「先生! 鍾離先生いますか!?」
先日稲妻へ旅立っていったはずの旅人が、息を切らしながら真昼の往生堂へ駆け込んできた。
堂主は果物をかじろうとした口を開けたまま、筆を持った若人達は目を丸くして、そして彼らに対し教鞭を取っていた鍾離はぱちりと目を瞬いて、それぞれが一斉に急な客人へ視線をやった。
「鍾離さんに用事? いいよいいよ、月を跨ぐ前に返してくれれば」
にっこり笑った胡桃が鍾離の手から講義の資料をもぎ取り、そら行けと言わんばかりに手をひらひらと振る。
あまりにあっさりと言うものだから、今度は旅人のほうが驚いてしまった。
「だってあなたがそんなに慌てるんだもん、急ぎかつ鍾離さんじゃないとダメな用事でしょ? 別にこのくらいなら私でも説明はできるし大丈夫大丈夫。あっ稲妻に行くならお土産よろしくね~」
「…………だそうだが、どうした?」
ため息交じりに問えば、呆気にとられていた旅人がようやく我に返り、鍾離の手を取った。
「詳しくは走りながらでいい? 胡桃ごめん先生借りてくね!」
笑顔で手を振る胡桃がふっと視界から消え、手を引かれた鍾離は不思議な音と共に稲妻のワープポイントへ飛んでいく。
ワープで白一面に染まっていた視界が晴れると、そこは曇天の山地だった。
湿気た空気と辺りに漂う濃密な雷元素。
前に稲妻を訪れたのはどのくらい昔であったか。
璃月の雷雨とは随分違う匂いを感じ、鍾離は手を引かれて走りながら懐かしそうに目を細めた。
「あのね、先生。魈が倒れたんだ」
不安げに握られる小さな手を握り返すことで続きを促す。
かの少年仙人に関することであれば元岩神である鍾離が呼ばれたのも納得だ。
旅人は雨に濡れた草に足を取られることなく力強く駆けながらも、その顔は今にも泣きそうなほど歪められていた。
「大変な怪我はしてないし、見えてる傷は七七が治療してくれたけど」
「時々持っていくあの薬も飲んでたけどなんだか効いてないみたいで」
「すごく苦しそうなんだけど、どうしたらいいかわからなくて……!」
ぐずぐずと鼻を鳴らし途切れ途切れに言葉を紡ぎながら早く早くと鍾離の手を引く。
嗚咽混じりのそれらを聞き、鍾離の眉がぴくりと動いた。
「……魈が連理鎮心散を飲んだのか?」
「え? う、うん…………うわっ!?」
戸惑いながらも頷いた旅人の足がふわりと宙を蹴る。
――鍾離に抱えられて身体が浮き上がったといったほうが正しいか。
流れていく景色の速度が一段階上がり、磐石な彼にはやや珍しい焦燥を感じて旅人は鍾離を見上げた。
「せ、先生、場所わかるの!?」
「魈の気配を辿ればいいのだろう、問題ない。それよりも口を閉じていろ、舌を噛むぞ」
自称凡人はその実まったくもって凡人ではないため、旅人に引かれて走るよりも自分で走ったほうがずっと速い。
風元素を操るかの少年仙人ほどではないにせよ、風のように走る鍾離は彼の気配を追って崖下の洞窟へ駆け込んだ。
留守番をしていたらしいパイモンがおろおろとした表情で飛び出してきては旅人へしがみつき、奥へと引っ張っていく。
「パイモン、魈の様子はどう?」
「ずっと変わらないんだ、苦しそうでオイラ見てられないぞ……」
魈は洞窟の奥に寝かされていた。
横たわった体の下には柔らかそうな草や旅人の物であろう布が敷かれている。
その上で青い顔をして息を荒げ、背を丸めて痛みに耐えているようだった。
おそらくは鍾離が来たことにも気づいていないのだろう。
「本当は壺の中でちゃんとベッドに寝かせてあげたかったんだけど、魈が嫌がって……」
「……ふむ。この様子で、さらに魈が自ら判断して連理鎮心散を飲んでいたのならばまず業障の影響だろうが……」
魈が嫌がったのはこの業障を旅人の塵歌壺に持ち込みたくなかったからだろうということは容易に推察できた。
不器用な子だからわざわざそれを説明はしていないのだろうが。
「で、でもあれって鍾離や魈……仙人たちが倒した魔神たちの執念とか残滓ってやつだろ、ここは稲妻だから関係ないんじゃないのか?」
「……あ、でも待ってパイモン。ここって確か雷電将軍に斬られた魔神が祟り神になったって話がなかった?」
「ふむ? なるほど、稲妻にも似たようなモノがあったか。おそらく普段から業障を溜め込んでいるがゆえに近しいものを取り込みやすくなってしまったのだろう」
注意深く辺りの気配を探れば、確かに怨嗟の気がそこかしこに漂っている。
聞けばこの一帯の荒れた気象もその祟り神とやらが影響しているらしい。
元々その身に溜め込んでいた璃月の業障と合わさって妙な反応を起こしたのならば、特製の薬が効かないのも頷けた。
「様子を見ながら薬を調合し直そう。時間も掛かることだし、魈は俺が看ているからお前たちは冒険に戻るといい」
「ごめんね先生、お願いしてもいい? 壺置いていこうか? 携帯鍋はいる?」
「大丈夫だ。俺にも所有する洞天はある。それよりお前たちも早めに宿へ行ったほうがいい、雨が降るぞ」
なおも心配する旅人を宥めて町へ戻るのを見送った後、苦しみに喘ぐ魈の隣に座って脂汗の浮く額を拭った。
「魈、魈。俺がわかるか」
「……しょう、り、さま?」
慌てて起き上がろうとする魈を抱きとめ、自らの洞天への入り口を開く。
お召し物を汚してしまいますだのこの身で洞天へ足を踏み入れるなどだの弱々しい文句が聞こえたものの、鍾離はその一切を無視して小さな体を抱き上げた。
既に隠居した身とはいえ七神最強の呼び声高い武神であった鍾離にとって、弱った仙人の抵抗など幼子のそれと変わらない。
洞天内の屋敷の戸を開ける頃には魈も抵抗を諦め、すっかり大人しくなって抱えられていた。
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信じられるかこれ書き始めたの8月なんだぜ
これ以上書く気力無いなって判断したので供養です
メモ:祟り神でばちばちしてるとこで業障と妙な反応起こして具合悪くなるしょさまとかいないんですかね
璃月から離れたから璃月の魔神たちの怨嗟は弱まったかと思いきや祟り神の影響をモロに受けちゃう夜叉の話
普段から業障溜め込んでるのでそういうものを引きつけやすいと良いな……付きっきりで落ち着かせてくれるせんせがいると更に良い
土産頼まれたから一緒に選んでくれってデートして
えろ挟むなら:
「房中術のようなものだと思えばいい」
「男同士では陰陽になりませぬが…………?」
実際陰陽の気を巡らせてどうのっていうか神パワーでどうにかするので問題ない(?