ミニュエその【奇襲】にグンターが気付きミニュエ姫(もといランスロット)が気づけなかったのは、単純に役割分担の違いからだった。
当然ながら騎士団長たるグンターの役目は、主君たる湖の国の国王と王女を守ることであり、王女たるミニュエの役目は、王族外交によってより多くの国益を得るべく複数の貴族王族と話をすることだった。
ゆえに、フェードラッヘ王城でもっとも豪勢な部屋の一つである鏡の間での歓迎パーティーでまさにその鏡の影からうちこまれた短矢に素早く反応したグンターは、その矢の前に、すなわちミニュエ姫の前に体を投げ出し、結果として利き腕の半ばに短矢を受けることとなった。
「ぐっ…!敵襲だ!警戒体制!!!」
毒を警戒し腕にささったそれを無理矢理引き抜きながらグンターが叫び、華やかなパーティー会場は一気に緊迫と混乱に包まれた。
パーティーの主催者として王座近くで歓談していたヨゼフ王の前に護衛のジークフリートが庇うように立ち(ちなみに歓談相手の隣国の国王フランツ一世も同じようにヨゼフ王をかばう位置に出そうになってたたらを踏んだ)、警備担当の騎士達が慌ただしく動き出す。
そして、ミニュエ姫は悲鳴をあげ、るわけもなくグンターに駆け寄った。
「グンター団長!傷を!」
「姫、さわっては!」
触ってはいけません!とグンターがミニュエを押し返そうとするが、ミニュエはするりとその腕を掻い潜り矢が刺さったほうの腕をみて、傷穴からじわじわと皮膚が変色していることに気づいて目をつり上げた。
「っ毒!団長、歯ぁ食いしばれ!」
「ぶっ…、んぐっ!!」
ミニュエ姫ではなく"ランスロット"の素が出てる!とグンターが指摘する前にミニュエ姫は自身のドレスに使われていたリボンの一つをほどくとグンターの腕上部、つまり止血点にぎちぎちに固く縛りつけ、間髪いれず袖奥に仕込んでいた短刀を引き抜き毒により変色しかかっていたグンターの腕の矢傷付近に切りつけた。
ばっ!と血が飛び散り、ミニュエ姫のドレスが血で赤く染まり周囲から悲鳴が上がる。悲鳴の元はつい先程までミニュエ姫と歓談していた貴族のお姫様達だ。中には失神するものまでいる。
逆に駆け寄ろうとしていた警護の騎士達、すなわちフェードラッヘの黒竜騎士団の騎士達は、ミニュエ姫の的確すぎる行動、すなわち毒抜きの緊急対処に戸惑い中途半端に足が止まっていた。
が、そんな周囲に目もくれず、ミニュエ姫が「魔術医をはやく!!」と叫んでようやく周りがあわあわと動き出す有り様であった。
結果、このミニュエ姫の冷静な判断と行動によりその場の混乱は最小限にとどまり、またグンターの傷も致命傷は避けられた。
担ぎ込まれた王宮の医務室でグンターを診察した魔術医いわく。
「最近魔術医界で警告が出ていた新種の毒です。神経毒の一種でごく少量で人を麻痺状態に陥れます。致死量では呼吸器が麻痺して窒息死する。矢に塗られていたのは致死量には足らないものの麻痺の後遺症が残ってもおかしくない量でした。即矢を引き抜いたことと傷口を裂いて血ごと毒を流したのは正解でしたな。しかしながら三日は大事を取って入院を」
その言葉にミニュエ姫はもとより病室に駆けつけていたフランツ一世とヨゼフ王の使者としてかけつけたジークフリートその他関係者が安堵のためいきをついたのは当然のことであった。
が、唯一当の本人のグンターが反論した。
「三日?!それじゃ外遊日程の半分以上になってしまう!その間の陛下と姫の護衛が」
「「三日間一歩でもこの部屋から出たらぶっ殺すぞ(しますよ)」」
なんとかならないかといいたげだったグンターの言葉は、絶対零度の声音で重ねたその護衛対象のフランツ一世とミニュエ姫の台詞に遮られ、そしてとばっちりで部屋にいた全員が凍りついた。
「は、はひ……」
おとなしくねてます、とグンターは発音が明らかにひきつった返事するのが精一杯であった。
その日開かれたのは湖の国からの国賓を歓迎する式典のひとつ、フェードラッヘ各地の伝統舞踊や芸能を披露し伝統料理を振る舞う大夜会であった。
はじめて訪れるはずなのになぜか非常にフェードラッヘに愛情をもっているミニュエ姫のためにヨゼフ王が気合いをいれて準備したそれは、貴族平民や貧富の差をできるだけ考慮せず伝統芸能に秀でたもの達をあつめた盛大なものであった。
その中のひとつ、特に湖の国と近い位置にある地方の伝統舞踊を披露したことで特別に参加を許された孤児院の子供達が、それでも中央の一等高貴な人たちがいる場所とは明確に区別され大ホールの中二階、その隅の隅に設けられたスペースでヒソヒソと話し合っていた。
「ミニュエ姫様もんのすごく見覚えがある気がする!」
「気がする、てか、本人じゃないのか?…性別違うけど」
「それに隣国のお姫様だよ?どうしてそうなるんだろう??」
「…"前"はそもそも湖の国なんて存在しなかった。ブルグント地方とよばれ、しょっちゅう紛争に巻き込まれたフェードラッヘの一地方だったはずだ。それを"今"まとめて一国として興したのが父親のフランツ一世でその一人娘…うん、どうしてそうなった?」
"前"の世界では白竜騎士団の入団試験で"ひよこ班"と呼ばれ、のちに白竜騎士団の先頭に立ち国を守護したかつての騎士達、すなわちアーサー、モルドレッド、トネリロ、クルスである。
正確には伝統舞踊を踊ったのはアーサーとモルドレッドだけだ。トネリロとクルスは、クルスの家のコネでこっそりいれてもらったのが正しい。
それはともかく、そんな彼らは全員が全員しっかりかつてのことを覚えていたため早々に再会し…そして現在進行形で首をかしげている最中であった。
「そういえば、クルスは"今"は下の会場にも入れるんだろ?ちょっと探ってきてくれない?」
「……下の会場の端に降りるくらいならなんとかなるかもしれないが、それ以上は無理だ。昨晩の騒ぎもあって騎士達の警護も厳しい。今も昔も役立たずな王室近衛騎士はともかく、黒竜騎士達がぴりぴりしてる」
「ああ、ミニュエ姫がどこぞの暗殺者に狙われて、護衛の騎士が庇ったけど毒で倒れて絶対安静、だってな。俺たちにまで聞こえてくる辺り、相当問題になってるんだろ」
「うーん、なんか怖いね…それにしてもクルスくんここにいても大丈夫?いれてもらった僕がいうのもなんだけど、叱られない?」
「平気だ。どうせ"あの人たち"は自分のことしか考えてない。帰るときの馬車に間に合えばいいさ」
クルスのいうあの人たちとは、彼の両親のことだ。"前"の時もあまりふれようとしなかった彼の家族(高位の貴族らしい)と彼があまりうまくいっていないことはアーサー達もよく知っていたので、なんとなく三人でアイコンタクトし、話題を変えた。
「ま、今の俺たちじゃランスロ…違う、ミニュエ姫に話すどころか近寄れないんじゃどうしようもないな。とりあえずご馳走食べ貯めしとこう!な、モルドレッド!」
「まぁ、そうだな。ちゃんとこんな端の席にまで食事用意されてるとは思わなかった。明日からまた仕事探しだし、食えるだけ食っとこう。トネリロ、届かないだろ?取ってやるよ、なに食う?」
俄然食欲の方に舵を切ったアーサーとモルドレッドは、彼らをはじめ伝統舞踊を披露した子供達にと用意されたビュッフェ式の豪華な料理の台へといそいそと移動した。
「え?いや、僕はいいよ。クルスくんに頼んでいれてもらったけど、本当はいちゃいけないし」
「別に気にすることない。中央広間はともかくこういう端の会場にはコネでこっそり入り込んでる奴が結構いる。アーサー、そこのローストビーフは良い肉使ってるから食べないと損だぞ」
「よーし!四人分確保して」
「きゃあぁぁっ!!!」
確保してくる!というアーサーの言葉は、下の中央広間から聞こえた悲鳴にかきけされた。
即弾かれたように手に持っていた皿を放り出し、吹き抜けになっている中央ホールを手すりから見下ろした四人は、そこに明らかに招かれざる客、端的にいえば襲撃者十数人を認め即"飛び降りた"。
「お前、子供に剣を向けたな…!絶対に許さないぞ!」
金髪の少年はその手に不似合いだが手慣れた様子で剣(実はその辺にいた騎士の腰の剣を無理矢理引き抜いてきた)を握り、襲撃者に向かって怒りを露に言った。
いや、君自身がどうみてもその子供の一人だよね?という冷静な突っ込みを出来た一握り
「女子供に手ぇ上げるゴミ虫が!全員細切れにしてやるよ!!」
実は"昔"、同じエルーンの十天衆カトルと意気投合し半ば弟子入りした時期があることから、頭に血が上るとその師匠から移った悪い口癖がでてしまう
ガシャーーーン!!!という盛大な音ともにシャンデリアの一部と黒ずくめの男そしてこれまた少年が上から降ってきた。
周囲の客を避難させていた騎士達が驚いて見てみると落ちてきた男は首にナイフを貫通され絶命しており、逆にそれを下敷きにして着地したらしく無傷でむくりと起き上がった少年が冷たい目で男を見下ろしながら言った。
「気配も姿も見え見えでそれで暗殺者のつもりか?なめられたものだな」
「ファランクス!!!」
少年の甲高い声と共に展開された魔術の防壁は、緻密さ厚さ共に目を見張るもので飛来した魔術とそれに混ざっていた刃をもろとも悉く止めていた。
魔術だけあるいは物理刃だけをとめる防壁を張るのはむずかしくない、が、両方を完璧にとめるとなるとそれは熟達の技である。
ブローディア先生!見てますか!僕頑張ってます!!と独り言にしては大声で言う少年が軽々と使えるものではない。
「くっそ!長重が足らない!!」
「固いな畜生が!!」
アーサーとモルドレッドを軽くいなしたドラフの大男がにぃ、と卑しく笑う。
だが、次の瞬間背後から振り抜かれたハルバードに横腹を殴打、から吹き飛ばされた。
え?!とアーサー達が驚く前に飛んできた"指揮"に四人は即反応した。
「"ひよこ班"!!前に出過ぎだ!!一度トネリロのところまで下がれ!」
「「「はい!副団長!(イエス・サー!)」」」
条件反射で三人は応答し、即指示通りファランクスを展開するトネリロのところまで下がる。
一切疑いも戸惑いもないその動きは明らかに訓練されたもののそれであり、それゆえに指揮官もとい今はまだ黒竜騎士団中隊長のヴェインが指揮を続けた。
「クルス、上階に上がれ!遠距離攻撃警戒!トネリロ、ファランクス展開継続!アーサー、モルドレッドは俺に続け!ただし俺より前には出るなよ!!」
「「「「白竜騎士団の誇りにかけて!!」」」」
「……内訳は?」
「金髪のヒューマンがアーサー、第二代白竜騎士団団長。黒髪のエルーンがモルドレッド、同騎士団副団長。黒髪のヒューマンがクルス、歴代最強の竜の手。手前のハーヴィンがトネリロ、防衛部隊の鉄壁の要石」
「まとめてうち(湖の国)にスカウトしていく!!」
「絶対駄目ーーー!!勘弁してランちゃん!!」
黒竜騎士団の後継ごっそり持っていかれたら困るー!!