシャリアの部屋を後にする。
    通った簡易キッチンには、一つ残った赤黒いプラム。先ほどの朝食に使った残りだ。
    エグザベは無造作にそれをつかみ取ると、がりりと頬張った。
    赤い赤い果物の酸味が口いっぱいに広がる。
    遠くで甘い。しかし強烈に酸っぱい。ああ、この果実はまだ食いつくすには早かったみたいだ。
    しかし、エグザベは残らずプラムの果肉を齧り取った。
    噛み砕いて、咀嚼し、味わってから飲み込む。
    舌の根に広がるその味の名残を、一つだって取りこぼしたりしないように。









    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘👏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    oritkrv0120

    DOODLE何にも分かってないけど雰囲気だけで何とかしようとしてる滅茶苦茶なにわかが書いてます~
    全てがいい加減……

    エグシャリのザベ君が一晩過ごしたあくる朝にシャリアさんの朝ごはんを作る話
    こっち向いてよ、モーニングダーリン!「♪♪♪~」

    男が鼻歌交じりで、手にしたフライパンの上にベーコンを載せる。貴重な分厚い二切れを慎重に、油を引かず、弱火で揺らさず、じっくりと。多少時間はかかるが、焦ってはいけない。やがて熱を与えられたベーコンが、ジューシーな肉汁を溢れさせながらぱちぱちと弾けだす。軽やかな音色だ。ふわり、強烈な旨味の気配を漂わせて、狭いキッチンスペースに香ばしい燻製の香りが広がっていった。よし、ここからはタイミングか肝心だ。決して焦がさず、しかしだからと言って焼きが甘くもない絶妙の塩梅に仕上がるように。表面はカリカリ、中からはジューシーな肉汁があふれ出す瞬間こそがベーコンの真骨頂なのである。ふちが僅かに縮み、裏面に綺麗なきつね色の焦げ目がついたのを頃合いにして、エグザベ・オリベは卵を二つそこに割り入れて蓋をした。目玉焼きは取り合えずこれでよし。オーブンの中にはベーグルと半分に切られたトマトが、綺麗に二つ並んでしゅうしゅう音を奏でている。フライパンの隣のケトルの湯は、もう後わずかで湧きたつ頃合いだ。とっておきの果実も良く冷えていて、つやつやと美味しそうである。緑の色彩も鮮やかなリーフの水気を切って皿に移したエグザベは、そろそろか、と全ての火をいったん止めてキッチンを後にした。
    8645