ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第二部㉑話「女王と赤いリンゴ」 ディアヴァルと女王グリムヒルデはいつもの地下室にいた。
彼らの目の前では大鍋が煮えたぎっている。粘り気のある液体の水面に緑の泡がごぼり、ごぼりと浮き上がっては弾けて消える。女王はドロリとした液体をかき混ぜながら、低い声で歌うように呪文を唱える。その声に連れてひときわ激しく泡が吹きあげて弾け、緑の飛沫を散らす。
「これでいい。愛しい子、よぉく見ておいで。ここにリンゴがある。これをこうして……」
女王はしなやかな細い指でリンゴのヘタをつまんでぶら下げると、その赤い果実を慎重に緑の水面へと沈めた。すると、リンゴの周りに細かな泡が立ち上り、シュウシュウと音を立てて煙が立ち上った。煙は胸の悪くなるような匂いがして、ディアヴァルは思わず顔を背けた。
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