くちびるから伝わる想いは「………ん…?」
意識が浮上し、目を開ける。
視界に真っ白な天井が見えて、アルマースは困惑した。
「白い、天井…?ここ、どこ?えっと、ボクは何をして……」
起き上がると、どうやら寝ていたのはベッドらしい。かなり上質なものと見える。
サラサラとした感触を楽しむように、サラリと一撫で。すると。
「──え、ええ!?マオ!?」
横にはマオが横たわっていた。
寝ているらしく、眉間に皺が寄っている。
「うわ、難しい顔して寝てる…って、なんでボクとマオが一緒のベッドで?…ダメだ、思い出せないや」
痛む頭を押さえ、首を軽く横に振った後、アルマースはゆっくりとベッドから降りた。
あるのはベッドのみで、壁や天井、ベッドに至るまで全てが真っ白で揃えられたその部屋は、気持ち悪い程に殺風景だ。
(…とりあえず部屋から出なきゃ)
そう思ってドアノブに手をかける。だが、捻ってもガチャッと音がして回らない。
「ええっ!?なんで開かないの!?」
「うぅ…ん…うるさい目覚まし時計め…鳴らないように改造してやろうか…」
「いやもうそれ目覚まし時計の責務を果たしてないから!って、そうじゃなくて!マオ!大変だよ!起きて!」
「………?なんでお前が我の部屋に居る?」
「違うよ、ボクも今目が覚めて、どうやら同じ部屋に入れられたみたいだよ」
目が覚めたマオは、不機嫌そうな顔で身体を起こす。
少しフラついていて、気が抜けているらしい。
ベッドから、気怠い動作で降りて部屋を見回す。
「ボクもよく覚えてなくて…しかも鍵がかかってるんだ」
「しかし、なんだ…この気持ち悪い部屋は…」
「魔王城にこんな部屋あったんだ?」
「我は知らんぞ、こんな部屋」
「マオでも知らないなんて…」
その時、ドアの上を見たマオが怪訝そうな顔をした。
マオの表情を見たアルマースは、同じ場所を見た。
そこに書いてあったのは。
『キスしないと出られない部屋』
「はぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「えぇぇぇぇぇぇ!!!?」
「ふ、ふざけるなッ!今すぐ出せッ!!」
眠気を催していたマオが覚醒して、ドアを叩いてノブを回して開けようとするが、ドアはビクともしない。
「な、なにこれ…!?一体何がどうなってこうなったの…!?」
「だが待て…?これは、“キスをすると扉が勝手に開く仕掛けの部屋”ということか…?一体どういう原理で…?…ハア、ハア…面白いではないか…」
「どこで興奮スイッチ入ったの!?そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!このままじゃ、ボクたちこの部屋から出られないよ?」
「簡単な話だろう。お前、床と壁どっちがいい?」
「確実に違うよ!?ボクとマオがってことだよ!!」
アルマースからそう告げられ、マオはあまりのことに止まっていた頭をやっと働かせる。が。
「なっ、なななな何を言ってやがる!?お断りに決まっているだろうが!!」
「でも出られないんだってば!…ああ、もう!マオはじっとしていてくれたらいいから…!」
「よ、寄るな!」
「ちょ、危な──」
後ろに下がろうとした時にベッドに引っかかり、ベッドへ倒れ込んだマオを支えようと手を伸ばしたアルマースが、共にベッドへ倒れ──結果、押し倒したような構図になる。
「……これって、どこでもいいのかな」
「お、おい、本気でやる気なのか…」
「こうしないと出られないなら、仕方ないでしょ。…いいから、じっとしててよ」
顔の横にあった手を、マオの手に重ねて、動かないように握る。
元々力の弱いマオにはそれ以上の抵抗も出来ず、顔を真っ赤に染めたまま、固く目を閉じた。
(…その顔は、ダメでしょ)
居た堪れない気持ちと罪悪感で、アルマースは頬に口付けを落とした。
ちゅ、と小さな音の後に唇が離れ、ふたりとも顔を赤く染めたままに沈黙が流れた。
黙ったまま、ゆっくりと離れ、ドアの方を見た時に扉の上にまた文字があった。
『“唇に”キスしないと出られない部屋』
「な、な…っ!」
「あ、あそこまでやったのにか…!」
今流れた、小っ恥ずかしくて甘い空気をもう一度味わうのか、とふたりが黙る。だが。
「ふざけるな、もういいだろうが!!早く出せと言っている!!我は暇ではないのだぞ!!!」
「ちょ、落ち着いてよ、マオ!」
マオが大声で喚きながら怒り始め、ドアを殴り始めた。
それを、アルマースが片方の肩を掴んで止めようとすると、思い切り弾かれる。
「やかましいッ!お前こそ、あんな空気にしておいて、頬とはなんだ!?そういう所だぞ、このヘタレが!!」
「えっ…」
「……ッ!いいから、早く出せッ!!!」
妙な表情を見せた後、マオは再び扉を叩く。
その横顔は真っ赤で、先程とは違う気がする。
「──マオ」
「だから、お前に構ってる暇は──うゎっ!?」
アルマースはマオを担ぎ上げ、素早くベッドに倒すと、腹の上に乗った後にどこか違う目付きで、マフラーを素早く外し、マオを見下ろした。
「今の、“そういうこと”って答えでいいの?」
「は、何を言って──ちょ、待て!!」
顔は赤いが、アルマースは迷うことなく、マフラーでマオの両手を縛って纏める。
「していいんだよね?ここに」
「ちょ、調子に乗るなよ!ふざけるな、降りろ!」
「……うん。部屋が開いたら、ね」
ヘタレだ弱虫だと言われても、剣の稽古や近衛兵として戦ってきた彼の手は、戦ってきた者らしく少しカサついている。
その指が、不健康と乾燥故にカサついているマオの唇をなぞる。
その動きが、抵抗の意を削ぐ。
見下ろされる、いつもと違う目に射抜かれるのは、少し心地が悪い。
(な、なんだ…この感情はなんなのだ…!?)
「…嫌なら、目、閉じてていいから」
顔が近付いて来て、頬に手が添えられる。
どんどん大きくなっていく目から、目を逸らすことなど出来はしない。
「ア、アルマー……っん」
唇がくっ付いて、マオは反射的に目を閉じた。
少し名残惜しそうに、ゆっくりと離れる。
「…マオ。それは、反則」
「は……?」
「…なんでもない。ドア、流石に開いたでしょ」
起き上がると、マフラーを解いてから、再び自分の首へと巻く。
「乱暴な真似して、ゴメンね。でもキツくは縛ってないから、ケガも跡もないはずだよ」
「………」
音を立てる心臓の意味など知らないマオは、自分の胸の辺りを抑え、立ち上がる気配がない。
「…マオ?」
心配したアルマースが、マオの顔を軽く覗き込むと、近かったことにマオが驚く。
「よっ、寄るなと言っておるだろうが!!」
「痛ぁ!!?」
殴るとそそくさとベッドから降りて、ドアを勢いよく開ける。
振り向いて何かを言おうとはしたが、何も言わずにそのまま走って行ってしまった。
ひとり残されたアルマースは、ベッドに座り込んだ。
「〜〜っ、やっちゃったかな…でもなぁ…そう、あの時に…」
先程、マフラーで手を縛った時に、不安そうな顔で見てきたあの時に。
「──“かわいいな”って、思っちゃっ……え?な、え!?ボ、ボクはなにを!?」
思わず口走った言葉に、ひとりで顔を赤らめて大声を出す。
「………はぁ、ダメだ。とりあえず帰ろう」
部屋を出て、アルマースは自室へと少しだけ覚束無い足取りで向かう。
──その日、しばらくの間、勇者へ理事長への接近禁止命令が出されることになったのは─
また、別の話。