『来週末のパーティーで、最後のワルツを僕と踊ってください。僕とだけ』
それは貴族の社交界では結婚の申し込みを意味した。
緊張で真っ赤な顔でそう言った青年に手を握られた女性ははにかみながら頷いた。
それは若い男女の恋物語。どこにでも転がっているありふれたお話。
約束したパーティーで彼等はワルツを踊り、そして周囲に祝福されるだろう。
約束された幸せな未来。それが訪れると根拠もなく信じていた。
その老人は、モンドの片田舎で『賢爺』と慕われていた。
元々はかなりの資産を持つ貴族の出だったが、なぜか財産をかなぐり捨てて田舎に引きこもり、そこで子供達に読み書き計算等を教える人生を歩んできたとか。
そんな男が教えた子供達が大人になりまたその子供達に教えて…それを繰り返し、その田舎にすむほとんどすべての人が彼の教え子になり、彼等を守り導いてきた彼を『賢爺』と慕うのは、当然の事であった。
さらに男の身内に不幸が重なり、一度捨てた財産を男が相続することになった時には、相続したすべてを田舎とその周辺の治水治安のために使ったことも相まって彼の評判はますます高く
「まさか今をときめくラグヴィンドの若当主にお越し頂けるとは…人生はわからんものだ」
「己の未熟がお恥ずかしい限りです」
「はっはっは、なんのなんの。若い頃は存分に悩み失敗するといい。年を取ってしまうとそれも出来なくなる…さて、この老爺になにか聞きたいことがあるとか」
「不躾な質問で、恐縮なのですが…貴方はお若い頃、"意中の女性とラストワルツを踊る約束"をしたことはありませんか…?」
「………驚いた。どうして、どこでそれを」