雨とふたり 水滴がひっきりなしに窓ガラスを叩いては不規則なリズムを奏でている。
気に食わないテンポだ。ジェイミーは伸ばしっぱなしの髪を気怠げに振り回し、軋む椅子の背もたれに体重を預けた。一日中姿を見せなかった太陽は厚い雲の向こうでとっくに沈み、テーブルに放置しているスマートフォンは沈黙を貫いている。いわば、自由の時間だ。それなのに椅子から立ち上がる気すら起きない。
信頼している弟子が見回りを買って出たおかげで、今日は楽が出来るはずだった。
珍しい休暇のために考えていた予定は、予報通りの雨に流された。弟子は悪天候なら尚更と代理を譲らなかったが、ジェイミーの気分は余計に乱れたままだった。役目がない。せっかくだからストリートファイトに興じようかと思えばこの様だ。ダンスの練習をする場所もない。濡れるのが別段嫌なわけではない。そこまでする必要もないと思っただけだ。
ジェイミーは机に肘をつき、足で床を鳴らした。
要するに余暇の使い方が下手なのだ。その自覚はある。一人遊びしかできなかった幼少期とは違って周囲に人が増えた。どれもこれも勝手に自分を構う人達ばかりだ。おかげでジェイミーは一人の過ごし方と誘い文句を忘れつつある。
こんな日でも会いたい相手は居る。
会いたい、と言葉にはできない。傘を差してまで顔を合わせる度胸がない。「そこまでして」と思われるリスクがジェイミーの足を引っ張っている。何より自分自身が、そんな欲求と向き合うことを恐れている。
雨音はまだ続いている。ジェイミーはゆっくりと瞼を下ろした。トントン、規則正しい音が微睡みに誘う。トントン、ドンドンドン。いつしか音は大きく鼓膜を揺さぶった。
顔を上げた。
玄関のドアがノックされている。半ば無意識にジェイミーはスマートフォンを確認した。誰からも連絡はない。それでも、誰がドアの向こうに居るかはわかる。願望にも近い推測だったが、開いたドアの先にはその通りにルークが立っていた。髪から水を垂らし、白いシャツに肌を透かした状態で。
「よう、ちょっとシャワー貸してくれ!」
呆然と口を半開きにしたジェイミーの前でルークは爽やかに言い放った。
「……脳筋だと傘も知らねえのか?」
「いやー癖で持ち歩かねーんだよな。戦場に傘なんかねえし」
「おい勝手に歩くんじゃねぇ、床が濡れる。タオル持ってきてやるから待ってろ」
眉をつり上げてキビキビと歩き始めたジェイミーの背中に、ルークは白い歯の輝きを投げつけた。それがバスタオルで覆われたのは十秒後のことだ。
「んで、何しにきたんだよ。っつか連絡くらい入れろ」
ジェイミーは腕を上げ、ルークの頭を乱暴に拭いた。自分より背の高い男はタオルの中で無邪気に笑っている。
「弟子から今日はお前の代理してるって聞いてたんだよ。だから仕事終わりに様子見に来た」
「どうだったよ?」
「うん? ああ。弟子のじゃねえよ、お前の様子」
「オレの?」
タオル越しの手が止まる。ルークは細めた目でジェイミーを見下ろした。
「お前が暇な日なんかあんまねーからな」
「そりゃあオレ様はいつでも引っ張りだこだからな」
「たまにはちゃーんと休めよ。ってか飯食った? まだならデリバリー頼もうぜ」
「わかったわかった、その前に風呂いってこい。乾燥機回しといてやるよ」
ルークの厚い背中を大きな掌で叩く。へへ、と弾けた笑顔をバスルームに追いやった足でジェイミーは洗面台に立ち寄った。いくつか置いてある紐を手に取り、好き放題に広げていた髪を根元で一纏めに結ぶ。それから脱ぎ捨てられた服を洗濯機に放り込んで乾燥のスイッチを入れた。動き始めた機械の音に混じってシャワーの規則正しい水音と、密かな鼻歌が聞こえてくる。ジェイミーには覚えのない曲だった。
長い瞼を伏せる。ルークはまだ歌っている。朧気なメロディは自然とジェイミーの唇を震わせた。二人分の歌とシャワー。乾燥機が震える音。いつしか、雨音はすっかり掻き消されていた。