薄明の告白 ほんの思いつきで車を出して、特に目的もなく流してたどり着いた先は夕暮れ時の海だった。観光地でもなんでもない老朽化の進んだ防波堤は俺たちの貸切だ。
「うわ、空すげーきれい」
「マジックアワーだ。いいタイミングに着いたな」
トラの声も明るく弾んでいる。
足取り軽く防波堤を先へ進んで行くトラを眺めて、車出してよかった、と思う。トラの細い毛先に金色の光が透けて、きらきらと輝きながら風に揺れている。
そっとスマホを取り出し空を撮るふりをして、その後ろ姿をカメラに収めた。シャッター音が波の音に紛れてくれればいいと思ったが、海は穏やかで、カシャという無機質な電子音が響く。
「きれいに撮れたか?」
「え、ああ……うん……きれいに撮れてる」
トラが、と胸の内で付け加えた。
「じゃあ後で俺にも送っといて」
「へっ……あー、えぇと……」
立ち止まったトラがゆっくりこちらを振り向いて、ゆるりと口角を上げて微笑む。
「写真でいいのか?」
夕焼けの色が写り込んで、赤く燃えるような瞳がこちらをじっと見つめていた。
この手に収めるのは、写真でいいのか――今、手を伸ばせば、きっと届く。
誘われるままふらりと体が前傾して、一歩、足が進んだ。更に一歩、今度は自分の意志で、確実に、大きく踏み出す。
手を差し出して、トラ、と名前を呼んだ。
そろりと伸ばされた手にふれると、指先がぴくりと震えたのを、気付かないふりをして握り締めた。
ほんの少し、つかんだ手を引けば簡単に引き寄せられる。ぐっとお互いの距離が近付いて、早くなった鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと落ち着かない。
トラを見上げて踵を上げると、向こうも少しだけ屈んで、一瞬だけ、唇がふれ合った。
マジックアワーの終わり、金色のやわらかい光が、たそがれの色へ移り変わっていく。
「写真よりいいだろ?」
そう言って笑ったトラの頬はまだ夕焼けの色を残していた。