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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    出奔魔術師閑話 とあるロマンス作家の激震

    出奔魔術師閑話 とあるロマンス作家の激震 小説。それは誰もが手軽に自らの妄想を紡ぐ最適かつ最高の手段である……。
     セレスト・コルケット、デビュー作 「鮮烈なる緋狼」後書きより。
     
     
     ロマンス小説。それは世の女性の間を席巻している小説のジャンルである。
     製紙技術と印刷技術の向上により、市井に本が出回るようになったのは私イヴェット・コルボーンが世に生まれるほんの少し前の話だ。父も母も生粋の読書好きで幼い頃には既に身近に本がある生活を送っていた私が本の虫になるのは当たり前の事だったと思う。
     そんな私の一番好きな小説がロマンス小説だ。
     冒険活劇を加えたもの、ドロドロした不倫に身分差の恋物語。どれもこれも夢一杯な世界が広がっていて読むだけでドキドキワクワクする。
     同時にこんな恋がしてみたいと妄想するのが私の楽しみの一つだった。
     しかしながら、少々の不満はある。キラキラした王子様よりももっとワイルドな……たとえば冒険者をしているような男性の方が好みなのに、そういったモチーフの話は流行りから外れているらしくて数が少ない事だ。
     主流はやはりお相手が貴族や王族だったりするが、私にはどうにも甘ったる過ぎる。数少ない冒険者モチーフにしても、私の好みの話が少なく、日々悶々としている時だった。
     まるで天啓のように降ってきた思い付き。
    「好みの話がないなら自分で好きな話を書けばいいんじゃね!?」と……。
     かくして私はロマンス作家への第一歩を踏み出したのである。
     とはいえ、私自身恋愛経験があるわけではない。
     実家は大きな商会をしており、私はその商会長のみそっかす末子で両親からは好きにして良いと言われていた。そのおかげで私生活では割と自由にしているが、私の周りの男と言ったら商会に勤めている従業員とその子供が主だった。娘として可愛がってもらったり一緒に悪戯したりしたもののロマンチックな恋愛に発展する訳もなく私は頭を悩ませる。
     そもそも冒険者とはどんな人達なのだろうか? 日々うんうんと悩んでいても冒険者との接点がなくてはどうしようもない。そう思って自分も冒険者登録しようかと思った矢先の事だった。
     住んでいた街が小規模な氾濫に襲われたのだ。
     人知れず新たに発生したダンジョンから溢れた魔物は餌を求めて街を襲った。これまでも幾度か話には聞いていたものの、実際に氾濫に遭遇したのは今のところこの時が最初で最後だ。
     突然の襲撃に街は大混乱に陥り、人々は逃げる為に右往左往していた。そんな中、たまたまこの街に留まっていた冒険者達は冒険者ギルドが指示する中で懸命に街を守ろうと戦ってくれたのだ。その様子を見ながらも、私は必死で逃げ回っていた。
     幼い頃から住んでいた街が魔物に壊されるのも、襲われた人が挙げる悲鳴も、何かが燃える臭いも、血の臭いも、何もかもが恐ろしくて、ただ安全な所を探して逃げ回るしか出来ない。そんな状況下で見つけたのが自分の商会に勤めている人の子供が泣いているところだった。
     逃げる最中に両親と逸れたらしい少年の手を引いて闇雲に走る。この子の両親は長く子に恵まれなくてやっと生まれた待望の子供がこの少年なのだ。彼らの苦悩も彼らの思いも知っていたから彼だけはどうしても生かしてあげたかった。
     しかし、現実というものは非情で、私達は直ぐに魔物の群れに追い詰められた。
     逃げ場を失う中、魔物達から背を向ける形で商会の子供を庇って抱き締める。せめてこの子だけは逃がしてあげたいと必死だった。
     怖くてぎゅっと目を瞑る。
     こんな時に助けてくれる人がいたら。
     それはきっとどんな王子様よりもカッコいいに違いない。
     次の瞬間、私に届いたのは魔物の牙や爪ではなくて鋭い悲鳴だった。思わず目を開ければ、いつの間にか魔物と私達の間に一人の男がいた。
     髪も着ている服も真っ黒。
    「無事か?」
     此方を窺うように振り返りながら低い声が尋ねる。
     端正な顔立ちなのに、瞳と頬に着いた血だけが鮮烈な程に真っ赤だった。咄嗟に答える事が出来なくて、何とか頷くと男性は長い剣を構え直す。
     刀身は微かに青い光を纏っていて綺麗だ。
    「すぐに終わる。怖かったら目を瞑ってろ」
     それだけ言うと男性は目の前に迫る魔物に猛然と斬りかかっていった。
     そこからはまるで彼の独壇場だった。
     剣を振るう度に魔物が倒れ、紅い飛沫が飛び散る。逆に魔物の攻撃は男性に一切掠りもしない。
     恐ろしい筈の光景なのに、私は目が離せなくて思わず魅入ってしまった。同時に思い描いていた夢が全て詰まった理想の王子様を見つけた事にこんな状況だという死ぬ程興奮している自分がいた。
     いや、今思い返してもあの状況で良く興奮出来たものだと思うが、それだけ彼という存在は鮮烈な存在だったのだ。
     そして、彼が助けてくれたおかげで私も商会の子供も無事に生還出来た。それからはありとあらゆる情報網を使って彼のことを調べた。
     名前はノール。
     一匹狼の冒険者で容姿もさることながらその強さは比類する者なく、間違いなく最強の冒険者の一角を担う。何故かパーティーを組む事はなく、たった一人で数あるダンジョンを踏破し、何処かで氾濫が起きればすぐに駆け付ける。
     情報が来れば来るほど私の理想だった。
     何か理由があって孤独に過ごす一匹狼の冒険者。そんな彼が助けた人と運命的な出逢いを果たし、初めてパーティーを組み、そこから恋愛に発展するなんて最高な展開じゃなかろうか!!
     運命の番いとか絡めて書いたらよりドラマチックになりそうだ! と、話の流れを思い付いてからはまるで怒涛のように原稿を書き上げ、渾身の出来となった小説をロマンス小説を出している出版社に持ち込んだのが全ての始まり。
     私の妄想溢れる原稿はトントン拍子で話が進み、あっという間にデビューが決まった。特に担当についてくれた編集者が私と同じ趣味趣向の持ち主で、同じようにワイルド系冒険者ヒーローに飢えていたようで話しているだけで満たされたものだ。
     そして、世の中には私と同じように悶々としていた人が大勢いたらしい。無事にデビューを飾り、本の売れ行きも絶好調で続編を依頼されてうかれている最中だった。
     わざわざ高価な騎竜便を使って届けられた編集者からの手紙に私は大いに衝撃を受ける事になる。
    「嘘でしょ……!! ノール様がパーティーを組んだなんて!!」
     編集者から送られてきた「ミゴン・アルシペルでノール様がパーティーを組んだらしい」と震える字で記された手紙を握り潰しながら私は絶叫する。
     勝手に憧れて無断でモデルにしているだけの人間がとやかく言う筋合いはない事は重々承知だが、それでも相手がどこの馬の骨か確かめずにはいられなかった。
     そして、真相を確かめるべく、取材用にいつでも旅立てるように荷造りしてある荷物を引っ掴み、私は一路迷宮都市ミゴン・アルシペルへと飛んだ……。
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