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    @1993_1996_101

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    @1993_1996_101

    ☆quiet follow

    日本にいる洋平(彼女あり)に、花道がアメリカから会いに行く話です。
    最終的には洋花になりますがずっとグダグダしています。
    なんでも許せる方向けです。

     ずっと、洋平はオレのものだと思っていた。当たり前すぎて、そのことについて考えることさえなかった。何かを食べる時に感謝することはあっても、自分の体内の血や器官に意識を巡らせたりはしない。それと同じだ。所有物ですらなく、洋平はオレのカラダの一部だった。いつだってほしい言葉をくれたし、なにも言わなくても気持ちが通じ合っていた。
     アメリカでの生活は、様々な試練や苦労はあれど充実している。バスケのことだけを考えてバスケだけをしていればいいなんて、最高だ。これまでの人生で最も生きてる喜びを感じられるくらい、とにかく楽しかった。
     強いて言えば、あとは洋平だけが足りていない。手紙や電話で連絡を取り合っているが、それじゃダメだ。いつだって振り向いた時そこにいて、なにも言わなくても目を見つめるだけで答えを出してほしい。隣で同じ空気を吸っていないと、洋平の効力は最大限に発揮されない。
     そう、あとは洋平さえいれば、オレは完璧なのだ。
     最後に日本に帰ってから、もう数年経つ。その時はいつも通りにあいつらと呑んで騒いで、親父の墓参りに行って。あとはバスケもしたけど、基本的には洋平とずっと一緒にいた。
     オレが帰る時にはいつだって、洋平は仕事を休んでオレを優先してくれる。洋平の家で食事を作ったり、トレーニングに付き合ってもらったり、洋平のバイクで海に行ったり。そんなふうに過ごす休暇は非常に充実していて満足のいくものだった。

    「珍しい。大楠からじゃねーか」
     届いた郵便物を確認していたら、雑な文字が目にとまる。洋平はいつもオレの名前だけは日本語だろうと英語だろうと丁寧に書いてくれるから、その違いは明らかだった。
    「どれどれ……」
     書き始めは、なんてことない挨拶文。しかし読み進めていくたびに不安感が押し寄せてくる。まとめれば、洋平の様子がおかしいから顔を見せに帰ってこいという内容だった。
     なにが不安かって、洋平とは電話でも手紙でもやりとりを欠いていない。声も文章も、いつもの洋平そのものだったのだ。それなのに、大楠から心配されるって、一体どういうことなのか。
     洋平のことをオレが大楠よりも知らないなんて、許しがたい。もし洋平がオレに隠し事してるなら問い詰めて洗いざらい吐かせよう。そして勘違いだったなら、大楠の方をとっちめてやる。

     幸いなことに、ちょうど試合も練習も休みの時期だったため、簡単な荷物だけを持って日本に帰国した。大楠にはもちろん、洋平にだって連絡していない。そう、サプライズってやつである。
     到着してすぐ洋平の家へと向かう。高校卒業後から一人暮らしているアパートの一室。帰国するたびに泊まってるため、久しぶりでも迷わず辿り着いた。
     家の前で呼び鈴を鳴らすと、ドアの向こうに人の気配がする。良かった、すぐに会えると思って間髪入れず連打してみれば、少し間を置いてドアが開いた。
    「はい……」
     会うのは久しぶりだが間違いなく、不機嫌そうな目と低い声の洋平だった。大方、宅配便だとでも思ったのだろう。低い位置にあった目線が一瞬でこちらを捉え、見開かれる。サプライズ大成功だ。
    「は、花道……? おまえ、なんで……」
    「さっき帰って来た! 早く家んなか入れてくれ、洋平!」
    「わかった。けど、ちょっと待ってて」
     目の前でドアを静かに閉められ、おや、と違和感に胸がざわつく。いつもだったら洋平は困ったように眉を下げて「仕方ねーな」なんて言いながら、すぐに入れてくれる。玄関先で待たされるなんて、初めてだ。
     その場で待っていると、数分後に再びドアが開かれる。中から出てきたのは洋平ではなく、背の低い女の人だった。
     想定外の客人に驚いたものの、会釈をして、軽やかな足取りで去っていく後ろ姿を見つめた。
     洋平に呼びかけられ家の中に入ると、知らない匂いが鼻をかすめ、思わず眉を顰めてしまう。
     あれ、最後に来たのはいつだったろう。その時はこんな、他人の家に来たみたいな気持ちにはならなかった。洋平の家は、自分の家以上に落ち着くし、安心できる場所のはずだ。いつだって洋平の匂いしかしなかったのに。

    「急に帰ってきて、なんかあったのか、花道?」
     聞きながらコップにお茶を注いでくれる洋平は普段どおりの落ち着いた声色だった。気を取り直して、一旦咳払いをしてから本題に入る。
    「洋平、オレに隠してることあんだろ。言えよ」
    「え……?」
    「大楠から聞いたんだ。洋平がなんかヘンだって。電話や手紙じゃそんなのひとっことも言ってなかっただろーが」
    「大楠、あいつ……」
     洋平が手で口を覆う。表情は見えないけれど、大楠が教えてくれた内容は本当だったようだ。
    「オレには言えねえことなのかよ……」
     洋平のことはオレが一番よく知ってるはずなのに。洋平がもしオレに知られたくないことがあるというなら、かなり悔しい。膝の上に置いた拳を思わず握りしめる。
     洋平がテーブル越しにオレの顔を覗き込みながら、困ったように笑った。
    「別に、大した話じゃねーんだよ。さっき部屋を出て行った人いるだろ。あの人と結婚しようと思ってるってだけ。この前、大楠と飲んだ時に話したから、多分そのことだと思うけど」
    「けっ、結婚……!?」
     なんだそれ、聞いてない。いつ決めた? いつ結婚する? そもそもあの人は誰なんだ? たくさんの疑問符が頭の中で飛び回るが、声に出せたのはひとことだけだった。
    「な、なんで……」
     そんなこと聞いてどうするのかと、頭の片隅から冷静な自分の声が聞こえた。洋平があの女の人を好きだからに決まってる。そう考えると胸の辺りが引っ掻いたように痛くてたまらない。
    「彼女、結婚したいってずっと言ってたし、まぁいいかなって。まだ何も言ってないけど、プロポーズしてほしそうだったからとりあえず婚約指輪は準備したよ」
    「ゆびわ……」
    「ああ、ちょっと待ってて」
     洋平が立ち上がり何か袋から取り出している。静かにテーブルの上に置いてから、オレの隣に腰掛けた。その四角い箱は、恐ろしいくらい小さくて、片手で包みこんでしまえそうだ。こんなモノが洋平の未来を変えてしまうのかと思うと、背中を冷たい汗が伝った。
     じっと凝視していたからか、洋平が何も言わずに箱を開ける。光る石のついた指輪が箱の中に大人しく座っていて、なぜだか、さっき会釈した女の人に見えた。
    「す、好きなのか、あの人のこと……」
     自分でも驚くほど、掠れた声が出る。恥ずかしい。洋平にはなんでも見透かされるというのに、こんなにわかりやすく動揺してしまうなんて。
    「んー……よくわかんねえ。さっきも言ったけど結婚したいって言われたから、まぁいいかって思っただけだし」
    「誰でもいいのかよ」
    「いや、別に、そういうわけじゃねーよ? ただ、結婚するなら丁度いい相手ってこと。わかるだろ。花道だって、いずれは結婚するんだからさ」
     そう言われて、ギクリとする。考えてもみなかった。何故かって、バスケで満たされていたから。もちろん、足りないと思ったことだってある。でも、それを埋めてくれるのは他の誰でもなく、洋平のはずだった。
    「そんな気持ちで結婚するなんて、不誠実だろ」
    「はは……花道ならそう言うと思った」
     なにを、すっとぼけて。オレがなにを思ってるのかなんてもう全部わかっているくせに、この期に及んで知らないふりするんじゃねえ。イライラをぶつけるように、睨みつけてやった。
    「なぁ、花道。結婚してからもさ、手紙は書くし電話でも話せるよ。そしたら別に寂しくないだろ?」
     そんなわけないだろうがと声に出そうだったけど、洋平はオレの気持ちなど全部わかった上で言っているのだ。こんなふうに試すようなことを言って、欲しい言葉を引き出すのはいつもオレの方だったのに。
    「今回は、どのくらいこっちにいるの?」
    「む……洋平の話聞きにきただけだから、明日にはもう帰る」
    「そっか。じゃあ今日は泊まってけよ」
    「おう……」
     気がつけばもう外は暗くなっていた。洋平がカーテンを閉めて、台所に移動する。何か作ってくれるのだろうか。気になって後ろから覗き込むと、前に来た時とは台所の雰囲気が一変していた。調味料の種類が増えて、置き場所も変わって、食器も増えた気がする。あの女の人の趣味なのかもしれない。そう思うと澱んだ気持ちになって、また元の位置に座り直した。
     テーブルの上には指輪が置いたままになっている。洋平のバカもの、ちゃんとしまわないなんて本当はべつに大切なものじゃないんだろ。
     洋平の声や言葉、笑った顔、喧嘩の時に振るう拳、頭のてっぺんから足のつま先まで、細胞の全てが、オレの一部だったはずだ。洋平にとってのオレも同じだと思っていた。でも、違ったのだ。
     目の前にある指輪がたまらなく悍ましいものに見えてきて、自分の中にそんな感情があることに驚いた。オレのものではない洋平は、もうすぐ「コレ」のものになるんだ。
     キラキラ光る指輪も、自分の醜い気持ちも、見ていられなくなって箱の蓋をそっと閉じた。

     夕飯を食べて、風呂を借りた。自分の家みたいに安心していた大切な場所に、知らない洗顔料や容器が並べて置かれていることに胃の辺りがムカムカしてしまう。湯船に浸かる気分にはとてもなれなくて、身体と頭だけ洗ってすぐに上がった。
    「……風呂、イタダキマシタ」
    「ははっ、なに他人事みたいにアイサツしてんだよ。今までそんなの言ったことねえだろ?」
    「ふぬ……」
    「ほら、布団敷いたからさ、寝ようぜ。長旅で疲れただろ」
     洋平が二枚の布団を並べてくれる。いつもどおり、本当にいつもと同じ光景なのに、なんで心が落ち着かないのだろう。
     寝そべって目を閉じると、洋平のとは違う匂いが吸った空気に混じってきて、急に吐き気を催した。
     トイレに駆け込んで、便器の前で咳き込む。不快感はあるが、吐くことはできそうにない。突然のことでドアを閉めていなかったから、洋平が背中をさすりながら声をかけてくる。
    「大丈夫か、花道?」
     何も出ていないが一応水を流して、洋平を振り返った。
    「帰る……」
    「え、帰るってどこに……」
    「わからん。けど、ここにはいられねぇ。いたくねー。世話になったな」
     立ち上がり鞄が置いてある場所まで行こうとしたら、背後から腕を掴まれた。
    「こんな時間に、体調悪そうな花道を行かせられねーよ。明日じゃダメなのか?」
    「誰にものを言ってんだよ。遅い時間だろうがなんだろうが安心安全に決まってるだろ。そもそも、体調悪いのはここにいるからだ。あちこちに置いてある誰のかわからねー荷物も、洋平のじゃない匂いも、ゼンブ気持ちわりーんだよ」
     ひと息で思いの丈をぶつけてみる。だけどまだ足りない。この際だから全部言ってやれ。
    「あの女の人と結婚して、幸せになれるもんならなってみやがれ。どうせオレのことしか好きじゃねえくせに。オレじゃねえと満足できねーくせに。洋平なんか、もう知らねえ。結婚式なんて洋平が泣いて頼んだって行ってやらねーし、この家にも二度と遊びに来てやらねえからな!」
     息切れしながら、最後に「バカもの」と付け足した。よし、言ってやった。これで心残りはなにもない。
     いい気分で立ち去ろうとしたのに、身動きが取れず引っ掛かる。洋平が腕を掴む力を強めたせいだ。
    「おい、洋平……」
     離せと言うつもりが、流れるように布団に押し倒されてしまう。上に覆いかぶさって、手を押さえつけられた。
    「この匂いがイヤなら、花道の匂いで上書きしてよ。花道は天才だから、そんなの簡単だろ?」
    「は、なに言って……」
     昔よく頭突きをしていた時のように額をくっつける。顔が近い。さっきまで死んだ目で遠くを見ていた黒い瞳のなかにオレが映っている。洋平に、もっとオレのことを見てほしい。
    「花道……」
     名前を囁かれ、顔に息が掛かった。懐かしくて落ち着く、洋平の匂いだ。鼻を擦り合わせてスンスンと吸う。嬉しい、ようやく嗅ぐことができた。
    「花道、泣かないで……」
     洋平が涙を拭うみたいに両頬を包み込んでくる。こんなに優しくされると余計に涙が止まらなくなるって知ってるだろ、バカ。
    「な、泣いてねえ……!」
    「花道、オレまだ花道の気持ち聞いてないよ」
    「いま全部言っただろっ」
    「花道は、オレが結婚したらイヤなの?」
    「……ふぬ、イヤダ」
     たしかに、イヤとはまだ言っていなかったことに気づく。洋平なら全部察しているはずだと思うと、言えなかった。
    「どうして? 花道はオレとどうしたいの?」
     優しい声に誘われるように、口が勝手に開いた。
    「……今、向こうで毎日バスケやってて、すげー楽しい。楽しいけど、足りないんだ。振り向いた場所に洋平がいないのはおかしいって思う。シュート打つとこ見てほしいし、オレがなんも言わなくてもなんでもわかってほしい」
     感情を形にすると、悲しみがもっと増えてしまう。仰向けになっているせいで流れた涙は布団を濡らしていく。
    「洋平があの女の人のもんになるなんてイヤだ。あんな指輪なんかに洋平を奪られるのがイヤだ。誰にも渡したくない。洋平のバカもの、オレ以外のものになるんじゃねーよ……」
     子どもみたいな独占欲丸出しの言葉をなんとか搾り出すと、洋平が泣きそうな顔で笑った。
    「はは……どうしよう、すげー嬉しい……」
    「なんでだよ、オレは怒ってんだぞ」
    「怒ってもらえるのが嬉しいんだ。オレの全部、最初っから花道のものだよ。でもおまえにそう言ってもらえないと、なんの意味もなかったんだ」
    「ん……」
     オレの顔に残る涙の跡に洋平が優しく唇を落とす。
    「好きだ、花道……」
     視線を絡ませながら、唇が重なる。そうするのが自然だったかのように、お互い無言だった。ファーストキスだったが、してみればもう洋平以外とすることは全く考えられない。きっと、洋平のために取っておいたんだと思う。
     はなみち、と甘い声が降ってきて、返事をしようと開いた唇から洋平の舌が入ってくる。
    「んっ、ふ、よぉへ」
    「……なに、花道?」
    「ゆ、ゆびわは……」
     必死に声を出したせいで口の端から唾液が溢れていき、それを洋平が舌で舐めとってくれた。
     普通は、女の人との関係をどうするのか聞くところなのだろう。だけど、小さな箱の中で精一杯に自己主張していた輝きが瞼の裏にこびりついて離れない。
    「ああ、あの指輪。まだ渡してないからオレのだし、処分するよ。でも買って本当に良かった。オレが花道のものだってこと、花道に気づかせてくれたんだから」
    「ぬ……キレーだったのに、なんかもったいないな」
    「そうか? さっき花道に指輪を見せた時に思ったけど、花道は宝石なんか比べものにならないくらいずっと眩しいし光ってるよ。この髪も、この目も、涙も、全部綺麗だ、花道」
     恍惚の表情と蕩けそうな甘い声で愛を囁く、こんな洋平の姿をあの女の人はきっと知らないだろう。
     そうか、だから指輪の蓋を開けっぱなしにして、あんな雑に扱ってたのか。べつに大切なものじゃないのではという予感は、やはり当たっていたのだ。
     洋平と結婚したがっていたカノジョさんを気の毒に感じる。
     大楠だってそうだ。洋平のことを心から気にかけていた。洋平が全然乗り気じゃないくせに結婚するだなんて言ったものだから、本気で心配してオレに連絡してくれた。しかしそれさえも、洋平には織り込み済みだったのだ。
     本当にひどい奴だ、洋平は。だけど、オレも同罪だ。だって洋平はオレの一部で、洋平の全部はオレのものなのだから。
     この家にある物を捨ててアメリカに来てくれって、もう言ったっけ。わからないけど、たぶん洋平には言わなくても伝わってると思う。
     今はもっとキスして、抱き合いたい。知らない匂いが明日までに消えることを願って。








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