高らかに響くハッピーバースデーの歌。ゆらめくろうそくの光。子供たちが手作りしてくれた少し不格好なケーキ。なんて幸福な光景だろう。
ふーっ、とろうそくを吹き消すと、ミーティングルームの灯りがついて、パン!とクラッカーが弾ける。みんなが口々に誕生日おめでとうと祝ってくれた。
ひとしきりお祝いの言葉が終わると、各々なグラスを手に着席し、
「それじゃあみんな、準備はいい?……かんぱーい!」
オリオが温度を取ると、カチン、とグラスとグラスが小気味良い音を立てた。
「「「かんぱーい」」」
フリードはグラス──ではなく缶ビールをぐいと煽る。
「っぷはー!久しぶりのビールは格別だな!」
普段は船の操縦の関係で飲めない酒だが、フリードの為にと誕生日プレゼントの一環として数日港に停泊さる予定を立ててくれた。
「前にじいちゃんのビールを麦茶と間違えて飲んじゃったことあるけど、ビールってすごく苦いよね。大人になればあれが美味しくなるの?」
その時のことを思い出したのか、ロイが少し渋い顔をして問いかけてきたので、フリードはからからと笑った。久しぶりの酒なせいか、酔いが早く回っている気がする。
「そうだなぁ。大人でも皆が皆ビールが好きって訳じゃないからなぁ。大人になってからのお楽しみだ」
「そっかぁ。僕も早く大人になりたいなぁ。」
未来への憧れに目をキラキラさせるロイが微笑ましく眺めていると、その隣のアメジオと視線がかち合った。アメジオはきまり悪そうにプイと顔を背ける。
なんとなく理由はわかる。アメジオも早く大人になりたがっているのをフリードは知っている。“成人するまで手を出さない”とフリードが宣言し、それを守っているからだ。
思春期の男子に恋人とヤるなというのは少々酷な気はしているが、それはそれ、これはこれ。線引きはしなければならない。
そんなことを頭の片隅で考えながら食べたり飲んだり喋ったりしていたら、プレゼント贈呈タイムに突入した。皆思い思いの品をプレゼントしてくれて、アメジオからはもこもこのピカチュウのカバーに入ったエコカイロを貰った。
「お前は寒がりな癖に防寒対策がなってないからな」
「はは……ありがたく使わせて貰うぜ」
ここのところ夜の操舵室で少しばかり冷えることがあったので、それにちょうどいいだろう。
誕生日パーティーは大いに盛り上がって終わった。主役なんだから片付けは手伝わなくていいと言われて、フリードは缶ビールをもう1つ貰って上機嫌に部屋に戻った。今日はなんていい1日なんだろう!
缶ビールを開けてちまちま飲みながらプレゼントを整理していると、コンコン、と控え目なノックの音が響いた。
『……アメジオだ。入っていいか?』
思わずフリードは身構えた。そろそろいい時間だ。もしや誕生日プレゼントは俺、なんてことされないだろうか。
『……お前が想像しているような事はしないから安心しろ』
どうやらお見通しらしい。この言葉が本当にせよ嘘にせよ、最終的な腕力では自分が勝つのでまぁいいかとドアを開けて迎え入れた。
「こんな時間にどうしたんだ?こっそり酒を飲みたいんだったらお断りだぞ」
軽口を叩いて様子を見る。アメジオは不安げに目線を彷徨わせたあと、腹をくくったようにこちらを見据えた。
「誕生日プレゼントがもうひとつある」
全くの予想外の話だった。
「そうなのか?ふたつあるならまとめて渡してくれても良かったのに」
「これは……俺のわがままの押しつけのようなものだから、皆の前で渡すのは気が引けたんだ……これを」
差し出された小さな紙袋からして、どうやら何かの小物のようだ。受け取って、目線であけていいか尋ねるとアメジオは微かに頷いた。
「これは……」
それは、黄色い三角形の飾りがついたヘアゴムだった。アメジオの顔が耳まで真っ赤に染まる。
「同じものを、身につけて欲しいと思ったんだ」
アメジオの右手がきゅっとループタイを握る。襟元に輝く紫の飾りが目に入る。途端に、フリードもかぁっと体の底から燃え上がるものがあった。フリードは思わず目の前の恋人を抱きしめてる。
「すげー嬉しい。ありがとな、アメジオ」
「……引かないのか?」
「全然。むしろそう思ってくれて嬉しい……なぁ、結んでみてくれよ」
フリードは抱擁を解くと、アメジオにヘアゴムを渡して後ろ向きに膝をついた。
少しの沈黙のあと、しゅるりと今まで使っていたヘアゴムが外されて、不器用に髪を漉き、まとめているのが伝わった。少しのくすぐったさがたまらなく心地よい。
「できたぞ」
「サンキュー!」
部屋には鏡がないのであとで洗面所に行こうと思いつつ、アメジオに向き直る。その瞳が熱を帯びはじめていて、これは不味いぞと理性を総動員しながらアメジオの両肩に手をおいた。
「アメジオ、今日はここまでだ。部屋に戻れ」
「フリード、俺は……」
「誕生日」
「え?」
「アメジオの18歳の誕生日までのお楽しみだ」
今自分はうまく笑えているだろうか。まるで説得力のない顔をしていたら格好悪いな。
「……そうだな。楽しみにしておく……おやすみ、フリード」
「ああ、おやすみ」
アメジオは静かに部屋を出ていった。
フリードはベッドに腰掛けて、恋人が結ってくれたそれを名残惜しつつも外して、黄色の光をいつまでも眺めていた。