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    nagakura0315

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    nagakura0315

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    ル誕 薄暮に聞き慣れた重い足音が、ひとつ。
     ジェイミーは欄干に両肘をかけ、灯りがともり始めたほの赤い町並みを猫背で見下ろした。歩く人々を追って頭を左右へ振るたびに腰まで伸びた一束の三つ編みが尻尾のように揺れる。ふらふら、ゆらゆら。提灯型の灯りに照らされた口元が、オレンジ色に緩んだ。
    「よう」
     足音が隣に並ぶ。迷彩柄のジャケットをその広い背に羽織り、黄金の髪をぬるま風にそよがせて。今日のキャップ帽は留守番らしかった。
    「生きてたのか」
     肉のない頬がケタケタと笑う。ジェイミーは細めた目で隣の男を流し見た。数日ぶりに見るルークの顔はむっと無愛想に結ばれていた。
    「生きてるに決まってんだろ」
    「最近見ねーし、どっかでヘマしたのかと思っちまったよ」
    「忙しかったんだよ。お前に構う暇なんかないぐらいにな」
    「へえ。仕事か?」
     ジェイミーはやっと上半身を起こした。
    「それもあるけど」
     ルークが頬を掻く。暗がりにかさついた唇がはにかむ。
    「こないだ誕生日でさ。同僚がサプライズで祝ってくれたりお祝いファイトとかいって急にうちでトーナメント始まったり、大変だったんだよ」
    「へえ」
     先程と全く同じ音程でジェイミーが繰り返す。
    「勿論勝ったんだろうな?」
    「当たり前だろ? お礼に本気で相手してやったよ」
    「ハッ、当然だな。で? 自慢しにきたのかよ」
    「いーや」
     ザ、と使い古されたスニーカーがコンクリートの屋上を擦る。視線で音を追ったジェイミーは反射的に身構えた。どう見てもルークがファイティングポーズを取っていたからだ。
    「プレゼント、貰いにきたんだよ。一番闘りてーやつが居なかったからな」
    「……強盗じゃねーか」
     呆れる口元は笑っている。
     欄干から離れたジェイミーは、緩やかな手付きで腰の瓢箪を紐ごと拾い上げた。青い目がじっとりと見つめている中、温い薬湯に口をつける。それが喉を通りきる前から血は沸き始めている。
     蜃気楼が揺らめいた。
     鎌のように振られた脚を、ルークは太い腕で受け止めた。その隙間から見える口角はすっかり吊り上がっていた。

     黄昏に不機嫌な顔で地面へ胡座をかいた男がひとりと、下手なステップをその場で刻む男がひとり。
     ジェイミーは乱れた髪を手櫛で弄んだ。先程自分へ馬乗りになって殴りかかってきた張本人は痣の浮かんだ鼻を上機嫌に鳴らしている。
    「っし、今日は俺の勝ちだ!」
    「勝たせてやったんだっつの。オレ様からのプレゼントだよ」
    「そういうことにしといてやるよ」
     コンクリートの屋上で得意げに腕を回すルークへ、ジェイミーはこれ見よがしに肩を竦めてみせる。
    「……次からはもっと早く言えよ」
    「何が?」
    「誕生日とかそういうのだよ。祝わねーほど白状じゃねぇぞオレは」
    「んん?」
     緩んでいた唇が不可思議に尖る。黒い髪を重く持ち上げた体がのそのそと簡素な冷蔵庫へ向かっていく。足元のビルから電源を引いているそこからジェイミーが取り出したのは、黒い酒瓶だった。
    「ちっ、このくらいか。まーいいや、そこ座れ」
     欄干にもたれかかっていた長椅子を器用に蹴り飛ばし、親指でくいと指さす。ルークは首を傾げながら椅子の端へ腰掛けた。大股で歩いてきたジェイミーに手渡された杯を受け取り、間髪入れずに注がれる酒を丸い目で見つめる。そうこうしている間に、自分用の杯を持ったジェイミーが椅子の対岸に体重を預けた。
    「乾杯。ほら」
    「おう」
     二人の間に掲げた陶器がキン、とぶつかり合う。
     ルークは黙って薄らと輝き始めた月を飲み込んだ。薬にも似た癖のあるアルコールが傷ついた口内を焼く。嫌いではない。その、痛みすらも。
    「いいモンもらっちまったな」
     本心からそう溢した。隣のジェイミーは既に赤くなった頬をきっと吊り上げ、すぐに綻ばせた。
    「お返し、期待してるぜ?」
    「いつだよ」
    「十月」
    「先だなぁ」
     ルークは腿に頬杖をついて提灯を眺めた。ジェイミーは黙って自分だけ酒を注いでいる。
     この静かな時間を過ごすためにあえて知らせなかった、という真実は酔いが回っても喉元から出ることはなかった。



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