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    ichizero_tkri

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    ichizero_tkri

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    🌟🎈 🍂💀のまとめ①

    狐狸の主🌟と餓者髑髏を統べる🎈
    いろんな捏造設定がたくさんありますゆえご注意。

    幼い頃から、人ならざる者の姿が見えた。
    成長するにつれて、それが自分以外には見えていないこと、見えると公言するのは芳しくないのだということ、そしてそれらを妖怪や怪奇と呼ぶのだということを知った。

    別段、困ったことはなかった。たまに見える彼らは大した悪さをしてるわけでもなく、少し叱ればこちらの言うことも素直に聞く。暇で仕方ない時や孤独が恐ろしく思う時は、それを察するように彼らが周りに集まって慰めてくれた。寧ろ良いことばかりじゃないかとさえ思っていた。

    だから彼らに頼られて、一つの妖怪の主となって不浄を食ってほしいと縋られた時も、類は面白そうだと、悪くないなと思ったのだ。

    「ッ……ふ、はぁ………っ」

    古びた神社に蔓延る不浄を、従えた餓者髑髏に食わせる。少量だが生まれつき持ち合わせていたらしい妖力と彼らの力を合わせれば、大抵の不浄には対峙できた。それを餓者髑髏に食わせる時は主君として力を繋いでいるせいか、そこに含まれた負の感情の一部がこの身に流れ込み僅かな苦痛を伴うがそれも一瞬のこと。心配してわらわらと周囲に集まる小さな妖怪たちに、類はなんともないよと笑ってみせた。見上げた空はゆっくりとその黒々とした膜を失っていく。彼らが作った妖の結界が解けた証拠だ。

    「ふぅ……お疲れ様」

    満足そうに骨を震わせる餓者髑髏に告げれば、遮るように砂利を踏む音。振り返れば、そこにはいやに目立つ金髪にいたって普通の眼鏡をかけ、詰襟の制服をしっかりと着込んだ男が不服そうな面持ちで立っていた。

    「おや──司くん。来ていたのかい?」
    「……狐狸が不浄の気配を捕らえたからな。しかし、一歩遅かったか」
    「フフ、そうだねぇ。また君の手柄を奪ってしまったかな?」

    金髪の彼──司と呼んだ男の背後には、彼とよく似た出で立ちの男が二人。佇まいで本人ではないとわかるものの、身なりを完璧に合わせられてしまえばきっと妖怪に慣れた自分でも見分けがつかないだろうなと類は思った。

    彼は、類が餓者髑髏を統べる者として不浄を相手に奮闘するようになってから出逢った、同じく妖怪を目にすることの出来る存在だった。
    曰く、不浄を消滅させるのは元来自分たちの仕事だとか自分たちは類よりもベテランのチームだとか。正直あまり興味が湧かなかった類は初めこそ相手にしていなかったが、しつこく現れる彼の神出鬼没ぶりに多少の友情を感じるまでに至っていた。あくまで同業他社という関係性なのだろうが、業界としては狭すぎる故に奇妙な縁を信じてしまいたくなるのだ。

    「相変わらず派手な食い方をするな。──それでは負担も一入だろう」

    司は狐狸と共に餓者髑髏を睨み上げる。カタカタと骨を震わせる彼を庇うように、類は一歩前に出て司を見下ろした。

    「行儀に構って食事に間に合わない君たちに、とやかく言われる筋合いはないと思うけれど」
    「手順があるからこそ正しい運用が出来るんだ。お前、そのままでは身を滅ぼすぞ」
    「ご忠告ありがとう。でも僕は、別にそれでも構わないよ」

    どうせ流れ込んでくる負は、世に蔓延り無遠慮に自分たち人間を刺すものと大して変わらない。
    誰かを刺すそれを受け止めて、食らって、それが人々の役にも妖たちの役にもなるなら、類はそれでいいと本気で思った。

    「血色の悪い顔で強がりを言うな」
    「顔色については否定する気はないけれど。残念ながら、ちゃんと本気で言っているよ。安心してくれたまえ」

    もう帰るからと、類は他人には見えない餓者髑髏たちを引き連れ神社の下り階段へ歩を進める。制服の下にセーターを着込んでいるのにいやに寒気がした。そうしてすれ違うその瞬間に、司に腕を掴まれる。間近に見た彼の顔はいつになく真剣で、その目の奥に沸々と燃えている感情の正体がなんなのか、類にはわからなかった。

    「……不浄を食わせるのを止めろとは言わない。だが──休め。こいつらと共存したいと思うなら、我が身を捧げるような真似はよすんだ」
    「共存、か……フフ、なるほど。悪くない考えかも知れないね」
    「……これを分けてやる」

    司は掴んでいた手を離すと、代わりに懐から包を取り出し類へ押し付けた。これは?と類が訊ねると、餓者髑髏も興味深そうに身を屈めて骨先でそれをつついた。

    「おい、お前のじゃないからな。……我が家で作っている団子だ。栄養がある。不浄の始末は消耗が激しいからな、栄養補給は不可欠だ」
    「なるほど。削られた妖力の補佐もしてくれる優れものといったところかい?」
    「……鋭いやつめ。効果は確かだぞ、なにせこのオレが愛用しているのだからな!」
    「いまいち信用に欠けるけれど──でも、君のだろう。頂いていいのかい?」

    押し付けられた包を開けば、ころりとした可愛らしい大きさの団子が何個か顔を覗かせる。類の問いに、司は構わんと首を振った。

    「腹を空かせた猫を放っておくほど、オレは血の通っていない人間ではないからな」
    「……僕の目には、お腹を空かせているのは君の従えている狐狸くんたちに見えるけれどね」

    ぐ、と言葉に詰まった司に手を振って、ありがたく頂くよと類は階段を下っていく。道すがら包から一つ団子を取り出して、物は試しと口に放った。

    「…………にが」

    大嫌いな野菜に味が似ていて辟易としたが、吐き出す気にはなれなかった。


    ***


    階段を下りていった背中を見送って、司は深々とため息を吐いた。出来れば普通に会話をと思って臨むのだが、気付けば毎度毎度小さな喧嘩の売り合いになってしまう。恐らくは相性が悪いのだろうと、血色の悪い彼の顔を思い出しながら司は振り返る。擬態することに飽きたのか、獣の姿に戻った二匹は追いかけないのかとでも言うようにそれぞれの尻尾を長い階段へ向ける。

    「……着いていったとして、追い返されるのは目に見えているだろう」

    屈んで二匹を撫でれば、彼らは納得したように喉を鳴らした。妖怪が見えない者からすれば、いま司の手は空を泳いでいるように見えるのだろうと簡単に推察出来た。そしてそれは、餓者髑髏を従えた彼も昔から同じように考えてきたはずだ。司には、それが辛くないことではないというのがわかっていた。
    だからこそ、妖力の扱い方も初心者の彼が身を削ることになんの抵抗もなく働いているのが放っておけない。わざわざ険しい道ばかりを選ぶこともないのにと、仲良くなりたいわけではないが手を伸ばさずにもいられなくなる。

    「さて、不浄も捕らえ損ねたことだしな……そら、オレの分だが食べるだろう?」

    先刻類に渡したのと似た包を取り出せば、狐狸は待ってましたと言わんばかりにそれに飛びつく。妖力を補強する効力のある団子を嬉しそうに頬張る姿に、あいつも素直に食べてくれればいいんだがなどと司は思った。

    枯れ葉を一枚拾い上げてくるくると回せば、それに反応したかのように狐狸がどろんと姿を変える。化けたその姿が自分のそれではないことに、司は目を丸くしてこらと二匹を嗜めた。

    「何故類の姿に化けているんだ、お前たち」

    くっくっくっと二匹は揃って喉を震わせて、あの警戒心の強い彼からは想像も出来ないような楽しそうな笑顔で司の周りをぐるぐると歩く。大抵の妖怪は害のない連中だが、自分が従えるこいつらだけは悪意に溢れていると、司は悪戯好きの二匹にまた深々とため息を吐き出した。

    途端、ぴりりと空気が震える。見逃していたかと嘆息して立ち上がると、狐狸も類に化けるのを止めてその姿を司のものへと戻し構える。ほんの小さな、慣れていなければ気付かないような不浄が鳥居の真下に在った。あいつが気付いていなくてよかったと、随分と力を削り体力を消耗させていたくせにあっけらかんと応じた気に食わない男を思い出しながら、司は枯れ葉を放り捨てる。

    「──行くぞ、狐狸。手早く送ってやろう」

    司の指示に応えるように、狐狸は地面を蹴りそれに飛びかかる。小さな不浄はしかし、弱々しくそれに抵抗して負の感情を見えない波にして放つ。けれどそれは、彼らとの戦いに慣れた司たちには到底効力のないものだった。
    狐が切りつけ、狸が枯れ葉を縄に化かしてそれを捕らえる。司は一歩二歩とそれに近付くと、しゃがみこみ案ずるなとそれに微笑みかけた。

    「お前の抱える負は、オレたちが天へと導こう。──さぁ、もう眠れ。こちらへおいで」

    司が導けば、それはさらりと砂のように音を立てて崩れ出す。空気に溶けるそれを狐狸が拾い上げて、ぱくりぱくりと行儀よく頬張っていき、やがてそれは跡形もなく消え去った。一瞬、狐狸が食らったそれが司へも流れ込むが蚊の刺す痛みにも届かない程度のものだった。

    ──こんなに簡単に、優しく受け止められるのに。どうしてあいつはそれを拒むのだろう。
    受け止める術を知らないからなのか。それでもいいと諦めているからなのか。それとも何か予想し得ない理由があって高みの見物を決め込んでいるからなのか。

    「……まったく、仕方ないやつだ」

    餓者髑髏を統べる大人びた背中も、すれ違う瞬間のくたびれた顔も、別れの際に力なく振られた細い手も。深入りする必要などないはずなのに、どうにも目が離せなくなる。

    「うむ、狐狸よ、次は必ずや類より先に不浄の元へ駆けつけよう。オレは先輩だからな!浄化の手本を見せてやらねば!」

    一人きりハッハッハッと高笑いをして階段を下っていく司の後ろで、従者はくすくすと笑うとその身を化かす。見慣れた金髪と紫髪に扮した二匹は仲睦まじく手を繋いで、それからまた主をからかいに行こうと揃って階段を駆け下りた。


    ***


    「はぁっ、はぁっ──類!見つけたぞ!」
    「やぁ、司くん。もしかしてだけれど、君足が遅いんじゃないかい?」

    ほつりと消えた不浄を前に、司は柄にもなく地面を蹴った。またしてもしてやられたと、騒がしく骨を震わせる餓者髑髏とそれを統べる顔色の悪い同年代の男に、お前は全くもってこちらの意見を聞かないなと吠えた。

    「ええい浄化師としてはオレの方が先輩だというのに!お前、どんな裏技を使って先回りしているんだ!」
    「裏技もなにも、彼に運んでもらっているだけだよ」

    ネクタイを緩めながら類は興味もなさげに答え、餓者髑髏を見上げる。自分たちの背丈をゆうに超える巨大な体躯に、なるほどその一歩が大きいせいかと司はため息を吐いた。

    「……相も変わらず、無茶な使い方をしているようだな。そんなに身を削るのが好きか」
    「被虐的思考は残念ながら持ち合わせていないよ。単に、僕が為すべきことをしているに過ぎない。その点で言えば君は君の為すべきことも果たせていないようだし、僕のことより自分の実力を見直した方がいい」

    ぐっと歯を食いしばる司に、従者はやれやれと肩を竦めた。それから主の姿に化けたまま、ひょいと類の方へ歩を進めればその周りをくるくると歩き回り、満足したように類の頭を撫でた。

    「……なんだい?」
    「こら!何をしているんだ、お前たちは」
    「君は躾も出来ないのかい」
    「お前に言われたくないわ!何度忠告しても派手な食い方を改めない餓者髑髏こそ、躾がなっとらん!」
    「──僕の友だちを悪く言わないでほしいね」

    珍しくぎろりと睨まれ、本気の憤怒を感じ司は押し黙る。どうやら彼にとって妖を悪く言われることは地雷だったらしい。同じようにそれを悟ったのか、狐狸は文字通り尻尾を巻いて逃げ出し司の背へと身を隠す。現金な奴らめ、と頭の端で唱えながら、司は組んだ腕を解き胸に手を当て眉を下げた。

    「……言葉が過ぎた。すまない」
    「……別に構わないよ。慣れてるから」
    「慣れって……おい、どこに行く」

    話の途中だろうと歩き出した背中を追いかければ、仕事も済んだことだし帰るだけだよと返される。心なしかふらつきを感じる足取りに、司は伸ばした手で類の腕を捕らえた。確か何日か前にも同じようなやり取りをした気がするな、と思いながら司は口を開く。

    「帰ってちゃんと休めるんだろうな?消耗した妖力をしっかり回復せねば、体調に影響を及ぼすんだぞ」
    「こう見えてそれなりに休息はとっているよ。というか、君が気にするようなことじゃないだろう」
    「それは、……それは、そうかも知れないが」

    それでも何故か、放っておけないのだ。今この手を離せば今にも頽れてしまうのではないかとさえ、思わされるのだ。その理由が司にはわからない。掴んだ腕は同年代の男子のそれで、内包している妖力だって量こそ少ないものの質が高いものだとわかる。あんな派手な力の使い方をせず、コントロールを覚えれば司を超える実力者なのも間違いない。おまけに、吹けば倒れるような性格でないのは出逢ってから今日までのやり取りですっかり熟知している。過ぎた心配をするには値しない人物のはずなのだ。
    けれど司は、どうしてか目を離してやれないのだ。貧血を起こしていそうな血の気のない白い顔に、司はぎゅっと目を細めた。

    「それでもオレは──類がこのままでいいとは、思えないだけなんだ」
    「……司くん。君はきっと優しいんだろうね。でも、人によってはそれを大きなお世話と呼ぶんだ。覚えておくといい」
    「っ待て、類!せめてこれを!」

    振り払われた腕に、司は慌てて先日と同じ包を取り出し手渡した。その中身を察したのか、類の眉間に僅かに皺が寄る。今日は珍しい表情を二度も見れてしまったなと、ぼんやり考える司に類はそれを突き返した。

    「要らないかな」
    「なっ、何故だ!?効果はあっただろう!?」
    「まぁ、否定はしないけれど。ねぇ司くん、その団子にはなにか……野菜の葉のようなものが入っていたりするかい?」
    「ん?ああ……我が一族に伝わる、妖力回復の効用がある葉が含まれていたような……?」
    「そうかい。騙したね。やっぱり返すよ。それじゃあ」
    「待て待て待て!騙したってなにを……おいこら、類ー!」


    ***


    天馬家は代々人ならざるものを目にすることの出来る一族だった。先代の彼らはそれらとの共存を望み、妖怪もまた世の平和のためと一族に手を貸してくれていた。不浄の始末を担うようになったのは、一族と妖怪が共生を目指して暫くのこと。一族は放置すれば害をなすそれを浄化するのに妖力を用いていたが、人間のそれだけでは全ての浄化は叶わなかった。そこで妖と主従契約を結ぶことで妖力を肥大化させ、不浄の始末を成功させた。そして妖怪にとっては弱った不浄は格好の餌らしく、そこに埋もれた負の感情を食らうことが出来るという利害の一致もあった。

    「──ということで、オレはその一族の末裔!跡取り息子というわけだ!」
    「ふーん」
    「聞いてないだろう、お前!」
    「聞いてるかどうかは別として、公共の場でそんなに大声を出さない方がいいと思うよ」

    淡々と言い捨てて、類はポテトを一本手に取ると足元で彷徨く馴染みの妖怪に差し出した。ぴょこぴょこと跳ねてそれに齧りつく妖怪を横目に、これは失敬と司は声を潜めて咳払いをした。

    「というか、どうしてここまで着いてきてるんだい?」
    「話をしようと再三声をかけてるのをお前が無視してここまで歩いてきて、挙げ句オレをいないものとして注文まで済ませて席に着いたからじゃないか?」
    「ああ、僕は君のことを勘違いしてたみたいだね。君の諦めの悪さは、僕の予想を遥かに超えたよ」

    野菜を全て抜くようにオーダーしたハンバーガーを頬張り類は言う。司は学校帰りに買い食いをした経験が殆どなかったため、どこか落ち着きのない様子で辺りを見回したり無駄に行儀よく注文したメニューに口をつけたりしている。なるほど箱入り息子というやつかなと、類はすっかり溶けた氷のせいで味が薄くなったコーラを啜った。

    日々従えた妖怪と共に不浄の消化に勤しんでいるとはいえ、二人の本文は学生だ。日中をそれぞれの学校で過ごした後、道端で出くわしたのは完全に偶然だったがそれが良くなかった。この間は逃げられたが今日こそは話をしようじゃないかと付き纏われて、結局夕飯に選んだこのチェーン店まで着いてこられてしまった。

    「それで?」
    「ん?」
    「そんな話がしたくて僕をストーカーしたわけじゃないだろう?」

    誰がストーカーだ誰が、ときりりと上げられた眉で、しかし先程忠告されたのを気にしてか幾分か声を抑えて司が憤る。面倒だから早いところ話を聞き流して終わらせてしまおうと、類は味のしないコーラから口を離して続きを促した。話を聞いてもらえると思ったのか、司は表情を明るくして言葉を続けた。

    「ああ、それでだな!オレは生まれたときから浄化師になることを運命づけられていたわけだ。だからこそ、幼少期からそのための勉学に励んでいた。つまりだ、浄化に関する知識も経験もオレの方がお前より多い先輩なのだ」
    「否定はしないよ。僕が浄化を始めたのは本当に最近のことだからね」
    「そうだろう、だからなんだ……類は、まだ初心者だろう。力の使い方に関しても知らないことの方が多い」

    一口残ったハンバーガーを口内へ放り込んで、つまりこう言いたいわけだねと類は咀嚼を済ませて呟いた。

    「オレの元で学べばいいとか身を削らずに済むようになる、とか。先輩としてあるべき姿だからってところかな」
    「お、おお……お前、案外オレのことをわかっているよな」
    「君がわかりやすいだけだよ」

    いつの間にか集まりテーブルまでよじ登ってきた小さな妖怪たちが、我が物顔でポテトを一本ずつ奪っていく。司がこら、それは類の分だぞと嗜めると逃げるように類の背や足元へ逃げていく。ポテトの箱はすっかり空っぽになってしまった。

    「きっと魅力的な申し出なんだろうけれど、お断りしておくよ」
    「な、何故だ?類にとっても悪くない話のはずだ」
    「そうなんだろうね。でも……」

    きゅ、と類が唇を噛む。その意図が分からなくて、司は暫く類の目をじっと見つめていた。不意にそれは緩んで、彼はいいやと小さく首を横に振った。

    「個人的な理由で、その誘いには乗れないだけさ。それに、いざ君が先生につくとなったら、その間不浄の始末に手間取ることになるかも知れない。悪いけれど、僕はこのデメリットを見逃せない」
    「……オレの父がいれば浄化を任せられたんだが、今は生憎地方を回っていてな……」

    タイミングが悪かったな、と司は肩を落とした。

    「だが、オレは諦めないぞ、類。今のような戦い方を続けていれば、じきにお前の体に限界が来る。その身を削るような真似を止めさせられるまで、オレはお前に何度でも声をかけよう」
    「……本当に、諦めの悪さは驚くほど予想を超えてくれるね。気にしすぎだよ、司くん。人間はそんなに簡単に死なない」
    「──いや、死ぬ」

    司は低い声で、重々しくはっきりとそう告げた。

    「死ぬまでいかずとも──死に近いほどの深い苦しみを与えることも、心の傷を生むことも大いにある。……それだけは、お前にも否定させない」
    「……そうかい。悪かったね」

    どうやら彼の地雷を踏んだらしい。司らしくない表情から目をそらしたくて中身のないコーラを啜れば、水とも呼び難い溶けたそれが類の喉を下っていく。

    「…………そういえば、今日は狐狸くんたちはいないのかい?」

    流れる空気に耐えかねて、話の軸を変えてしまおうと類は彼の従者の名を挙げる。普段からやたらと彼や自分に化けてはよくわからない行動を取っているが、主たる司曰く害のない妖怪の中で唯一害があるとも言える悪戯好きだそうだから、あれも彼らの悪戯の一つなのかも知れない。
    ああ、と頷いた司は傍らに置いていた鞄を開く。類が身を乗り出して覗き込めば、敷き詰められた教科書やノートの上に我が物顔で眠る二匹がいた。見たこともない小さな姿で寝転がっているが、これも変化の為せる技なのだろうか。通りすがる女子高生がこんな大きさのぬいぐるみを通学鞄に提げたりしていたなぁと考えて、それは司には似合わないかもなと類は笑いを堪えた。

    「学校には来るなと言い聞かせているんだが、聞き分けが悪くてな……昔はこんな小さな姿にもなれなかったくせに、今じゃすっかり慣れて毎日こうして勝手に着いてきている」
    「へぇ。よく懐いているね」
    「昔からの仲だからな。そういうお前は、餓者髑髏はどうした?」
    「彼は聞き分けがいいからね。僕の家で待っているよ。不浄の気配を捕らえたらすぐ僕を迎えに来るようにはなっているけれど」

    類が答えれば、司はううむと納得行かないように唸り声を上げた。

    「お前たちの方が付き合いは浅いはずなのに、何故狐狸のやつらは聞き分けが悪いんだ……」
    「……そんなに古くからの仲なのかい?」

    類にとっては自身の周りに集う彼らも、付き合いの長い仲だ。けれど契りを結んだ者は一人としておらず、餓者髑髏ともあくまで契約関係にある友と捉えている。それに、見たところ司はそこまで妖に好かれているわけではなさそうだった。嫌われてるというわけでもなさそうなので、あくまで相性の都合なのだろうが。だから珍しく、類は司のことが気になった。

    「ああ、狐狸とはもう十年近い付き合いになるか」
    「へぇ、そんなに。……仲がいいからこそ、ふざけて悪戯をしたがるのかも知れないね」
    「単にこいつらの悪戯好きが過ぎるだけな気もするがな……」

    折角だと司が息巻くと、鞄の中の二匹がのそりと目を覚ます。司の意気揚々とした表情をいつものこととでも言うように欠伸で避けて、またころりとその場に蹲った。

    「いい機会だし話してやろう、オレと狐狸との運命的な出逢いと、幼き一流浄化師の第一歩の思い出を!」

    あまり興味がないなぁと、類はすっかり冷めきったまま放置されている司のハンバーガーを横取りした。


    ***


    「雫ー、咲希をむかえにきたぞー!」

    大きな平屋の玄関先でその名を呼べば、からからと引き戸が静かに開く。ひょこりと顔を覗かせた少女はあらあらと笑って、手を繋いだ小さな妖怪と共に司の元へ歩み寄る。

    「いらっしゃい、司くん。いまね、しぃちゃんなちかくれんぼしてるのよ。私と座敷童子ちゃんがおになの」

    ねー?と雫が自身と同じ背丈の妖に問えば、彼女はにんまりと笑ってぴょこりと跳ねた。この小さな妖怪が雫の物心ついた頃からの友人であることを、司はよく知っていた。

    「そうか、でももう帰る時間だからな。オレも咲希たちを探すとしよう!」
    「わかったわ、それじゃあ私たちはむこうを探してくるわね〜」

    日野森家の敷地は広い。ただでさえ大きな平屋に加えて、危ないから入らないようにと言われてる蔵が二つ、それからあまり使われない離れもそれなりに部屋が多い。かくれんぼにはうってつけなのだろうと、司は道に迷いそうになりながら駆け回る。

    「咲希ーどこだー?………む?」

    妹を探して辿り着いたのは、子どもだけでの立ち入りを禁じられていた蔵。幼い司はまさかここに妹がいるわけはないと思ったが、蔵の扉が開いたままであることが気になってしまった。咲希は兄から見ても好奇心旺盛な少女だった。興味に負けて言いつけを破ることも稀にあった。もしかしたら勝手に入ってしまったのかも知れないと、司はそっと扉の隙間から中を窺った。

    「……咲希ー?いるかー?」

    呼びかけるも、舌足らずにおにいちゃんと応える声はない。やっぱり言いつけを破ってなんかいなかったと司がホッとした折、蔵の奥からカタリと物音がして少年は反射的に中へ飛び込んだ。

    「咲希?」

    もしかしたらなにかあって声が出せないのかも知れない。そんな子ども特有の不安に駆られて、司は一歩一歩奥へと進む。蔵の中は暗いはずなのに、進むべき道がわかるように簡単に奥へ入れた。
    その先で、司はいやに目立つ小箱を見つけた。周りに収納されている古い木箱よりも凝った装飾のされているそれに、司は惹かれるように手を伸ばし、蓋を開いた。司だって、妹同様好奇心旺盛な少年だった。

    「……めがね?」

    そこにあったのはなんの変哲もない眼鏡で、少しばかり拍子抜けだと言わんばかりにがっかりした顔で司はそれを手に取った。それから正月に会った親戚の浄化師も眼鏡をしていたなぁなんて思い出しながら、なんとなくそれを自分の耳にかけてみた。

    途端、ありがとうと声がした。

    「──え、……へ?」

    ぱちりと瞬き一つする間に、目の前に獣が二匹現れていた。生まれつき強い妖力を持ち合わせていた司には、それが妖怪の類いだとすぐにわかった。
    彼らは鳴き声を上げて司に言う。狭い箱から出してくれてありがとうと笑って、それから契約をしてたくさん遊ぼうと。何故かその言葉に悪意を微塵も感じなくて、司はそうか!と頷いた。

    「こんな暗い場所にずっといたのか?寂しかっただろ、今日からはオレがともだちだぞ!けいやく?っていうのを、してやろう!」

    * * *

    「つまり、騙されてるじゃないか」

    追加で購入したナゲットをつまみながら、呆れた顔で類が言う。当時の司は知る由もなかったがそれは主従契約の契りで、類と餓者髑髏を繋ぐものと変わらない。契約を済ませた後で父に怒られたのを思い出しながら、まぁそう言うなと司は頭を掻く。

    「確かに深く考えもせずに契約してしまったのは事実だが……おかげで浄化師としての第一歩を踏み出すきっかけにはなったのだ、良い結果には転がった」

    聞けば、狐狸は元々昔から悪戯ばかりしていたからと、取り憑いた眼鏡ごとあの小箱に閉じ込められていたそうだ。長い封印生活にすっかり反省して、そこから解放してくれた司に仕えればこれまでの詫びになるだろうと思ったらしい。今も悪戯好きなのは、生来のもので仕方ないのだろう。二匹曰く、全盛期に比べれば可愛いものらしい。自分たちで言わないでほしいと司は心底思った。

    「まぁそんなわけで、オレたちの運命的な出逢いはこんなところだ」
    「実に君らしい話だったよ。思ったより退屈はしなかったかな、ありがとう」

    お礼にと類がナゲットを一つ放れば、司はそんなに食べると夕飯が食べられなくならないかと嘆息しながら口に運んだ。これが夕飯だから構わないとは言わないでおこうと決めて、類はもう一つ余ったそれを妖へ分け与えた。

    「ところで、お前はどういう経緯で餓者髑髏と契約を交わすに至ったんだ」

    あんな豪快な力の使い方をする妖怪は珍しい。まして、餓者髑髏自体負の感情から生まれたような存在の妖怪だ。扱うのも巡り合うのも、とんだ奇跡に結ばれなければ叶いそうもない。それをどこからどう見ても初心者の類が従えているのだから、浄化師として興味が湧くのは当然だった。知ればこそ、二者間の荒い力の使い方も直してやれるかも知れないという目論見もあった。

    けれど類は司の思案を知ってか知らずか、さぁどうだろうねぇと笑ってトレーを片手に立ち上がる。

    「おい類、まだ話の途中だぞ」
    「食事の片手間に聞いていただけだよ。それにもう遅いけれど、君は帰らなくていいのかい?」
    「へ?……げっ」

    見れば、外はもう随分と薄暗い。話し込んでいる間にすっかりと時間が経っていたらしいと司が慌ててスマホを確認すれば、そこには妹からの心配のメッセージが届いていた。

    「しまった、オレとしたことが……!類、お前も遅くならん内に帰るんだぞ!ご両親に怒られたらオレが引き留めたと言っておけ!また声をかけに来る!!では!!」

    通り過ぎる嵐のように捲し立てて、丁寧にトレーを片付けると司は足早に店を出ていった。別に帰っても怒る人なんていないけれどねと独り言を呟いて、類も食事の後片付けを済ませると店を後にする。

    そうして少し進んだ先で、ぴり、と空間に痺れが走るような感覚。ああ、今宵も現れた。間違えようもない気配に路地裏へ進み空を見上げれば、堕天するかのごとく落ちてきた骨組みだけの腕が降りてくる。その手のひらに乗り上げ、類はにたりと口角を上げた。

    「さぁ、あのお節介くんが来てしまう前に終わらせてしまおうか、餓者髑髏」

    その手に類を抱えて、餓者髑髏は骨を震わせ緩慢に頷く。誰の目に拾われることもないまま、二人は夜の闇の中へと消えていった。
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    💖💖💖💖💖💖💖💖💖😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭💖💖💖💖🙏🙏🙏🙏🙏🙏💞💞💞💞💞💞💞😇😇
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    ichizero_tkri

    DONE12/12頒布の将参(🌟🎈)同人誌の書き下ろし分の、🔞シーンをカットしたものをこちらに再録します。
    行為を匂わせる描写はありますが、18歳以下の方もお読みになれる全年齢対応編集版になっています。
    ◆それから愛は未来を唄う


    「──うむ、良い報告書だ。ありがとう、下がっていいぞ」

    部下の一人から差し出された報告書に、ツカサは微笑を携えて頷く。ありがとうございます、と返した部下は深々と頭を下げ、その傍に控える元参謀にも和やかに会釈をして執務室を去っていく。未だ慣れないながらも、ルイも小さく頭を下げる。

    かつて──大臣に道具として飼われていた頃は、こうも心穏やかに職務に励むことなどあっただろうか。それを労わるように頭を下げられることなど。ツカサにこの心身を捧げ、仕えるようになってからもう随分と経つが未だ、慣れない。──というよりは、落ち着かない、気恥ずかしいという言葉の方が相応しいのかも知れない。

    一人静かに戸惑うルイを横目に、ツカサは先刻受け取った報告書に再度視線を落とす。黒い油の研究経過報告書。あの大臣が、ルイを遣わしてまで奪おうとした理由もわからないでもない。どうやらルイは、現存する大臣の部下の中でもとりわけ実力のある人物であったらしい。それだけ早々に心を殺して操り人形になることを選択した結果なのだろうと思うと、手離しに褒めてやれる気分にはなれない。いつか見た夢の、幼い姿の彼を思い返す。あんなに小さな頃から、家族という拠り所を失い一人苦悶の中生きてきたのだろう。ツカサはその顔に痛みを浮かべる。この幼子の道筋に思いを馳せる度、同等と呼ぶには傲慢な感情に胸が痛むのだ。
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