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    iria

    @antares_1031_

    小説と後書き置き場です

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    iria

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    お題「願いごと」「銀河」をお借りした小説です。

    しくじった。深夜の横浜、中華街。昼間の観光地らしい賑わいとは様変わりして、深夜はほぼ全ての店のシャッターが閉まり、しかし対照的にギラギラと大きな看板の灯りが照っている。
     簓は息も絶え絶え、追っ手から逃げている最中だった。片足を引きずりながら薄汚い路地裏へと転がり込むように身を隠した。暴れる心臓を押さえ込むようにぐっと息を潜め、周囲を伺う。どうやら人の気配はないようだ。その瞬間、急激にどっと疲労と痛みが体を襲った。
     張り詰めたものがプツンと切れたのと同時に、簓はズルズルとその場に座り込んだ。するとすぐにスラックスがじわじわと湿っていく。どうやら排水が地面に溜まっていたようだ。
     そんなことは気にする間もない。息をするたびに刺すように痛む肋骨はどうやら数本折れていそうだ。引きずっていた右足を見ると、足首がありえない太さに腫れ上がり、どす黒い紫色に鬱血している。かなり熱をもっているようだが、痛みに反するように感覚は鈍い。先ほどから何故かズキズキと痛む左手を見てみると、薬指の爪から血が出ていた。爪が半分剥がれかけている。額や瞼の切り傷からも出血し、他にも数える気にもなれないほどの擦り傷や、打撲の跡が全身にあった。青色のスーツに吸い込まれた血液は、濃紺のシミをつくっている。
     まさに、満身創痍だ。「はぁ…」とようやく深く息を吐き出す。
     遠くの方でバタバタと複数人の足音が鳴り響く。まだこの辺りを探し回っているのか。
     足元からはカサカサとした音が鳴る。きっと虫か小動物か、何者かが這い回る音だ。
     しかし簓には飛び退くような気すらおきない。感覚が非常に鈍くなっている。
     
     左馬刻は無事だろうか。逃げる途中二手に分かれたが、きっと他のメンバーと合流して…
     そんなことを考えながら、懐に入れていた端末を取り出してみると、画面がバキバキに割れていた。無理だろうと思いつつも電源を入れてみる。が、案の定起動することはなかった。
    「…どないしよ」
     この状態で連絡手段も無いとなると、どうにもならない気がしてくる。しかしどうにか帰らなければ、と思ったその時、はたと気づく。
     帰る?どこに?
     左馬刻の事務所か?こっちの拠点か?大阪か?どこへ「帰る」というのだろうか。
    「はは、ホンマにどないしよ…」
     ぱた、と何かが垂れる。鼻水かと思ったそれは、一粒の鮮血だった。簓は反射的に顔を上に向けた。
    (あぁ、上向いたらアカンのやったっけ…)
     ごし、と乱雑に袖で鼻を拭う。一つシミが増えたところで大差はない。
    「夏の大三角はな、七夕の時期は実はよう見えへんねん」
     夜空を見上げていたら、突然盧笙の声が脳内で再生された。その声はこう続く。
    「七月は…そやな、さそり座が見えるで」
    「さそり?一〇月とちゃって?」
     相変わらず妙なことばっかりよう知っとる奴やな。…そう、俺の知らんこと、ようけ知っとる奴やった。
    「あかい…めだまの さそり…」
     思わず口をついて出た、このメロディは何の歌だったか。小学校の授業で歌ったんやったか、夕方よく流しっぱなしにしてた教育番組の歌やったか…
     ……いや、オカンが口ずさんどったんや。
     
     あぁアカン、こない昔のことまで思い出すやなんて。ホンマにもう死にかけとんのやろなぁと、どこか他人事のように思う。実際、本当に他人の人生のようだと少し思っている。コンビを解散して、しばらくして池袋まで足を伸ばして。左馬刻と出会って、色んな事があって、このいまの状況。普通ならあり得ない、全く想像だにしなかったことの連続だ。
     最後くらいもっと他のこと、他の面白いこと考えな、と思うけれど、浮かぶ顔は同じだった。
    (最後に盧笙に抱かれたん、いつやったかな)
     ついには全く笑えない思い出まで引っ張り出してくる海馬を理性は恨みながらも、記憶は勝手にリフレインを始める。たまらず目を閉じる。
     涼しげな目元、普段は意外と柔らかな声色、纏う空気、その全てがひっくり返る瞬間を、簓は知っている。抑えきれない衝動に突き動かされるまま噛み付くように口付けられ、大きな分厚い手はいつも熱いくらいで、慣れない手つきで何度も簓の肌を撫でた。色欲を滲ませた目の奥には、いつだって強く真っ直ぐな意志が灯されていた。
     それを見つめ返すのが好きだった。
     行為自体は盧笙が初めての人ではなかった。それに今だって、男女問わず数人と体を重ねはしたが、そのどれもが簓を満たすことはなかった。あれほど熱く、激しく乱されたのは、盧笙だからだ。
     
     ポケットの中でぐしゃぐしゃにひしゃげたタバコを取り出し、ライターで火を付ける。
     あえてゆっくりと胸いっぱいに煙を吸い込み、ふーっと吐き出す。肋骨を刺す鮮明な痛みが瞬時に脳に届き、リフレインをやめさせた。もう一度、時間をかけて紫煙を夜空に燻らせ、より一層わざと痛みを強くする。
    「さそり…どころか何もおらん空やな」
     看板や街灯の明るすぎる光に夜空が塗りつぶされていた。まるで強烈なスポットライトを浴びた板の上のようだ。客席は暗闇。盧笙はもう板を降りて、見えなくなった。
     太古の神々が敷き詰められた暗闇の銀河を、じっと睨みつける。
     
     こないにもぎょうさん神様がおんのなら、一人くらい、たった一個の願い事くらい、叶えてや。
     
    「盧笙ともっぺん、漫才やりたいなぁ」
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    iria

    DONEお題「願いごと」「銀河」をお借りした小説です。
    しくじった。深夜の横浜、中華街。昼間の観光地らしい賑わいとは様変わりして、深夜はほぼ全ての店のシャッターが閉まり、しかし対照的にギラギラと大きな看板の灯りが照っている。
     簓は息も絶え絶え、追っ手から逃げている最中だった。片足を引きずりながら薄汚い路地裏へと転がり込むように身を隠した。暴れる心臓を押さえ込むようにぐっと息を潜め、周囲を伺う。どうやら人の気配はないようだ。その瞬間、急激にどっと疲労と痛みが体を襲った。
     張り詰めたものがプツンと切れたのと同時に、簓はズルズルとその場に座り込んだ。するとすぐにスラックスがじわじわと湿っていく。どうやら排水が地面に溜まっていたようだ。
     そんなことは気にする間もない。息をするたびに刺すように痛む肋骨はどうやら数本折れていそうだ。引きずっていた右足を見ると、足首がありえない太さに腫れ上がり、どす黒い紫色に鬱血している。かなり熱をもっているようだが、痛みに反するように感覚は鈍い。先ほどから何故かズキズキと痛む左手を見てみると、薬指の爪から血が出ていた。爪が半分剥がれかけている。額や瞼の切り傷からも出血し、他にも数える気にもなれないほどの擦り傷や、打撲の跡が全身にあった。青色のスーツに吸い込まれた血液は、濃紺のシミをつくっている。
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