悪い方の手癖ルクジェミ 夕方、紅虎路の裏通り。雀荘近くの屋台であいつは早めの夕飯を食っている。
今日だってほら、ベンチの真ん中で偉そうに足を組んで肉まんだかなんだかを頬張るジェイミーが数人の女の子に囲まれていた。二人か。アジア人らしい黒髪の子と、俺と同じブロンドに染めた子。メイとホンファって名前だったかな。前者はまだ学生で、後者はオシャレな服屋で働いている。こんな街でミニスカートにヒールだなんて格好をしていたら、咄嗟のファイトに応戦出来ないんじゃないかといつも思う。
「ジェイミー、今日は一人? あのお兄さんは?」
メイがベンチの端に座りながら尋ねる。逆側からはホンファが挟み込んだが、あいつは動じずに指を舐めた。長めの舌が夕焼けみたいに赤く光る。おいおい、そんな簡単に見せるんじゃねえ。
「ああ? ルークのことか?」
ジェイミーははっきりと俺の名前を口にした。
「いっつも居るわけじゃねえよ。何、あいつに興味あんの?」
「そういうわけじゃないよ、よくファイトしてるから」
「でも、あの人も格好いいよね」
金髪のボブを揺らしてホンファが笑う。メイは「えー」と口を尖らせた。
「あの人、すぐジェイミーの顔殴るじゃない。酷いよ」
「あのな、ファイトってのはそういうもんなの」
たしなめたのは殴られているジェイミー本人だ。
「オレもあいつも本気でやってんだ。どこ殴られたとかいちいち気にしてねえよ」
「ホントに? ジェイミー、嫉妬されてるんじゃないの?」
「確かにオレ様の方が顔もスタイルもいいし、こうやってモテるけどよ」
あいつは息をするように自画自賛した。そのフンと鳴らす小さな鼻も引き締まった腰もベンチに垂らした光沢のある三つ編みも、確かに俺よりも可愛い。そりゃそうだ。
「ルークはそんなちっせぇ男じゃねえよ」
遠慮気味に上げられた手が首の裏を掻く。あー、照れてるな、あいつ。俺のいないところでしか褒められないし、まともに名前を呼ぶことすらない。そんなジェイミーが好きなんだが、たまには堂々と言ってほしくもなる。
「……ところで、最近ドローン増えたか?」
気恥ずかしくなったのかジェイミーは唐突に話題を変えた。顔を上げたあいつにつられて二人の女の子もきょろきょろと辺りを見渡す。
「宅配じゃない? こないだ入会無料クーポン配ってたし」
「ジェイミー、使ったことないでしょ。機械オンチだし」
「あえて使ってねえの、オレは」
そうそう。ちゃんとスマホだって使ってるんだぞジェイミーは。連絡先は俺と故郷の知り合いくらいしか入ってないから君らは知らないんだろうけどな。事前に言っておけば飯だって注文しておいてくれる。そうやって教えてやりたいけど、そんな義理もない。
「んじゃ、そろそろ行くわ。暗くなる前に帰れよ」
ジェイミーがベンチから飛び降りた。
俺も、行かないと。
派手な赤い門をくぐる。
右手のビルから見下ろしているあいつに視線を送る。長い髪が鉄柵へ垂れる姿に某アニメ映画を思い出した。いつかあそこから地面につくほど長くなったらどうしよう。汚れないよう持つ係にでもなってやるか。
「よー、脳筋くん」
ジェイミーは頭上でにやりと微笑んだ。その背後をドローンが飛んでいく。
「暇なら下りてこいよ!」
そう大声で呼び掛けながら手を振ると、ジェイミーは「お前が来いよ」と柵に頬杖をついた。そっちが招いてくれるならそうさせてもらおう。
早足で大通りを抜ける。今頃向こうは準備体操をしているだろう。調子づく前に乗り込んで、とっとと殴り合ってしまおう。いつも通り楽しめる程度の加減はするが、遠慮はしない。
つけられた女の匂いも落としたいし。
期待を胸にハシゴを登る。めんどくさいところに居るといつも思う。いつか酔って落ちたらどうするつもりなんだろう。お前が血を流すのは俺相手だけでいいってこと、わかってんのかな。
わかってないなら、今日も鼻血くらいは覚悟してくれよな、ジェイミー?