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    うめはら

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    うめはら

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    ワッフルコーンさんの素敵な絵と呟きをもとに好き勝手書かせていただきましたマリルイです!ワッフルコーンさんにお捧げいたします。素敵なイラストと、書くご許可を頂きましてありがとうございました!

    ・元の素敵ツイートとは一部異なった内容になってしまっております。
    ・途中までなのでまた追加、修正等するかもしれません。
    ・ぜひ皆様、ワッフルコーンさんの素敵なイラストと呟きをご覧になってくださいませ!

    護衛と一般市民いつだって僕は、どうにも順調って言葉には程遠い。
    走れば転び、運べば落とし、挙句の果てには大失敗。
    「ぎゃー!」
    「うわ、すみません!」
    「どわぁ!?」
    「ひゃあ! ごめんね!」
    叫び声と僕の謝罪がセットのようにこだまする、そんなの日常茶飯事。
    ここぞというときに限って益々威力を発揮するソレは、僕の意志に関わらず年中無休でやってくる。
    出世とか脚光を浴びるとか、全て遠い世界の出来事。配管工として何とか働けてはいるものの、精々が町の片隅でひっそりと暮らすくらいの塩梅だ。
    僕ってやつはそういうのが当たり前で、人の倍頑張ってようやくやっと一人前。
    ──だからそう、こんなのは慣れっこなんだ。

    「ぎゃあ!」
    叫び声と共に、白と黄色のキノコ頭が宙に舞う。一緒に飛ぶ、ひっくり返った果物籠。
    配管工事の客先で、桃が蜜柑が林檎が、舞い上がっては僕に真っすぐ落ちてくる。
    「……わあ」
    色とりどりな天井だなあ、なんて感想を抱くのは一瞬。慣れている手は、さっと林檎と桃とをキャッチする。手が塞がって取れなかった蜜柑が鼻に激突したのはまあ、ご愛敬だ。
    施工中のパイプたちの傍らに、蜜柑がころりと落ちる。
    「お客様、大丈夫ですか?」
    鼻を押さえて声を上げる。宙に舞った依頼主のキノピオには残念ながら手が届きそうになかった。
    どこへ弾んでしまったのかとキノピオを探せば、背後からキノピオの声と、ガシャンという不穏な物音。
    「うーん……私は無事です。ちょうどパイプがクッションになりまして」
    「え」
    言葉が終わると同時に、バシャバシャと水の勢いよく噴き出す音がして。
    恐る恐る振り返れば、完成間近だったパイプは案の定明後日の方向を向き、水を床に景気よく振舞っていた。
    「……」
    シンプルな惨状に乾いた笑いが出る。ああ今日も遅くなるなぁだなんて、僕は内心がっくりと肩を落とした。

    そんなこんなで夕暮れ時、僕はいつも少しだけ慌てている。
    「はあっ、はあっ……間に合った……!」
    工具の詰まった鞄をがしゃがしゃと鳴らしながら、辿り着いたのは町外れの時計塔。
    息を整えつつ、埃っぽい階段を登っていく。頂上には古びた大時計と鐘があるけれど、僕のお目当てはそこじゃない。
    途中にある煉瓦の窓へ駆け寄れば、夕焼けに照らされる城壁外の平原が見えた。
    金色に染まった平原に、夕刻の鐘が鳴る。その音に呼応するように、いつも通りの時間ぴったりに平原の向こうから複数の人影が現れた。
    「来た……!」
    近づいてくる馬上の人影に、僕は身を乗り出して目を凝らす。お目当ては一人。
    鍛えられた身体つきに、意志の強そうな青い目。立派な髭をたくわえた、勇ましい男性が数名の兵士たちに囲まれて街へと帰ってきていた。
    「今日も団長、かっこいいなあ……」
    呟いて、うっとりと彼の姿を遠くから眺める。
    大して仕事で成功しているわけでもなくて、私生活が充実しているとも言い難い。そんな僕だけれど、へこたれずにやっていけるのは日々の支えがあるからだ。
    キノコ王国の騎士団長、マリオ。僕は彼にこっそりと夢中なのだった。
    騎士団長は人気者だ。若いのに功績は目覚ましく、現、王国最強の戦力。おまけに身分は以前この国の姫からナイトの称号を授かった、正真正銘の騎士。いわゆるsirの中のsirというわけだ。
    それに性格もいいと専らの噂で、騎士団長に寄せられる秋波と縁談の声は後を絶たないらしい。まあ、僕も御多分に洩れず団長の追っかけな訳だけれど。
    そんな彼はこうして、この時間に訓練から帰ってくることが多かった。彼の姿を見られるこのひとときは、僕にとって一番の癒しだ。今日嫌だったことも、疲れてしまったことも全部吹っ飛んでしまう。
    「……忙しいだろうに、鍛錬は欠かさないなんてすごいなあ」
    煉瓦に頬杖をついて、目を細める。
    声をかけようだとか、親しい間柄になろうだとかは思わなかった。ただ憧れて、遠くから見つめるだけ。
    所詮は遠い人なのだ。僕なんかが手を伸ばしたところで、手が届くはずもない。けれど姿を見かけて、憧れに浸るだけでも充分に幸せだった。
    「……よし、僕も頑張らなくちゃ!」
    団長はたゆまず厳しい訓練に励んでいるのだから、と己の中でやる気が湧いてくる。拳を握りしめると、僕は時計塔の階段を下りていった。


    「わー! 結局遅くなっちゃった!」
    数日後、僕はまたしても全力で走っていた。しかも今度は半泣きで。
    「記念のお菓子はいかがですか?」
    「こっちで大道芸をやってますよー!」
    晴れやかな昼の空に、賑やかな声の数々。出店の呼び込みが聞こえる街道は、大勢のキノピオたちで込み合っていて走りにくい。
    式典の開始を告げる空砲が一つ、目的地の方面から聞こえてきた。
    キノコ王国の建国記念日。それは、ここしばらく僕が楽しみにしていた行事だった。
    目当てはこの王国の当主たるピーチ姫──ではなく、その護衛に着く騎士団長だ。行事でよく姫の護衛に着く彼は、そうした機会に公の場に出てくるのだ。普段では不可能なほど近くで彼を見られる可能性に、僕が期待を膨らませたのはもう当然で。
    今回の建国記念の式典では、ピーチ姫が民衆の前でスピーチをする。そしてそこには、格好いい正装に身を包んだ団長がいるというわけだ。
    それはもう張り切ってしまって、僕は数日前から彼がよく見えるような場所を探した。当日は朝から場所を確保しておこうとも計画して、準備は万端。
    ──の、はずだったけれど、やっぱり順調には程遠かったらしい。
    どうしてもと泣きつかれ、午前中に緊急の配管工事が一件。急いで終わらせれば、喜んでくれたキノピオからお礼のパイを振る舞われ、今度こそ出発と外に出たところで誤って猫の尻尾を踏んづけてしまった。
    引っ掻かれた傷の手当てもそこそこに、ひたすらに急ぐ。仕事が人に喜ばれるのは嬉しいし、お礼の気持ちも有り難い。けれどもう絶好の観覧場所は埋まっているだろう。
    うう、二か月ほどずっと楽しみにしていたのに。そんな泣きたい気持ちを噛み締めながら、混雑した往来を駆け抜ける。
    たとえ最高の場所ではなくとも、近くで見られるならば僥倖じゃないか。そう自分を励ましつつ、必死に足を動かしてやっと式典会場へ入る。会場の広場では、まさに姫が演説をするために城から降りてきているところだった。
    「すみません、通ります!」
    断って人混みをかき分けつつ、運良く前方が空いていた右端へと歩みを進める。
    到着するとほぼ同時に、大量の紙吹雪が一斉に頭上に舞った。ファンファーレが鳴り響く。
    「ピーチ姫様のご入場です!」
    高らかな進行の声に、キノピオたちの歓声が湧き上がる。
    ああ、ついに彼が姫と来たんだ。
    自分も見ようと顔を上げて、僕はその場で固まった。

    それはまるで、童話の一ページのように美しかった。

    広場の中央に進み出る、美しい姫君。金の輝く髪に水色の目、きめ細やかな肌にほっそりとした姿。観衆の声に微笑むその凛とした横顔は、自信と魅力に充ちている。
    そして──その傍らに控える団長は、まるでもう一人の主役であるかのように際立って人目を引いていた。
    目の覚めるような青と白の上衣を纏って、予断なく周囲を警戒しているその姿。赤いサッシュの上には、姫から下賜された特別なブローチが着けられている。彼女の持つ宝玉と同族の石でできたその青いブローチは、姫の無二の信頼の証。
    僕は食い入るように彼を見つめていた。いつもの凛々しい顔立ちも手伝って、瀟洒な正装に身を包んだ彼はまさに美丈夫という言葉が相応しい。護衛のために鋭く光る目つきでさえ、彼の魅力を引き立てていた。
    声も無く、ただ見惚れる。壇上の彼と、その隣の姫。
    まるで作り話の姫と騎士のように、完璧な二人がそこにいた。視界いっぱいに降り注ぐ色とりどりの紙吹雪も、抜けるような青空も、彼らのためにあるかのようにぴったりとはまっている。
    「……」
    まるで時が止まってしまったかのようだった。とっくに姫による演説は始まっているけれど、内容はちっとも頭に入ってこない。
    ずっと近くで見られるのを楽しみにしていた、団長の姿。それはあまりに素敵で、勿論見惚れるほどに格好良い。けれどその光景は、同時に僕へ強い衝撃を与えた。
    ああ、失恋したな、僕。
    自分の中で、一つの感情が芽生えたのを僕は悟っていた。
    姫と団長。歳も近い彼らは結婚する上で身分も申し分なく、更に仲も良いとあって二人にはよく結婚の噂が囁かれている。しかしそうでなくたって、これほどまでにお似合いの姿を見てしまえば、誰だって異論は無いだろう。優秀な、互いに信頼を滲ませて寄り添う美男美女。
    あまりに遠い。姫も、団長も。二人は同じところにいるけれど、僕はそれをただ見つめるだけに過ぎない一般市民で。
    「……ぁ、」
    一層強く、工具鞄の肩紐を握りしめる。遠くから見つめるだけで充分幸せだと思っていたのに、ショックを受けている自分にも驚きを隠せない。しかし目の前の光景から、目を離すこともできない。

    しかし呆気に取られていたとき、ふいに僕は背後から人の波に大きく押された。
    「わわ!」
    よろめいて、数歩前に出てそのまま前に倒れ込む。咄嗟に手はついたものの、肩から下げていた工具鞄は盛大に工具を宙に飛ばして。
    ガッシャーン! という大きな音と共に、僕は姫たちの前で工具鞄をぶちまけていた。
    「──ッ!」
    一瞬広場が水を打ったように静まり返る。一拍遅れて、混乱が生じたようなざわめき。団長はと言えば、混乱のなか姫の前で庇うような姿勢を取っている。工具が飛んだのと同時に、僕は彼が風のように姫の前に出るのが見えていた。
    「わああす、すみませんっ! ごめんなさいごめんなさい!」
    僕は半ばパニックになりつつ叫んでいた。姫が演説を中断してこちらを見ている。勿論彼も僕を見ていて、僕の顔は沸騰しそうだった。
    見ている。彼が、僕のことを。必死に散らばった工具をかき集めながら、顔を上げられずに目を瞑った。あの青い瞳が僕を警戒心たっぷりの目で見ていることを思うと心がばらばらになりそうだった。
    震える手を叱咤して地面に這いつくばり、工具を集めていると頭上に影が差した。
    「慌てなくていいわ。怪我はない?」
    白い手袋に包まれた細い腕が、工具の一つを僕へと差し出していた。
    「!」
    勢いよく顔を上げれば、そこにいたのはやはりピーチ姫ご本人で。
    その輝かんばかりの顔が間近にあるのを認識した瞬間、僕の頭はいよいよ真っ白になった。
    「あ、あああありがとうございますプリンセス! お邪魔してしまって失礼いたしました!」
    工具をギリギリなんとか受け取って、お礼もなんとか口にしたと思ったらその場でサッとクイックターン。
    気がつけば、僕は全力疾走で広場を後にしていた。


    「あーやらかした!」
    自宅のソファで、膝を抱えて蹲る。式典から逃げるように帰ってきて、頭を抱えている現状のなんといたたまれないことか。
    「ほんと最悪だよ! よりによってあんな時に!」
    独り言を言いつつのたうち回る。目を瞑れば式典での失敗がフラッシュバックするようだ。
    よりにもよって、重たい工具も入っている鞄を広場に向かってぶちまけてしまうなんて。しかも姫が登場したという時に。
    「これじゃあ僕完全に危険分子だよテロリストだよーっ!」
    口走っては頭を抱え、足をばたつかせていた、そんな時。
    嘆く僕の顔を、白い半透明の犬がぺろりと舐めた。
    「ワン!」
    白い犬は鳴き声を上げると、僕に元気を出して、とでも言うように尻尾を振る。それで僕はようやく身体を起こし、情けない声で犬に手を伸ばした。
    「ポルターパップぅ……」
    僕がポルターパップを撫でようとすると、彼は手を迎えるように自らすりすりと体を寄せてきた。
    ポルターパップは僕の唯一の家族だ。
    寒い冬の日に弱って凍えていたのを保護したのがきっかけで、僕に懐いてくれるようになった犬。
    白い犬、とは言っても彼はどうやらゴーストのようなものに近いらしい。丸い頭に耳は見当たらず、胴体には幽霊のような少し曲がった尻尾がついている。けれどペロリと出された舌といい、ツンと尖ったマズルといい、それ以外はまさに犬といった雰囲気だ。何より仕草や行動が犬そのものだから、僕は彼のことをちょっと不思議な能力を持ったゴースト犬だと認識していた。
    ポルターパップを撫でていると、僕も少なからず落ち着きを取り戻してくる。
    「ああ、姫が優しい人で良かった……で、でも次からどんな顔して会えばいいんだろう!?」
    「ワフ!」
    「そうだよね……そもそも面識が無いんだった……」
    元気に鳴くポルターパップの喉元を指先で撫でながら、混乱と平静を行き来する。僕が自問自答じみた呟きを繰り返していると、彼は満足したのか僕の机を通り抜ける遊びを始めた。
    「あーあ……」
    取り残された僕は虚しく手を下ろす。落ち着きは取り戻したものの、広場で見た二人の光景は忘れられそうになかった。
    あれほど美しく堂々としていて、威厳あふれる姫と団長。それに引き換え僕は失敗ばかりでうだつの上がらない、平凡な一般市民で。
    会う機会もないはずだ。僕なんかせいぜい景色の一部なのだから。
    「それは仕方ないけど……せめて怪しくないくらいでいたかったなあ」
    プラスまでは望まないから、マイナスにはなりたくなかったのだけれど。
    再び肩を落としかけると、ポルターパップがまた僕に向かってワフワフと鳴いた。
    「ん?」
    注意を引きたがるかのような鳴き声に目を向ければ、僕に走り寄ってくるりと一回転した。
    「きゃわん!」
    ポルターパップは更に一声鳴くと、僕の手を擦り抜けて壁へ駆けて行った。そのまま壁すら擦り抜けて、着いてきてとばかりに壁の向こうからもう一鳴き。
    「あ、待って!」
    慌てて僕が外に出れば、待ってましたとばかりにポルターパップは尻尾をぶんぶん振っている。
    「もう仕方ないなあ。散歩の気分だったの?」
    肩をすくめて笑えば、ポルターパップが肯定するように前足で飛び跳ねた。
    外はもうすっかり日が暮れて、煌々と明るい月が出ている。僕は家の戸締りをして、どこかに行きたがっているポルターパップの後を追った。
    ポルターパップは時々僕を夜の散歩に連れ出すことがある。知能が高く、基本的には自由気ままに壁を擦り抜けてお散歩するのが好きな彼だけれど、たまに僕を連れて行きたくなるらしい。彼がより活動的になる夜に合わせて、少しだけ僕は外を散歩する。
    「あんまり遠くまではだめだよ」
    月明かりに照らされて、ポルターパップが舗装された道を駆けていく。心地のいい夜風を身体に受けながら、彼にのんびりとそう告げた。
    行き先は彼の赴くまま。僕なんかより相当散策をしているらしいポルターパップは、時折僕を知らないスポットにまで連れていく。
    今日はどこなのかな、と予想しながら着いていくと、到着したのは街のはずれにある大きな森だった。
    「え、ここなの……?」
    鬱蒼と木々が生い茂る森。危険な生物なんかの噂は聞かないけれど、夜の森というのは暗くて不気味で、それだけで入るのを躊躇してしまう。特に僕は怖いものが苦手なのだ、こういった場所には足が竦んでしまう。
    どうしてここに、という戸惑いが頭を占める。ポルターパップは最初こそ怖そうな場所にも僕を連れていこうとしていたけれど、僕があまりにも怖がるのを見て場所を選んでくれていたらしいのに。
    だがポルターパップは今日に限って意に介する様子もない。またも僕に元気よく一声鳴くと、さくさくと枯れ葉を踏み締めて森へ入っていってしまう。
    そのまま姿が見えなくなりそうになり、僕はあからさまに狼狽えた。一人でここで待つ? ポルターパップがいつ帰ってくるか分からないのに、こんな暗い森のそばで? いやそもそも、他の場所ならいざ知らず、こんな怪しげな森の中に彼を一人で行かせてしまっていいのだろうか?
    「……ああもう待ってよぉ!」
    逡巡のすえ、僕は半泣きで駆け出していった。

    さく、さく、と枯れ葉を踏みしめる音が響く。意外にも木々の合間の道は開けていて明るい。
    少しの間歩いていくと、道は大きな岩壁に行き当たった。
    「……行き止まりかな?」
    戻ろうか、とポルターパップに声をかけようとしてみるも、先ほどまですぐそばにいた彼の姿がない。
    「ワフ!」
    「え、ねえどこにいくの?」
    響く声に慌てて姿を探せば、彼は岩壁の裏に回り込もうとしているようだった。小走りで後を追うと、急に開けた場所に出る。
    「え? わわ!」
    驚きで声が出た。ポルターパップが到着したよと言わんばかりに、僕に駆け寄って来る。
    そこは大きな泉だった。木々が途切れているために、エメラルドの水面が月明かりを受けてきらきらと煌めいている。
    「うわぁ、綺麗……」
    呆気にとられながら、神秘的な水面に歩み寄る。水は清く透き通っていて、湧水の流れ落ちる小さな音が静かに周囲に響いていた。
    すりすりと身体を寄せて、ポルターパップが僕の足元に座り込む。ひょっとしたら彼は、僕にこれを見せたくて連れてきたのかもしれないと思った。
    「……僕が落ち込んでたから、気分転換に連れてきてくれたの?」
    枯れ葉の上に座り込んで彼に問えば、振り返ってワン! という嬉しそうな鳴き声。
    「ありがとう。君は優しいね……」
    抱きしめて、精一杯の感謝を伝える。この優しさで僕は明日も頑張れる。幸せな気分になった僕は、ポルターパップと共にしばらくそこでゆっくりすることにした。

    静かな森に、歌声が響く。人前で歌うのは緊張してしまうけれど、歌うのは好きだった。
    ポルターパップはといえば、僕の歌に合わせて遠吠えをしたり、跳ねて走って楽しそうにしたりしている。散々な一日だったけれど、最後の今はとても気分が良かった。
    ──だがその瞬間、泉の向こうでがさりと物音がした。
    「!」
    すっかり忘れていた恐怖心が飛び出してくる。獣か、お化けか。慌てて立ち上がって、僕はポルターパップを抱え木の陰に飛び込んだ。
    息を潜め、泉の奥を窺う。ガサガサという音は次第に大きくなり、やがて茂みの揺れへと変わった。
    揺れる茂みから、何かの陰が姿を現す。固唾を呑んでそれを見守って、僕は目を擦った。
    「……え?」
    それはこともあろうか、騎士団長だった。目の前の光景が理解できず、僕は開いた口が塞がらなかった。
    ありえない。どうして団長がここに?
    再び目を擦る。信じられない気持ちで再び覗き見ても、泉のほとりにいるのはやっぱりあの人で。
    「……声が聞こえたと、思ったんだけどな」
    団長はそう呟くと、ふっと息を吐いた。恰好こそ普段とは違う系統の服を着ているけれど、その顔かたちはどう見てもずっと憧れていた騎士団長その人だ。
    赤いゆったりとした生地の服はいつもよりも楽そうなもので、そんな種類の服を着ている彼は今まで見かけたことがない。
    もしかして私服なんじゃ、と思い至って、彼の私的な時間を覗き見てしまっているような罪悪感に包まれた。
    「ね、今日はやっぱり帰──」
    ポルターパップにこっそり声をかけようとして、腕の中を見た僕は固まった。いつの間にすり抜けたのか、腕の輪の中は空っぽだ。
    「きゅわん!」
    ちょうど同時に、聞き慣れた声が泉の方から聞こえた。はっとして見れば、白い姿が泉の方で楽しそうに跳ねている。あちゃあ、と顔を押さえて僕は肩を落とした。これは見つからない方が無理だ。どうやら今日はとことんやらかしてしまう日らしい。
    「……犬?」
    当然のように団長はポルターパップを見つけていた。ポルターパップが水面に波を立てて遊んでいるのを、団長は物珍し気にじっと見つめている。
    物陰で一人ハラハラしている僕をよそに、やがて団長はポルターパップに歩み寄っていった。
    「やあ。一人かな」
    柔らかい声音で話しかける団長に、ポルターパップは首を傾げる。団長は近くの切り株に腰を下ろすと、ポルターパップに目線を近づけた。
    「君はここに住んでいるのかい?」
    穏やかな問いに、ポルターパップは元気よくワン! と答えた。
    嘘です! うちの子がすみません!
    勢い余って顔を手で覆う。今からでもポルターパップを回収して、素早く立ち去るべきだろうか。
    「はは、冗談だよ。首輪があるんだから君には家族がいるんだろ?」
    いつもよりも砕けた口調と、笑い声。聞こえてきたものに心臓がどきりと跳ねる。
    笑い声なんて、初めて聞いたかもしれない。優しげなその声に、見れてしまった喜びを思わず噛みしめる。
    団長は目を細めてポルターパップを撫でていた。リラックスした空気に、ポルターパップも嬉しそうに撫でられている。
    「……今日は流石に、少し疲れたみたいだ」
    堅苦しい行事は大変だね、と独り言のように団長が続ける。眉を下げて笑う顔は、確かに疲労の色を滲ませていた。そんな顔だって、当然見たことなど無い。
    団長はしばらくそうしてゆっくりとしていた。
    「……」
    僕は一人、言葉を失う。
    まるで本当に別人のようだ。別世界の人だと思っていた彼が、まるで近しい一人の人間としてそこにいるような感覚に陥る。
    ああ、でも。
    胸で手を握りしめる。その事実に胸を高鳴らせてしまう僕は、いけないやつだろうか。偶然のこの邂逅を、幸運だと思ってしまうのは。

    「──ところで、それは何だい? 君の体内に透けてる、その四角いのは」
    予想外の団長の発言に、はっと意識を思考から引き戻す。見れば、確かにポルターパップの体内にはうっすらと白い長方形の何かが透けていた。
    どうして気がつかなかったのだろう。ポルターパップはたまにすり抜けるその身体を利用して、体内に物を持って運ぶことがある。大概はお気に入りの玩具だったり骨だったりするのだが、今日は違うらしい。
    団長の言葉を理解したのか、ポルターパップが体内からその薄い長方形を取り出して咥える。それを受け取って、団長は意外そうな声を上げた。
    「……僕宛の、手紙だ……」
    「──ッ!」
    その言葉を聞いた瞬間、僕は全てを理解して叫びそうになった。
    あれは僕のだ! いつのまに!
    団長宛の手紙。それは僕が出す予定もなくただ書いて、机の奥底に仕舞っていたものだ。日頃の感謝を伝えたくて、溢れるくらいの気持ちを少しだけでも書き出したくて、したためたもの。
    それがポルターパップの体内になぜ、という疑問にはすぐに見当がついた。先ほど彼は机をすり抜けて遊んでいたではないか。
    「差出人の名前がないけれど。これ、君のご主人様のだったりする?」
    手紙を軽く振り、団長がポルターパップに尋ねる。
    ああどうしよう。あの手紙がまさか本人の手に渡ってしまうなんて。僕はおろおろと一人慌てふためく。
    なんとか飛び出して回収しよう。
    そう思って走り出そうとしたのも束の間、団長はさっさと中の手紙を取り出してしまった。木からギリギリ出かけた僕の動きが、ピタリと止まる。
    「『拝啓、騎士団長マリオ様──』……」
    彼が宛名を読む淡々とした声が、泉に響き渡る。そのまま続きを黙読することにしたのか、彼の視線が手紙の上を何度も左右に滑っていく。
    「…………!」
    無言のまま、僕はだらだらと冷や汗をかいていた。手紙に僕の名前は書いていないけれど、出すつもりも無かった分、あれにはありのままの僕の気持ちが書いてあるわけで。
    要するに貴方の勇ましい姿が好きですとか、素敵ですとかいろいろ書いてしまっているのだ。
    恥ずかしいにも程がある。
    「……ふふ」
    ややあって、くすりと笑い声が聞こえてきた。くつくつとした笑い声と共に、団長が手の甲で口元を抑える。その目は楽しそうに閉じられていた。
    「……これは随分と、熱烈だな」
    聞こえた言葉に、僕の体温が一気に上がる。恥ずかしさで急激に顔が火照って、心臓が爆発しそうだ。
    しかも読まれてしまった以上、今更出ていくこともできない。
    「『貴方の姿を見ていると元気が貰えます』だって。そう言ってもらえるなんて、僕もなかなかどうして捨てたものじゃないね」
    団長が手紙をひらひらと振って、ポルターパップに微笑みかける。
    僕はそれを見て、更に一段階体温を上げた。
    信じられない。僕の言葉が、あの人に届くなんて。
    あまりの恥ずかしさに卒倒しそうだけれど、同時に確かな喜びが胸を占める。片手で口元を覆って、もう片方の手を強く握りしめた。
    僕が木の陰で一人百面相をしていると、ポルターパップが団長から少し離れた。そのままぷるぷると身震いをして、さて、とばかりに伸びをする。
    「おや、帰るのかい」
    団長が問いかけると、ポルターパップは挨拶をするように団長の手をペロリと舐めた。
    「……じゃあ僕も、そろそろ帰ろうかな」
    言って団長が切り株から立ち上がる。手紙を丁寧に折りたたむと懐にしまい込んで、服についた埃を払って。
    「ありがとう。君のおかげで随分と寛げたみたいだ。……こんなに嬉しい手紙も貰えたことだし」
    ご主人様にはありがとうと伝えておいてくれ、と少し照れくさそうに笑ってから、団長はポルターパップを最後にひと撫でする。その目は随分と優しげで、撫でる手つきは慈しむように柔らかい。
    「良かったら、またここに遊びに来てくれないかな」
    「ワウ?」
    顔を上げるポルターパップに、団長が微笑む。
    「そう、君のことだよ。そうだな……また今日みたいに、月の出た晩に」
    待ち合わせしよう、といたずらっぽく団長がウインクをする。そうしてゆっくりと踵を返すと、団長はまた元来た茂みの方向に帰っていってしまった。

    「…………」
    団長が帰ってしまった後、僕は木の裏でひたすらに放心していた。
    今しがた起こったことは現実なのだろうか。ずっと感情が忙しいままで、実感は何一つ湧かない。ただ長距離を全力で走り切った後のように、心臓が跳ね回って身体が疲弊していた。
    いったい何が起こったのだろう。偶然団長が現れて、プライベートな一面を垣間見てしまって、渡せないはずだった手紙を渡してしまった?
    「……そうか、これ夢だ!」
    混乱したまま、僕は虚空に向かって独り言ちる。どう考えたってこんなの、追っかけを拗らせた僕の幻覚じゃないか。
    しかしそんな僕の頬を、身体に乗り上げてきたポルターパップがペロペロと舐めていた。その感覚はしっかりとリアルで、この状況が現実だと僕に伝えてくる。
    「うそぉ……現実……?」
    きゅわん、と鳴くポルターパップは僕が無心で頬をつねっているのを不思議がっているようだった。何度もつねって頬を赤くした僕は、ぼんやりと彼を見て、上の空のまま抱きかかえる。
    「……と、とりあえず、僕たちも帰ろうか……」
    あれほど最初に怖いと思っていた夜の森は、帰り道には全く何も感じなかった。


    翌日起きても、その次の日も机の中に僕の手紙は無かった。つまり本当にあの夜のことは現実で、あの手紙は宛名の人のもとへ届いてしまったというわけだ。
    正直、嬉しくないわけがない。あの晩のことを思い出すたび、僕は顔を赤くして意味の分からない叫びをあげたり、ベッドに突っ伏してじたばたしたりと随分不審な奴になってしまっていた。
    「……ああ、にしてもオフモードの団長もかっこよかったなぁ……」
    突っ伏したベッドで枕を抱えながら、その時の彼の姿を反芻する。いつもとは少し違った気さくな感じと、あの笑った顔。戦う姿が素敵だと評判の団長だが、彼は笑顔も素敵でした! と大声で言って回りたいような気分になる。いや、皆が団長のあんな素敵な一面まで見てしまったら、皆もっと彼のことを好きになってしまうではないか。
    「って、そもそもそんな覗き見したようなことを勝手に吹聴はしないけどさ!」
    言うとともに、ゴロゴロと転がっていたベッドから勢いよく起き上がる。
    あの日から天気は曇り続きで、月の晩は訪れない。それどころか明日からは数日雨模様だという。
    月が出た夜、どうしたらいいのかはまだ考えられていない。だがそれよりまずは目の前の現実だ、と頭を振った。
    「……雨が降ってくる前に買い物行っておかなきゃ……」
    立ち上がり、家の戸締りをして外へ出る。休みの今日は、食品などを買いそろえるのに絶好の日なのだ。

    曇り空の街は、思いのほか暗くはなかった。まだ雲が薄く、街の商店も店頭に品を出して商いをしている。
    この町で圧倒的に多いキノピオたちに紛れて歩きつつ、買い物を少しずつ済ませていく。途中にある噴水の広場を通り抜けたところで、僕は街に見慣れない色合いの後ろ姿を見つけた。
    ダマスク柄の地模様が浮かぶ黒の上衣に、左肩には白のペリース。焦げ茶の髪はどう見たってキノピオではない。その人はきょろきょろと、何かを探しているようだった。
    「……え?」
    「わあ! マリオ団長さんじゃないですか!」
    「ほんとだ! マリオさーん!」
    固まる僕をよそに、周囲のキノピオたちが彼に気がついて声をかける。
    嘘だ。こんな短期間で、また?
    買い物袋を握りしめる。偶然近くで見られる機会が増えるのは有難い。有難いが、僕は運の使い過ぎで死ぬんじゃないだろうか?
    キノピオたちに応えるように手をあげていた彼が、周囲を見渡す。彼が動くと、美しく刺繍された銀糸の縁取りが光を反射した。
    ああ今日の服装も似合っていてカッコいい。けれど団長は何を探しているのだろう?
    探し物の邪魔にならないように、道の脇に逸れようと一歩踏み出す。だが、その瞬間に団長がこちらを見た。期せずして、一瞬しっかりと目が合う。
    「──」
    団長は何かを呟いたようだった。そしてそのまま、ずんずんとこちらに向かって歩いてくる。
    ああ、あの人の探し物はこっちの方面にあったのか。じゃあ尚更道を開けなくては。
    目が合ったことに密かにどきどきとしつつ、道を開ける。だが彼はその道を突っ切って、なんと僕の目の前まで歩いてきたのだった。
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    Replies from the creator

    うめはら

    DONEワッフルコーンさんの素敵な絵と呟きをもとに好き勝手書かせていただきましたマリルイです!ワッフルコーンさんにお捧げいたします。素敵なイラストと、書くご許可を頂きましてありがとうございました!

    ・元の素敵ツイートとは一部異なった内容になってしまっております。
    ・途中までなのでまた追加、修正等するかもしれません。
    ・ぜひ皆様、ワッフルコーンさんの素敵なイラストと呟きをご覧になってくださいませ!
    護衛と一般市民いつだって僕は、どうにも順調って言葉には程遠い。
    走れば転び、運べば落とし、挙句の果てには大失敗。
    「ぎゃー!」
    「うわ、すみません!」
    「どわぁ!?」
    「ひゃあ! ごめんね!」
    叫び声と僕の謝罪がセットのようにこだまする、そんなの日常茶飯事。
    ここぞというときに限って益々威力を発揮するソレは、僕の意志に関わらず年中無休でやってくる。
    出世とか脚光を浴びるとか、全て遠い世界の出来事。配管工として何とか働けてはいるものの、精々が町の片隅でひっそりと暮らすくらいの塩梅だ。
    僕ってやつはそういうのが当たり前で、人の倍頑張ってようやくやっと一人前。
    ──だからそう、こんなのは慣れっこなんだ。

    「ぎゃあ!」
    叫び声と共に、白と黄色のキノコ頭が宙に舞う。一緒に飛ぶ、ひっくり返った果物籠。
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