サンプとルイードの出会いから隔絶までルイードは、幼少期に雪深い地方から、サンプたちの地元へ越してきた。
現在ではあまり面影がないものの、昔は内向的だったために新しい環境ではなかなか馴染めなかった。
幼稚園で男の子たちの遊びに混ぜてもらおうと勇気をだして声をかけたものの、ごっこ遊びの内容がよく分からなかった。少年たちに人気の戦隊モノのヒーローごっこだったのだが、ルイードの家では気の強い姉がテレビの主導権を握っており、少女向けの魔法少女アニメしか見ていなかったために、馴染みがなかった。
今までは特に気にせず姉の好きな番組を一緒に見ていたが、今になって少し後悔した。
(ルイードの地元の友達とは近所の駄菓子屋や公園の遊具など、地域ならではの会話などをしていた。テレビの話題がわからなくても他に話題があった。しかし新しく越してきた場所ではカルチャーショックなどが起こるため、その手の話題で話せなかった)
キャラクターや敵役などもわからず、せっかくルイードを仲間に入れようとしてくれた男の子たちも困った顔をしていたため、「や、やっぱり向こうで遊ぶから!」とルイードは逃げてしまった。
それを見ていたサンプが、ルイードに「なら、こっちで一緒に遊ぼう!」と声をかけた。サンプは本を持っており、それは、男の子たちがごっこ遊びをしていた戦隊モノの本だった。「かっこいいんだよ!教えてあげる!」と手を引くサンプに、ルイードが嬉しそうに「うん!」と返事をすれば、サンプも嬉しげに笑った。
(サンプは妹が生まれたばかりで、絶賛お兄ちゃんぶりたいお年頃だったので、困ってるルイードを見て助けてあげなきゃ!と思い、声をかけた。ついでに言えば、サンプは外で体を動かしてごっこ遊びをするよりも本を読みたかったのだが、みんな外遊びの方が好きだったので、わざわざ引き止めてまで誘って居なかった。でも一緒に読んでくれそうな子がいたからせっかくなので誘った。誰かと一緒の方が楽しい)
その後一緒に本を読み、仲良くなるふたり。
ルイードとサンプの出会いだった。
サンプはものをよく知っており、小学校に上がってからも成績が良く、器用に様々なことをこなしたため、ルイードはサンプのことを尊敬し、ヒーローのような友達だと思っている。
小学校でも引き続き仲良くしていたルイードとサンプだが、サンプの両親が亡くなったことをきっかけに関係が崩れる。
それまで明るく面倒見の良い性格だったサンプが、両親が事故で亡くなったことを境に、陰鬱とした雰囲気で、誰とも話さず塞ぎ込むようになっていた。
クラスメイトの誰も彼も、サンプを励ましたり、一緒に遊んだりしたかったのだが、あまりの変わりようにどう声をかければ良いのかわからなかった。そのため、腫れ物のような扱いになってしまっていた。
ルイードも、サンプの家に遊びに行けば優しく迎えてくれたひと達が死んでしまったことが悲しく、しかしもっと悲しい思いをしているだろうサンプに、どんなことを言えば元気付けられるのかてんでわからず、行動を躊躇った。
しかし、自分がみんなの輪に入れなかった時、サンプが手を引いてくれたことを思い出し、自分を奮い立たせてサンプに「さ、サンプ……!向こうでみんなと遊ぶんだ!久しぶりに、一緒に遊ぼう?」と声をかけた。楽しいことをすればきっと元気になれる。そう思って、初めて会った時のサンプのように遊びに誘った。
しかし、その手を取られることはなかった。
サンプは一瞬だけ目を大きく見開き、瞳を輝かせたが、次の瞬間には酷く顔を歪ませ、「っうるさい!放っておいてくれよ……!もう、話しかけるな……!」と怒鳴って教室を出て行ってしまった。
ルイードは行き場のなくなった手を彷徨わせ、自分は何か間違えてしまったのかと呆然と考えるしかなかった。
あの時のヒーローの様には、自分にはなれなかった。むしろ、傷付けてしまったかもしれない。そう考えると、2度目の勇気は出なかった。それから、表面上の明るさを取り戻したサンプがルイードに話しかけるまで、ルイードがサンプに声をかけることは出来なかった。
一方で、サンプにも事情があった。
彼は両親を亡くし、親戚の家に引き取られていた。親戚(以後、養父母)は悪いひとたちではなかったが、子供と接するのが苦手だった。
今まであまり面識のない子供たちを引き取るのは抵抗があったが、自分たちが引き取らねば次の候補は両親の墓参りにも早々訪れられないような遠方の親戚だと言う。両親を亡くし、さらには転校など、環境がガラッと変わってしまうことを哀れに思い、同じ学区に住む自分たちが引き取ることにした。
兄妹は転校を免れたものの、それが幸運だったかは、今となってはわからない。
養父母は傷付いた子供たちにどんな風に接するべきかわからなかった。けれど、引き取ったのは自分たちの意思である。だからせめて、自分たちの出来る形で歓迎の心を伝えようと、子供たちの暮らしやすい環境を作ることにした。
子のない夫婦の家に子供部屋がある訳もなく、ネットで調べながら家具を買い、子供の好きそうな料理のレシピを調べ、環境を整えた。
きっと間違いではない行動であったが、その間に子供たちの気持ちが置き去りになってしまったことまでは気を回せなかった。
幼い妹であるクラッシュは、両親の死をよく理解しておらず、兄であるサンプに何度も「お父さんとお母さんはいつ迎えに来てくるの?」と尋ねた。サンプも初めは「遠くに行った」「お星さまになった」「天国へ行った」など、務めて穏やかに答えていたが、何度目かの質問で耐えきれなくなり「迎えには来ない!もう一生会えないんだよ!」と妹を怒鳴ってしまった。やっと事を理解し、兄に怒られたことに驚いたクラッシュは泣き出し、その泣き声にハッと正気に戻ったサンプは怒鳴ってごめんと謝りながら妹を抱きしめた。
頼れる大人を失ったサンプは、自分が大人になるしかなかった。自分がしっかりして、妹を守らなければとこの時から強く思うようになった。
妹を優先し、自分の傷を蔑ろにしたサンプはそれを誰にも気付かれないまま、養父母に引き取られることになった。
子供と関わるのが苦手な養父母は、しっかりと受け答えが出来、妹の世話も買ってでるサンプに、クラッシュのことを無意識に任せてしまった。それが、サンプの歪んだ成長に繋がった。
そして、サンプは自分の傷がそのままであるために、両親の死や、環境の変化が受け入れられないまま学校へ再び通うようになり、周囲からの腫れ物のような扱いに傷付いては、自分の心の中で蓋をした。
そんな中で話しかけてくるルイード。嬉しくなかったと言えば嘘になる。しかし、両親が死んでしまったのに自分が楽しむ罪悪感と、「何を今更」と、蓋をして隠していた傷付いた気持ちが(それまでの期間の大人達の対応はルイードが関係ないにも関わらず)溢れてしまい、ルイードに八つ当たりをしてしまった。
その後教室に戻っても、誰にも話しかけられず、やっぱり誰も自分を助けようなど思ってないのだと、歪んでしまった認識の中で決定付けた。
拒絶し、それでも話しかけて欲しいのだと示さなかったサンプが悪いのは知らないフリをして、他の奴が悪いのだと思わなければならないほど、サンプは限界であった。
そして、その認識が更に歪んだのが、その少しあと。
養父母は子供たちの居る生活にも慣れてきたが、やはりコミュニケーション不足は否めなかった。どうにかきっかけを探そうとしたとき、サンプが学校のテストを持ち帰ってきた。これだ、と思った。
養父母はサンプを褒めた。「凄いわね」「きっとご両親も鼻が高いわ。クラッシュも見習ってたくさん勉強しなきゃね」そう言ってどうにか関わりを作った。どんなことを褒めれば良いのかもよくわからなかったから、点数の良いテストや、賞を取った作品など、そういった学校での評価を参考にした。
そんなことを繰り返していると、当たり前だが小学生のサンプより幼稚園児のクラッシュの方が褒められる機会は少なくなる。加えて、まだ言葉が少し拙いクラッシュよりも、言葉が達者で年齢にしては知識も豊富なサンプに話しかけることが多かったので、サンプは妹を蔑ろにされているのだと誤認した。
そして、褒められる内容はいつも自分の努力ではなく、良い結果が出た時だった。
だから、思ったのだ。このひと達にとって大事なのは、サンプ自身ではなく、サンプの才能であると。そして、サンプほどの才能がなく、結果の出ない妹は、このひと達は求めていない。
自分が気安さを失って学校で誰も話しかけて来なくなったように、自分たちの都合の良い存在でなければ、他人は求めない。両親であったらきっと、どんな自分であっても受け入れてくれるのに。
そうして、サンプは「肉親以外信じてはいけない。信じるべきではない」と思うようになった。自分に残っている唯一の肉親である妹に過剰なまでに依存し、守り、そして妹と自分が生きていくために、周りの都合の良い存在として「元の明るいサンプ」の振る舞いをするようになる。
そうしないと、誰も助けてはくれないから。
そして、学校で明るく振る舞えば笑ってしまうほど簡単にサンプの周りにミューモンが戻ってきた。心の中では信用ならないと嘲りながらも、にこやかに明るく接した。
そして、強く当たってしまったルイードとも。
以前のような態度でルイードに話しかければ、パッと顔を明るくして、嬉しそうに寄ってきた。
(やっぱりおまえも『都合の良いおれ』じゃないとだめなんじゃないか。あれからこっちをチラチラ見るだけで、話しかけても来なかったくせに。薄情者。)
そうして、サンプは他人を信頼しないよう、そして内面を悟られないようにする生活を始めた。
ルイードは、「話しかけるな」と言ったサンプが自分に話しかけてくれたものだから、これで仲直りが出来たのだと、サンプの感情の変化に気付かないまま、一方的な友情を高校生まで持ち続けることになる。