とある夕暮れ。学問所に訪れた法正は、思いがけない先客についその名を呼んでしまった。
「……徐庶」
声に気付いた彼が振り向く。書物を開いて机に向かっていたその顔には、驚きというよりは少し落ち着かないといった雰囲気が漂っていた。
「法正殿……どうされたんですか?」
「少し所用で、な」
法正はそう答えて、徐庶が座っていた席からひとつ空いた端の席に荷物を置いた。それから本棚の方へ行き目当てのものを取ってくると、音もなく椅子をひき静かに座る。
黙って中身を読み進める法正を少しの間チラチラと窺っていた徐庶だが、やがて緊張した面持ちで切り出した。
「あの……隣に行っても、いいでしょうか?」
恐る恐る訊ねる、子犬みたいな徐庶。法正は少し考える素振りを見せた後、好きにしろとぶっきらぼうに答えた。徐庶は席を移って大きな身体でちょこんと腰を下ろすと、自分がそれまで読んでいたものに視線を戻す。
2667