スコーンの香りの午後 ラベンダーベッド内をヴィエラを連れて歩いていた。そっちが誘ってくれるなんて珍しい、と揶揄うような声音の彼女に苦笑しながら、ルガディンは地図と手帳を見比べる。慌てて記入したような乱雑な字で取られたメモは店名と番地を示しているらしい。付近のエーテライトを活用しながら該当の番地へと向かった。
「カフェ?」
到着したMサイズのハウジングを見上げ首を傾げた彼女の横で、彼が頷く。
「蒸し野菜と紅茶が人気らしい」
彼の簡潔な説明にへぇ、と一瞬彼女が目を輝かせる。そんな事ならここでランチすればよかった、と唇を尖らせた彼女に自身の計画性のなさも併せて彼が眉を寄せた。
扉を開くと店員らしきミコッテがいらっしゃいませ、と声をかけてきた。人数確認に対して指を2本立てたルガディンに、こちらどうぞ、と端側の席まで誘導される。落ち着いた雰囲気の店内には様々な紅茶の瓶や缶が並べられており、着席したヴィエラが小さくすごい、と呟いた。
「あ、」
メニューを卓上に開いた彼の小さな呟きを彼女聞き逃さなかった。どしたの、とすかさず尋ねると、バツが悪そうな表情を浮かべられる。
「以前食べて美味かったパンケーキがなくなってるな、と」
彼の返答に彼女の瞳が細くなった。昔に姉に連れてきてもらってな、と肩を落としていた彼が静かに弁明する。
「当時調理と剣術を覚えるためにリムサで聞いて気になって、と誘われたんだ。その時の事をふと思い出して、この間姉に店の場所を確認したんだが」
彼の姉が冒険者をしていたのは結構前の事で、メニューが一新されているようだった。彼が指差すページにはスコーンのセットが記載されていた。なるほど、と納得した彼女が顎に手を添えメニューを眺める。
「いいじゃんスコーン」
5種の中から2つ、好きなものを選びドリンクとセットにできると書かれたページから顔を上げた彼女が輝く瞳で見つめてきた。その表情と声色で食べさせたかった品がなかったショックも和らいだ彼は数回頷き応える。
「せっかくだから期間限定のオレンジピール入ったのにしよ〜!もう一個悩むぅ……!」
眉間に皺を寄せ考え込む彼女曰く、セサミかレーズンで迷っているという。丁度残り2種のプレーンとチョコレートにしようかと考えていた彼がじゃあ、と提案する。
「俺はセサミとチョコにしようか」
目を瞬かせた彼女がいいの?と首を傾げた。プレーンはいつでも食べられるし、と何気なしに答えた彼に、じゃあレーズンにする、と彼女はにっこり微笑んだ。
ミコッテに声をかけ注文を伝える。ホットティーのセットにしたところ、ころんと可愛らしいマグカップを卓上に置かれた。
「いろんな種類のホットティーを注いで回らせてもらいますので、不要であればまたお伝えください!」
溌剌とした店員のミコッテが簡潔な説明の後、一杯目を注いでくる。ピーチと聞き慣れないハーブのフレーバーティーらしい。
「良い香り」
目を伏せて香りを堪能したヴィエラが一口飲み、小さく美味しいと呟いた。猫舌のルガディンはその様子を目を細めて眺めていた。
「前に勧められたのは、好きな紅茶を選んで濃い目に煮出して貰ったのを冷たいミルクで割ったものでな」
「絶対美味しいやつじゃん……!」
他愛のない話をしている内に、程よく温度が下がったカップを口元に運ぶ。ふわりとピーチの甘い風味と喧嘩しない程度に華やかな香りが広がった。
「美味いな」
ね、と頬杖をついた彼女がフレーバーに使われているハーブについて説明してくれる。香水などにもよく使われるほど、香り高い花らしい。もう少し味わうべきだったな、と残り少ないカップを傾けていると、お待たせしましたぁ!と店員がワゴンを押してきた。
ワゴンの上から綺麗に焼き上がったスコーンを載せたスタンドが卓上へと移される。思っていたより大振りなスコーンは香ばしい焼けた小麦の香りを纏っていた。
「こちらからセサミ、レーズン、チョコレート。そしてこちらが期間限定のオレンジピール入りのスコーンです」
店員は流れるような説明の後、クリームとジャムのたっぷり入った容器を示しにっこりと微笑む。
「お好みでクリームとジャムをたっぷり添えてお召し上がりください!」
それではごゆっくり、と退散したかと思えばまたティーポットを手に戻ってきた。
「これはアップルとマスカットのお茶です!」
芳醇な香りを放つカップから視線を店員に向けた2人が会釈すると、満足気に微笑んだ店員はカウンターへと帰っていく。さて、と目を輝かせたヴィエラがオレンジピール入りのスコーンに手を伸ばした。綺麗な割れ目に沿って上下に分け、割れ目にたっぷりのクリームとジャムを載せて頬張る。
「ん!」
短く歓声を上げた彼女がルガディンの方に顔を向けた。その雄弁な表情に、彼は柔和に微笑んで応える。彼女が食べたがっていたセサミのスコーンに手を伸ばし、慎重に割った片割れをスタンドの彼女に近い場所に戻した。まずはそのまま、と齧ってみると、なるほどセサミの風味が小麦の香ばしさと合っていて美味かった。
「遠慮しなくていいのに」
掌に溢れそうなクリームとジャムと格闘しながらヴィエラが呟いたので、緩く首を振って返す。
「まずはそのまま食べてみたくて」
何もつけなくても美味かった、とルガディンが感想を添えると、彼女は手元のたっぷりクリームとジャムが載せられたスコーンをまじまじと見つめ直した。なんとなく彼女の気持ちを察し、自分用に割られたであろうオレンジピールのスコーンの片割れに持ち替える。一口サイズを割って分け彼女に差し出すと、嬉しそうに身を乗り出して手元に唇を寄せてきた。
「ほんとだほいひい」
むぐむぐと咀嚼しながら頬を緩めた彼女にそれは何よりと苦笑して、残った自分の分にも彼女に倣ってクリームとジャムを載せていく。甘く煮込まれてもほろ苦い果皮の風味と食感が良いアクセントになっていた。もそもそとスコーンを堪能しつつ、時々紅茶も楽しむ。フルーツやハーブ系だけかと思いきや、キャラメルやバニラといった紅茶単体でもスイーツのよう「楽しめるものまで出てきて彼は静かに目を瞬かせた。
「これ好きでしょ」
外見の割に子供じみた味覚の彼に彼女がオレンジとチョコレートの風味の紅茶を飲んだ彼女の呟きに、苦笑しながら彼は頷いた。
「美味しかった〜!」
カウンターで販売されていた茶葉とスコーンを手に2人はカフェを後にする。思っていた以上に長居しており、店員に詫びると、
「お姉さんも同じぐらいよくいらっしゃいますよ」
姉弟と気付いていたらしいエレゼンの店主に微笑まれた。今度はクレープを出そうと思うのと店主はにこやかに続ける。
「是非、またご来店くださいな」
ぜひぜひ、とスコーン片手にご機嫌なヴィエラが目を輝かせたので、楽しみにしてます、とルガディンは頭を下げた。
「パンケーキも気になったなぁ」
同じラベンダーベッド内だったので、彼女の家に向かう途中でぽつりと彼女が呟いた。あぁ、と顎に手を添えた彼は思い出そうとする。
「……さっくりと焼き上げられたパンケーキに、定番のバターにベリーのジャムと、ホイップしたクリームと塩が添えられていたな」
確か、と彼が答えると塩!?と彼女が振り返ってきた。塩、と頷く彼に、彼女が顔を顰める。
「ホイップクリームと一緒に食べると甘じょっぱくて不思議と美味かった」
塩……と腑に落ちない様子の彼女に、想像つかないだろうなと彼は苦笑する。
「でもスコーンも美味しかったからいいもん」
ヴィエラが歌うように呟きながら、手に下げたスコーンを眺める。店のものよりも小ぶりでいろんな味が詰められており、気に入った客が家用にと買っていくらしい。確かにあれは美味かった、と思い返す。普段なら頼まないようなものでも彼女と一緒なら体験できていいなと思っていると、
「セサミもレーズンも美味しかったし、オレンジピールのも良かったし、チョコも美味しかったよね」
これプレーン入ってる、と袋の中を覗く彼女が続けた。
「ディンと一緒だと、いっぱい色んなの食べられていいねぇ」
本当に叶わないな、と思いながらそれは何よりだと彼は答えた。