猫のままでは済まないもので山姥切長義の恋刀の部屋には、二振りで並んで転がっても十分にくつろげる、巨大なクッションがある。今日も部屋を訪れたとき、部屋主――長義の恋刀でもある南泉一文字は、クッションに埋もれてぴすぴすと、愛らしい寝息を立てていた。ほっこりと目を細めつつも一応は礼儀のため、声をかけて。
「入るよ、猫殺しくん。寝てるかな」
「んにゃ…?寝てね……にゃ…」
そうして長義は入室すると、転がる彼の懐へ、いそいそともぐりこんだ。まるで短刀のような甘え方だが、自分と彼との間では、すでにこれくらいは慣れたものなのだ。気づいてか無意識なのか南泉も、擦り寄る長義に腕を回して、髪に頬ずりをしている。
二人して猫になってしまったあの日から、早くもひと月と半分が過ぎている。その間に二人の関係は、距離感を掴み損ねた古馴染みから、恋刀へと進展した。始まりが始まりだからか、いつだって二人の間の距離は近くて、それは長義にとって、とても嬉しいことだった。
顕現したときから、相手に依らず人に触れられることに抵抗を感じている長義だけれど、南泉だけは、ずっと特別。それが己の恋心を示しているようで、誇らしい気持ちにすらなるのだ。
「んに……なに、お前仕事終わったんかぁ…?」
「うん、今日はもう終わりかな。眠いなら寝てなよ、お前は不寝番明けだろう?」
「もういっぱい寝た、にゃ……さっき起きて飯食って…またちっと、うとうとしてた、だけ……」
もぞもぞと動いた南泉が、長義の額に口づけを落とした。くすぐったさに震えて、長義は彼の首元に頭を擦り付けた。猫のような仕草だと、自分でも思う――これを猫の日の後遺症だと南泉は時々言うけれど、そういうこともあるのだろうか。思って、くすりと笑みをこぼして。
「んー?」
「なんでもないよ。くすぐったかったから、笑っただけだ。…お前の手は、気持ちがいい」
「…………にゃ」
ぱちりと目を開いた南泉が、続いてむに、と唇を重ねてきたので。ちゅっと音を立ててそれを離して、長義は彼の瞳を覗き込んだ。
「なぁ、明日は非番だろう?俺は夜の門番だけだから、昼のうちに桜を見に行かないか」
「んー。そうだにゃあ」
続いて南泉は頬から耳元まで唇を滑らせて、耳の後ろにちゅう、と吸い付いた。左手を長義の腰に回したまま、右手が背を撫でている。
「そろそろ見頃だと思うんだ。それで南泉、お前が言ってたサンドイッチの店で、」
んむ、と再び口を重ねられて。南泉の舌が唇の間を舐めてきたので、長義は今度は舌先を、ちゅっと吸ってやった。まだ話している途中なのに、マイペースに行動するところは本当に猫みたいだ。指摘したら、きっと南泉は怒るだろうけれど――そこまで考えて、気が付いた。南泉の右手がいつの間にか、長義の内番ジャージの下に潜り込んでいる。
「ちょっ…と。くすぐったいって……ひゃっ」
猫になった日の影響なのか、ついつい彼に擦り寄って懐いてしまう長義と違って、南泉は長義を撫でることが好きなようだった。平時から髪だの背だのよく撫でてくるし、唇でも、撫でるように触れることが多い。
後者は毛づくろいの延長なのかもしれないが、ジャージどころかシャツの下にまで手を差し込まれ、素肌の背を撫でられると、さすがに落ち着かない。
「な、南泉。待て、直はちょっと……」
「山姥切……嫌か…?」
「え?嫌って。そこまでは言わないが……んん!!?」
腰にとどまっていた南泉の左手がするりとジャージの下、下着の中にまで侵入してきて、やっと長義は気が付いた。これは〝猫みたいなじゃれあい〟の範疇を、さすがに越えているということに。
「――ステイ!いったん休止!!」
とっさに突き出した手の平に押しのけられ、南泉はクッションから転がり落ちた。ぶにゃ、と痛そうな鳴き声のあと、のろのろと起き上がって。
「……うぅ……ダメか……?」
「いいとかダメとか以前の問題だ。え、単に撫でられてるだけだと思ってたけど、今のは違ったな?何をするつもりだったのかな」
「は!?えッおまっ…それ聞くかよ!?」
「いやいい、言わずともわかった。……えぇ…猫みたいにくっついてるだけだと思っていたのに……」
長義の反応に南泉は、〝絶望〟みたいな顔をした。誤解を招いたと気が付いて、慌てて言いなおす。
「いやっ違うよ猫殺しくん、ちょっと想定外だっただけで、別に嫌なわけじゃないから。……それで、えーと?…要は、仲を深めたいって話だろう?参考までに聞くけど、どこまで希望しているのかな」
ほっとしたのか顔色を戻した南泉は、それでも困ったように眉を寄せ。
「明け透けだにゃ……正直、挿れたいですにゃん」
「明け透けなのはどっちかな!?」
「言わないとお前は想定しねーんだろ!?オレだって泣きてーわ!もっとこう!雰囲気で行かせろよ!!」
「雰囲気で突っ込まれるかもしれない身にもなれ!きちんとした話し合いを要求する!!」
「あ、いや別にオレがそうしたいってだけで、お前もしたいなら受け入れるつもりもある、にゃ!交代制とか…」
「いや、特にそういう欲求はないかな」
「えっ……」
また絶望、みたいな顔をした南泉に、今度は思わず笑ってしまった。性欲を持っていないのではと勘繰られたのだろうけれど、さすがにそれは無いので安心してほしい。単に長義は――南泉に近寄りたいのに、どうしたらいいのかわからなくて、遠くから見ていた日々が長かったので。猫の日などというきっかけを得られなかったら、きっと今もその距離を、縮められずにいたと思うので。
「大丈夫、俺だってお前との仲を深めたいと思っているさ。…でも、するのは次に非番が重なった日にしよう。それまでにちゃんと学んでおくから」
「……変な準備とかしてほしくねぇ、にゃ。全部オレがしたいっつーか……」
「えぇ?いいけど、必要な物品くらいは揃えないと」
「それも!オレが揃えてあるから!」
「えぇ…すごいな、実は準備万端だったのか…?」
まだまだ現状に感動と慶びを感じるばかりで、先のことまで意識できなかった長義と違って、南泉はさらに先を望んでくれるのだという。嬉しくてまた笑った長義に、南泉は顔を真っ赤にして、唇を尖らせた。
「……毎日こんなにくっついてんのに。猫みてぇに過ごすだけで、済ませられるわけねぇだろ…」
「ふふっわかったよ。……でも何もせずにじゃれ合ってるのも好きだから、たまには許して欲しいかな」
「オレだって、それも好きだよ。単にその続きも、たまにはしてぇだけ……にゃ」
「うん」
頷いた長義を、再び寄ってきた南泉がクッションに身を沈めながら、抱き寄せて。彼に身を摺り寄せながら、目を閉じる。古馴染みの中で長義だけが彼に引っ張られ猫になったと気づいたとき、己だけが彼に寄せる特別な心を暴かれたようで、憤りと遣る瀬無さを感じたものだったけれど。
その結果として、この日々を得られたのだから。一緒に猫になってしまってよかったと、改めて長義は、思ったのだった。