〈今日行っていいか?〉
コーヒーブレイク中、端末を取り出してメッセージを送る。すぐに既読が付いて可愛らしい猫が精一杯頭上に手を伸ばした絵にOKと書かれたスタンプが返ってきた。どうやら今日の仕事は順調のようだ。色良い返事に頬を緩ませる。
「……彼氏と仲がいいのはよろしいんですけどね。よそでやってくれません?」
向かいのベンチでコーヒーを飲んでいたチャンドラが目を細めた無表情で苦情を入れてきた。
「別にいーだろ。お前しかいないんだし」
「そのゆるっゆるの顔をやめろって言ってんの。こちとら独り身なんですがー?」
どうやらただの嫉妬のようだ。口元に端末を当て、にんまりと笑ってみせる。
「羨ましかろう」
「羨ましいですよ!ちくしょう!」
もはや取り繕いもしない有様に笑っていると端末が震えた。画面に目を向ければ〈待っています〉の文字。
「あー!もー!俺も可愛い恋人欲しいなー!」
叫ぶだけ叫んで背もたれに沈んだチャンドラを横目に、ハートを抱えた犬のスタンプを送り返す。
これで残りの仕事も頑張れそうだ。
扉横のパネルに手を当ててロックを解除する。ノックをしないのは作業に集中していて気付かないことがあるからだ。とはいえ予め連絡しておいた時は基本的に仕事を持ち帰らないので問題ないのだが。
そんな訳で声も掛けずに部屋に入ればちょうどアルバートがシャワールームから出てきたところだった。
「お帰りなさい、アーノルド」
ラフな格好で、いつもよりふわふわとして柔らかそうな髪を揺らしてアルバートが微笑む。かくいう俺も一度自分の部屋に戻ったので制服ではなく普段着だ。
「ただいま、アルバート」
一緒に暮らしているわけではないが“お邪魔します”では物寂しいのでどちらの部屋に行った時もこの挨拶をしようと決めたのだが、そうしておいて本当に良かった。仕事との切り替えがしやすいし、何よりほっとする。
堪らなくなって抱きつけば、小さく笑う声が降ってきて優しく頭を撫でられる。
「少し待ってください。準備をしますから」
「うん」
名残り惜しいが身体を離す。アルバートは額にキスをしてからベッドへ向かった。掛け布団を畳んで足元にまとめベッドに乗ると、壁を背にして座り、両腕を広げる。
「どうぞ」
俺もベッドへ上がり、アルバートの脚の間に横向きに座って上体を預ける。広げられていた腕が背中に回れば完成だ。
「お疲れ様です。何かありましたか?」
「んーん。ここんとこ二人きりになれてなかったから」
「寂しかった?」
「ん」
頭を傾けて首元に額を寄せる。
最近は激務というほどではないがお互いにそこそこ仕事が入っている上に、顔を合わせても周りに人が居る状態だったので恋人らしい触れ合いをする時間がなかった。まったく顔を合わせないよりももどかしく、返って寂しさが増すことを初めて知った。
「僕も寂しかったですよ」
そう言ってまた頭を撫でる。
―撫でるの好きだよなぁ―
アルバートはこうして触れ合っていると必ず頭を撫でてくる。勿論不満などない。むしろその優しい手つきから大事にされていることが実感できて嬉しくなる。
一方俺はくっつくのが好きだ。アルバートは俺より背も肩幅もあるから抱き締められた時の包まれる感じがすごくいい。
「アル」
少し腰を捻ってアルバートの背中に手を回す。
コーディネーターだからか骨格がしっかりしていて筋肉もついているので、抱き締めた時に質量を感じるのがいい。そこそこ力を入れても体重を預けてもきちんと受け止めてくれるので安心する。
さらに俺より体温が高いので段々あったかくなってきて、ほんの少し残っていた緊張とか気付かないうちに溜めていたストレスとかが解けていくのを感じる。
「眠くなってきましたか?」
「……まだ」
ぐずるように額を擦り付けるとまた小さな笑いが降ってきた。
「大丈夫ですよ、帰れなんて言いませんから」
離れた手が掛け布団を掴み、抱き締められたまま二人でゆっくりと倒れ込む。そのまま布団を掛けられて背中をさすられる。
「今日はこのまま休みましょう」
「……明日は?」
「通常通りです。一緒に朝食を摂りましょう」
「ん」
ならいい。少し動いて体勢を整え、目を閉じる。
「おやすみなさい。良い夢を」
「おやすみ……」
優しい声に背を押されてゆっくり意識が沈んでいく。
今夜はとびきりいい夢が見られそうだ。