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    spring_lifelock

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    spring_lifelock

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    没分の過去小説から引っ張ってきたヤツ。
    ここら辺は共通にできそうだったので。
    音楽知識がミリもないので全部フィーリングで適当こいてる。

    🌸🦐兄妹が音楽の話してるだけ音を聴いて、聴いて、繰り返して。
    クラッシュは自分の部屋の椅子に、膝を曲げて座っている。
    行儀悪く丸まった姿勢で、ヘッドホンから流れる兄の演奏をひたすら頭に叩き込む。その仕草は、先日のバンド練習から日課になりつつある。

    サンプはクラッシュの前で練習をすることも多かったために、耳馴染みのある音が多い。しかしながら、癖や技術の全てを拾おうとしているのは初めてだ。聴き慣れて流してしまっていた部分も多く、全く別の演奏を聴いているようでもある。

    (というか、練習のソロとバンドのセッションでちょっと違う……?バンドの方は、周りと調子を合わせるからかな、癖?主張?が抑え気味のような……でも、昔のやつはもっと前に出てたし、なんかトゲトゲしかった。部屋で練習してたときは、穏やかな感じだったのに)

    クラッシュは、もう一度頭から聴き直して比べてみよう、とプレイヤーに手を伸ばすが、それは腕を掴まれて阻まれた。

    え、と驚いたクラッシュが顔を上げると、相変わらずの仏頂面をしたサンプが立っていた。
    噂をすれば、とでも言うような登場に、びくりとクラッシュの触覚が跳ねた。

    「飯。早く来い。……ノックはしたぞ」
    「あ、ごめん。集中してて聞こえなかった。すぐ行く」
    「ん。あとおまえ、ルイード達に音源もらったみたいだけど、おれの演奏ばっか聴いてても上手くならねえよ」

    他のバンドのベースも聴かなきゃ意味ない、と続けたサンプは、いつから部屋にいたのだろう。
    キリが良くなるまで待っていたのは気遣いだろうが、だったら先に声をかけておいてくれた方が良かったのに。
    音源の件も、おそらくはそうなるだろうとは思っていたが、筒抜けな事態は少々面白くない。
    そう思いながらした、分かってる、という返事はどこか幼く、拗ねた口調になってしまった。

    しかしそれを気にした風もなく、あっそお、と踵を返そうとしたサンプをクラッシュは慌てて呼び止める。

    「ねぇ!聞きたいこと、あるんだけど」
    「飯だって言ってるだろ。後にしろ」

    サンプは顔を顰めてそう言うと、さっさと部屋を出て行った。態度も反応も悪いが、まぁつまりは、夕食後であれば聴く気はあるのだろう。

    やはり、この兄は甘いのか厳しいのかよく分からない。きっと、だから嫌いになれない。







    夕食後、先程と同様にクラッシュの部屋で話をするものかと思っていたが、サンプに促され、彼の部屋を訪れていた。正確には「部屋行くぞ」とだけ言った彼の後をついてきただけだが。
    彼は、デスクに備え付けられた椅子に膝を抱えて座ったクラッシュに背を向け、本棚にある大量の本やCDを整理している。
    クラッシュの場所にはちょうどクーラーの風が当たるようで、半袖では少し肌寒い。
    種族柄、暑さよりは寒さの方が耐性はあるが、それは気温の話である。風は苦手だ。
    クラッシュは腕を擦って、椅子の背に掛けてあった兄のカーディガンを勝手に拝借した。
    サンプはそれに気が付いていたが、特に興味を示すことなく、ただ手を動かしながら口を開いた。

    「で、聞きたいことって何?」
    「……、演奏について」

    ちらりともこちらを見ない兄に、話を聞く態度としてどうなの、それ、と思わないでもなかったが、頼ったのはこちらだからとクラッシュは口を噤んだ。
    それに、兄がクラッシュに対して横柄な態度をとるのは今に始まったことではない。
    何を言ったって聞きやしないのだから、言うだけ無駄である。

    「サン兄は、演奏のときってなに考えてる?」
    「どういう意味」
    「もらった音源とか、前に聞いたサン兄の練習とか、比べてみたら結構印象が違ったから、なんでだろうなって……」

    クラッシュは、兄の演奏に少しでも近付くために、何かヒントが欲しかった。もちろん、あれは技術力があってこそなものであるのは分かっている。でも、兄の技術を真似しただけで、あの演奏と並び立てるとは、到底思えなかったから。
    何と説明すべきか、尻すぼみになる声に、収まりが悪くなる。それをクラッシュは、カーディガンの袖口を弄ることで誤魔化した。意外にほつれが多く、使い古しているようだった。修繕するでも、買い替えるでもなく使い続けるのは、自室だと割と適当な兄らしいとも言える。

    サンプはちら、とこちらに一瞬顔を向けたが、伏せた瞳から表情は伺い辛い。すぐに本棚に向き直って、口を開いた。

    「別に、なにも。その時の状況と曲に合った演奏してるだけだ」
    「えっ……じゃ、じゃあ、どういう基準で判断してるの?」
    「んなもんミューモンごとに違う。聞いたって参考にはなんねえぞ」
    「参考になるかは置いといて、サン兄の意見を聞いてるの!」

    暫しの無言の後、サンプはため息をひとつ吐き、心底面倒そうに話し始めた。

    「ソロのときは自分が主役になる必要がある。でも、バンドのときは違う。ベースはそれほど目立たないが、リズムを崩せばバンド全体が狂う。安定して、ブレのない演奏が第一だ。水面下で支える役を全うしながら、クオリティの底上げをする」
    「……なるほど。底上げってどうやって?」
    「安定させられるのが大前提だぞ。……まあいい。アレンジ入れたり、ライブだったら客の反応見て煽りを入れたり、それやってる他のメンバーのサポートに回ったり、楽譜にない部分だな」

    サンプは段々と興が乗ってきたのか、質問したもの以外のことも、とつとつと語り続ける。
    クラッシュは初めは質問も交えて少し楽しみながら聞いていた。ライブ中の立ち回りや、演奏で映える具体的なアレンジなど、参考にしようと頭に書き付ける。それらを考案するために使うらしい、音楽におけるミューモンの感情プロセスがどうのだとか、それに伴うメロディシアンの輝度だとかという話も理解出来るよう粘った。だが、詳細な研究結果やら論文やらを引用して来た時点で匙を投げた。そもそも専門用語が多すぎて、固有名詞すらもよく分からなくなっている有り様。そのあとはもう機械的に相槌を打つだけだった。半分も理解していない。

    脳みそが限界に達したクラッシュが完全に沈黙した頃、ようやっとサンプは一通り満足したのか、話を切った。

    「分かったか?」
    「音楽創作論とかの本出せばいいよ」
    「はあ?」

    最近その手の話し相手がいなかったのか、久しぶりに自由に話せたことで、心なしかスッキリした顔をしていたサンプが、やっと振り向いてクラッシュに身体を向けた。
    全く逆の様相で、ぐんなりと背もたれに体重を預けているクラッシュを見て、サンプは妹が途中から撃沈していたことを察する。

    「勉強不足だ、アホ」
    「多分そうじゃないと思う」

    まさか、演奏中に何を考えているか聞いたら、最終的にミューモンの進化と音楽史の関係性に言及されることになるとは思わない。
    まだ初心者であるクラッシュの知識が足りないのはそうかもしれないが、少なくとも世間一般に音楽をする上で重要と言われるような分野をいくらかはみ出している気がする。そちらの知識までカバーしているミューモンはどれほど居るだろう。
    クラッシュのような知識不足のミューモンにとっては、理解の範疇を超える話題であるので、本でも出してその分野に明るいミューモンと共有でもしていた方が有益だ。たぶん、と言うか絶対やらないとは思うが。
    もごもごとそんな文句を言いながら、クラッシュは話を聴きながら思ったことを口に出す。

    「全然、全く、1ミリも、考えてなくないじゃん……」

    これを「別に、なにも」で済ませる兄の感性を疑う。クラッシュは半目でサンプを見上げるが、彼は呆れ返った顔を返した。

    「演奏中にそこまで考える訳ないだろ」
    「……は?じゃあ今の話は?」
    「ベースの役割と楽譜の読解と表現方法の解説。前置きだ」
    「本題前が長い!」

    一気に力が抜けた。クラッシュが不満を顕にしても、サンプは涼しい顔で受け流す。
    彼はいくつかのCDと本を持ったまま、ベッドにどさっと腰を下ろした。
    本棚の整理は終わったらしい。

    「さっき話したような、クオリティを底上げする独自性をどう付けるかは、楽譜を読みながら考える。で、実際に演奏出来るように練習する。本番はそのパフォーマンスを再現するだけだ。ある程度周りを見て調節することもあるけど、特筆して何かって訳じゃねえ」
    「事前準備が大事ってこと?」
    「まあ、そうだな」
    「でも、本番で特に良い演奏になるときもあるじゃん。サン兄のも、練習とバンドの合わせで同じアレンジ入れてるはずなのに、違って聴こえるし。そのときの感情とか、雰囲気とか、そういうのが大きいんじゃないの?」

    クラッシュがそう言うと、サンプは眉を寄せる。苛立たしげに足を組んでから、吐き捨てるように言った。

    「もちろん影響はある。が、それに頼るだけの無能にはなるな」
    「そこまで言う?」
    「気分と雰囲気の影響を大きく受ける、つまり安定とは程遠いクソ下手ってことだ。覚えとけ」

    それでも、と尚クラッシュが言い募ろうとすると、サンプにギロリと睨まれて黙らされた。

    「仮にそれで、一つのライブが盛況に終わったとして、残るのは客の過度な期待と、期待に見合わない実力のバンド。次でコケれば終わり。一時の名声だ。そうなれば大半のバンドは崩壊するだろうな」

    おまえなら分かるだろ、と投げられた言葉に、クラッシュは身体を強ばらせた。
    期待は、毒にも薬にもなる。彼女は身をもって知っている。何も言えなくて、言いたくなくて、くしゃりと表情を崩してから、彼女は抱えていた膝に額を預けた。

    サンプはひとつ息を零して、眉間の皺を和らげた。そして徐に立ち上がると、クラッシュの頭に手を押し付ける。そのまま少し乱暴に髪を掻き混ぜた。

    「CDと本、そこに出したヤツ。持ってっていい」

    それだけ言うと、サンプは再びベッドに座り、ぼすっ、と身体を倒した。もう話す気はないようだ。

    クラッシュは、おそらく撫でられたのであろう頭に手をやった。彼女の傷を突くような発言を気にしたのか、なんとも言葉足らずな謝罪と慰めだった。
    でも、それで十分だった。外では器用に言葉を紡ぐ兄が、妹相手には途端に不器用になるのが、なんだかおかしくなってしまったから。基本的に根が単純な妹の機嫌を取るだなんて、それより幾分も簡単だろうに。気まずげに揺れている兄の尻尾が、余計に笑いを誘った。

    気にしてない、と言う代わりに、「ばーか」と掠れた小さな声で呟いた。
    兄が、少しだけ身動いだ気がした。
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