嬉乃の話キクニンギョウ族の父と、クチサケ族の母の遺伝がウルトラフュージョンした結果生まれた先祖返りのフタクチ族。父方に薄〜く血が流れてた。
妖怪族一家は仲良く山中で暮らしていた。
嬉乃が同年代の子供と遊ぶために麓の村へ行った際、近所のおばちゃんに貰った果物を、家と同じように後頭部の口で食べようとしたところ酷く怯えられてしまう。帰宅後、両親から後頭部の口をヒト前で出さないように言い含められたことで、自分の容姿が異形で恐ろしいことを自覚した。
それまでは父は髪が伸び縮みするし、母は口が裂けてるしで、皆そんなもんかと思っていた。異形という概念がない。
(両親は村に行く時は妖怪っぽいところが見えないようにしている。村のミューモンも妖怪族なのは知ってるけど慣れてなくて驚くので)
ただし、良くも悪くものんびりマイペースな子供だったため、翌日も普通に遊びに行った。
怯えたり揶揄って来たりした子供は、後頭部の口を見せつけながら「持ってる食べ物全部差し出さなきゃ食べちゃうよ?」等と言いながら追いかけ回した。(その後しっかり全員説教を食らった)
両親の言い付けは何処吹く風で脅かし倒し、遊びまくっていたら村のミューモンの方が慣れたため解決した。見た目は怖いけど本当に食べたりしないし、中身はただのクソガキ!ヨシ!
といったハッピー子供時代を送っていたが、一緒に遊んでいた子供たちの足腰が経年劣化で激弱になった頃、両親がこのままでは自分達が老いた時に嬉乃が食べる物に困るのでは?と思い至る。我が家では何処ぞの業者に卸してる農家レベルで作物を育てているが、3名分の妖怪族のタフさでゴリ押ししてるだけで、嬉乃ひとりでは手が回らない。
嬉乃はとてもよく食べる(やさしい表現)。村で食べ物を分けてもらうにしたって、3日で飢饉に陥らせる未来が見える。
これは不味い、と思った両親は嬉乃にMIDICITYの妖怪ストリートへ行くよう促す。妖怪族が集まるあそこならば似た体質の妖怪族がいて、解決策があるかもしれない。そしてクソガキムーヴリバイバルをしなくても嬉乃の見た目に怯えられないかもしれない。もしそれも難しそうならば帰ってくれば良い。
そう言い含めて半ば無理矢理独り立ちをさせた。ウン十歳にして初めてのひとり旅である。
両親から持たされた食糧備蓄兵糧保存食食費と路銀を持って嬉乃はポテポテと真っ直ぐ妖怪ストリートへ向かっていたが、まぁ腹が空いて仕方がない。一般ミューモンの69日分の食糧をすっかり食べ切り、なんなら既に路銀にも手を付けていたお陰で懐が軽くて寒い。これでは妖怪ストリートに向かうことなど出来やしない。
仕方がないので周辺の街でちょっくら働いて食費と路銀の補給をしよう、と近くの村へ立ち寄った。
そして、腹が空いては何とやらだから、と言い訳をしながら一番に入った蕎麦屋でいつものように後頭部の口で食べようとして、ハチャメチャに騒がれた。
この女、最近は自分に慣れ切っている妖怪族の両親と食卓を囲むか、無駄に極めた腹話術で後頭部におどろおどろしく喋らせながら村のクソガキを追いかけ回すか、元クソガキ現在ジジババ共と茶をシバく生活をしていた。
数十年前の友情崩壊未遂事件など毛程も覚えていなかったのである。村の子供にギャン泣きされている時点で気付けというところだが、それは嬉乃にとっての日常なので取り沙汰されるようなものではなかった。
そんなこんなで、やべぇ化け物が居ると街でも屈強な男たちが退治しようと集まって来たので、嬉乃はさっさと逃げた。嬉乃は割と頑丈なのでちぎりパンみたいにちみっこく千切られたりしなければ早々死なないのだが、痛いものは痛い。百計逃げるにしかずである。
タッタカタと逃げた先は実家に似た山。山暮らしは慣れているのでしばらくここで身を潜めようと、仮拠点に良い場所を探している内にぐぅと哀しげに鳴くのは、空気の読めぬ腹。手元に食糧などないので、辺りの適当な雑草を引っこ抜いては後頭部に放り込む。しかし当たり前にそんなもので腹は膨れないため、最悪セカンドライフは腹の虫の音で始まってしまった。
それから数年。
嬉乃は何とか生活基盤は築いたものの、いつだって腹が減っていた。たまに限界を迎えては力尽きてぶっ倒れ、後頭部が本能的に周りのものを無差別に食べ尽くしてどうにか復活するということを繰り返していた。
正気に戻った時に周りを見渡せば、土は抉れ木は倒れ、獣でも暴れたのかといった惨状だったため、食糧をどうにか確保せねば妖怪ストリートへ行けるはずもない。街道でやったら、絶対に周囲のミューモンを丸呑みしたり、ちょっと齧ったりする。そんなの、一発で大捕物が始まってしまう。
ちなみに両親からは妖怪ストリートへ到着したら連絡を寄越せと言われている。到着してないから連絡はしていない。決して実態を白状して路銀に手を付けたことを怒られたくないとかそういうことではないのである。
残っていたサウンドルは一時期ハマった大食いチャレンジなる夢の催しに消えていった。食べ切っても(格安ではあるが)料金が発生するものもあるのだ。もちろん張り切っておかわりをしながら連日通ったら出禁になった。初回だったのに食事姿が営業妨害だと追い出されたこともある。世知辛い。
大半の店から出禁になってしまったので諦めて山で畑を耕してはいるが、びっくりするほど自分に忍耐がなく、作物が成る前に空腹に負けて畑を荒らすこと数十回、ついでとばかりに嬉乃が寝起きしている自作のあばら家までつまみ食いしてること二十数回。割と心が折れそうになりながらも死守した畑の一角で、ようやっと苦労が実を結んだ。実家では容易に出来ていたのに、ひとりになって散々苦労してやっとである。料理などしている間に我慢が出来なくなることは明白。ならば諦めてこのまま頂こうと、髪を解いて口を開けた瞬間。
おばけ屋敷御一行がやって来た訳である。
*
セカンドライフ中にミューモンに騒がれることは諦めている。捕まらないうちにサッサと逃げていた。
→化け物が居ると噂に。山の中に入ってきたミューモンに空腹で無差別ご飯しているのを見られ、さらに噂が大きくなる。
仲良くはしたいけど、周囲にどう思われているかはあまり気にしてない。
怖がられることは嫌ではないが、完全に避けられるとちょっと凹む。自分からおばけ屋敷に挑戦する命知らずを脅かすくらいが丁度いい。
両親は妖怪ストリートへ向かうために充分な食糧を持たせていたが、独り立ち後の嬉乃には足りなかった。
→嬉乃自身も気付いていなかったが、気軽に話せる相手も頼れる相手も近くに居らず、寂しかった。寂しさを埋めるために無意識の過食を繰り返し、道中で食糧を切らした。
その後も一緒に食卓を囲むようなミューモンが居なかったため、ずっと満足できず空腹と誤認していた。
おばけ屋敷で他のメンバーと関わるようになることで、「食べても食べても空腹」の状態から「多少はお腹に溜まるから我慢できる」の状態に改善する。
→嬉乃がおひとり様山暮らししている間、両親はとても心配してた。死んではないだろうけど、何かやらかして警察にドナドナされてたらどうしようと思っていた。
餓死はしない(フタクチ族の特性)。空腹は普通に感じる。
凄くタフだが、外的要因でも死ぬときは死ぬ。老衰もする。でもやっぱり妖怪族なので寿命はとても長い。たぶん現在はまだ50歳ちょい。
クチナシの簪は両親から餞別として貰った。
後頭部の口を見られると驚かれるのが目に見えているため、ちょっとしたおまじないのようなもの。口をしっかり隠せるように、口がないみたい(異形ではないみたい)に普通の友達が出来るように。そして、クチナシの花言葉と同じく喜びを運んでくれるように。
両親が村に行く前に嬉乃に対して口を隠すように教えてなかったのは、めちゃんこ苦労した赤子時代(何でも食べる、口に入れる。なんなら自分達も食われかける。警戒のために常時睡眠不足)を乗り越え、嬉乃の異形に慣れきって忘れてたから。うっかり。
村の子供を驚かせるために練習していたので、腹話術が得意。たまに後頭部の口がケタケタ笑っているが、ただの腹話術。
おばけ屋敷の仕事中は食べ物が経費で落ちると聞いて即刻就職を決める。
あとついでに妖怪ストリートに連れて行ってくれるらしいので。
両親にキチンと(証拠隠滅してから)報告が出来る。
そこそこミューモン不信&ネガティブポイントはあったが、持ち前の考え無しであまり堪えなかった。
しかしセカンドライフ中ぶっ倒れているときは「何のために生きてるんだろう……」とちょっとネガってた。空腹は気分を下げる。おそらきれい。