アメトリンを宿して アメジオの目が覚めると、鬱蒼とした森と、木陰から覗く青空が見えた。急いで起き上がる。確か、フリードと一緒にウバメの森の祠の調査に来ていたはずだ。
「あ、めがさめたのね?」
幼いソプラノに問いかけられて声のした方を見やると、そこには5歳か6歳くらいだろうか、幼い少女が花を摘んでいた。少女の容姿にアメジオは目を見開いた。
「フリード……!?」
銀色の髪に黄水晶の瞳、褐色の肌。目の前の少女はアメジオの恋人にそっくりだった。髪の流れている方向はフリードと反対方向で、少女の右目は髪に隠れていた。
まさか、兄妹か?いや、妹がいるなどという話は聞いたことがない。それでもとりあえずアメジオは目の前の少女に問いかけた。
「君、お兄さんはいるか?」
突然のアメジオの質問に、少女はきょとんとして、
「ふたごのおにいちゃんがいるよ」
と答えた。
「双子……」
では、フリードではない。ならばこの子は誰だ?他人の空似?親戚?まさか……隠し子?
ぐるぐると頭の中で考えていると、反応が鈍いことに焦ったのだろう、少女が
「おねえちゃん、どこかぐあいがわるい?」
と訊いてきた。
「いや、大丈夫だ、ありがとう……ところで君、名前は?」
「わたしは……」
少女はしばらく目を泳がせたあと、自分が持っている花に視線を落とした。
「……フリージア」
明らかに今考えた名前だ。何か名乗りたくない理由があるのだろう。深くは追求しない事にした。
「フリージア、君はどうしてこの森に?子供はあまり深くまで行かないほうがいい」
「ママのおみまいに、おはなをつんでいこうとおもったの」
「そうか」
「もうすぐおとうとかいもうとがうまれるの。ママはあんせいにしてないとだめなんだって、パパが」
「……パパは、君がここにいることは知っているのか?」
嫌な予感がして問いかけると、フリージアはバツが悪そうに視線をそらした。
「おにいちゃんがパパとおはなししてるあいだにいってかえろうっておもって……」
「ここの花を摘んでいったらどのみちバレるんじゃないか?」
「あっ……!」
少女はそこまで考えが及んでいなかったようだ。フリードに容姿が似ていることもあり、子供特有の無謀さが、アメジオの目にはとても可愛いらしくうつった。と同時に、この子の両親が娘にいないことに気がついたらどれだけ心配するだろうかも察することができた。
「送っていこう。道はわかるか?」
「うん。こっち!」
少女は迷いのない足取りで、すいすいとアメジオの前を歩いた。不思議と、道中野生のポケモンに遭遇しなかった。
「とうちゃく!」
「ここは……祠じゃないか。出口はどっちだ?」
おそらくフリードと調査しようと思っていたセレビィを祀った祠が目の前にあった。
「ここでいいの……おねえちゃんのでぐちは、ここだから」
え、と思った瞬間、風が森を駆け抜けて、少女の髪を撫でた。隠れていた少女の右目は──
「またあおうね、ママ」
アメジオと同じ、紫水晶を宿していた。
「……ジオ!アメジオ!しっかりしろ!」
「フリー、ド……?」
目を開けると、恋人が焦燥した様子でアメジオを覗き込んでいた。
「気がついたか……」
「俺、は……?」
「祠の調査に向かう途中ではぐれて……祠の前に倒れてたんだ。何も覚えてないのか?」
何をしていたか思い出そうとするが、頭に思い浮かぶのは、紫と黄色のフリージアの花が風に揺れている場面だけだった。
「すまない……よく思い出せない」
「今日は調査を切り上げて、モリーに診てもらおう」
「ああ、そうする」
「立てるか?」
「大丈夫だ」
フリードに気遣われながら、祠に背を向けて歩き出す。途中、一度だけ振り返った。
また、会おう。
誰にかはわからないけれど、そう思うと温かい気持ちになった。