小指が最近動きにくい、気がする。
筆を置き、右手の小指を撫でてみる。
小指が動きにくくて特に困ることは無いが、それでも違和感があると気が散る。
常にそうなのではなく、ふとした瞬間に訪れるその違和感。
特に怪我をした覚えも、何かの呪いを受けた覚えもない。
一体何なのだろう、と江晩吟は小指を動かした。
『約束する。幸せになる努力をすると。だから、貴方も――……』
微かな記憶に蘇る声。
思わず眉間に皺を寄せてしまった。
忘れたわけではない。
その約束が支えとなっていたのは間違いではない。
ただ、自分の一方的な約束があまりにも子供だったと含羞に堪えがたく、記憶に淵に沈めていただけなのだ。
「あぁ、そう言えばあれからだな」
観音廟でのことがあってから小指を気にするようになったのだと思い至る。
まるで幼い自分が責めているようだ。
一つ息を吐き出して、書簡を認める。
それを姑蘇へと飛ばし、急ぎの仕事を片付けることにした。