オルタナティブの卵3-1「ということで、ヒーのことをよろしく頼む!」
ゼルダ姫様の五歳の誕生パーティーの次の日だったからよく覚えている。
突然現れた母さんの姉さんの旦那さんの従妹の息子の嫁さんの伯父というオッサンにものすごい勢いで詰め寄られ、俺は「はぁ」と間の抜けた返事をしてしまった。
超超超遠縁を言い張るオッサンは、ハイラル城でも特に影の部署と呼ばれる研究部に所属の研究者だった。要は何の影響力もない、金食い虫部署の所属の、要は変人だ。
で、ぐいと押し出されたのがこいつ。リンクと言うらしい。
「よろしくたのむ」
第一印象は「口のきき方のなってねぇガキだな」だった。
年の頃は俺よりだいぶ下、たぶん十五、六といったところか。
青い目が妙に印象的な、一見すると少年のように見えたが、表情にはまるで子供らしいところが無い。大人びているというのとも少し違う。なんとも無機質で、ちょっと不気味に思ったぐらいだ。
「五年ほどミーの助手として働いてくれていたのだが、どうしても兵士になりたいと言ってね。申し訳ないが面倒を見てやってほしい」
「面倒っつったって俺、一兵卒ですよ? そういうのは騎士様にお願いした方が……」
「ヒーはちょっと特殊な出自でな、めっぽう強いが一般常識(コモンセンス)がない。ということで、君のようなそこそこ経験のある、しかし柔軟な思考力を持つ若者に任せたいと思ったんだ。よろしく頼むよ」
「話聞けよー……」
ぶっちゃけ面倒くさい以外の何物でもなかった。ただなぜかコイツの世話さえすれば特別手当が出るとかで、子細を聞かずに承諾したのが運の尽き。
都合がいいのか悪いのか、同室だった同期はアッカレ砦に転属になったばかりで、二人一部屋の兵舎の部屋は二段ベッドの下段が空いていた。今日からこいつがそこで寝るわけだ。
「食事は朝と夕の二回、風呂は週の終わりの日没後だ。どっちも逃すと取り返しがつかないから、それだけは自分でどうにか死守しろ?」
「分かった」
「分かったじゃねぇボケ、そこは『ハイッ』だ」
「はい」
「もっとでっけぇ声で!」
「なぜ? 聞こえているだろう?」
部屋に着いてそうそうこのやりとりだ。先が思いやられる。
これでも俺は入隊三年目、威張るほどの階級ではないものの今日昨日に入隊したばかりのヒヨッコよりかは上官だ。返事はデッカイ声での『はい』以外の選択肢はない。
それぐらい考えんでも分かるだろふつー、と思ったところで、これがあの研究部のオッサンが言っていた『常識の無さ』か、と腹落ちした。
凄むような表情をあえて作り、少々強めにリンクの胸をドンと突いた。――のだが、予想外に奴の体は揺るがなかった。
俺より頭一個以上小さいのに、なんて強靭な体幹してるんだコイツ? 俺の指の方が負けて突き指になりそう。
「あのな、お前よりも俺の方が偉いの」
突き指しそうなのを悟られまいと、さらに表情を険しくしてぐりぐりと胸の真ん中を押した。
だがリンクは微動だにせず、きょとんとして首を傾げるばかりだ。
「偉い?」
「そう、軍隊では階級が全てだ。お前は入隊したてで一番下っ端だから、俺の言うことは聞くもんなの」
「そういうものなのか」
「そういうもんだ! ってか、今のお前より下のやついないからな」
「一番偉くない……」
「そう! 偉くない!」
こいつ、軍隊の何たるかを知らずに兵士になりたいって言ったのか?
もしかしなくても相当ヤバい奴を押し付けられたのかと身構えたが、幸いなことに、それ以上の反論は無かった。替えの服ひと揃えだけを抱えて、ストンと二段ベッドの下に収まる。
「一つ聞きたい」
「お聞きしてよろしいでしょう」
こういうのを叩き込むのは最初が肝心だ。普段はゆるゆるの俺だけど、今回ばかりは厳しくいこう。
じゃないと同室の俺が連帯責任で大変な目に合う。
「……お聞きしてよろしいでしょうか」
「よし、質問を許す」
「どうしたら偉くなれる?」
ぎゅうっと荷物を抱えたリンクは、俺の顔をじっと見上げていた。
なんだかそれが無性に、間抜けに見えてしまった。いや、一周回って可愛らしく見えたとでもいうべきか。
「おまえ、偉くなりたいのか?」
「なりたい。地位がなければ姫君のお傍に侍ることはできないと聞いた。地位とはつまり、偉さの単位だろう」
「はっ!」
こいつは傑作だ。
もはや最初に会った時に感じた無機質な不気味さはなかった。やはり歳相応の少年らしい願望を抱いていると分かると、笑いをこらえるのが難しい。
くくくと込み上げる笑いを押さえながら、俺はベッドサイドに腰かけたリンクの隣にドカッと座る。その華奢な肩を乱暴に引き寄せた。
「そうさなぁ、とりあえず食って身長伸ばして強くなれ」
バシバシと腕を叩いた腕はいかにも頼りない。こんなんじゃ槍一本満足に振えるか分からないのに、姫様のお傍付きになりたいなんて夢物語だ。
でも存外、俺はそういうのが嫌いじゃない。
いいじゃないか、小僧っこがお姫様にお近づきになりたくて入隊するぐらい可愛いもんだ。実現するかどうかは別としても夢を抱くのは自由だ。
だがリンクは表情を変えず、首を横に振った。
「身長は伸びない。だが強さはそれなりに」
「ちいせぇ奴が強いわけねぇだろ馬鹿。でっかくなって、それから武勲を上げろ」
「武勲?」
そうだ、と俺は拳を握る。
かくいう俺も、武勲を上げるために軍に入った。武勲を上げ、故郷に錦を飾る。大抵の入隊希望者は、ド田舎の次男、三男、四男以下省略だ。嫁さんがもらえるかどうかも分からないろくでなしが、かすかな望みをかけて軍に集まるのだ。
武勲を上げるのは簡単、マモノを倒せばいい。要は手柄を上げればそれだけ軍のなかでの地位は上がっていく。単純明快、学のない寒村の次男坊の俺でも分かる理論だった。
「定期的にマモノの討伐隊が組まれる。そのときに一番強くてデカいマモノを討伐して見せるんだ。討伐隊で手柄を上げれば階級が上がる。そうして騎士様の目に留まったらめっけもんだ。お前ぐらいの年齢ならまだ、お抱えの傍仕えにしてもらえるかもしれない」
「騎士ではなく姫様の……いや、まぁいい。強いマモノを倒せばいいんだな」
とはいえ、さすがに一兵卒から姫君の傍付き、いわゆる近衛騎士にまで名を上げた奴はいない。というよりも一兵卒は、普通は騎士にはなれない。兵士は騎士たちの指揮のもと動く手足のようなものであって、よほどのことが無い限り兵士は騎士にはなれないのだ。
でもいまそれを言って、こいつの夢をぶち壊しにするのはかわいそうすぎる。今は騙すみたいで申し訳ないが、そのうち一般兵卒の中で一番上になって、食堂の一番いい席で腹いっぱい食べようぜ、ってのがちょうどよい落としどころだろう。
「ま、意地の悪いこと言って悪かったな。同室同士、仲良くやろうぜ」
「……よろしくたのむ」
「よろしくおねがいします、だ。俺の方が先輩なのは譲らねぇぞ」
「よろしくおねがいします」
「おう! じゃあ飯食いに行くぞリンク、早くしねぇと席がなくなるからな」
この時は、俺にもようやく子分ができたな~なんてのんきに考えていた。
もちろんリンクの常識の無さにはたびたび驚かされたが、それもひと月すれば鳴りを潜めた。次第に軍にやり方に慣れ、むしろ奴は「研究部よりも優先順位が明確で分かりやすい」などと抜かしていた。奴の考えは非常に機械的だ。
だが入隊二か月を過ぎた頃、初めて奴が参加した討伐隊で認識が百八十度変わった。
「一番強くてデカいマモノを討伐しろとは言ったがよぉ……こいつはさすがに」
「これが一番デカくて強そうだった」
「そりゃ、そうだろうなぁ……」
ドデンと真っ黒な腹がひっくり返っている。小屋ほどもある、黒ヒノックスだ。こんなの初めて見た。リンクは腹の上に立って血振りした剣を鞘に納めたところで、遠目に見ても手傷を負った様子はない。
俺は無意識のうちに、黒ボコブリンの角を持っていた左手をそおっと背後に隠した。
「どうやったら黒ヒノックスを単身で倒せるんだ……?」
驚くのを通り越して呆れてしまった。これは「それなりの強さ」じゃあない、「とんでもない強さ」だ。
討伐隊はその日、上から下からの大騒ぎになった。