Paradise 結構久しぶりに、オフが重なった。
ちょうど桜木のチームと試合があったから、会場からはウチの方が近いこともあり、桜木には前日にタクシーで会場まで来させて、試合後に俺の車に乗せて自宅に帰った。
試合の興奮もあって、帰るなりサルみたいにセックスした。止まらなかった。出すもん全部出し切って、すっかり腕に馴染んだ身体を抱えて眠りについた。
疲れで熟睡できなかったのか、2人して早朝に起きてしまった。二度寝しても良かったが、もったいないなくて、布団の中でくっついてゴロゴロしてると、突然桜木が「あれ食いたい!」と叫び出した。朝の時間帯しか提供されていない朝なんとかと。「お前のせいで使いもんになんねーから、買ってこい」と言われて、まあ、確かに…と納得したし、寝起きなのにキスしてくれたから、車を飛ばして朝なんとかを買いにでかけた。
家に帰ると、桜木はソファに寝転がってドラマを見ていた。
「ほら」と渡したら「サンキュー……あっ、お前、ちげーよ俺が言ったのはグリドルの方!わかんねーなら電話くらいしろ」ってゲシっと蹴られたけど、無視した。朝だから多少の間違いは仕方ない。見分けがつかなかった。種類が多すぎるんだ。
でも、ちゃんと朝なんとかを買うと言う仕事は果たしたからいいだろう。結局コイツは文句言いながら食べてるし、それに俺のもぶんどってきたし。
ひと足先に食べ終わった桜木は、また寝転がってドラマを再開させた。
ウチのレコーダーはほとんど桜木が使っている。持ち主は俺だが、せいぜい試合を見返すのに使うくらいで、コイツがいつのまにかウチに来ていて、勝手に毎週録画に設定していた。
それは、俺にとっては何が面白いかもわからない退屈な恋愛ドラマだったが、桜木は「それはねぇだろ!」「何やってんだこいつ」「そうだ、言ってやれ!」とか、絶対に聞き入れられる訳ないのにテレビに向かって叫び、たいそう熱中している。
昔は、そんなにテレビを見る習慣なんかなかったのに。
というか、久しぶりに会った恋人に対して、この仕打ちはなんなんだと思う。
テレビに熱中しているコイツを、ダイニングテーブルからただひたすら見つたまま2時間ぐらい経っていた。
当たり前だけど、まったく面白くない。
能天気な声に段々腹が立って来て、俺を無視する男を膝で小突いて転がし、その胸に飛び込んだ。
「グェ!」って何かが潰れたような声がした後、「お前、自分の体重と身長わかってんのかっ」と思い切り頭を叩かれた。
文字通りの踏んだり蹴ったりだ。
「もーちょっとで終わるから」
「何話」
「3話くらい」
「早送りしろ」
「バーカ」
邪魔しにきたけど、邪険にされず、後ろから抱きしめられた。腹に回された腕に自分の腕を重ねて、ついでに手も上から握った。桜木は俺を抱きしめるのにちょうどいいポジションを見つけると、またドラマに集中し始めた。ムカつくがこれならまあ、おおめに見てやってもいい。もんもんとしていた気持ちがちょっとマシになった。
しかし、他人の惚れた、腫れたの何がそんなに気になるんだか。
「…今までどんな人よりも好き、だってさ。いやー、いいねえ」
満腹感と、背中に感じるむっちりした温もりのせいで、二度寝を決めそうになっている時、そんな言葉で引き戻された。
「いろんな人を好きになって、紆余曲折を経て、そん中の誰よりも1番だよって、いいよな。わかりやすいし、言われた方はたまらんだろ。最後の人というか、運命の人、みてーな…」
「ふーん………」
「……お前さ、他にいいなって思った人とかいねーの?」
「…は?」
「よく考えたら、高校の時から付き合ってるだろ、俺ら。お互いしか知らねー訳じゃん」
「だったら何」
「もしかしたら、出会ってねーだけで、そういう運命の人ってヤツがいたりしてな」
びっくりして、眠気が一気に吹き飛び、後ろを振り返った。
何を言ってんだこの男は。
桜木は、変なヤツを見る顔で俺を見ているが、そんな顔をしたいのはこっちの方だ。
「いて欲しいのか、そんなヤツが」
「は?!」
「俺に満足してねぇのか」
「ちげーって!もしかしたらって…」
「今更おせーんだよ。悪あがきすんな」
「どんだけ飛躍すんだよ!お、俺が言いたいのはだなぁ」
ただでさえドラマに邪魔をされてる上に、この発言。いや、とかその、とかなんとか、ゴニョゴニョと口ごもり煮え切らない男に、俺は痺れを切らした。
「そんなヤツがいたからなんだってんだ…」
「んぐっ、は、話を聞けって」
「いくらでも見つけりゃいい。でもやっぱり違ったつって、帰ってきたって、そん時、俺がいると思うなよ」
あまりにムカついて、一息で捲し立ててキレてしまった。普段こんなに声を出さないから、かなり疲れた。でも、それを上回る苛立ちだった。
…ちょっと、言い過ぎたかもしれないが。
いつまでもガキみたいなこと言いやがって。
そんないきなり出てきたヤツなんかに、絶対に渡さない。
桜木は俺の剣幕にポカンとしていたが、しばらくして、ソファの背もたれにのけ反って大笑いした。
「はぁ、腹いてぇ。そんな怒んなよ。お前にはドラマの感想も言えねーんだな」
「感想じゃねーから言ってんだ」
「もうやめろ……そーか、お前いなくなるのか。そりゃそーだよなぁ」
「たりめーだ」
そうだ。誰かに夢中になってるお前なんか、俺のことを好きじゃないお前なんか…。
そう言いかけて、ものすごく嫌な違和感があって、口を噤んだ。
そんな状況を考えたことがないから、うまく言葉が出てこない。
そんなことは絶対にあり得ないはずだ。
「はい、お前の負けな。オレは止めねぇかなー、お前が違う人と出会って、どっか行っちまっても」
「………」
「そんでもって、ずっとお前のこと忘れねぇと思う」
「…嘘つけ」
「見返りのない愛っつーの?一途で慈悲深いんだよオレは」
「うそだ、高校ん時、ピーピー泣いてたくせに」
こいつには昔、「お前、俺のこと本当に好きなんか」と、よく言われた。
俺が好きだと告白して、コイツが俺もと言って、それだけでいいのに、お前何考えてんだよと泣くから、よく慰めた。
何度も好きだと言った。コイツの気が済むまで。
人に好きになって欲しいと思ったのは初めてだったから、大変だったけど、でも嫌じゃなかった。
こんなことをしたいと思う人間は、一人しかいなかった。
さっきまでの怒りが消えたと思ったら、こんどは、これまで感じたことのない焦りを感じはじめた。
「あれは、お前が喋んなさすぎんのがわりーんだよ!あー、可哀想な過去のオレ…」
「バカじゃねーの。お前みたいなどあほう、どこ探したっていねぇ」
「まぁ、チミにはまだ早かったかね〜」
そんな俺を、桜木はそんなのどこ吹く風といった様子で、真面目に取り合わない。
それどころか今度は、赤ん坊でも見てるような目で俺を見つめてきた。
「人生の半分くらい一緒にいんだもんなぁ。あんま言えねーけどさ、お前には感謝してんだぜ。愛してくれちゃってなぁ!バスケ以外の何にもないような男がよ……」
「なんだよ」
「そんだけ長いこといた俺だからわかんだよ。お前の好きってーのが、どれほどのもんかってことは」
「おい」
「つまり、そんなお前が好きになるヤツってのは、相当なレベルのヤツってことだ。だからもし、そんなヤツが現れて、俺のこと好きじゃなくなって、お前バカだからな、いろんなこと忘れちまったとしても、俺はずっと………」
だまれ、そんな話聞きたくない。
俺を完膚なきまでに打ちのめした男は、身を乗り出し、また怖い目をして、俺の額にキスしてきた。
「そんくらい、お前のことが好き」
もういい、やめてくれ。
お前がいなくなってもいいなんて言われて、嬉しいはずがないだろ。
頼むからそんな顔をするな。
満ち足りたって、もうお前なんか十分だって顔。
本当に、コイツはあの時泣いてた男なのか。
じっとりとつま先が冷たくなってきた。
喉もきゅうっと詰まって、渇いて仕方ない。
こんなこと聞かされるくらいなら、癇癪なんて起こすんじゃなかった。
「なーーーんて言うと思ったか、このアホバカマヌケ!人のドラマの邪魔しやがってしょーもねーことをピーピーと!お前なんか、泣かせた責任とって一生俺のケツ追っかけてりゃいーんだ!どこにもやんねーからな!ったく、何一人で暴走してんだ。だから、俺が言いたかったのは………………おい、え?なに?!る、か、カエデくーん……?ごめんって。…ちがう、よく聞け、俺は、あっ、う、あ」
後日、二人で住む家を買って、世間に関係を公表した。