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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    オルセイ短編「寂雨」

    寂雨【オルセイ】 頭が痛い。
     このところストレスがマッハだった事と気候が悪い事で気圧にやられた様だ。
     朝からベッドで動けなくなっている俺は忌々しく溜め息を零した。ガンガン響くような痛みを少しでも誤魔化そうとこめかみを親指でぐりぐりすれば、ほんの少しだけ楽になった気がする。しかし、それも一瞬の事だ。
    「折角の休みなのに……っ」
     俺の恨み言に応えるように重く灰色に染まっていた窓に大きな雨粒がぶつかる。たん、たんと窓を叩く音はどんどん強く激しくなっていく。
     こんなに大雨になってしまっては出掛けるのも億劫だ。
     天気も悪いし頭も痛い。不貞寝でもするかと思ったのに頭が痛過ぎて眠気すら来ない。
     雨音だけが響く広くて薄暗い寝室にいると嫌でも独りなのだと思い知らされる。
     部屋の外に出れば家人達がいるが、その気配すら遠い。
     広いベッドにごろりと寝転がる。
     頭が痛いし、雨のせいか薄ら寒い。
     目を閉じれば、絶え間なく響く雨垂れの音。時折風が強くなるのか、漣のように強弱をつけながら窓を叩く。
     嗚呼、前にもこんな事があった気がする。
     普段は独りでも平気なのに、ふとした瞬間に酷く寂しくなって。それも決まって体調が悪い時だ。
     家族じゃない人達の気配を感じる狭い部屋で。なにもないワンルームの部屋で。
     ある筈のないぬくもりを探して彷徨う心を見ないフリして目を閉じる。ああくそ、体調が悪いせいか嫌な事ばかり思い出すな。
     この世界は温かい。皆優しくて「私」を愛してくれる。
     仮初でもその愛情に触れる事が出来て「俺」は満たされている。「俺」がこんな風に誰かに愛されるなんて思った事はなかったから。
     本来、「俺」の世界はこの部屋みたいに空っぽで薄暗くて寒々しい。それを突き付けられている気分だ。
     暗い世界。
     窓を撃つ雨の音が煩わしい。
     頭が割れる様に痛くて、とても寂しい…。
     
     温かい何かが頭に触れる感触を感じて意識が浮上する。
    「ん……」
     いつの間にか眠っていたようだ。
     体が重くて気怠い中、ゆるりと視線を巡らせればベッドに腰掛けて俺の頭を撫でているオルテガが居る。
     どうやらこの手の感触に救われたらしい。
     甘えてみたくなって擦り寄れば、俺が起きた事に気が付いたオルテガの黄昏色の瞳が優しく溶ける。
    「具合はどうだ? 頭痛が酷くて休んでいると聞いたが……」
     甘やかすように頬を撫でてくれる手に擦り寄りながら頷く。先程までの酷い頭痛は少し楽になっていた。
    「だいぶ良いよ。今何時くらいだ?」
    「昼前くらいだな」
    「んん、思ったより寝てないのか」
     もそもそと体を起こすが、窓の外はなおどんよりとしていて暗かった。
     隣の屋敷とはいえ、大雨の中わざわざ来てくれたらしい。それが嬉しくて座っているオルテガの膝に頭を乗せる。
    「……今日は甘えたい気分なのか?」
    「嫌な事を思い出したからな」
     優しく撫でてくれる手に安心しながら目を閉じる。
     こんな風に触れてくれる人がいたら「俺」はもう少しくらい楽に生きられたんだろうか。
     …今更そんな事を思ってももう遅いけれど。
    「リア」
     名を呼ばれてゆるりと目を開ければオルテガが俺をじっと見下ろしていた。
    「どうした、そんな顔をして」
     今にも泣き出しそうな顔をするオルテガに手を伸ばして頬に触れる。大きくて熱い手が俺の冷たい手に重なるのが心地良い。
    「……お前が時折、どうしようもなく寂しそうに見える」
    「……」
     オルテガの言葉に小さく苦笑する。「俺」の感情が漏れるなんてやはりメンタルにきているようだ。
    「どうすれば俺はお前が抱えるその孤独を埋めてやれるんだ」
     のそのそと体を起こすとオルテガはそっと抱き締めてくれた。逞しい腕に身を任せ、熱い体に頬を寄せる。
     嬉しい言葉だ。でも、真実を告げる勇気は「俺」にはない。
     もし。もし、オルテガに拒絶されたら「俺」は……。
    「こうやってそばに居てくれるだけで十分だよ」
     仮初でも、借り物でも。この熱を手離せない。
     浅ましいと分かっていても、この熱に縋りたい。
     もう一つの名を呼んでほしいなんて思わないから……ただ、こうやって触れてくれるだけで良い。
     この熱の思い出さえあれば、いつか「私」に全てを返す時にもきっと寂しくないから。
    「もう少しだけ、こうしていてくれ」
     熱い胸に額を寄せて、心臓の音を聞きながら身を任せる。
     こうしてくれるだけで「俺」には十分だから…。
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