怖いさんがお隣に引っ越してきた!①組織に入って煩わしかったことが3つある。1つ目は定期的に召集がかかること。2つ目はボスやRUMから直接降りた指令は無視出来ないこと、そして3つ目は召集の度に毎回クソ野郎の顔を拝まなければいけないことだ。
こんな肥溜め今すぐにでも出てやりたいところだが、ここに居るからこそ出来ることはある。そう、例えばこの家だ。セーフハウスであるこの場所は、組織の連中すら知らない。
これからあの子と暮らす地下室には一通り家具も揃えていた。慣れるまではきっと彼も戸惑うだろうから、日用品を中心に出来る限り身の回りの物に関しては今彼が使っているメーカーの物を選んだ。毎日身に着ける為の着替えも用意済。クローゼットの奥にはちょっとした趣向品も潜ませてあるがこれを使うのはまだ暫く先の予定だ。
コンクリートが打ちっぱなしになった灰色の壁だけが殺風景で物悲しいが、今はまだ不在の彼の代わりに壁には一面に彼の写真を貼り付けていた。余すことなく様々なアングルから撮られたそれら全てに写る、透き通るようなプラチナブロンド。ビシッとスーツ姿を着こなす姿もキュートだが、最近のトレンドは喫茶店の制服姿だ。接触を避けていた為バイト中の様子はほぼ引きで撮られているが、彼の昼間の顔とも呼べるその表情が綺麗に収められた一枚は特に気に入っていた。
接客中の青年は、朧に写り込んだ客相手に愛想を振り巻いていた。人好きのする柔和な笑みを眺めながらその襟元に覗く色香を纏ったアダムの林檎を指先で撫でる。早くこの禁断の果実に齧りついて骨の髄まで愛してやりたい。
引っ越しに必要だった処理は終わった。後はいよいよ、君に会いに行くだけだ。
再会して以降余すところなく残してきた記録を置き去りにしていくことは苦しい。何度も持っていこうかと悩んだのだ。だが、俺の嫉妬深い恋人はきっと他ならぬ彼自身を見てとせがむだろうから。
これからは写真じゃなく本物の恋人だけを愛せるように。
ここへやってきた彼と思い出話ができるように。
今日まで紡いできた彼との軌跡は、この部屋に残していくと決めて。
「待っていてくれ、零君。」
──今から君に会いに行くよ。