本当にささいな事だ。いつもの俺ならあいつをなだめて笑っていただろう。
ただ今日は何故だか無性に腹が立ち言い争いの果てに俺は家を飛び出した。
今日はシモンでバイトをしていた時の常連さんと久しぶりの再会で「報告したい事があるからお茶しない?」と言われ時間もあったので了承した。
彼女は当時の彼氏へのプレゼント選びをずっと手伝い、担当していた人だ。大学卒業後に結婚を前提とした同棲を始めると言っていたのが最後だった。聞けばもうすぐ結婚式だと言う。素直に「おめでとうございます」といえば「ありがとう!当時は色々ありがとうね」と幸せいっぱいの笑顔でかえされた。
喫茶店を出て彼女と別れたあとに寄った本屋で久しぶりに恋人が載った雑誌を見る。
今回は相手がいる撮影だったと聞いていたのでどんなものかと興味深く思っていた。確かに相手目線であろう角度や相手の手があいつの身体に触れているようなたわいもない写真だったが普段俺と一緒の時に見せる表情をしたあいつに腹が立った…理不尽な怒りだ。わかってる。結局苛立ちが勝ち雑誌は買わずに家に帰った。
そんな気持ちのなか家に着くと不機嫌なあいつがいた。
「喫茶店で一緒にいた人…誰?」
「シモンの常連だった人だよ」
「常連さんと日常でお茶とかするんだ…」
ここで普段なら可愛い嫉妬だと笑いながら今日の事を報告しただろう。
「雑誌を見た」
「雑誌?あぁ今日発売日か…」
「今回の撮影は男だったんだな」
「そうだけど…」
日常を切り出したような設定だったのだろう。男女ではなく男同士でルームシェアをしている感じだった。その中のたった一点の写真に苛ついた…何気ない…キッチンで料理をしているだけの二人。いつもの俺達とは逆で実が料理をして相手が食器をかかえ料理中の実の髪の毛を後ろに流してるように見えるだけの写真…その相手に対して実が「愛おしい」って顔をしていたから…仕事をしている実の事を初めて『そいつは俺のだ』と凄まじい独占欲に支配され、それに気付いて落ち込んだ。
なのに帰って来たら常連客とお茶をしてた事を責められた。お前は全国誌で男とイチャついてたじゃないか…
「まるで恋人同士みたいな写真だったな」
「友達同士でもあれぐらいの触れ合いはするデショ?」
「するか?少なくとも俺はしないな」
「なんで怒ってるの?俺の仕事のことなんて普段言わないじゃん」
「お前だって、ただの常連客のこと勘繰ったじゃないか」
「だって…男と女じゃ周りのみる目が違う…」
「お前は俺が浮気したと思ったってことか」
「そうじゃなくて」
「じゃあなんだよ?疑ったんだろ?」
「…それは」
「俺のお前に対する気持ちを軽んじられた気分だ」
「玲太…」
泣きそうな実の顔を見て少し落ち着いた
「悪い…俺の方が苛ついてる…ちょっと頭冷やしてくる」
そのままリビングを出て玄関に向かう
「玲太」
後ろから実の呼ぶ声が聞こえたが無視して家を出た。
付き合って一緒に暮らし始めて数年経つと言うのに未だにこんな感情に振り回されるとは思わなかった。わかっていたつもりだったのに初めて自分の恋人は世間一般からは綺麗な顔をしてモテる存在なんだと言う事を認識した。あいつの人気を軽んじてたのは俺だな。
本屋で雑誌を立ち読みしてた際に近くにいた女性達の「今回のNana可愛いよね~彼氏との同棲生活みたいで萌える~」と言われた事も原因の一つだろう。そう思うといつも口出しも感想も言わない俺が何故今回に限って苛ついたのか実も戸惑うはずだ。
嫉妬したんだ…
実は実で自分に何の連絡もなく女性と二人で喫茶店にいた俺を見て動揺したんだろう…すぐに責めずちょっと拗ねてますって言い方だった。
思い返せばどんだけ頭に血がのぼってたんだよ…これは俺が謝ることだな…
近くの公園での1人反省会を済まし家路につく
帰宅するとリビングは間接照明だけつけられ実の姿はなかった。謝りそびれた…明日ちゃんと謝ろう。
テーブルには実が大絶賛していた最近お気に入りのプリンがあった。下にはメモがあって『やきもち妬いてごめんなさい』と書いてあり、ますます反省した。
「いやお前のやきもちなんて可愛いもんなんだよ…」
せっかくだが明日いただく事にしてプリンは冷蔵庫にしまった。
風呂に入り実の部屋に行こうと思ったが、あまりにも静かでもう寝てるんだろうと判断し自室に戻った。
部屋に入るとベッドに不自然な膨らみ…布団をソッと捲ると目元を赤くした実が寝ていた。
「なんだよ…可愛いな」
「…許してくれる?」
「起きてたのか?許してるよ。謝るのは俺の方だよ…ごめんな」
「いつもと反応違うからビックリした」
実の隣に横になり抱き締める
「…俺、嫉妬したんだよ。実が可愛い顔で雑誌に載ってるのを見て…」
「俺…可愛い顔してた?カッコいいじゃなくて?」
俺の腕の中で見上げる仕草がすでに可愛い…
「してましたー。近くにいた女性が『Nana可愛い~』まで言ってましたー」
そう言ってやると複雑そうな顔をした実がためらいがちに言葉を発した。
「今回の相手。昔告白された事があって…」
「…はっ?」
「怒るなよ…昔の話な?」
「いつぐらい?」
「玲太と付き合う少し前」
「……それで?」
「その頃には玲太の事が好きになってたから、ちゃんとお断りしたの」
頷いて無言で話の続きを促す。
「そしたら『片想いなんだろう?俺ならお前を一番に愛すよ』って言われてさ。あぁちゃんと話さなきゃと思ってお前の事を話したの」
なんだよそいつ…ちょっと、いやかなりムカつく…
「たとえこの片想いが報われなくても俺はあいつが好きだから、半端な気持ちで貴方と付き合うこともあいつを忘れることも出来ませんって言ったら『残念。隙があれば、俺に振り向かせようと思ったのに』って笑って言われてさ…それからは俺の気持ちをずっと応援してくれてたんだ」
実がすり寄ってきたので改めて抱き締める
「だから今回の撮影の時にお前との事はどうなったかと根掘り葉掘り聞かれて…ちょっと玲太の事思い出して素の顔が出ちゃったんだよ」
「やっぱりあの顔は俺と一緒に居る時の顔か…」
「そんなにだらしない顔だった?」
「すごく可愛い顔してた…だから『俺の実なのに』って思ったら苛立ちが凄くてさ…」
「玲太は俺がNanaの時に七ツ森実の顔をしたのが嫌だったんデショ?嬉しいよ…玲太の嫉妬」
「そうか俺、Nanaもお前だってわかってるのにな」
「玲太が俺の顔目当てじゃないのが凄く嬉しい」
ぐりぐりと頭を押し付けてくる実のセットされてない髪の毛を撫でながら
「そうだ…今度の休みはNanaを抱かせてよ」
「……俺の顔目当てじゃないんだよな?」
「Nanaから実になる過程を見ないと安心できないし、また今回みたいに変な嫉妬心でお前を傷つけたくない…」
少し不安ですって顔をして実を見ると、徐々に顔を赤らめていく
「ずるい…俺が折れるのわかってて言ってるだろ」
「うん。お前が俺に甘いの知ってるからな」
「たいして変わらないと思うけど…いいよ玲太の気がすむなら」
「本当に甘いな…」
「惚れた弱味だよなぁ~」
実が笑う。俺だって負けないぐらいにお前が愛おしい
まさか嫉妬が原因で喧嘩する日がくるとは思わなかった…これは今度の休みは色々な意味で検証しないとな。
「おやすみリョータ」
「おやすみ実」
ようやく落ち着いて二人で眠りについた
結論から言うとNanaの姿の実はものすごく色っぽい上に行動がいつもの実そのものだったせいで、興奮が冷めず実が泣いてもやめてやれなかった。