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    はとこ

    エリよす専用垢。キスブラの4000字前後の短編を収納予定。

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    はとこ

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    2020.11.11初出ふせ産
    支部にも公開しているエリオスまとめ②から抜粋。ミラトリについての鳩のいくつめかの解答。ディ帰還後、キの精神世界とかいう我設定が出てきます。
    ディがパイセンの元メンターだったというのを知らずに書いたので一部齟齬があります…。

    『ダイアモンドクレバス →Re:start』ずっと、帰りを望んでいたディノが俺たちの元へ帰ってきた。それからのキースは毎日が楽しそうで、笑うことが増えた。
    だらけた姿勢やサボり癖は昔からのものだから、それ自体がなくなることはなかったが、それでも、ふとした瞬間に胸が痛むような笑みを溢すことはなくなった。
    タワーの屋上で一人、煙草を燻らせて過去に沈むことも、戻らない時を…楽しかったあの頃を振り返り自虐的に笑うこともない。
    あいつの隣にはディノがいて、その背中を優しい手で支えている。いや、その手を取って歩いている。
    …その、道の先には俺はいるんだろうか。地獄を越えたその先に、明るい未来があると信じて歩いたこの先に、俺は。
    もう支える必要のなくなった背中を、俺はただじっと見つめていた。


    『ダイアモンドクレバス 』


    ディノが戦線に復帰することが決まった。その試験日として、俺とキース、そしてディノが組んで任務にあたることになった。
    ヒーロー能力の使用はまだ禁じられていたが、それでも体術に優れたディノは次々とイクリプスを、サブスタンスを倒していく。
    そのサポートをしているのが、キースだ。あいつの能力はディノとの相性がいい。敵の動きを的確に止め、そこをディノが仕留める。
    数が多い場合は、ディノが砕いて浮かせた石を操り、キースは散弾のようなそれを敵に浴びせて沈めていく。
    見事、というより他ない連携だった。

    「…」

    昔も、こうしてあいつらを眺めることがあった。あの時の俺は、誰かと戦うことなど想定していなかった。同じ敵を数人で倒すことに否定的な考えすらもっていた。
    一足す一がニになるなど、子供でもわかる理論だというのに。同じ敵でも、連携してあたればすぐに倒せる。そのまま他の敵を蹴散らすことも、他のフォローへ回ることもできる。
    一人でできることに限りがあるなど、オーバーフロウで死にかけたあの時まで、ずっと気付かずにいた。

    「そっち行ったよキース!」
    「はいよ」

    打ち漏らした敵がディノの横をすり抜け、背中を見せるキースへと向かう。それを肩越しに振り返り、キースは能力を使い敵の動きを鈍らせて一蹴する。
    それを見届けたディノが右手で親指をたてた…ナイスサインと言っていたか。をしている。任務は、滞りなく進み…監視役としてついた俺が手を出すまでもなく敵の数は減っていった。

    「やっぱすごいよなぁ、俺もキースみたいな力だったら良かったのに。サイコキネシス、カッコいいじゃん」
    「誉めてもなんも出ねぇよ。お前もブランクあんのわかんねぇな。オレにはあそこまで素手じゃできねぇよ」
    「うーん、そりゃ俺もただ寝てたりピザ食ってたわけじゃないよ。オスカーと組み手したり、あ!アッシュがすごくてさ!あいつの戦い方もすごい勉強になる」
    「アッシュ?あぁ、あいつもいいとこの坊っちゃんなのに、戦い方が完全に喧嘩殺法だもんな…顔もこええし」
    「あー、言ってやろ。殴り合いになったら呼んでくれよ!キースとアッシュがどう戦うか見たいし」
    「ふざけんなお断りだ」

    部屋で見るようなやり取りを始めた二人を離れたところで眺める。少し、気が緩みすぎではないのか?敵はほぼ殲滅しているとはいえ、策敵も済んでいない。まだ油断する時ではない、そう苦言を呈そうかと足を進めた時だ。

    「あぶねぇ!」

    死角から、飛び出して来た熊のようなイクリプスがその腕を振るう。位置的に、ディノの死角から出てきたそれを、いくら反応が早いとは言え避けられない、そう思った。
    ふわりと。
    浮いた身体を見つめる。すぐ側には、押されて体勢を崩したディノが信じられないものを見るような。眉を寄せた、泣き出しそうな顔でそれを見送って、迷いは一瞬。腕を振るったままのイクリプスの胴に鋭い一撃を入れて沈黙させる。

    「キース!」

    倒れるイクリプスに遅れて、近くの地面に落ちる身体を見た。肩から落ちたから、そこは痛めただろう。頭は、おそらく打っていないが気を失っているのは見てとれた。
    …密かに、懸念していたことがひとつあった。ディノが戻ったあとのキースのことだ。今までのあいつは、片面だけ潰した刃のような男だった。普段は切れない面を晒して、だらけた弱い自分を見せる。その実、目的のためには手段を選ばない冷酷さを持ち合わせていて、ジャパンでいう、昼行灯のような男だった。
    自虐に怠惰に。悪夢に過去に。囚われるものの多い男が時折、その身を翻して鋭い切れ味の刃を己自身に突き立てるのを何度止めたか。
    ボロボロに刃こぼれした刃は、あと数回の無茶で粉々に砕け散りそうなところまでいっていた。
    それを、直したのは…ずっと探していたディノだ。ディノの存在が、ボロボロのキースを打ち直した。あいつは綺麗になって、アカデミーやルーキーの時にはしきりに見せていた明るい顔で笑うようになった。
    楽しいことなど知らない。見たことがない。そんな顔で切なく笑うあいつはどこかに消えていた。
    同時に、あいつが持っていた抜き身の刃のような鋭さも消えたのではないかと思った。
    追って追って、追いかけ続けてボロボロに崩れた刃だったが、鋭さはずっと変わらなかった。触れればすべて持っていかれそうなほどな鋭利なペリドットは、今は温もりさえ感じる暖かな光を灯していた。

    (お前は…本当に)

    鋭さが消えてもいい。だが、それと戦いにおける鋭さを失うのとは話が別だ。
    冷酷さ非情さを失くしてもいい。それは、俺が代われるものだ。いくらでも手を汚しても構わない。お前は、俺の知るお前はすべてを諦めたように振る舞うくせに強情で諦めが悪くて意地っ張りで。情に訴えられると手心を加えて絆されて、隠れてひとり泣くような奴で。

    「ディノ」

    倒れるあいつを、自らの膝の上に乗せたディノが、弾かれたように俺を見た。
    不安に揺れる、空色。

    「その馬鹿を見ていてくれ。敵は…俺が残らず潰す」

    誰でもない、お前だけはディノを悲しませるな。
    手の中の警棒を握り締めて、俺は再び群れを成して現れたイクリプスへと向けて歩き出す。久し振りに、全力で戦ってもいい。そう思えるくらいには、俺は怒りを感じていた。


    どん、と体を押した衝撃と駆け抜けた痛みに、自分が正面から攻撃を受けたことを知る。
    なかなかに強い衝撃だったからか、それとも、防御体制をまったくとっていなかったからか。
    まるで紙切れのようにオレの身体は空中に投げ出された。
    詰まった息を吐いて、スローモーションがかかったように飛ぶ自分の身体を意識の外から眺めて、あぁ、いい天気だなと視界に広がる晴天を見つめる。
    雲ひとつない、抜ける青空がどこまでも続いている。

    「―――!」

    遠くで、自分を呼ぶ声が聞こえた気がして。応えようと口を開くのに、オレの意識は光の下薄く消えていった。
    ふと目を開くと、誰もいない場所にひとりで立っていた。足元には、どこまでも見渡せる草原が広がっている。空を仰げば、散り散りに伸びた灰色の雲があって、それを飲み込むように夕焼けが夜を連れて、東の果てから忍び寄っていた。
    橙色の、空。この日暮れ前特有の静けさと、明日が来ることへの焦燥が嫌いだった。
    夜になれば、今日の空虚を埋めるように酒に、タバコに…時に悦楽に沈むこともあった。
    なにもかも忘れて、空気のように溶けてしまいたかった。

    『もう、そんな日々はさよならしただろ?』

    声が聞こえて、振り返る。
    沈む太陽を背負った見慣れた男が、自虐的な笑みを浮かべて頭をかいている。
    沈んだペリドットはどこまでも虚ろで。見慣れた男は、目の前に立つオレを見てすっとそれを細める。まるで、眩しいものでも見るように。

    『ずっと、空にばっかり手を伸ばしてたな』

    右手を上げて、背後からの夕陽を浴びる手を懐かしそうに見つめる。

    『ずっと、寂しい悲しいって叫んでたな』

    今までのオレにとって、それは仲のいいトモダチのようなモノだった。すぐ側にあって、切ろうとしても切れなかったモノ。そんなモノをいつまでも抱えていなければ、もう少し息がしやすかったと心底思う。
    死んだペリドットを抱いた男の言葉に、オレはうんと頷いて笑う。

    「叫んでた声はちゃんと届いてたし、側にはいつもあいつがいた」
    『そうだな。お小言もセットだったけど』
    「あいつからお小言とったら何が残んだよ」
    『なんにも?』
    「残らねぇかも?まぁ、ほどよく暴君成分が消えて、仏みたいになるかもな」
    『…ディノも帰ってきた』
    「あぁ」
    『長かったな』
    「長かった。あいつは、オレにとって太陽みたいなヤツだから、いないとオレはずっと夜の中に取り残されたみたいになっちまう」
    『そんなオレに寄り添って、ほら歩け!ってブラッドが言うから』
    「あいつに言うとめんどくさそーだから言わねぇけど、オレにとってあいつは…そんな夜の中でピカピカ光る灯台みたいなモンだ」
    『物騒な道標だな』
    「そのくらいがオレにはちょうどいい」
    『…もう、大丈夫なのか?』

    死んだペリドットのオレが、不意に問いかけてくる。じっと、夜の中から。いつの間にか辺りは濃紺に包まれて、ひやりとした闇が足元から這い寄ってくる。
    オレは少しだけ考えて、首を縦に振る。今のオレには、太陽がいて、灯火がある。

    『なら、いい。もう来るんじゃねぇぞ』

    言って、ひらりと手を振ったもうひとりのオレは夜の闇に消えていった。オレの、長い夜が終わったのだと悟った。


    「キース!?」

    ゆっくり目を開いたオレの視界に広がったのは、桜色と澄んだ青だった。オレの頭を膝に乗せたディノが、今にも泣きそうな顔をしている。一瞬、なんでそんな顔してんだ?と口にしかけて、そういえば敵の攻撃から庇って気絶したことを思い出す。
    あぁ、そんな顔させたくなかったってのに。

    「…どんくらい落ちてた?」

    痛むのはたぶん、そこから地面に落ちたんだろう。左腕と肩が痛む。僅かに眉を潜めたオレを見て、ディノが悲しそうな顔をする。

    「ほんの…数分だけど…心臓、止まるかと思った…」

    ばか、と小さく呟いて、ディノはオレの頭に手を置く。その手が少しだけ震えていて、たぶん、あの時のことを思い出したんだと思った。
    あの時…ディノがオレを庇って倒れたあの瞬間。ディノがどの程度心配してるのかわからないけど、それこそこの世の終わり、くらいは心配、というか本当に絶望した。
    そのことは口にせず、オレはその場に起き上がる。軽くボディチェックを済ませ、痛むのが攻撃をモロに食らった右胸と、落ちた時に打ち付けたと思われる左肩から腕にかけてだと確認して、辺りを見回す。
    その目の前を…元々は大型のイクリプスだったのだろう。鉄屑同然にまで破壊されたそれが、飛んで、散らばる。
    砂利のようにそれを踏みつけ、呆気にとられるオレたちの前に歩み寄ったのは、黒紫を纏った暴君だった。
    鋭いピジョンブラッドを、まだディノに支えられて地面に座っているオレへと向けて目を細める。揺れる、目の中に瞬間浮かんだのは…。

    「…こっわ。すげぇ怒ってんじゃん」
    「わかっていて、その軽口を叩ける貴様の神経を疑うな」

    地獄のエンマサマも泣いて逃げるんじゃね?というくらい、今のブラッドは怒っていた。何にたいしてなのかは聞かなくてもわかる。聞いたら最後、クッソ長い説教が始まるに違いない。
    黙るオレとブラッドの間に割って入ったのはディノだった。

    「ブラッド、キースは悪くない…」
    「悪い悪くないの問題ではない。まぁ、それはこの雑魚どもを黙らせてからゆっくり話そう。動けるんだろうな?」

    怒れる暴君の言葉に、オレは鼻で笑う。見下ろすあいつの目が、いつかのお前を見ているようで。懐かしさと共に胸に飛来したのは興奮。燃えるような赤に怒りと挑発。少しの心配を織り交ぜた複雑なピジョンブラッドが、オレをじっと見ている。問いかけている。

    『お前は大丈夫なのか』

    と。鈍ってはいないかと聞いている。たぶん。まぁ、多少緩んでいたのは認める。後でたっぷり聞かされるお小言も甘んじて受ける。
    こいつは…また余計な心配をしていたんだろう。オレじゃなけりゃ…そんな目が揺らいだぐらいじゃ気付かねぇよ。口で言えよ、バカ。

    「…当然。誰に言ってんの?お前より、あいつら潰してやるよ。なぁ、久し振りに勝負するか?負けたら晩飯奢りな」
    「いいだろう。まぁ、負けんがな」

    言って、ブラッドはオレに向かって手を伸ばした。迷ったのはほんの一瞬。

    (あぁ、やっぱこいつは灯火なんだな)

    怒っているのに、笑っている。普段は見せることがないだろう、不敵な笑みは身震いするほどだ。この笑みを…浮かべる瞬間をオレは知っている。

    「え~俺もやりたい!」
    『お前はダメだ』

    ブラッドの手を取ったと同時に、重なるディノの手を軽く振り払い、一言一句違えることなくオレたちはツッコミを入れた。



    任務は、キースが軽く負傷したがそれ以外は概ね良好なまま終わった。報告書をまとめて、振り返れば部屋の惨状がよくわかり、頭を抱える。
    キースが仕掛けてきた勝負に俺はのった。結果、だいぶ僅差ではあったが俺が勝った。怪我をしていたにしては、いい働きだったが…そもそも油断したことが敗因なのだから、容赦はしない。
    ディノの要望で、もはや何度目になるかわからないピザパーティーが二人の部屋で開催された。負けたことに腹をたてたキースが、『今日は飲む』と自棄酒を飲んでから三時間。すっかり酔い潰れて、ベッドで鼾をかいて寝ている。

    「まったく…呑気なものだ」
    「あ…仕事、終わった…?」

    むくり、と。キースの自棄酒に付き合って同じように潰れていたディノが床から起き上がる。
    このお節介な友人はあの自棄酒飲みと違い、俺を待っていたらしい。

    「あぁ。まったく…負けたからといって自棄になるなど子供だな、あいつは」
    「まぁ、いいじゃない。今まで、こんな羽目はずしてとかなかったんでしょ?その…俺があんなことに…なってたから」

    呟いたディノの声は暗い。この男を、桜と称したのは髪色だけではない。底抜けに明るい、何事もプラスにとる。逆境をものともしない究極のプラス思考の人間であるこの男にも、闇はある。あった。
    アカデミーの頃、まるで子供みたいなディノが時折…ほんの一瞬だが、表情を変える時があった。
    暖かな陽光を受けた横顔から、すべての表情が抜け落ちる、その瞬間を見た時。その儚さすら感じた表情と、陽光に透けた髪がまるで大好きなジャパンの国花…桜のようだと思った。
    散る美しさを持つ、桜。はらり、はらりと舞い散るその光景のように、お前を失いたくはないと思った。
    俯くディノの前に座り、その頭に手を置く。置いた後でもう昔とは違い…お互い、いい歳だったことを思い出す。

    「待って」

    置いた手を離した瞬間、ディノの言葉がそれを止める。てっきり、子供扱いするなと。前に同じことをキースにして言われたことを瞬間思い出して、おそらくディノもそう言うのだと思っていた俺は、空中に手を上げたままどうしたらいいか迷う。
    ディノは、顔を伏せたままなにも言わない。その姿は、怒られてもいい。やはり迷った子供のように見えた。

    「まったく…片方は言葉にしろと煩いのに、もう片方は態度でわかれと言うんだな」
    「…」

    聞き取れるかどうかの小さな声で、ごめんとディノは言った。その頭に改めて手を置いて、桜色をくしゃりと掻き回して、少し震えた身体をこちらへと抱き寄せる。

    「お前は…ここにいろ。いていい。俺もあいつも、そう思っている。誰がお前を排しようとも、俺たちはお前を何度でも連れ戻す」
    「…むかしより…男前…に、なったね」
    「お前たちが手を焼かせるからだ」
    「ごめ…ううん、ありがとな。こんなウジウジ虫は今日で、終わりにするから。明日からは、また…元気で明るいディノになるから」
    「お前はお前のままでいい。なにがお前を変えても、お前は俺たちの友人のディノ・アルバーニで、それ以上でもそれ以下でもない」
    「おま…っ、う…」

    泣くの我慢してたのにばか、と詰まった声で言うから、その背中を擦ってやる。いくらでも泣けばいい。ここには俺とあいつとお前しかいないのだから。言葉にはせず、ぽんと子供をあやすように背中を叩いてやれば、やはり子供のようにディノは泣いた。
    どのくらい、そうしていたのだろう。そう言えば、前にもどこかで同じようなことをしたなとぼんやり思った時だ。
    胸に埋もれた顔が動いて、ぐしゃぐしゃの酷い顔をしたディノがこちらを見る。
    服の袖で顔を拭いて…あとでそれはするなと言ってやろうと思ったが…すっきりした顔をしているくせに、なぜか真剣な眼差しを向けてくる。

    「どうした?」
    「俺、お前たちには幸せになってほしいんだ」
    「は?なにを」
    「聞いて、ブラッド」

    冗談の類いではないことは、その目からすぐに読み取れた。ディノの言うお前たちが誰を指しているかも。じっと、その空色を見つめる俺を見返して、ディノはその視線をゆっくりベッドで眠る男に向けた。
    遠く、懐かしいものを眺めるように。

    「アカデミーの時に、同じことをキースに言ったら怒られた。お前がオレの幸せを決めるのかって。でも、やっぱり俺はお前たちに幸せになってほしい。俺は、二人が幸せそうに笑ってるのを見るのが好きなんだ。それを見てるだけで、あぁ、俺って幸せだなぁって思うから…これからも二人に笑っててほしい」
    「断る」
    「えぇ!?」

    俺の言葉に、ディノが視線を俺に戻す。空色が雲って、じわりとその空に膜が張る。瞬けば溢れ落ちそうなほどのそれを、指先でなぞって首を振る。

    「なぜ、その幸せの中にお前が入っていない」
    「え…?」

    本当に、わからないといった顔でディノが俺の顔を見つめるから、ついその頬をつねりたくなる。というか、つねっていた。

    「いたたたた!!」
    「他人の幸せを見ることが幸せだと?どこの聖人君主だ。お前は人だ、人である以上もっともっとと欲を出すものだ。お前はもっと欲しがれ。なぜその勘定に自分を入れない?理解ができん」
    「だ、だから、俺は二人が幸せならそれが幸せなんだ…ってててて!?」
    「それが間違っていると言っている」

    ここにも手に負えん馬鹿者がいたか。ディノも、あの馬鹿と同じだ。自分の幸せがわからないから、他者を見てそれを自分の幸せと勘違いしているに過ぎない。そんなものは紛い物だ。そんなことは、

    「俺が許さない。幸せの価値は人それぞれだということは承知している。だから、お前が本当にそれがいいと言うなら、もう俺はなにも言わない。だから、一度しか聞かない」

    つねっていた頬から手を離し、俺は動揺に揺れる青空を覗き込む。

    「お前の幸せはなんだ」

    お前は、俺にとって太陽のような存在だった。だが、それは空にあって眼下の俺たちを見守ってほしいという意味ではない。昔は、確かに…どうしようもない俺とあいつを引っ張って連れて行こうとしてくれた。
    そんな、背中に憧れた。人を導く力のあるお前が酷く羨ましかったんだ。そう在りたいと何度思ったか。だが、俺は俺で、お前はお前だ。
    それは、ディノ…お前が俺に言った言葉でもある。
    四年間…四年間だ。その歳月がお前から奪い取ったものは大きい。だからこそ、だからこそ…お前にこそ幸せになってほしいと願うのに、そんなお前が初めから幸せの頭数に自分を入れていないことに腹がたった。
    そんなことを言うなと、詰りたくもなった。もし、あいつなら。キースならなんと言っただろうか。いや、あいつもきっと同じことを言うはずだ。

    『お前も幸せになるんだよ』と

    「…本当に、お前たちが昔みたいに笑うのを見てると、すごく、暖かい気持ちになるんだ。それはホント」
    「あぁ」
    「でも、でも…前にも言ったけど、俺…お前たちが嫌だって言っても、絶対、今度は絶対手を離したくない」
    「あぁ」
    「ずっと、死ぬまでとか重いこと言いたくないけど、一緒にいたい。一緒にいて、ピザ食べて、バカやって、お前に怒られて、キースとビール飲んで、酔っ払って、笑って、また怒られて、おじいちゃんになるまで笑いあってたい」
    「そんなの、簡単じゃねぇか」
    「え」

    いつ、起きたのか気が付かなかった。音もなく忍び寄ったそれが、加減もわからず俺とディノとをまとめてその腕に抱き締める。
    ふわりと鼻を擽る強い酒精と、嗅ぎ慣れた煙草の匂い。

    「オレを幸せにして下さいって、それだけで十分だろ?お前がイヤだって言ったって、オレもこのカタブツも…もうお前をひとりにしねぇよ。させて…たまるか…」

    言うだけ言って満足したのか、俺たちを抱えた腕に全体重を預けるから…そのまま床に倒れるしかなかった。
    妙な体勢で押される形になり、ディノも俺も床に頭だの肩だのを打って、痛みに悶絶する羽目になる。
    その蛮行を行った馬鹿は、こともあろうに俺たちを布団のように抱き締めたまま、すやすやと安らかな寝息をたてている。

    「この…酔っ払いが…」
    「はは!あれって寝言だったの?ウソでしょ?」
    「この馬鹿ならあり得る。あれだけ飲んでいたら間違いなく記憶に残っていない自信がある」
    「ぷっ、なんでブラッドが誇らしげなの?ホント、おもしろ…」

    クスクスと、ディノは楽しそうに笑って。
    『ありがとう』と小さな声で呟いた。



    『→Re:start』


    長い夜は終わりを告げた。新しい朝焼けを、ここから三人で見よう。ここから、また先へと進むために。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏❤❤
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    はとこ

    DONE死神キと執事(南ハロ)ブさまの月見話と言いはる。シリアスめ。キスブラ。
    キはそのまま西ハロの死神ですが、ブさまは自動人形執事という設定になっています。それらを始め、ほのかな我設定が垣間見える感じのお話ですが、雰囲気で読んで頂ければと…。
    月だけが見ている頬に当たる空気はキンっと冷えきってる。いつもここは寒いけど、今日は一段と冷えてる。つっても、寒くて凍えるなんて弱い体とは昔々にオサラバしてるけど。
    冷えても焼いても切ってもオレは死なない。なんたって、その死を運ぶ死神さまなんだから。今日も今日とてお仕事お仕事~っと、懐から出した箱から煙草を一本咥える。あれ、火、火ぃどこに仕舞ったっけな…?別に魔力を使えば火のひとつ付けるなんざ造作もねぇけど…こんなことで力を使ったらお上がうるせぇし。
    ゴソゴソと重っ苦しいマントの中やら服を漁る…その、最中。

    「ひぇ!?」

    目深にかぶったフードを浅く裂いて、目の前を通りすぎたなにかに声を上げる。瞬きの間に通り抜けてったそれは、鈍色に光るカトラリーだった。いや、カトラリーってのは食事に使うもんで人様に投げるもんでもねぇし、こんな切れ味良かったら料理ごと皿が真っ二つになる。
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