11月3日(40日目)11月3日(40日目)
1時に見に行くと、すでに彼は起きていた。予想よりも早い。
「こんばんは、ノースディン。疲れは取れましたか?」
「……こんばんは。とれ、てません……。」
私に歯向かうことになるのではないかと思ったのか、不安げに言葉を途切れさせたが、正直に答えることを選んだようだ。撫でてやると、心地よさそうにする。
その調子で、あくまで仲を深めるための世間話程度に聴いてやるつもりで、次を問うた。
「お前の主は誰だ?」
好ましくない返答を聞く覚悟はしていた。しかし、実際に耳に入った途端、私は私の手を離れ、怒りを制御できなかった。
「主……?御真祖様、いや、ドラウスともいえるだろうか……。」
彼は、私のことなど頭にないかのように答えたのだ。
ただの質問なのだから、その答えで構わないはずだった。しかし、私は彼の腹を思い切り蹴ってしまった。
「ごッ、ごめ、ごめんなさいっ、あなた様ですッ!」
私の身勝手な調教のぶれには気づかない様子で、声を張り上げて訂正してきた。教え込んだ恐怖によって身体が震えている。これは宜しくない。『暴力を振るわれたくない』から『褒められたい』へ、従順である理由をシフトさせることが必要だ。
「うん、そうですね。ご褒美をあげましょうね。」
撫でて、額と鼻先に軽いキスをする。物欲しそうに潤んだ瞳が見上げてきた。
だが、私が取り出したのは彼が求めている物ではなかった。良質な血液ボトル。それを見て、彼はあからさまに喜色を失い、溜息さえ漏らした。そして、自らの期待に気づいてか、恥じらうように視線を彷徨わせた。
「なんだ、違うものが欲しいのか?言ってみなさい 。」
与えなかったのは、彼に言わせる為だ。だが、彼は強情だった。ハッとした様子で、顔つきを整え、私を睨みつけて言った。
「それがいい……です。」
今までであれば、彼が言うまで責苦が始まるところだ。彼はそれを覚悟し、口角周りが震え、奥歯を噛み締めているのが見える。
だが、私はそうしなかった。
「そうですか。それでは、ごゆっくり。」
ここは食い下がらず、彼の希望通り、ボトルをくれてやる。彼は目を見張り、小さな吐息をついて、戸惑いを隠せずにいた。
欲望の自覚を強めてやろう。もっと私を求めるように、本能に向き合わせなくてはならない。
3時、ボトルに直接口をつけ、かれこれ1時間ほど、ちびちびと飲み続けている。複雑な心境なのだろうが、味を楽しむ余裕は残っているようだ。フードボウルと比べて、尊厳が守られている心地がするのだろう。嬉しそうに見える。
5時、やはりペニスが欲しかったのだろうか。息は荒く、頬はほのかに色づいている。だが自分で弄るようなことはない。
8時、眠くもないし書くことも思いつかないのか、身体を動かしている。腰を捻ってみたり、爪先を持って上体を倒してみたり。柔軟体操だ。男であることに執着していた以前とは違い、本当にただ、暇を潰しているだけという風に見える。
11時、頭を抱えながら、「出ていけ、出ていってくれ」としきりに唱えている。出ていけというのは、自身の性欲か、私の存在か。それとも別の人格でも生まれてしまったのだろうか。唱え続けたのが入眠を助けたのか、そのまま眠ってしまった。