無題「ぐっ……ッ…!」
光の刃が容赦なく降り注ぎ、皮膚を破ってゆく。直撃すれば命はないだろう。
痛みでじんじんと痺れる身体を鼓舞し、自分にしか扱えない特注の大剣でひとつひとつ冷静に闘気のかたまりをひと太刀でいなせば、剣戟は後方へ飛んでゆく。それを見送るいとまも与えずに構えを作り、つま先に力を溜め、迸らせた。
己の得物の刃を地にすべらせる。身体はどんどん前に進み、息付く間もなく敵の懐に潜り込む。敵の口角がにやりとあがる。
ナメられたもんだな。こっちはそんな気力もないぞ。
石畳を裂きながら這う切っ先を、両腕は迷いもせず袈裟に振りあげた。超至近距離での地擦り残月……は、いとも簡単に受け止められ、そのまま薙ぎ払われる。
とっさに重心を後方へ移動させ衝撃を中和する。押し上げられる。
身体がふわりと浮き上がりそして落ちた。足裏の痺れに生の実感を得られる。今のは、危なかった。
一手、また一手と動きを絡めとる激しい攻防は、確実にある種の麻痺をもたらした。
距離が生まれた。
しばし睨み合いながら──と、いっても相手は余裕でこちらを値踏みしている──レオナルドは、いつもより幾分かはやく回る思考を存分にめぐらせた。
(アイツら生きてるのか)
すこし離れた場所に力尽き伏せる仲間たち。レオナルドにすべてを託し、ある者は果敢に立ち向かい、ある者はレオナルドをかばい倒れ、そして。
「レオナルド!」
「レオナルド、頼む──……」
「レオ」
息が上がる。肺が焼けるみたいだ。とにかく熱い。あつい、熱い……。
鈍い青の瞳で敵をねめつける。
凶星。それは、尾をひく緋色の焔を率い、150年に1度、星神の御座す世に厄災を与える。この世界の誰もが知っているおとぎ話だ。
「ファイアブリンガー」
存外に細く紡がれた名は、燃えるような熱の空気に散っていった。
「──い…!おい、バルマンテ…、バルマンテ。聞こえるか。寝るな、ゆっくり意識を戻すんだ」
まるで凪の海のような声が遠くから聞こえる。ぼうっと聞き流していたが、徐々に明るい方へ意識が引き摺られてゆく。
「……ルイース?…ぐ…、…」
覚醒の音は濡れていた。口の中にぬるい温度と鉄のにおいが広がる。
身を起こそうと腹に力を込めるが、なぜだかぴくりとも動かない。なぜ。ゆらめく視線を正し、己の身体を覗き見ようとするが。
「まて、腹はまだ見ない方がいい。ヴィクトリア様が手を尽して、やっとくっついたところだ」
くっついた、とは。
心なしか意識がハッキリとした気がする。
げんなりした面持ちで、体の脇に膝をつく男を眺めたが、男もどうやら酷くやられたらしい。
これでも軽傷だ、と何事もないように腕の包帯をさすって見せているが、日に焼けた顔はいつもより青い気がした。
「恵みの雨が降るからそのまましばらく横になって休め。いま、きつけの飲み物を持ってくる。──タリア、いけそうか」
「あと少しだけ待ってちょうだい」
少し離れて、ぴいんと芯の通った女の声がするが、いつもより明瞭な意思を欠いている。
バルマンテはできるだけ腹から意識を逸らし、周りの様子を探った。どうやら立っている者の方が少数で、大多数は同じように荒れ乱れた石畳に伏せっているらしい。
「………」
処刑人として、常人が体験することはまず無いであろう幾度かの修羅場をくぐり抜けてきている。
罪人の家族に恨みを買い執拗に命を狙われたり、州外への出張の際に、辺り一帯を縄張りとする野党団に強襲されたり。
しかし男はどんな時も執行するだけであった。能面のような表情を貼り付けて。
そんな、いついかような時にもめったに表情を変えないバルマンテの顔に、一筋の陰りがにじむ。
いくら見渡しても、探しものが見つからないのだ。
──いない。金の光が。
「レオ、ナルドは」
「…後で話そう」
ルイースの顔が曇る。一気に暗がりに足を取られた気がして、バルマンテはただ虚空を見つめながら雨を待った。