はつたいけん「失礼する!……我が主、ただいま帰還した」
戦闘から帰還し、真っ直ぐ主の執務室に向かうと優しく笑って私を出迎えてくれた。
「おかえり水心子!……?なんだか顔が赤いけど…体調でも悪い?」
疲れてるのかな、と私の顔をのぞき込む主に心臓が早鐘を打つ
「だ、大丈夫だ!そ、それよりも…今週の誉は、私が最多だと聞いたんだが」
あぁ、心が落ち着かない。平静を装っているつもりだが、悟られていないだろうか…
「あぁ、そうだね!!よく頑張りました。誉の報酬はどうする?」
我が本丸では1週間の出陣で最も多く誉を取った者には報酬が出る。もちろん出来る範囲ではあるが大体のことは叶えてもらえるこの制度はいつから始まったか不明だが、ここでは最早習慣となっている。
次に私が誉を取ったら頼むことは以前から決めていた。
「我が主…私に、耳かきとやらをして欲しい」
――――――――
「我が主、入ってもいいだろうか」
「うん、いいよ。」
それなら湯浴み後とのことで寝支度を整えて主の部屋に向かう。普段ならば夜に主の部屋を訪れることは滅多にないので少し心拍数が上がっている気がするが、顔に出さないよう頬をペし、と叩いて襖を開ける
「今週もお疲れ様。じゃあ、ここに寝て?」
「?!」
そう言って布団に座る主が手を置くのは主の膝。
そこに寝転ぶというのは、よく短刀が主にしてもらっているという、所謂………膝枕というやつなのか…?!
「?どうしたの?…あ、もしかしてここは嫌だった?それなら枕でも…」
「いやッ!!!!……そ、それでいい。少し驚いただけだ。」
実を言うと、その耳かきとやらがどう言ったものなのかもよく分かっていなかった。
以前最多の誉を取った包丁が「人妻感溢れる耳かきしてー!!!」と頼んだ翌日、ものすごい幸福感溢れる顔をして「俺今週も頑張る」と言っていたことがあった。その後、誉を取ったものが代わる代わる主に耳かきとやらを頼み幸福感に満ちた顔になっているのを見たため、ほんの少し興味が湧いた。
「そう?じゃあこっちにどうぞ。」
「あ、あぁ…失礼する」
言われるがままに主の膝に頭を乗せると、ふに、という効果音が聞こえてきた気がした。柔らかい。枕よりも圧倒的に柔らかくて、なんだか安心する…
「じゃあ始めていくけど、痛かったらすぐ言ってね、あとあんまり動かないでいてくれると助かるかな」
「なッ?!痛い?!痛いのか?!?それに動くなと言うのは…?!」
勢いよく主の方に顔を向けると…ちょっとこの角度はいけない。目のやり場に困る。
しずしずと顔を反対向きに戻すと主は困ったように笑って言った
「できるだけ優しくするから安心して?ただ瘡蓋とかを引っ掻いちゃうとちょっと痛いかもしれないから…でも言ってくれればすぐやめるからね。」
「そ、そうか、分かった。何かあれば直ぐに言おう」
「……ねぇ、もしかして水心子って耳かきはじめて?」
何故か心臓が跳ねた。先程からどうしたんだ私の心臓は。
「………そうだ。正直に言うと、何をするのかもよく分かっていない」
「なんだ!それならそう言ってくれればまず説明するのに……耳かきって言うのはね、こういう棒を使って耳の中の垢をとることで…」
そう言いながら主は大きな箱から茶色の細い棒を取り出す。
「あぁ………我が主、この箱はすごく大きいが…これは全て耳かきとやらの道具なのか?多すぎるのではないか?」
「えへ…なんか包丁くんに頼まれてから頼んでくる子が増えてね、それなら本格的にやってあげたいなって道具を買って集めてたらいつの間にか…お店開けそうなくらいにまでなっちゃって」
相変わらず主の顔は見えないが、きっと楽しそうに笑っているのだろう。いつでも私たちのことを優先してくれる我が主らしい理由に、緊張して強ばっていた頬が緩んでいく
「…そうか。」
「うん。っと、説明は簡潔にするけど、この棒を耳に入れるから動くと危ないの。私がいいって言うまで動かない、そこだけ守ってね」
「承知した。」
――――――――
「それじゃあ、始めるよ。まずはお湯に浸した手ぬぐいで耳を拭くから、熱かったら言ってね」
「あぁ…。」
まだ何もされていないが既に意識がふわふわとしている。
頭の上から水を絞る音が聞こえてきて、ゆっくり拭くね〜という主の声がして直ぐに、耳が暖かいものに包まれる
「!!………………ふぅ」
「ふふ、気持ちいいよね。みんなここで顔が緩むんだ」
優しい手つきで丁寧に耳を拭かれて、それだけでもう1週間の疲れが吹き飛んだ。
「じゃあまずは、耳かきを使うね。初めてだからちょっとビックリするかもしれないけど、動いちゃダメだよ?」
「ぜ、善処する…」
そう言われてしまうと、逆に意識してしまうものだ。
おまけに未知の体験をしている訳で、ほんの少し恐怖を感じている自分もいる。
それを察してか主は私の頭に優しく手を置いた
「大丈夫、大丈夫だよ。リラックスしてね〜…」
ふぁさ、という不思議な音と共に耳に何かが入ってきた感覚。なんと言い表すのが正しいのか分からないが、不快な感覚ではなかった。
「耳かき入ったけど、大丈夫そう?」
「あぁ、問題は無い。」
「なら良かった!続けるね」
カリカリとなんだか少し不思議な音とともに心地よい感覚に襲われる。これが、耳かき…
「うーん、そんなに気になるところはないかな。綺麗だね」
「そ、そうなのか…?」
しばらくすると耳から異物感が消える。どうやら耳かきとやらは終わったらしい。
「じゃあ次は綿棒でやるね」
「あぁ、頼もう」
先程とは異なる音が耳の中で響き、柔らかい感触が伝わってくる。先程より気持ちがいい
「……」
「ふふ、気に入って貰えたかな」
「あぁ…なんだか、すごく眠気が…」
まぶたが先程から重く感じる。気を抜いたらすぐにでも意識が飛んでしまいそうだ。
「そのまま寝ても大丈夫だよ、たまには何も気にせずゆっくりして欲しいな」
いつも頑張り屋さんな貴方にはこういう時間も必要でしょ?と私の頭を撫でながら我が主は言う。いつもならば恥ずかしさでその手から逃げてしまうが、今日はその手から感じる温もりから離れたくないとさえ思った。
「…我が主、ありがとう……」
「いいえ、私の方こそ、いつも頑張ってくれてありがとうね。」
「…あぁ………今後も、私の力は……あなたの……ために……」
そこで私は瞼を閉じて意識を手放した。