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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    出奔魔術師の旅日記5

    出奔魔術師の旅日記5 迷宮都市ミゴン・アルシペル5 迷宮都市ミゴン・アルシペル
     
     検問を越えて街中に入るとそこは活気に満ち溢れていた。
     数え切れないほどの人が行き来し、路上に開かれた露天からは客引きの声が飛ぶ。行き交う人々の半分は何かしら武器を携えているか魔術師といった出立ちでいかにも冒険者の街といった様子だ。
     事前にブルーノから聞いた話によるとミゴン・アルシペルは街の中心に巨大なダンジョン「ノホ・カウム」が口を開けており、それを起点に円を描くように広がった街らしい。通りを挟んで建物の円環が重なり、更に中心から放射線状に八箇所、それぞれ市壁に作られた門に向かって大通りが伸びている。市壁の上から見ればまるで放射線上に切り込みを入れた木の年輪や蜘蛛の巣のような形をしているのだという。
     今ユーク達がいるのは北西方向の門からダンジョンに伸びているシャウレー通りだ。ブルーノ達が営んでいる宿があるのはこの通りの一本隣、ダンジョンから真北に伸びるセヴェル通りにあるのだという。
     そんな説明を受けながら馬車が向かうのは街の中心だ。一番内側の円環に治癒院や冒険者ギルドといった街の中核的な公共施設が集まっているからまずはそこを目指している。
     ユークは初めて見る大きな街の活気溢れる様に感激していた。多少出歩く事が出来たこの国の王都も凄かったが、もっと上品で店も人も整然としていたように思う。しかし、ここはありとあらゆる雑音と色彩と匂いが入り混じりもっとごちゃごちゃとしていた。それに冒険者が多いと武器を目にする事も多くて緊張感もあるし、その武器や装備も個性に溢れていて見ているだけで楽しかった。
     もっと見ようと荷台から御者席の方へ身を乗り出そうとしたところで視界が急に暗くなり、目と腹の辺りが暖かいものに包まれる。そのまま背後に引っ張られて体勢を崩し、軽く倒れ込むのはこれまた暖かいところだ。
    「危ねぇからもう少しだけ大人しくしてろ。降りたら好きなだけ見て回れる」
     背後からする低い声にどうやらノエルに引っ張られたらしいとようやく理解する。やっぱり過保護だと思いながら何かの隙間からノエルを見れば、視界を塞いでいるのと腹に回るのはノエルの手のようだ。
     つい先日、別の人間に同じように触れられた時は嫌悪感しかなかったというのに、この手は嫌ではない。これまでの人生でユークに触れようとした手は家族と故郷で親しくしていた者以外、皆何かしらの下心を滲ませていて不快な思いをした事が殆どだった。
     過ぎた見目の良さで苦労した事も多いし、今だってそのせいで逃亡者という身分に甘んじている。だが、この手には不思議ともっと触れて欲しくなった。
    「……なあ、アンタら付き合ってるのか?」
     恐る恐るといった様子で訊ねてくるマルコにユークは首を軽く横に振る。
    「いいえ。昨日出会ったばかりです」
     ノエルにすっぽり抱き込まれたままさらりと応えるユークの体勢を見たマルコとニーノはそれはねぇだろと心の中で呟く。先程から見ていれば、ノエルは必要以上に接触が多いように思うし、それに対してユークも黙って受け入れている。傍から見ていれば、雰囲気はどう見ても恋人のそれだ。
     世の中には同性同士のカップルも夫婦も普通に存在するからおかしなことでは無いのだが、まだ出会ったばかりだという割には距離が近い。どうにもユークは世間知らずの気配がして、それに対してノエルは世話を焼いてやっているようだが、少々行き過ぎているような……。
     と思った辺りで寒気がして兄弟がノエルの方へ目を向ける。すると、まるで射抜くように真紅の瞳が二人を見ていた。
     これ以上は触れてはならない。
     本能的に察知した兄弟は仲良く口を噤む事になった。
     
     
    「冒険者ギルドは右回りに辻を2本越えた街の南西側だ。俺達はマルコを治癒院に連れて行くよ」
     程なくして辿り着いた街の中心でニーノが馬車の中から指差すのはダンジョンに沿うように造られた大通りだ。どうやら一番内側の街並みとダンジョンの間には大きな通りがぐるりと一周囲っているらしい。
    「ありがとうございます。体調が本調子ではなかったので乗せて頂けて本当に助かりました」
    「いやいや、礼を言うのはこっちの方だぜ。良かったらうちの宿に来てくれよな! 自慢の湖竜料理を振る舞ってやるよ」
     ニーノが出した湖竜の単語にノエルがピクリと反応する。好きなのだろうかと思いながら去り行く馬車に手を振って見送ると、ユークはノエルを見た。
    「宿は彼等の所にしましょうか」
    「……ああ」
    「湖竜は初めて食べます。美味しいんですか?」
    「美味い。酒にも合うしな」
     ぺろりと舌舐めずりする姿にそんなに美味しいのだろうかとユークは楽しみになる。
     ユークの故郷の食事はお世辞にも美味しいとは言えない。食事に時間を使うくらいなら研究に時間を使いたいというお国柄で、調理法も味付けも非常にシンプルで食べられれば良しといった気風が強かった。
     だから、初めて他の土地で食事を摂った時は衝撃的だった。それ以来仕事で訪れた土地で食事を摂るのが小さな楽しみになっていたが、仕事柄のんびり食べられる事も少ない。
     今日はゆっくり美味しい物が食べられそうだと期待するが、ふと周囲の人々の視線がこちらに向いている事に気が付いた。ノエルも目立つだろうが、決して少なくない視線が自分に向けられている気配を察知してそれを避けるようにフードを目深に被る。
     追われている事も含めて、あまり悪目立ちたくないし、この容姿のせいで嫌な思いをした事は少なからずあった。そんなユークを見てノエルは手を掴み、建物の壁際へと連れて行く。
    「ノエル?」
     壁に背中がつくところまで連れて行かれて困惑して声を掛けると、周囲の視線から隠すようにノエルが前に立つ。
    「やる」
     ぶっきらぼうな声と共に差し出されたのは一本の眼鏡だった。銀縁のフレームには左右にそれぞれ小さな緑色の宝石が付いている。
    「これは?」
    「認識阻害の効果がついた眼鏡だ」
    「へぇ……便利ですね。どこで買ったんですか? 私も欲しい」
     しげしげと興味深そうに眼鏡を眺めながら、心の底からそう思う。
     こういった魔道具があれば、もう少し生きやすくなるかもしれない。
    「残念だが、ダンジョン産だ。看破系の魔道具使ってる奴や魔眼持ちには効かねぇが、通りすがりで擦れ違う程度なら十分誤魔化せるし、対面でもお前の素顔を認識してない相手からの印象を曖昧に出来る」
     本当に便利な物だとユークは驚くと同時にノエルが使っていたのではないかと懸念する。身長の高さや容姿、真っ黒な見た目からしても人目を引くのは間違いないだろう。
    「借りていいんですか?」
    「やるっつったろ」
    「わあ、太っ腹ですね」
     ありがとうございます、と礼を言ってから眼鏡を掛ける。
     掛け慣れないせいもあって視界にフレームが入る事に違和感はあるが、すぐに慣れそうだ。
    「これで本当に認識阻害になるんですか?」
    「ああ。眼鏡についてる石が妖精鉱石らしい」
    「え、それってまた物凄く貴重な代物なのでは……?」
     予想外の名前が出て来た事にユークは怯む。簡単に渡して来たから然程珍しいアイテムでは無いと思ったが、予想の斜め上をいく代物だった。
     妖精鉱石とは透き通った緑色をした宝石で、その名の通り妖精が作り出すと言われている鉱物だ。妖精の数は少なく、また妖精鉱石はその棲家にしか存在しない。彼等が何の用途で妖精鉱石を必要としているのかは不明だが、稀に発見される放棄された妖精の棲家でしか採取出来ないのだ。
     主に幻惑や目眩しの効果をつける時に使われるもので今の眼鏡のように認識を阻害したり、相手に幻覚を見せる魔道具に使われる。またその希少性と美しさからも人気の鉱石で、市場に出る時にはものすごい高値が付く事もあるという。
    「本当に貰っていいんですか? というか、こんな高価な物貰えませんよ」
     価値の高さ故に返そうとするが、ノエルは手をあげて頑なに受け取ろうとしない。ここまでされるのは流石に気が引けると軽く睨んでも効果は無く、逆に揶揄うように笑われる始末だ。
    「ダンジョンに潜ってりゃそのうちまた出るだろ」
    「こんな貴重品がぽんぽん落ちるようなダンジョンなんてないでしょう」
    「気になるなら、もう一本出るまで攻略に付き合えよ」
     意地の悪い笑みと共に与えられた提案に、ユークの心は思わずぐらついた。冗談めかして言っているようだが、その声にもこちらを見る真紅の瞳にも僅かながらに本気が滲む。
     ダンジョンで出る貴重品がどの程度の確率で出るのかわからないが、少なくともそこまで付き合ってもいいとは思ってくれているらしい。光栄な事だと思いながらユークは笑みを深める。
    「……いいですね、それ。楽しそうです」
    「決まりだな」
    「それまでにはお支払いする報酬が大変な事になりそうですけどね」
     出来ない事だと分かっているからこそ茶化すように言葉を繕う。共にしたのは僅かな道行だが、ユークはノエルの事を気に入っていた。少なくとも、これまで出会ってきた中にはいないタイプの人間だ。口調は乱暴だが、その端々に気遣いが見えるし、何より世話焼きで親切な男。
     本当に出来るならもっと共に旅をしていたいが、ユークの立場がそれを許してはくれない。この逃亡劇だってずっと続けられるものではないのだから。
     短くてあと数日、長くてもせいぜい十日。それが限界だ。その短い期間、彼の人生の中で少しだけでも良い思い出として残れたらいいのに。
     そんな詮なき事を考えていると、ノエルがユークの頬に触れた。
    「くだらねぇ事考えんな」
     顎を持ち上げられていつの間にか落ちていた視線が上がると真紅の瞳と目が合う。緋い瞳の中にちらちらと輝く金の虹彩が綺麗だ。
    「ふふ、ノエルと居ると自分の立場を忘れそうです」
    「……このまま逃避行でもするか?」
     グローブに包まれた手が優しく頬を撫でる。まるで壊れ物に触れるような触れ方にくすぐったさを覚えながら、ノエルの提案を素直にいいなと思う。
    「相手が貴方ならそれも悪くないですね。いざって時は攫ってくれます?」
    「お前が、本気でそう望むなら」
     真摯な声と共にノエルの手がユークの髪を頬からゆっくりすくように撫でていく。長い指が優しく、心地良くて少しだけ肩の力が抜けた。
     少しだけ本当に逃げたいと思ってしまった事に、ユークは自嘲する。そんな事をすれば、咎はノエルにも及ぶ。この国だけならともかく、ユークの故郷に目をつけられるのは良くない。今ならば事情が事情なだけにきちんと説明すれば、きっとお咎めも軽く済む。
     出逢ったばかりだというのに、心惹かれて止まない不思議な人。じっと真紅の瞳を見つめれば、その視線は逸らす事なく真っ直ぐにユークを見つめ返してくる。
     きっと、この男はユークが望めば本当に攫ってくれるのだろう。真摯に此方を見つめる瞳だけでそう信じるには十分値した。
    「……本当に不思議な人。貴方みたいな人、初めてです」
     ゆるりと心から微笑んでノエルの頬へとそっと手を伸ばす。こんな風に自分から誰かに触れたいと手を伸ばすのは初めてだった。
     黙ってユークの掌を受け入れると、ノエルは親愛を示すように軽くその手に擦り寄って見せる。
    「俺の台詞だ」
     離したくないと思った。ユークが本気で望むなら、ノエルは本当に彼を攫う気でいる。しかし、それはユーク本人がきっと選ばないという確信があった。
     それが、心の底から口惜しい。
     月明かりの下でその姿を見てから、ノエルの胸はずっとざわついていた。この月のように麗しい絶佳を決して手離してはならないと理性のずっと奥深く、本能が吼え立てている。
    「……隠していても仕方がないし、正直に白状しますね。私にはあんまり時間がないんです。短くてあと数日、長くても十日。それが貴方と一緒に居られる限界です」
    「……ああ」
     何となく分かってはいたが、あまりにも短く感じられた。頬に触れるユークの手に自分の手を重ねながら真っ直ぐに見つめて言葉を待つ。
    「本当はもっと貴方と居たいけれど……私にはやらなきゃいけない事があります。いつまでも責任からは逃げられません」
    「ああ」
    「だから、私は貴方といられるこの時間を精一杯楽しみたい。見たいものも行きたい場所も貴方と話したい事も沢山あるけれど、時間はきっと許してくれないから……せめて一緒に居られる時間だけは何もかも忘れて貴方と楽しみたいです」
     切々としたユークの言葉に、頬に触れているユークの手を取り、その白い指先に軽く唇を落とした。騎士が行う誓いのような神聖さをもってノエルはユークの言葉に応える。
    「それがお前の望みなら、俺は全力で応えてやるよ」
     この言葉に嘘はない、奥底からのノエルの本心だ。ユークもそれを分かっているのだろう、嬉しそうに笑みを零す。
     その笑みに満足して柔らかな鈍銀色の髪をくしゃりと撫でて今口付けた手をそっと握った。
    「……とりあえず冒険者ギルドに行くぞ。ダンジョンに行くんだろ?」
    「ええ。それから美味しい食事も楽しみです」
    「ほかにやりたい事は?」
    「沢山あり過ぎて決められません」
    「じゃあ、目についたやつからやってくか」
     今後の行動が決まった所でひょこっとノエルの影から出て、街を見回してみる。
     ノエルの方に向けられる視線はあるものの、先程より明らかに減っていた。改めて見てみれば、通りを行く人の往来はひっきりなしで目まぐるしい。
    「すごい、人が沢山いる」
    「そりゃいるだろ」
     当たり前の感想に呆れたようにノエルがため息をつく。故郷でも祭りのようなものがあってそういう時にはあの小さな街にも人が溢れたものだが、それ以上の人の数と喧騒にユークは感激していた。
     のんびりと連れ立って歩き始めながら改めて自分達がいる通りを見てみれば、荷馬車が四台は並んで通れそうな広さをしている。通りの奥には高い石造りの壁が聳えており、どうやらその向こう側にダンジョンがあるようだ。
    「広い通りですね」
    「万が一ダンジョンが溢れた時に対応しやすいように広くしてるらしい。この国じゃ一、二を争う人気のダンジョンだから余程の事がない限り氾濫なんか起きねぇだろうが」
     ひっきりなしに人が出入りしているダンジョンならば、氾濫の危険性は低いのだろう。難易度はどの程度なのだろうかと思いながらふと兄から聞いた話を思い出す。
    「ノホ・カウムは確か誰も踏破した事のないダンジョンなんですよね。ノエルは入った事ないんですか?」
    「ある。あの頃は駆け出しだったから装備が弱くて15階層で剣が折れて諦めた」
     ゆっくり歩きながらノエルが剣を指先で撫でる。その顔には獰猛さが滲み、隠し切れない高揚感が垣間見えた。
     どうやらノエルがここに来た目的はこのダンジョンへの再挑戦らしい。
    「今回はノホ・カウムへ再挑戦ですか。パーティーとかどうするんです? まさか一人で潜るとか言いませんよね」
    「そうだつったら?」
     ニヤと笑って見せるとノエルは再びゆっくりと剣の柄を撫でる。その表情にユークは苦笑するしかなかった。
    「……なんかもう貴方がとんでもない事言っても驚かなくなってきました」
    「なんだ、つまんねぇ反応だな」
    「本当に本当っぽいですもん。それに……貴方、相当強いんでしょう?」
     不意に見せた探るような孔雀青の瞳にノエルの背筋がぞくりと震える。真っ直ぐに見つめてくる孔雀青の瞳はノエルの力量を正確に見抜いているのだろう。
    「そういうお前だって」
    「さあ、どうでしょうね」
     誤魔化すようにくすりと笑みを深める絶佳の底は読めない。されど、只人でない事だけは確かだ。本気でやり合いたいと言ったら拒否されるだろうが、実力は測ってみたい。
     ノエルの予測が当たっているのならば、この青年は相当な手練だ。黒の森を単身で進み、高ランクの魔物の死骸がいくつも転がっているのを見ても平然としていた。それどころか魔物が持つ毒の種類まで把握している。ノエルに魔物の名を尋ねたのはただの確認作業でしかなく、正確に何の魔物かわかっていた。
     知識も胆力も十分、あとは自信があると言っていた魔術だが、これも魔物の死骸を焼いた時の事である程度推測出来る。火は高温になる程、色味が赤から白そして青へと変わっていく。
     ユークは魔法で高温の炎を起こすのに殆ど詠唱も魔力を練る時間もなかった。魔力量が豊富なら強い魔法も使えるのだろう。
     戦闘はさせてみないと分からないが、少なくとも素人ではない。むしろ、余程場慣れしていると見ていい。
    「本気でやり合いてぇな」
    「無茶言わないでください。私が勝てる訳ないでしょう?」
     殺す気ですかとユークは茶化すが、良い勝負になるとノエルは思っている。
     孤高の冒険者は久しく強敵に出会っておらず退屈していた。隣にいる絶佳は恐らくノエルが望んで止まない強者だ。それも、久しく相対していない実力者。
     ますます面白い拾い物をしたと内心でほくそ笑む。まずはどの程度の使い手なのか、その実力を測らねば。
    「がっかりさせんなよ?」
    「ノエルが私に対してどんな期待しているか分かりませんが、その期待を裏切らない程度には頑張りますよ」
     挑発すれば、挑発し返してきた。愉しげな色が浮かぶ孔雀青の瞳が笑むのを見ながらノエルも口の端を吊り上げる。
     嗚呼、愉しい。
     心からそう思いながらノエルは冒険者ギルドの方へと足を向けた。
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