私物を外に持ち出すというのが少し苦手だった。
ホテルならとりあえずアメニティを使えばいいし、呼び出しに応じる形でふらりとあちらこちらへ出向く方が気楽だったし、自室以外に拠点を持つというのはいまいちピンとこなかった。
トウマの部屋に行く時も、はじめのうちはことが済めば家に帰るか、最低限のものを支度していたのだが、ふと、ここが居場所になるのなら、もう、いいかなという気持ちになって、トウマの部屋の環境を整えることにした。
まず始めに手をつけたのは水回りだ。
バスルームのシャンプー、コンディショナー、ボディソープ、洗面台にスキンケア、ヘアケア一式と、歯ブラシ、これら普段使いしているものと同じものを取り揃えてトウマの部屋に勝手に置いていった日、トウマは特に何も言わなかった。
後日、トラがうちにいない日に洗面所使うとなんかそわそわする、いないのにいるみてぇで、と言われた時は、正直少し気分がよかった。
その次はトウマの方から提案された。
以前まで朝1度家に帰って、着替えをしてから仕事に向かっていたが、トウマが何着か置いておけばいいと言ってクローゼットの一角に俺専用のコーナーを作ってくれた。
ほんの1組か2組、インナー、トップスがあればいいと思っていたけど、徐々に増えてきてトウマのエリアを侵食し始めている。
うちのシアタールームを使いにトウマが来ることもあるので、逆も然りなのだが、なんだかんだでうちからトウマの部屋へ持ち込むものが増えていく。
トウマのそう広くはない部屋に、俺の持ち物が当然のように居場所を作る。トウマがなんでも全部、いいよ、と迎え入れてくれるからだ。
「トウマ、これも置いといてくれ」
「はいよ、なに?ルームウェア?……えっ、必要?」
はじめてちょっといやな顔をされてしまった。
「……どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だけど……ちょっとの時間なら丈は足りてないけど俺の貸すし、だってうちで寝る時服いらないじゃん」
「次から着て寝るから」
「なんで?!えっ?なんで?!?!なんかやだった?俺あつかった?クーラー温度下げる?!」
トウマは割りとベタにロマンチック好きというか、セックスの後のピロートークが好きだし、腕枕をするのもされるのも好きだし、朝まで抱き締めて眠るのが好きだし、とにかくくっついているのが好きなんだなというのは身を持って知っている。
終わってすぐさっさとシャワーを浴びに行ってしまうような男なら俺だってそのまま家に帰るから、着替えをこの部屋に置いておく必要などないのだ。
「待って待って、なぁマジで待って、ほんとに服着ちゃうの?」
必死過ぎる。じわじわこみ上げてきた笑いが抑えられなくて吹き出してしまった。
「笑い事じゃねぇ!俺はマジで聞いてんの!」
「ふ、悪い、あはは、いやだって、そんな必死になられるとは」
「裸でぎゅ〜ってするのがさぁ、いいんじゃん……俺好きなんだもん……」
「んふふ、知ってる」
不貞腐れて唇を尖らせたトウマが、ちらりと上目遣いでこちらを見る。わがままおねだりモードのトウマは、まだ可愛げがあるから悪くないと感じている自分も大概だ。可愛げがあるうちは、まだいい。
「ほんとはずっとトラん中入ってたいけど、そういう訳にもいかないからさぁ」
「待て、そういう雰囲気に持っていこうとするな、尻を揉むな、ばか」
トウマがするりと身を寄せて懐に入り込んできて、部屋の照明を一段階落とした時の声を出すので咄嗟に身を引いた。
「なんで服着ちゃうの」
まだ食い下がるか。ほんとに必死だな。
「んー……だって、トウマが」
「うん」
「寝てる時も胸さわってくるから……」
「っ」
「あれほんとに寝てるのか?明確な意図を持ってさわってくる」
「ヤバ、うそ、マジで?えっちなさわり方してる?」
こくんと頷くと、トウマが両手で顔を覆いながら、うーだかわーだか声にならない呻き声を上げて縮こまる。
「うっわ恥ずかし……え、めちゃくちゃおっぱい好きみたいじゃん、恥ずかし、いや好きなんだけど、そうなんだけど」
「だから、今日から終わったら服着るから」
「わああ待って、え、どうしよどうしよ、さわっちゃうのは無意識だからやめらんない、どうしよ」
そんな必死になられると自分の睡眠時間くらいまぁいいかと思えてしまうので危ない。
以前までならまぁいいかで終わらせていたと思うが、今はちゃんと優先することがわかっている。睡眠時間が減ると仕事に支障を来たす。
自身を犠牲にしても、しなくても、そのどっちも結果としてトウマのためなのは変わらないが。
首をひねって呻き続けているトウマのつむじを見つめて、どんな提案でも受け入れるつもりで待っている。
ずっと俯いていたトウマが突然顔を上げて、八重歯を見せてぱっと笑った。
「手ぇ握ってて!!」
すごい大名案!みたいにそんなキラキラした顔で言われても、それかなり恥ずかしくないか?少女漫画か?そうだ、トウマはベタなのが好きなんだった。
これだったらさわっちゃわない、と言いながら両手の指を絡め合って、ぎゅうと握り締めてくる。
「な?いいだろ?」
絡めた指に唇を寄せて、低く抑えた声でささやかれた。じわりと腹の奥が熱くなって、頷くしかなかった。
でもルームウェアは置いておいてもらおう。普通に寝る日もあるし、セックスするためだけに来てるわけじゃない、俺の居場所なんだから。